第9食目 勇者と弁当屋、すれ違う想い
王都進出の誘いを断り、村へ戻ったアジノ屋。
味男と甘味は「ここで弁当を作る」と心を決めてから、数日が過ぎていた。
「お父さん、今日も仕込み多いね」
「おう。最近は冒険者の往来も増えたしな。いいことだ」
広場に面した店は、いつもより人でにぎわっていた。王都での評判が伝わったのか、村を訪れる冒険者や商人が「アジノ屋の弁当を食べたい」と列を作っているのだ。
そんな時。
「おーい! 弁当屋、やってるか!」
朗らかな声とともに現れたのは、見覚えのある大柄な男、ラファだった。背中には大剣を担ぎ、その後ろにはガブとサリ、そして勇者ミカ=エルの姿があった。
「おお! 勇者ご一行じゃねえか!」
味男は手を止めて笑顔を向けた。
「まさかまた来るとはな。王都の豪華な料理のほうが口に合うんじゃねえのか?」
ラファは豪快に笑う。
「豪華すぎて胃もたれだ! やっぱり肉と飯をガツンと食える弁当が一番だ!」
「わかるわかる!」と味男も笑い、ふたりの腹が同時に鳴る。
「全然わかりませんね……」とガブが小声で突っ込む。
「私は分かるわよ? だって甘味ちゃんに会いたかったんだもの!」サリがにっこり手を振ると、甘味は頬を赤らめた。
「お、おかえりなさい!」
「ただいま、甘味ちゃん!」
広場の空気は一気に明るくなる。
勇者パーティーは、おのおの好きな弁当を頼み席に着き、弁当を口にする。
「しかし……」
弁当を口にしたミカ=エルは、静かに目を閉じた。
甘辛く煮た鶏肉、ほかほかの白飯。噛むたびに広がる香ばしさと、なぜか胸に染み入るような懐かしさ。
彼女は箸を止め、胸を押さえた。
「……どうしてだろう。こんなにも、心が安らぐのは」
仲間たちは気づかずに談笑を続ける。
味男はを弁当箱片付けながら、ちらりとミカ=エルを見やる。
「(この勇者……やっぱり変わってる。妙に気が合うっていうか……飯を食う顔が、どこか懐かしいんだよな)」
食事を終えたあと。
「ねえねえ!」甘味がミカ=エルの袖を引いた。
「ん? どうした、甘味」
「勇者さんってね、なんか……お母さんみたいだね!」
その場が凍りついた。
「ぶほっ!」ガブが水を吹き出し、ラファは「お、甘味! 勇者殿を捕まえてなんてことを!」と大慌て。
サリは目を丸くして「えっ……そ、それって……」と口を押さえる。
当のミカ=エルは、箸を落としたまま固まっていた。
「わ、私が……お母さん……?」
甘味は悪びれずににっこり。
「うん! ごはん食べてる顔とか、優しいところとか、お母さんにそっくり!」
「こら甘味!」味男が頭を抱える。
「お客様に失礼なことを言うんじゃねぇ!」
「えー? だって本当のことだもん!」
店中の冒険者たちがクスクス笑い、空気は一気に和やかに染まった。
だが、ミカ=エルの胸には奇妙な痛みが走っていた。
「(……どうして、この子の言葉が、こんなに心に響くんだ……?)」
夜。
勇者パーティーは村に滞在することになり、広場はささやかな宴会場と化した。
味男は鍋を持ち出し、特製の雑炊を振る舞う。
「うまい! 弁当だけじゃなく、鍋もうまいのか!」ラファが大喜び。
「消化に良い……ありがたい」ガブは笑顔で頷き、サリは「おかわり!」と器を差し出す。
甘味も負けじとお玉を振るい、みんなの器に雑炊を注ぐ。
「はいどうぞ! 勇者さんもたっぷり食べてね!」
差し出された器を受け取りながら、ミカ=エルは思わず笑みをこぼした。
「……ああ、ありがとう」
