4 謝罪
学園長室を出た私は、そのまま二組に行き、レリル様のペアで伝言を聞いたという女生徒に直接事情を聞くことにした。
「すみません。一組のリーダーのメーベル・ディジョンと申します。レリル様のペアの方はいらっしゃいますか?」
二組の教室に入ると、全員が私を見たけれど、『レリル様のペアの方』と言うと、一人の女子がびくんと大きく体を揺らして反応した。
その子はよろよろと立ち上がると、今にも泣きそうな顔になった。
「あっ、えっと、その……」
平民の子も、そろそろ貴族の子に慣れていると思ったんだけどな。
一組のリーダーに突然話しかけられただけで、ここまで萎縮するものなの?
二組にも子爵家や男爵家の令息や令嬢がいるはずなのに。
「す、すみません。私たちのせいで、あ。私たちの代わりに謝罪に行かれると聞きました」
あー。エリック先生だな。
私に謝りに行かせるから君はもういいとか言っていそう。
本人に告げる前に言うなんて……。
「ええ。これから謝罪に伺うところなんだけど。少し詳細を確認しておきたくて。先方からは発注量が間違っていないか何度も確認されたそうだけど、それは間違いないかしら?」
「はい。レリル様あてに確認されていたそうなのですが、レリル様はお休みされていて伝言が伝わっていなかったようなのです」
「そうだったの」
「はい。私が気が利かないばかりにすみません。レリル様の代わりに事前に確認をするべきでした」
「そうね。今度からはしっかりお願いね。孤児院の慰問は一組と二組の合同で準備していることだから、今回は私から先方に謝罪をするわ。あなたは二組のリーダーの仕事を手伝ってあげて」
「はい! では、よろしくお願いします」
「ええ」
はぁ。今からどうこう言っても仕方がない。
先方に迷惑をかけてしまったのだから、謝罪に行くとしよう。
学園側が馬車を用意してくれたことだけは素直にありがたく思う。
今朝、出かける時に、「慰問の準備に時間がかかるから、今日の迎えはいつもより遅くていい」と言っておいたので、我が家の馬車はまだ来ていなかった。
エリック先生からもらった地図を頼りに早速出かけた。
嫌なこと、面倒なことは、さっさと終わらせたいタチなのだ。
◇◇◇ ◇◇◇
ミルクを発注した酪農家の方は、優しそうな中年の男性だった。
「王立学園二組のメーベル・ディジョンと申します。この度は多大なご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません」
貴族令嬢が頭を下げたのが意外だったのか、それとも担当していたレリル様とは違う名前だったからなのか、彼の方が恐縮して何回もペコペコと頭を下げてくれた。
「いやあ、わざわざお越しいただくなんて、もったいない。全部買い取っていただけるそうなんで謝っていただく必要はないですよ」
「いえ。発注量の確認を何度もいただいたと聞いています。お返事できずご心配をおかけいたしました」
「あー、それは、まー、そうなんですが。最初に学園側から、『孤児院の孤児にいきわたる量』の注文があるはずだから受注してほしいと聞いていたので、明らかに五百リットルは何かの間違いじゃないかと思ったんです。学園の受付に伝言をお願いしたのですが返事をいただけなくて――」
貴族宛に平民のおじさんが伝言を頼んだところで、休んでいる相手に届ける努力などしないだろう。
「そうでしたか。ご足労をおかけしたのに申し訳ありません。来年からは、個別の担当ではなく、事務局窓口という形で連絡先を一本化するよう申し送りをしておきます」
「そうしていただけると助かります。いやあ、今回は焦ってコーエン男爵家の方にも伺って同じ伝言をお願いしたのですが、さすがにまずかったですかね? それでも回答を頂けなかったので、もしかしたら孤児院の慰問だけでなく大規模な行事もあったのかと心配になりまして、慌てて五百リットル用意させてもらったのです」
……! ちょっと待って!
レリル様の家に行ったってことは、執事とかに伝言したってことだよね?
じゃあ彼女は、伝言は受け取っているはず!
失敗したことにショックを受けるのは分かるけど、誰にも連絡しないで自分のミスに目をつぶっちゃったの?!
大変なことになるって分かっていて、どうして無視できるの?!
もう一度だけお詫びして辞したけれど、釈然としない。
◇◇◇ ◇◇◇
学園に戻りエリック先生に謝罪が終わったことを報告したけれど、「そうか」の一言でおしまい。
「フン!」
イライラして淑女にあるまじき鼻息でドスドス歩いていると、背後から、「プププ」という笑い声が聞こえた。
「アーチボルト様!」
振り返るとアーチボルト様が目を細めて笑っていた。
「相変わらずメーベルは分かりやすいな。後ろ姿からものすごく怒っているのが分かったよ」
「お、怒ってなんかいません」
「嘘だね」
「……」
「おやおや。今度は何だろう?」
そう言ってアーチボルト様は冗談めかして私の顔を覗き込み、感情を探ろうとする。
子どもの頃は恥ずかしくなって、逃げてはよく追いかけられたりしたものだ。
今やアーチボルト様は十六歳で、私も十五歳。お互いに貴族令息、令嬢としての振る舞いを求められる年齢なのに。
「……あ。今、難しいことを考えたね?」
うぅぅ。
どうして分かるんだろう?
いつもアーチボルト様には私の考えを読まれてしまう。
「ははは。ごめん、ごめん。揶揄うつもりはなかったんだけどなぁ。それで? 何かあったんだろう?」
「……はい」
全部お見通しかぁ。
「ちょっと納得いかないことがあってモヤモヤしていたんです」
「うん」
「明日、孤児院の慰問に行くんですけど」
「あー、恒例の、一年生の最初の一大イベントだね」
「はい。発注をミスした子がいて、さっきその子の代わりに謝罪に行ってきたところなんです」
「へえ? あ、メーベルは一組のリーダーだったね」
「はい……失敗した子は二組の子なんですけど」
「うん?」
「おまけに、発注量が間違っているんじゃないかって、相手は何度も確認の伝言をしてくれていたのに、返事もせず、ペアの子にも伝えずで、それなのに先生は、『体調不良で休んでいるのだから仕方がない』って」
「うわぁ」
「おまけに、『君なら弁がたつから謝罪をきちんとできるだろう』って、私に謝罪しに行くよう指示されて……。なんか色々納得いかなくて……」
「ちなみにその体調不良で連絡すらしなかったっていう子は――」
「レリル・コーエン」
呼び捨てにしてしまった。
「……! なるほど! 『今年のプリンセス』かぁ。まあ、彼女については僕も色々聞いているけれど。そうかぁ」
「え? 色々って? 例えば?」
「ははは。メーベルにゴシップはまだ早いよ」
聞きたい! めちゃくちゃ聞きたい! 二年生にも噂が回っているなんて!
でも、ちゃんと彼女の真実が伝わってんのかなあ?
「とにかく。トラブル対応は嫌な思いをするものさ。原因は何であってもね。それよりも明日のことを考えた方が生産的だろう?」
「はい。でも――」
「ほらっ。いい加減、うだうだ考えるのを止める!」
「むぐぅ」
突然アーチボルト様が両手で私の頬を挟んで、顔のパーツを中心に寄せようと力を込めた。
「子ろもやなひんですから」
「あっはっはっ。そう、子どもじゃないんだから、大人の対応をしようね!」
なんだかうまく言いくるめられた気もしないではないけれど、少しだけ気分が軽くなった。
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