14 孤児院訪問①
『手ぶらで行くのもなんだから、適当な物を僕が用意しておくよ』
カフェテリアで別れる際、アーチボルト様からそう言われたので、私は何も準備しないまま今日を迎えてしまった。
でも、本当によかったのかな……?
馬車も辺境伯家から出してくれるとおっしゃっていた。
何もかも頼りっきりもなってしまって、今更だけど私も何か用意すべきだったのかも。
カフェテリアでは鬼の形相だったかな? とか、嫉妬丸出しの愚痴だったかもしれない、などと、恥ずかしい姿を見られてしまったことが悔やまれて、思い出す度に泣きたくなる。
それでも後少ししたら迎えの馬車が来るのだ。ちゃんと支度しないと!
鏡に映った全身を何度も見ているけれど、これでいいのか決心がつかない。
「とりあえず孤児たちが気後れしないように、汚れても大丈夫な無地のワンピースにしたけれど、アーチボルト様はどんな格好をされているんだろ? うーん……」
質素にし過ぎて釣り合わなかったら彼に恥をかかせてしまうかな?
「そういえば、アーチボルト様と一緒にお出かけするなんていつ以来だろう? 子どもの頃一緒に遊んだのだって、もう何年も前だし……」
幼い日のアーチボルト様の笑顔が浮かぶ。
「あぁ癒される……」
アーチボルト様は、キラキラと降り注ぐ日差しに負けないくらい煌めいていた。
少しばかり記憶の中を彷徨っているとノック音が聞こえた。
「はい」
「ウィーナー辺境伯のご子息がお見えになりました」
ドアの向こうで執事がかしこまっている様子が伝わってくる。
「すぐ行くとお伝えして」
「かしこまりました」
さあ! 気合いを入れなくちゃ!
一階に下りると執事が待っていた。
応接室に通したのかな?
「アーチボルト様は?」
「それが、『すぐに出発するのでここで待たせてもらう』とおっしゃって、お屋敷にお入りになりませんでした」
「え? 外で待っていらっしゃるの?」
慌てて外に出ると、まるで侍従のように馬車の前で立っていらっしゃる!
しかも背後にはアーチボルト様の従者らしき男性まで連れている!
「アーチボルト様! お待たせしてしまい申し訳ございません」
「あはは。さっき着いて挨拶したところだよ? 待っちゃいないさ。それよりもメーベルは今日はいつもと違うね。なんだかお忍びで外出するみたいだなぁ」
「え?」
「ほらほら。馬車に乗って」
アーチボルト様に手を取られてステップを上がる。
どうしよう……。顔に出ていなかったかな……?
アーチボルト様の手に自分の手を重ねた時、男の人の手だなって、ドキリとしちゃった。
◇◇◇ ◇◇◇
馬車に向かい合って座ったけれど、恥ずかし過ぎてアーチボルト様の顔を見れない。
「日用品やリネン類などは君たちが寄付したそうだから、やっぱり甘いものがいいんじゃないかと思って、今日は焼き菓子を三種類ほど用意したんだ。到着したら子どもたちと一緒に食べよう」
「あ、はい」
「あれ? 元気がないなぁ。そんなに気負う必要はないよ。そもそも今日の訪問は僕の気まぐれなんだからね。メーベルは僕に付き合って外出しただけのこと。まあ、ついでにレリル嬢の訪問の様子がわかればラッキーくらいに思っていればいいんじゃないかな。それでちょっとでもメーベルの気が晴れたら、僕としては大成功なんだけどね」
「……はい」
アーチボルト様が私のために行動してくれているのは明らかなのに、私ったら生返事をしちゃっている。
彼は私に気を遣わせまいと、こんなにも言葉を尽くしてくれているのに。
元気を出さなくっちゃ!
「はい! そうですね! アーチボルト様のおっしゃる通りだと思います」
「そうそう。せっかくなんだから楽しもう」
◇◇◇ ◇◇◇
まだ記憶に新しい孤児院に到着した。
見覚えのある門構え。古びて補修が必要とはいえ、創設者の侯爵家の別邸だった屋敷は格調高いデザインだ。
全部昨日のことのように思い出せる。
門の前に院長と子どもたちが並んで待ってくれているのも同じだ。
「待っていなくていいって言ったんだけどね」
アーチボルト様が苦笑した。
先に馬車から降りたアーチボルト様がまたしても私の手を引いてくれた。
とても大切にされている感じがして恥ずかしい。
きっとアーチボルト様にとっては、ただの紳士的な振る舞いに過ぎないのに。
「今日はようこそおいでくださいました。皆もこの通り喜んでおります」
院長が挨拶すると、子どもたちが目配せしあって、「せーの」という誰かの小さな掛け声の後に、「ようこそおいでくださいました」と声を揃えて挨拶してくれた。
院長に言われてやらされていると分かっているのに、子どもたちのキラキラした瞳を見ているとやっぱり感激してしまう。
「アーチボルト様。まずは院長室で――」
「いえ。せっかくですから、食堂でお菓子をいただきましょう」
「え? あ、はい。ではそのように」
アーチボルト様の言葉を聞いた子どもたちが一斉に色めきたった。
「やったー!」
「お菓子?」
「すぐに食べれるの?」
綺麗に整列していたのに、あっという間に団子状態になって、ワイワイ騒いでいるのが子どもらしくて可愛い。
「メーベル。僕らも一緒にいただこう。うちの料理人たちの自慢の焼き菓子だから、味は僕が保証するよ」
「……! 美味しくない訳がありません! 私も楽しみです」
アーチボルト様の従者が数人の年長者に声をかけて、子どもたちと一緒に持参した焼き菓子を運んでいる。
そうか。辺境伯家では定期的に寄付をしているから慣れているんだ。
「ほら。メーベル。行くよ」
「あ、はい」
アーチボルト様の方へ行こうとした時、私の右手が柔らかいもので包まれた。
「お姉ちゃん。一緒に行こう?」
四、五歳くらいの女の子が私の手を小さな両手でぎゅうっと握っている。
学園の慰問イベントでは、こんな風に個別に接することはなかった。
なんだか――新鮮? というか、楽しい!
「こっちだよ!」
幼い女の子に手を引っ張られながら、小さな歩幅でヨタヨタと歩く彼女に合わせて歩く私を、アーチボルト様が微笑を浮かべて見ている。
えっと。なんだか恥ずかしいんですけど。
「僕も案内してあげる!」
いつの間にかもう一人、少女と同じ歳くらいの少年が、私の左手を掴んで引っ張っていた。
「私が連れてってあげるんだもん!」
「僕が案内してあげるんだ!」
えぇぇ? これってどういう状態?
右手と左手をぐいぐい引っ張られているんですけど?
「あはは。そんなに力一杯引っ張ると、お姉ちゃんの手が取れちゃうよ? ほら、お姉ちゃんが痛がってるよ」
アーチボルト様がわざわざ仲裁してくれたお陰で、二人が引っ張るのを辞めた。
「ごめんね、お姉ちゃん。痛かった?」
少女が泣きそうな顔で見上げている。
「ううん。大丈夫」
「僕もごめんなさい」
「大丈夫だから一緒に食堂に行きましょう」
「うん!」
すると二人とも私の手を握ったまま勢いよく走り出した。
「え?」
結局、子どもと一緒になって小走りで食堂へ向かうことになってしまった。




