27 レリル様の学力は
翌朝。
私はシャーリーと連れ立って登校した。
昨夜のうちに彼女には一連の計画を連絡してサポートを頼んである。
早朝に彼女の使いから、「喜んで行動を共にする」との返事をもらい、私は奮い立つことができた。
「シャーリー。本当に急にごめんね。昨日思い立ったら、もう、すぐにやらずにはいられなくて。ジゼル様からも、レリル様が二組にいた時の様子を聞いたけれど、多分、間違っていないと思う」
「うふふふ。私も話を聞いた時には興奮したもんね。まずはこれをカフェテリアに置かせてもらわなくっちゃね」
「うん」
カフェテリアに行く途中、掲示板の前を通ると、試験結果が撤去されていた。
これまで掲示物は一定期間掲出されていたのに、重要な試験結果が一日だけの掲載だなんて……学園側もやっぱり後ろめたいのかもしれない。
「メーベル。これって――」
「うん。俄然、やる気が出てきたわ」
「そうだね!」
◇◇◇ ◇◇◇
始業前に頼んでいて通り、カフェテリアのスタッフが、ランチタイムが始まると同時に預けていた例の物を一組の教室に持って来てくれた。
そのすぐ後に、計画を打ち明けていたジゼル様も友人の女生徒数人と一緒に一組の教室に入って来た。
「一組の皆様にご挨拶申し上げます。二組のジゼル・メラノでございます。レリル様とランチをご一緒したく参りました」
ジゼル様が流暢に挨拶をして、自然と私の席までやって来た。
隣にいるレリル様が視界に入っているはずなのに、彼女のことは華麗に無視をして、友人らをシャーリーに紹介している。
……よかった。こうして味方に囲まれると物凄く勇気が湧いてくる。
さあ、いよいよだ。
昨日から準備してきたんだから、頑張らなきゃ!
ふぅ。
「皆様。お騒がせして申し訳ございません。実は昨日我が家で祝い事がございまして、ケーキをたくさん作り過ぎてしまったため、手付かずのものを何種類か持参いたしました。せっかくなので皆様にお裾分けをと思いまして。ジゼル様には事前にその旨をお伝えしておりましたので、一組の教室でご一緒しましょうとお誘いした次第です」
全員が私の言葉を聞いてくれている。
ちゃんと笑顔で話せたと思う。
すかさずジゼル様が援護射撃をしてくれた。
「メーベル様のおっしゃる通りだと思います。試験勉強で貯めたストレスを発散するには甘いものが一番ですわ!」
ぽつりぽつりと、「確かにそうね」「いただこうかしら」と女生徒の声が上がり始めると、空気を読める男子が中央付近の机を並べてケーキを置けるように準備してくれた。
シャーリーを筆頭に、ジゼル様とその友人らも一緒に、ホールケーキやクッキーなどを並べ始めた。
「お手伝いいただきありがとうございます」
ジゼル様にお礼を述べながら視線で合図を送る。
彼女はふっと笑ったように見えたけれど、素知らぬ顔でホールケーキをカットしていく。一つは六分割に、もう一つは八分割に。
準備は上々。
後は私がゴングを鳴らすだけ。
「あ! そういえば、お菓子といえばレリル様だわ。いつも素敵なお菓子を差し入れてくださって――レリル様?」
「なあに?」
皆の注目を集めていた私が、レリル様の話題を持ち出したことに気をよくしたらしく、彼女は返事をしながら私の向かいまで進み出た。
「レリル様。もしかして、今日も何かお持ちになりました? 私としたことがレリル様のことを失念しておりまして……。事前にお尋ねするべきでしたわ」
「今日は特に持ってきてはいないわ」
「まあ、そうでしたか! 被らずに済んでよかった。それではレリル様。私たちはいつもあなたからいただく一方でしたので、今日はそのお返しと思って受け取ってくださいますか?」
「ええ、もちろん」
ここが肝心なところなんだから、よそ行きの微笑をキープよ。
「コホン。この後はランチですし……レリル様。大きなケーキと小さなケーキのどちらがよろしいでしょうか。六分の一と八分の一がございますが」
「まあ、だったら小さい方がいいわ。六分の一をもらうわ」
