32 断罪①
夏季休暇も終わり、後期に入り、気がつけば冬を迎えていた。
相変わらず一年一組の教室内では、「聖女様」「もう、やめてくださ〜い」みたいな会話が一部から聞こえてくるけれど、すっかり雑音と化している。
そんなことよりも、教室内では新年を祝うパーティーについての話題で持ち切りだ。
私たちはまだデビュタント前だけど、このパーティーだけは、生徒たちも特別に招待され、大人に混じっての参加を許される。
正式な招待状が届くのはまだまだ先だけど、パートナーは誰がいいとか、ドレスはどこで仕立てるとか、そういった楽しいことを皆で語り合っている。
「メーベルはいいよね。きっとアーチボルト様が誘ってくれるもの」
確かに、そうだったらいいのにな、とずっと思っているけど。
「まだパーティーの話もしていないのに、分かんないよ」
「えー? またまたー」
「本当にアーチボルト様とは何の話もしていないんだって! もしかしたらもう誘う人を決めているかもしれないし」
「……はぁ。もうメーベルったら」
え? どうしてシャーリーがため息をつくわけ?
「……絶対に……殿下……パートナー……レリル嬢……」
私とシャーリーの耳は、どうやら同じ単語を聞き取ったらしい。
『殿下』『パートナー』『レリル嬢』。
シャーリーが口元を隠しながら小声で囁いた。
「ねえ、今、誰かが『殿下のパートナーにはレリル嬢が相応しい』みたいなことを言っていなかった?」
「うん。私にもそんな風に聞こえたけれど」
わざわざ声のした方を見なくても、発言したのは、レリル様にくっついて離れない伯爵令息の一人だろう。
いくら学園の中とはいえ、普通なら、そんなデリケートな問題を口にしたりしない。
気が緩むにも程がある。
王族に関する話題は何であれ、臣下たる者たちが口を挟むことは不敬とされている。
それなのに、フレデリック殿下のパートナーについて、まるで進言するかのように名前を挙げるなんて……。
案の定、教室の空気が一瞬で変わった。
殿下のご学友である側近候補の子息たちが、一斉に鋭い視線を発言者に向けたのだ。
中でも、リュデル公爵家の次男のヨハン様の圧がすごい。
スクエア型のメガネのフレームをくいっと上げて、三人を順に睨みつけている。
さすがの伯爵令息も自分の迂闊な発言に気がついたらしい。
「お、おそれながら――」と、発言者がおずおずと前に進み出た。
「僕たち――わ、私どもは、その昔、聖女と謳われた尊き女性が王子殿下と結ばれたという話を思い出しただけでして、その――。れ、レリル嬢が新年を祝うパーティーに出席するにあたり、パートナーは誰が相応しいか――そ、その――」
側近候補の子息たちの視線がどんどん厳しさを増していっている。
伯爵令息の声は、もう最後の方は聞き取れないくらい小さなものになっていた。
そんな伯爵令息の言葉を遮って、レリル様がしゃしゃり出てきた。
「私も、王子様のお相手など畏れ多いと言っていたところなんです」
もじもじしているのは、謙遜している姿勢を見せているつもりなのだろうか。
レリル様は真っ直ぐフレデリック殿下を見つめている。
「おかしいな」
とうとう殿下が発言された。
教室内にいる生徒は全員、殿下の言葉を一言も漏らさず聞き取ろうと緊張している。
「まだ招待状は出していないはずだが、国王陛下が招待される客を事前に知っている者がいるというのはどういうことだろうか」
伯爵令息の顔色は真っ青だ。
暗に、「機密情報を盗んだ」と言われたのだから無理もない。
「わっ、私は――そ、そんな――」
「違うのか? ただの憶測に基づく取るに足らない噂話だったか?」
「ひ、ひぃっ」
殿下はいつも無表情だけど、こんな風に冷たいお顔もできるのか……。
それはそうか。王族だもんね。
相手に、言葉ではなく自身の表情を読み取らせて黙らせるくらい訳ないよね。
「はあ。どうもこの学園の一部の者は陛下のお考えを正しく理解していないようだが――いや、今はそれはいいか。レリル嬢。君とは同じ教室で授業を受けてきたから分かる。国王陛下主催のパーティーは君には荷が重いだろう。心配しなくてもよい。欠席しても不敬とならないよう私が陛下に進言しておこう。いや、それでは君の両親に負担がかかるな。よし、コーエン男爵家には招待状を送るのをやめるよう進言するとしよう。なあに、まだ未成年の――」
さっきまで恥ずかしそうに俯き加減で微笑んでいたレリル様が、くわっと目を見開いて叫んだ。
「そっ、そんなっ! そんなのあんまりだわ!」
「無礼者!」
ヨハン様が一歩前に出て、レリル様を叱りつけた。
当たり前だ。
いくら学園だからといって、王族の言葉を遮るなど無礼極まりない。
処罰の対象となる愚かな行為だ。
「も、申し訳ございません。でも、私のどこが――」
「控えろと言ったのだ!」
ヨハン様がツカツカとレリル様に近づいて、その肩を掴んで押した。
彼女の膝が崩れ落ち、床に跪く格好になった。
目の前で大変なことが起きている。
生徒たちは固唾を呑んで見守っている。
隣のシャーリーの方へ顔を向けるのも不敬な気がして、あまりの緊張感に私も身動きできない。
殿下は無表情のまま話題を変えられた。
「『緑の瞳の聖女様』だったか? 巷で評判の女性がいるらしいね」
……やっぱり!
調査している大人たちって――。
貧民街の近くで会った男性は、王宮からの指示で動いていたんだ!
「学園内ではまるでレリル嬢がその聖女の正体であるかのような噂が広がっているが、はてさて、真相はどうなのだろう?」
レリル様は唇を噛み締めている。
どっちが答えるんだろう?
レリル様? 伯爵令息?
「私は自らそのように名乗ったことはありません」
うわぁ。レリル様か。
でも口答えするような言い方はまずいんじゃない?
「知っているとも。だが否定もしていなかったね。君の目論見通りに噂が広がり、ついには私のパートナーに相応しいとまで言わしめた。そこの、君の信奉者たちに」
「私が頼んだ訳じゃありません」
強っ。殿下に対してその言い方はない。
「ほう? 散々仕向けておいて、『そんなつもりじゃなかった』と。まるで悪女のセリフだな」
「なっ!」
「先にはっきりさせておこう。実際に『緑の瞳の聖女様』と言われている女性に会った者たちの証言によれば、聖女の右手親指の付け根に大きなホクロがあるらしい」
ヨハン様がレリル様の右手の腕を掴んで確認した。
ヨハン様は唇を一文字に引き結び、ゆっくりと首を横に振った。
当然だ。聖女ではなく別人だもの。
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