その笑顔に、甘味はまた「お母さんみたい」と呟きそうになったが、今度はぐっと飲み込んだ。
ただ、胸の中がじんわりと温かくなるのを感じながら…
翌日。
味男はいつもより丁寧に弁当を詰めていた。
「お父さん、それ特別なお弁当?」
「ああ。昨日から考えてたんだ。勇者たちに持たせる弁当……幕の内ってやつだ」
色とりどりのおかずが、箱の中にきちんと並んでいる。
卵焼き、煮物、焼き魚、漬物、そしてふっくら炊いた白飯。
普通の弁当に見えるが、味男が作るたびにふわりと光が宿り、淡い魔力が弁当全体に染み込んでいった。
「魔力弁当……だな」
味男は自分でも驚きながら呟く。
彼の料理に宿る力は、食べる人の心をつなぐ不思議な魔力だった。
出発の前、勇者パーティーは広場にある店に集まった。
「これが幕の内弁当? 見ただけで腹が鳴るな!」ラファが目を輝かせる。
「栄養も彩りも考えられている……理想的ですな。」ガブは真面目に分析。
「きゃー! かわいい! 小さなおかずがいっぱい!」サリは子どものようにはしゃいだ。
そしてミカ=エルが弁当を受け取るとき――
「……ありがとう」
その声がかすかに震えていた。
全員が揃って弁当を口にする。
最初に異変に気づいたのはサリだった。
「なんだか……あったかい気持ちがする」
「確かに。胃袋だけじゃなく、心まで満たされていく……」ガブが驚いたように眉を寄せる。
「よし! 俺は今日からもっとみんなを守るぞ!」ラファは立ち上がり、大剣を振り回して周囲から「危ない!」と怒鳴られる。
笑いが起きた瞬間、四人の間にあった微妙な距離感が、ふっと消えていくのが分かった。
弁当を食べるごとに、仲間たちの心が一つになっていく。
ミカ=エルもまた、不思議な感覚に包まれていた。
(……この弁当。食べるたびに、心が揺さぶられる。温かくて、懐かしくて……)
ふと、彼女の脳裏に断片的な光景が浮かんだ。
――小さな手を握る感触。
――「おいしい?」と笑う男の声。
――自分に向かって「お母さん」と呼ぶ幼い声。
「っ……!」
ミカ=エルは箸を止め、思わず胸を押さえた。
「勇者様? どうしたんですか?」サリが心配そうにのぞき込む。
「い、いや……大丈夫だ。ただ……少し、不思議な夢を見たようで……」
味男はその様子を横目で見ながら、胸の奥がざわついた。
(この感じ……やっぱり、この勇者……)
だが、互いに真実を口にする勇気は、まだなかった。
食事を終え、パーティーは出発の準備をする。
「ありがとな! この弁当、きっと俺たちの力になる!」ラファが笑顔で拳を振り上げた。
「必ず魔王を倒して戻ります。そのときは、また弁当を頼みます」ガブが力強く言う。
「絶対に帰ってくるから、待っててね!」サリも手を振る。
ミカ=エルは最後に弁当箱を胸に抱きしめ、味男を見つめた。
「……また、来てもいいだろうか?」
「ああ。おまえさんの席は、いつでも空いてるぜ」
そのやりとりを見ていた甘味は、小さな声で呟いた。
「……お母さん、また来てね」
ミカ=エルの瞳が大きく揺れたが、言葉を返すことはできなかった。
ただ微笑んで、仲間と共に歩き出す。
背中を見送りながら、味男はふと拳を握った。
「……いつか、あいつらが帰ってきたときに。胸を張って迎えられる弁当屋でありたいな」
その言葉に甘味が「うん!」と力強くうなずいた。
本日のお品書き 魔力弁当 幕の内弁当(食べると仲間との絆が深まる)
ー第10食目に続く。