…………やっぱり‼︎
ジゼル様と話をしていて、私たちは一つの結論に達していた。
レリル様は学校に行っていない平民でもできる簡単な計算すら危ういのではないかと。
今、まさに、彼女の学力がはっきりした。
「ええと、レリル様。貴族令嬢らしく遠回しな表現をなさったようですが、私は察することが苦手ですので、どうか鈍感な私にも分かるようにはっきりおっしゃってくださいませんか?」
私……もしかしたら悪い顔をしているかもしれない。
ここにいる一組の生徒なら、こんな駄目押しをしなくても、おそらくみんな気がついたと思う。
――ただ一人、レリル様を除いて。
「え? 私は遠回しになんて言ってないよ? 小さい方がいいから六分の一をちょうだい」
もう誰の目にも明らかだ。
レリル様は分数を理解していない。
六分の一が八分の一より小さいと思っている。
分母の数字で判断しているんだ……。
「では、こちらをどうぞ召し上がれ」
ジゼル様が、レリル様のリクエスト通りに六分の一にカットしたケーキが載っているお皿を差し出した。
机の上には、既に個別のお皿に移し替えられたケーキが並んでいた。
ジゼル様が、「どうぞ」と言って手渡した六分の一のケーキを受け取ったレリル様は、「え? 小さい方って言ったのに」と、ジゼル様に意地悪をされたような顔をしている。
誰かがジゼル様を咎め、自分を慰めてくれるのを待っているのだろう。
このままではまずいと思ったのか、レリル様を守るために伯爵令息の一人がたまらず叫ぶように割って入った。
「レリル嬢は小さい方を希望されたのだから、君も貴族の端くれなら、何も言わず小さい方を渡すべきなのではないか!」
二人目の伯爵令息が続いた。
「そうだ。そもそもメーベル嬢! レリル嬢の真似をしたかったようだが、ランチを食べる前にこのように大量のケーキを配るなど配慮にかけている!」
糾弾されても痛くも痒くもない。
今は最高に気分がいいので、何を言われても平気。
「まあ、言われてみれば確かにそうですわ。私の配慮が足りませんでした。皆さま、どうぞランチにお出かけください。ここは私が責任を持って片付けておきますので」
「もちろん、そうするとも!」
三人目の伯爵令息が鼻息荒くそう宣言すると、彼らはレリル様を連れて教室を出て行った。
残された私を気遣うように、ジゼル様が、「食べ切れない分はカフェテリアの従業員に差し入れという形で寄付すればいいわよ」と提案してくれた。
「あら? あなた方だけで楽しむおつもり? せっかくだから私は一切れいただくわ。ケーキでお腹いっぱいにはしたくないから、私も小さい方を、八分の一をお願い」
それほど会話をしたことがなかった伯爵令嬢が、茶目っ気たっぷりにケーキを受け取ってくれた。
「あのう。僕も一切れいいかな。甘い物には目がないんだ。大きい方がいいから、六分の一のケーキをもらいたいな」
「じゃあ、僕は――」
一組のみんなが次々とケーキを貰ってくれる。
それぞれ、「小さい方がいい」とか、「大きい方がいい」とわざわざ言葉にしてくれるのは、私の意図を汲んで、この茶番に賛同してくれたからだと思う。
試験を受けた誰しもが、昨日の掲示板を見て私と同じ思いを抱いていたに違いない。
数学の試験を受けなかったレリル様。
試験結果が対象外となり、おそらく最下位となったであろう事実がなかったことにされたレリル様。
「よかったね、メーベル」
「うん」
「メーベル様。シャーリー様。さすが一組の皆様ですわね」
「はい」
モヤモヤしていたのは私だけじゃなかったと分かって、救われた気分だ。
「メーベル様。シャーリー様。実は私、今日は本当にお二人とランチをご一緒したいと思いまして、簡単な軽食を持参してきましたの。私の友人たちと一緒にランチはいかが?」
「ええ、ぜひ!」
この日私たちは、至福のランチタイムを過ごしたのだった。
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