第1節
さて、僕が今日、生徒Aとして物語に関与したのは先生からの伝言。これだけ。でも、僕のこれだけで彼らの物語はちょっとの変化を見せる。ただの伝言係が物語の起点になったと考えれば、ちょっと気分がいい。役得という奴だ。
終業のベルが鳴って、生徒はそれぞれ自分の役割を果たしに教室を出たり、残ったりする。役割と言っても部活、委員会、バイト…人それぞれ。
僕は学校環境保全部、略称「環部」に所属している。大層な名前だけど、実態はただの何でも屋。自発的に、または顧問から押しつ……与えられた依頼を遂行するというのが活動内容だ。
モブだからと言って、クラス外で何もしていないと言ったら大間違い。モブにもモブなりの生活があることを忘れてはならない。
僕は何らかの依頼が無いときは、花壇の世話をしている。大体二十分くらいで終わる簡単なお仕事だ。物語に出てくる背景の花たちのほとんどは僕みたいなモブが枯らせないように地道に管理しているのだ。ありがたく思って欲しいものだね。でも、仕事中にイベントを起こすのをやめて欲しい。空気を読んで終わるのを待つのは、結構な重労働なんだ。
「今日も精が出るね、安達くん」
「こんにちわ小暮さん。今日もゴミ拾い?」
「そうだよ。ゴミなんてほとんど落ちてないけど」
ほとんど中身の入っていないゴミ袋と、両手にぶかぶかの軍手、方手に火ばしを持っている、この女子生徒は、僕と同じ学年で別のクラスの小暮里香さん。ショートヘアの小柄な女生徒だ。同じく、環部に所属していて、用がないときは学内の掃除を活動内容としている。
「安達君っていつも花壇の世話をしてるけど、花が好きなの?」
「好きとまではいかないかな。でも、枯れているより奇麗な方が見栄えがいい方がいいと思うから」
背景が枯れた花だらけなんて美しくない。舞台装置としての沽券にかかわる……なんてことは死んでも言えない。
小暮さんはいつも三階にある教室から見下ろしている花を、しゃがんでまじかに見るのが好きらしい。いつもこうして、花びらをそっと優しく触れながらニコニコしている。
「いいと思うな、その気持ち。この花壇、私の席からよく見えるんだよね。奇麗に保ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「そういえば、林間学校の掃除番、環部がやることになったんだよね。去年までは生徒の自主性を……とかだったのに」
「え、僕そんなこと聞いてないけど……」
来たときよりも清潔に、なんてのは常套句だ。ただ、生徒全員がそれに従うとは限らない。そうなったときの最終兵器が掃除番。どうやら、その大役を僕らの部は押し……依頼されたらしい。
「そうなの?じゃあ、ネタバレしちゃったね。林間学校までまだ二週間あるから、仕事内容も簡単だから直前にでも教えてくれるんじゃないかな」
「決まってすぐ言って欲しいんだけどなあ」
入学してから三か月。環部の顧問である山岸先生の人となりは先輩方に聞いているし、短い付き合いながら大概の性格は把握している。山岸先生は、並大抵で言えば大雑把、悪く言うならばやる気皆無の給金泥棒、という印象。
「山岸先生のことだから、桜井先生という若い女教諭の頼みを安請け合いしたって感じがする……当日になってから、とぼけた顔でいってきそう」
「ふふ。先生ならありえるかも」
下働きの生徒の身にもなって欲しいな。将来就職した先の上司がこうだったら、速攻でやめる自信がある。
今の環部が存在し続けられているのは、先輩方が山岸先生のようになりたくないという反骨精神でがんばってきたからだ。…本物の教師が、反面教師になるのは如何なものか。
「先輩に聞く話だと、掃除番は自由時間の一部返上って形みたい」
「え、そうなの!?先に知れてよかった……教えてもらわなかったら、食後のデザートを直前で取り上げられたみたいな感覚になるところだった」
「ふふふ。安達君、変な例え方するね」
「今の変だったかな?」
どうやら、僕と小暮さんの価値観は少しずれているみたいだ。いい例えだと思ったのになあ。
「こういうのは、ニンジンを前に吊られて走っていたのに、目の前から無くなった……って比喩するんだよ」
「なに、僕らって馬だったの……?というか、その比喩だと林間学校自体が労働ってことにならない?」
「違うの?あ、テントウ虫」
小暮さんは軍手を脱ぎ、葉の裏に隠れていたテントウ虫を見つけて指に乗せた。
「林間学校って言ったら、学生生活でも屈指の青春イベントだと思うんだけど」
大抵の場合、ここで色んな物語の関係性が変化の兆しを見せる。今から楽しみにしている生徒も結構いる程の人気イベントのはず……。
「二泊三日の強制学生労働。慣れない環境で、不特定多数の生徒と一緒に朝から晩まで共同生活。そんな苦行を強いる行事なんて要らないから、早く夏休みにしてほしい」
