8 貴族社会とはそういうもの
午前中の授業が終わると、シャーリーと目配せをして、二人だけで昼食を取れるよう教室を飛び出した。
「メーベル、大丈夫? 無理して顔を作っていたでしょ?」
「だって、あそこでつんけんした態度を取ったら、また私が虐めたとか言われそうで」
「ありそうだね。レリル様がちょっと悲しそうな顔をしたら、『そんな顔をさせたのは誰だ!』って、頭の悪い男子が犯人探しを始めそう」
「はぁ……」
「ま。とりあえず食べようか」
「うん」
いつもはカフェテリアで食べているので、サンドイッチだけの昼食はちょっと寂しい。
シャーリーと一緒に、目に付いた物を購入して急いでカフェテリアを後にしたので、いざ食べようとして、具材がハムだけと気が付いた。
「でも、どうする? 明日からも毎日こんな風に食べる訳にもいかないでしょ? レリル様って、なんかメーベルに構おうとしているよね?」
「やっぱり? あの日、『謝る相手が違うでしょう』って言ったことを根に持っているのかな? カフェテリアに座ったところで、レリル様に、『私もご一緒させてくださ〜い』って言われて断ったらどうなると思う?」
「うーん」と、シャーリーが唸りながら真剣に考えてくれている。
なんだか申し訳ない。
「多分、事実をそのまま言うんじゃなくて、メーベルに冷たく断られて傷付いた、とかって誰彼構わず訴えかけるんじゃないかな。自分のことは可哀想に、メーベルのことはひどい人、みたいにね」
「やっぱり?」
彼女に関わると碌なことがなさそう。
関わりたくないのに、向こうから関わってくるのだから、本当に憂鬱。
「よっし。その時は、このシャーリー様が断るわ!」
「え?」
「二人だけの相談事があるとか、まあ、そこは察してって感じで」
「大丈夫かな?」
「任せときなさいって!」
「うん」
レリル様は自分に都合のいいように曲解する才能がありそう――と頭に浮かんだけど、シャーリーに悪いので黙っておくことにした。
「あれあれ? 君たちこんなところでランチかい?」
振り向かなくても分かる。アーチボルト様だ!
「アーチボルト様!」
「やあ、メーベル。それにシャーリー嬢」
「アーチボルト様もご機嫌麗しく」
これまでも何度か、シャーリーと一緒の時にアーチボルト様に声をかけられたことがあるので、彼女のことは紹介済みだけど、それでもシャーリーにとってアーチボルト様は、学年も序列も上の辺境伯令息なのだ。
だから今でもきちんと分をわきまえた挨拶をする。
多分、私もそろそろそうしなきゃいけないとは思うんだけど。
「ははは。そんな風に畏まらなくていいって言ったのにね。学園にいる間は、メーベルの知り合いの先輩くらいに思って気安く接してくれないかな?」
「は、はい。そうします」
あはは。シャーリーがちょっと困っている。まあ、そう言われてもすぐには無理だよね。
「……で?」
「……」
「……」
「えぇっ? 何だか僕が二人を困らせているみたいじゃないか。いつもはカフェテリアでランチしていたよね? こんなところで軽食で済ませている理由を聞いただけなんだけど?」
そんな風に爽やかな笑顔を向けられると、何もかも全部ぶちまけてしまいたい衝動に駆られる。
でも、女子の嫌な部分をアーチボルト様に話すのは躊躇われた。
相手と同じ土俵にいると思われそうな気がして。
私が感じたことを、感傷的になって一方的に話していると受け止められるのが怖い。
「そうか。僕は信用されていなかったんだね」
「え? そんな!」
「じゃあ、話してくれるかい?」
「うっ。実は――」
仕方なく、これまでの顛末を簡潔に、なるべく私がどう思ったかは言わずに説明した。
言葉を選んで慎重に話している私に代わって、時々シャーリーが、「何を言ってもこちらが悪く仕立て上げられそうで」とか、「この前の二の舞はごめんです」などと、かなり本音を挟んでくれた。
アーチボルト様は微笑を浮かべたまま、私たちが話し終わるまで何も言わずに聞いてくれた。
「なるほどね……それで、ここに避難してきたのか……」
アーチボルト様のお顔が端正なせいで、表情が読みづらい。
どう思ったんだろう?
「分かっています。毎日こんな風に避けることができないことくらい。それに隣の席だから、多分、向こうから色々話しかけられるだろうし――」
「そうだねぇ。そもそも避けるのは得策じゃないね。それにしても、レリル嬢は随分と上手に弱者を演じているみたいだね。自分を卑下する癖がついているのか、同情を買いたくて周囲を挑発――いや、誘導かな? そのために演じているのか……うーん。難しいね」
アーチボルト様は私が感じた通りに理解してくれている!
「学園を卒業してデビュタントが終われば、レリル嬢のような相手ともうまくやっていかなきゃいけないんだし、少しだけ力を抜いて、レリル嬢をうまく躱わす練習をしてみるといいよ」
「レリル様を躱わす?」
「うん。周囲には仲良くしているように見せて、レリル嬢には言質を取られないように言葉の使い方を工夫するんだよ」
「何だか難しそう……」
「ははは。今のメーベルじゃあ無理だろうね」
「えぇっ?」
「ははは。だから練習だよ。毎日少しずつ上達すればいいんだよ。それにメーベルは一人じゃないだろ? シャーリー嬢と互いに助け合えば二対一だ」
シャーリーの方を向くと、ブンブンと首を大きく縦に振っている。
「メーベル。逃げられないんだから、頑張ってみようよ!」
「うん!」
私とシャーリーが手を取り合って頷き合っていると、アーチボルト様も、「その意気だ。まあ、何かあれば相談に乗るから」と励ましてくれた。
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