第3節
二十一時半にバイトが終わり、去年から住んでいる一戸建ての自宅に着くころには二十二時すぎ。母と継父は既に就寝済みで、家の明かりはリビング以外消えている。
「ただいまー」
「あ、お帰りあやたか」
リビングに入ると、大抵の場合、ソファに寝そべってゲームをしている義妹の凛が迎えてくれる。誰かが迎えてくれるのは嬉しいけど、まだ中学二年だというのに、こんな時間まで起きているのはどうなんだろうと常々思う。
「お風呂は?」
「あやたかと入るからまだ」
「冗談言ってないで、さっさと入って寝なさい」
「やーだよ」
そう言いつつ、冷蔵庫に向かい、作り置きの夕飯を何を言うことなく温めてくれる。いう事は聞かないし生意気だけど、素は優しく律儀な子だ。
「優介はお風呂入った?」
「今入ってるよ。お兄、勉強に集中しすぎて、時間全然気づいてなかったから、さっき引っ叩いて入らせた」
優介は同じ年の義弟だ。成績優秀で中間考査では学年一位という好成績を残している。そして、運動神経も抜群に良い。真面目で規律を重んじる自慢の義弟だ。生徒会からお呼びがかかったって話も聞いたし、一年後には生徒会長になってるんじゃないかな。
「優介は頑張りすぎるところがあるから……あまり無理しないでほしいな。…よし!僕も兄として義弟に勝てるように頑張らないと!」
「はあ……あやたかは頑張んなくていいの……ほら、ご飯できたよ」
「ありがとう。いただきます」
実の兄が負けて欲しくないのはわかるけど、頑張んなくていいってのはちょっとひどいよなあ……。僕の心はテントウ虫よりか弱いって言うのに。
「あれ、この生姜焼きいつもと味が違う。母さん新しい作り方でもしてた?」
再婚して専業主婦になるまで、ちゃんとした料理できてなかったからな……余裕が出来て楽しめるようになったのならよかった。
「温め直したからじゃない?……美味しくなかった?」
「いや、前より美味しくなってる」
温め直しただけでこんなに味変わるんだ……不思議なもんだな。次から温め直した料理はしっかり味わうことにしよう。自分が作った時、不味くなったりしてたら困る。……もし、今まで母さんに不味い物食べさせてたらどうしよう。明日にでも聞いておこうかな…。
「ねえ、あやたかが一番好きな料理ってなに?」
「んー一番好きか……正直わかんないかな。凛が聞きたいのって、あくまで家庭料理のことだよね?」
「ま、まあ?そうだけど」
凛は髪の先を弄りながら、目を泳がせている。どうやら、今度なにか作ってくれみたいだ。
「僕はほとんど自分の料理の味しか覚えてないから、そういうのはよくわからないや。だから、凛が作りたいって思ったものが食べたい。そうすれば、僕の好きな物が出来るかもしれないし、凛の料理の腕も上がるから一石二鳥でしょ?まあ、凛が料理に飽きなければの話だけど」
「はあ!?あきないし!……好きなものが無いならしょうがないわね。じゃあ、あやたかが舌鼓するような料理いっぱい作ってあげる。絶対胃袋掴んでやるから!」
「楽しみにしてる」
性格に癖はあるけど、将来この子と結婚する人は幸せ者だろうな。いい人が見つかるまで、凛の性格がひん曲がって行かないように、陰からちゃんと支えてあげよう。家族には幸せになって欲しい。
「おや、帰っていたのか、兄さん。遅くまでご苦労」
「ああ、ただいま優介」
「ちょ!お兄半裸で出てこないでよ!あやたかがご飯食べてるんだから!」
優介は風呂上り、上裸でリビングに入ってくるのがほとんどだ。本人が言うには「男の上半身は魅せるためにある」とのことだ。いうだけあって良い筋肉の付き方をしている。百八十越えの高身長も相まって、その肉体美はまるで彫刻の様だ。僕もこんな風になれたらと、何度思った事か。
「それは失敬。メガネをしていないせいで、自分の身体がよく見えなくてな」
「見える見えないの問題じゃねえよ、ばかお兄!!」
「あはは。僕は気にしないから。あんまり五月蠅くすると母さんたち起きちゃうよ」
二人とも申し訳ないと平に謝り、優介は服を着て、凛は風呂に向かった。
兄弟げんか……良くはなくとも憧れる。二人は事あるごとに言い争いしてるけど、僕には全くしてこない。まあ、仲が良いのに越したことは無いから、喧嘩が必要かどうか問われたら、絶対とは答えないけど……それでも、兄弟としての輪の中に入り切れていないようで少し寂しい。
家族としては上手くやれている…と思ている。凛は僕の為に料理を頑張ろうとしてくれているし、優介は同い年ながら兄と呼んでこの家に居場所を作ってくれている。僕もできる限り二人に寄り添っているつもりだ。でも、凛は兄と呼んでくれないし、優介は兄とは呼んでくれるものの、どこか壁がある気がする。
もう、一緒に住み始めて七か月になるんだけどなあ。そろそろ良くないですか?二人とも。僕も混ぜて欲しいなあ。
……でも、まあ仕方ない。優介はメインキャラクター足り得る存在だし、凛はその実妹だ。それに比べて僕は無理やりねじ込まれたような異物だ。今、この状態、関係性こそが、僕にぎりぎり許される距離なんだ。優介というメインキャラクターのフレーバーテキストに書かれている、「最近親が再婚して義兄ができた」という、物語に直接関係ない設定としての存在が僕だ。
凛と入れ替わりで風呂に入り、部屋に戻ると日付が変わる数分前。僕は今日の授業の復習をしてからベットに入る。明日はどんな日になるんだろう。誰の物語がどんなふうに動くんだろう。僕はそれのどこかに現れるんだろうか。そんなことを考えているうちに、いつも眠りに落ちる。




