22 生徒茶会④
すっかり仕事を終えたつもりのレリル様は上機嫌で厨房に戻って来た。
「緊張しちゃった! 私、ちゃんと喋れたかな? 全員に聞こえてた? もし端っこのテーブルまで届いていないようなら、今から行って来ようかな?」
何を言っているんだろう。
これから本番が始まるのに、レリル様は仕事をするつもりはないようだ。
どうやらちょっと顔を出しただけのつもりらしい。
「レリル様。端のテーブルは別のペアの担当なので、レリル様がそのテーブルのお客様とお話を始められると、迷惑をかけることになるわ」
「え?」
どうして傷ついたような顔をするんだろう?
シャーリーがため息を押し殺して加勢してくれた。
「レリル様。レリル様も初回のお茶会はホスト役として仕事をしなければ、欠席扱いになると思いますよ?」
「え? 私はちゃんと仕事をしたわ!」
「それはプリンセスの仕事ですよね? これからは一組の生徒として、ホスト役の仕事をする必要があるんです」
「でも、私はお菓子を自分で焼いて持ってきたのよ?」
そういうことか。
主賓のための焼き菓子を用意したから、それでいいと思っていたんだ。
えぇぇ!
素早くシャーリーと視線で会話する。
「レリル様。学園側との間で齟齬があったようですね。学園側は、他の生徒と同じ通常のホスト役の仕事をこなした上で、追加で自作のお菓子を作りたいと申し出られたと思ったのでしょう」
「え? そんなはずはないわ。エリック先生はそんなことおっしゃっていなかったわ」
「ここで私とレリル様がお話をしていても埒があきません。まずは茶会を無事に成功させなければ」
もうこの場は押し切ってしまおう。
いつもの伯爵令息たちもいないので、いけるはず。
「私とシャーリーで担当のテーブルにお菓子を運ぶので、レリル様は残数管理をお願いします」
「残数管理?」
「はい。今回は二種類のクッキーをお出しするのですが、初回の私たちが使用した残りの数を三回目のホスト役の方に申し送りをする必要があるのです。こちらの赤い箱のクッキーは、一箱に十二枚入っていて、この青い箱のクッキーは一箱に八枚入っています。お客様には、一人につき、赤い方のクッキーを二枚と青い方のクッキーを一枚お出しします」
そう。一組では、話し合いの結果、食べやすいサイズのクッキーを、一人三枚にすることに決めたのだ。
「え? 三枚?」
「そう――だけど?」
レリル様は初めて聞いたような顔をしているけれど、ちゃんと事前に伝えたよ?
「だから、レリル様は、厨房からお出しした数をメモして、最後に残りの枚数を伝えて欲しいの。中には割れてお出しできないクッキーもあると思うので、できれば、破損して出せなかった枚数も数えておいてね」
「え?」
え?
雲を掴むような話をしたつもりはないんだけど……。
今の説明で伝わらなかった?
「最初に用意したのがここにあるでしょう? あとはお出しした赤と青の枚数を数えて引くだけよ?」
「…………割れることも考えて多めに用意したんでしょう? それなら数える必要はないと思うわ」
「え? でも、万が一にも三回目のお茶会でお菓子が不足するようなことがあれば困るでしょう? ほら、その際はどのテーブルも公平になるように、赤と青のクッキーの枚数を揃える必要があるから……」
レリル様の表情がだんだん険しくなっていく。
「それは三回目の担当者に任せればいいじゃない。クッキーを全部出して、お皿に並べてみれば分かることでしょう?」
嘘でしょう?!
そんな無責任なことできる訳がない。
言葉が出ない私の代わりに、シャーリーが代替案を出してくれた。
「メーベルはほら、リーダー役を任されたりして、責任感がとても強いのよ。だから、同じチームになったよしみで、助けてあげて。そうね……レリル様は、割れたクッキーがあったら、その枚数だけを数えてくれたらいいわ。どうかしら?」
「そうね。それくらいならお手伝いしてもいいわ」
お手伝いか。
自分のやるべき仕事だとは思っていないんだ。
「じゃあ、それで決まりね。さっ、メーベル。クッキーを並べましょう!」
結局。
初回で用意したクッキーに割れたものはなかった。
なので、最初に用意した数からテーブルに出した分だけを計算して、残りの枚数を次のホスト役に伝えた。
「ねえ、シャーリー。どうしてかな……なんか、もの凄く疲れたね。お菓子を出しただけなのにね」
「うん。お茶の担当じゃなくてよかったわ。本当にもうクタクタ」
ホスト役を無事に終えた私たちは、ゲスト役も無難にこなした。
クッキーも紅茶もちゃんと味わえなかった。
達成感なんて微塵も感じられない結果となってしまった。
なんなら疲労感しかない。
孤児院の慰問に続いて、生徒茶会もまた、ほろ苦い思い出になってしまった。
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