林間学校は一年時だけの行事だ。だから、僕らが自然体験を興じている時、すでに先輩方は夏休みに突入している。そして、僕らの一学期終業式は、林間学校が終わったあと……一年生の夏休み突入は、五日遅れという事になるのである。とはいえ、小暮さんの林間学校への殺意は尋常じゃない。親でも殺されたのか。
「安達君。誰も彼もが、学校生活で青春を興じたいとは限らないの。それを苦痛と感じる人間もいるってことを覚えておかないと、いつか痛い目にあうかもしれないよ」
「わかった。夜道で後ろから刺されないように気を付ける」
「わかってないなあ、安達君は……殺意を持った人間は、日中に前から刺してくるんだから」
さも実体験のように語るが、そんな事実はどこにもない。小暮さんは、茶化すと返してくるから結構面白い。ただ、言葉の端々に狂気を感じるから少し怖くもある。
「事件でも起きてくれれば、少しは楽しめると思うんだけど……そんな簡単に起きないのが世の常だよね」
「道中で事故が起きて、とんぼ返りになればいいと思ってない…?」
「安達君は私をなんだと思ってるの。事件と言っても、事故なんて物騒なこと考えてないよ」
うーん。存外、冗談に聞こえないのが悪いところなんだよね……。入学してすぐの山登りイベントの時は、山火事でも起きないかな、とか物騒なこと言ってたし。
「小暮さんの話聞いてると、林間学校ってそこまでいいイベントでもないような気がしてきたよ…友達がいない人間にとったら苦行もいいとこだよね」
「それ、遠回しに友達がいないって私の事バカにしてる?」
「そう思った時点で、友達がいないのがバレちゃってるよ」
「……青春を謳歌する人間を観察するのが趣味の安達君よりはマシ」
言葉のナイフが真正面から胸に突き刺さった。背中を向けてるっていうのに命中させるなんて……小暮さんは曲芸師の才能があるらしい。
「というか、私は安達君と違って、少ないけど友達いるよ」
「な、何で、僕に友達がいないってわかるのさ!?」
「安達君。認知症の疑いがあるから、早めに病院いきなね」
そんな可哀そうな奴をののしるような言葉を無感情で発するのは余計に傷つくからやめて欲しい。僕の心はそのテントウ虫ように丁重に扱わないと、簡単に潰れてしまうよ?
「私は林間学校は楽しめるように努力する。安達君は山岸先生にする嫌がらせを考えておいて、実行は私がするから」
「……どこまでが本気?」
「企てが全部自分のせいにされてオロオロしてる安達君が見たい」
「それは嘘か真かじゃなくて、本音って言うんだよ……僕は何もしないから」
「冗談だよ、冗談」
どこまでが冗談なんだ…。このままいくと、小暮さんの独壇場。僕はただの的になってしまう……。出会ってまだ三か月だから、小暮さんがどういう人なのか、あまり理解できてはいない。掴みどころがないというか、浮世離れしているというか……もしかして、宇宙人なのでは!?……ってないない。
小暮さんは、テントウ虫を元の場所に帰し、立ち上がった。スカートの裾を掃い、軍手を再装着して冒険に出る支度を整える。火ばしは剣、ゴミ袋はお宝を入れる風呂敷だな。
「そろそろ行くね。今日は校舎一周するの」
「そうなんだ。がんばってね」
そう言って小暮さんは、手を振る代わりに火ばしをカチカチ鳴らしながら、まだ見ぬ宝を探しに歩いて行った。
「今日も目、合わなかったな」
小暮さんとは目、というか面すらもあったことがない。僕が一方的に見ているだけで、小暮さんは僕という個としての存在にまるで興味を抱いていないという風だ。一応、仲は良い方だと思っていたんだけど、今日の会話的に友達とは思ってくれていないみたいだし……いつか向かい合って話してみたいとは思うけど、小暮さんはメインとはいかなくとも、サブキャストに入る器の持ち主。エキストラごときには過ぎた願いだ。
それから数分して、花壇の手入れが終わった。後は部室に行って、台帳に名前と活動内容を記録して部活は終了。それが普段のルーティン。ただ、今日はちょっと間が悪かったようで、部室でイベントが発生していた。空きっぱなしのドアから男子生徒と女子生徒、二人きりの会話が聞こえてくる。
「す、すみません、手伝ってもらっちゃって……。その、助かりました」
「このくらい大丈夫だよ。また、何かあったら頼ってくれていいから」
男子生徒の声に聞き覚えは無いけど、女子生徒の方はおそらく二年の先輩だ。彼女は大人しくて地味だけど、髪で隠れた顔をかなりの美人。ヒロイン適正は十二分……これはフラグが立っちゃったか。
ラブコメの気配がするこの部屋に割って入るのは生徒Aにあるまじき行為。こういう時は、用を足すに限る。
戻ってみると、部屋には人っ子一人いなくなっており、代わりに見るからに高価そうな高圧洗浄機が置かれていた。これは女子一人に任せられるようなものじゃないぞ……。
おそらく、山岸先生の仕業だな。大概にしないとPTAに苦情がはいるよ先生。
先輩の青春物語がどういう風に発展していくかは知らないけど、部室は以ての外、僕の行動範囲外かつ、時間を取らないところでやってくれるとありがたい。




