第7食目 弁当屋と最強ライバル料理人
勇者パーティーが旅立って数日後のこと。アジノ屋の暖簾をくぐった郵便係の青年が、一枚の立派な封筒を差し出した。
厚手の紙に金の紋章。どう見ても只事ではない。
「こ、これは……招待状!?」
味男が封を破ると、中から現れたのは「王都屋台フェス」への参加依頼状だった。
「お、王都……! しかもフェスだと!? ついに俺の弁当が王都デビューかあ!」
大柄な体を揺らして喜びを爆発させる味男。
一方、甘味は招待状を覗き込み、目を丸くした。
「わ、王都って……すごい大きな街なんでしょ? 人もいっぱいいて……。大丈夫かな、お父さん…」
「任せとけ! 弁当は世界共通、腹いっぱいになればみんな笑顔だ!」
父の豪快な言葉に、甘味は苦笑しつつも心を決める。
数日後。親子は荷馬車に弁当箱と食材を積み込み、王都へと向かった。
そして――目の前に広がったのは、想像を超える大通りの賑わいだった。
「すっごい……! あんなにお店が並んでる!」
「うおおお……肉の匂いにスパイスの香り! 腹が鳴るじゃねえか!」
通りの両脇には屋台がずらり。焼き肉、シチュー、パスタ、パイ……王都中の料理人たちが腕を競い合い、祭りを盛り上げていた。
「やれやれ、アジノ屋さんですな」
声をかけてきたのは主催者の役人。
「今回のフェスは観客投票で“屋台No.1”を決めるのです。王都随一の料理人たちが集いますが……」
意味ありげに言葉を濁す。
その視線の先にいたのは――。
「おお……」
観客が息を呑むほど華麗な包丁さばきで魚を捌く、一人の男。
白銀のコック服に、誇らしげな立ち姿。
「彼こそ王都最強の料理人、グラン=キュイジーヌ殿。王族の宴も任される宮廷料理人です」
彼の調理台には、色とりどりの食材が並んでいた。
煌びやかなソースに、金粉をまぶしたパイ。盛り付けの一皿はまるで芸術品のよう。
群がる観客の目は釘付けになり、ため息さえ洩れている。
「すっげえ……こりゃまるで絵だな」
「……お父さん、あの人と戦うの?」
「戦うっていうか……料理対決だな」
甘味の顔に不安が浮かぶ。
対する味男は、にかっと豪快に笑った。
「安心しろ。オレの弁当は地味かもしれねえが、腹と心は間違いなく満たす! 王都だろうが天国だろうが、地獄だろうが、弁当食って笑顔にしてやるさ!」
アジノ屋の屋台は、他の店と比べればずっと質素だった。
並んでいるのは「唐揚げ弁当」「鮭のり弁」「煮込みハンバーグ弁当」。
木の弁当箱に詰められた庶民的な料理は、見た目こそ派手ではない。
「え、木箱にご飯? フェスなのに……」
「王都の人に受けるかなあ」
通りすがりの客から冷ややかな声が漏れる。
しかし甘味がにっこりと笑って声を張り上げると、空気が変わった。
「いらっしゃいませっ! 今日のおすすめは唐揚げ弁当です! 揚げたてですよ!」
その元気な声に足を止めた親子連れが、興味深げにのぞき込む。
味男は大鍋に油を熱し、豪快に鶏肉を放り込んだ。
じゅわわああああっ――!
香ばしい匂いと共に、弾ける音が通りに響く。
味男が豪快に菜箸を振るたび、油の飛沫が黄金色に輝き、観客が「おおっ」とどよめいた。
「どうだ! これが弁当屋の実演だ!」
味男が胸を張ると、子供たちが歓声を上げる。
弁当箱に熱々の唐揚げと、ふっくらご飯、彩り野菜を詰めて――。
「はいよ! 唐揚げ弁当、できたてだ!」
甘味が笑顔で差し出すと、観客は「ちょっと食べてみようかな」と手を伸ばす。
そして一口。
「……うまっ! ご飯が進む!」
「唐揚げがサクサクでジューシー! これ、止まらなくなる!」
ざわめきが広がり、アジノ屋の屋台の前に少しずつ列ができ始める。
列が伸び始めたアジノ屋の屋台。しかし同じ頃、向かいにあるグラン=キュイジーヌの屋台は、さらに大きな人だかりで埋め尽くされていた。
「見ろ、この盛り付けを……!」
「王族が食べる料理を、まさか庶民が味わえるなんて!」
皿の上に並んだのは、黄金色に焼き上げられたロースト肉、鮮やかなソースをまとった魚料理、まるで宝石箱のようなデザート。
その一皿を目にしただけで、観客はうっとりと溜息を漏らす。
「ふん、所詮、弁当とやらは庶民の食べ物だ」
グランが冷ややかに視線を送ってきた。
「この場にふさわしいのは芸術であり、洗練。そちらの油まみれの料理が票を集められるとでも?」
その挑発に、味男はぐっと拳を握る。
「……たしかにアンタの料理は芸術だ。だがな、料理は飾りじゃねえ。腹を満たし、心を元気にするもんだ!」
「理想論だな」
グランは嘲笑し、観客の注目を一層集めるかのように、次の皿を披露する。
やがて、観客投票の時が訪れた。
それぞれの屋台に置かれた投票箱へ、客が小さなコインを投じていく。
開始直後、グランの箱には次々とコインが落ちる。
「やはり宮廷料理だ!」
「これぞ本物!」
圧倒的な人気に、甘味の顔が不安に曇る。
「お父さん……このままじゃ……」
「大丈夫だ」
味男は力強く笑い、最後の一手に出た。
「さあて、オレの本気を見せるか!」
彼が取り出したのは大鍋と、どっさりの白米。
「お父さん、それは……?」
「特製! 屋台フェス限定、元気モリモリ弁当だ!」
炊き立ての米を豪快に盛り、香ばしい照り焼きチキン、彩り豊かな野菜炒め、甘じょっぱい卵焼きを詰め込む。
その一挙手一投足は荒っぽいが、どこか見ていて楽しくなる。
「よーし、できたぞ! これ食って、腹の底から笑えーっ!」
味男が声を張り上げ、甘味が笑顔で弁当を差し出す。
受け取った観客が一口頬張った瞬間――。
「……っ、うまいっ!!」
「身体に染み渡る……なんだこれ……懐かしい味がする!それから!なんだか、元気が湧いてくるぞ!」
「これぞ庶民の、いや、人のための料理だ!」
歓声が広がり、次々と票がアジノ屋に流れ込む。
甘味の元気な声と父の豪快な調理が、人々の心を掴んで離さなかった。
やがて投票締め切りに。
結果発表の場に観客が集まる。
「屋台フェスNo.1は――」
司会者が大きく声を張る。
「アジノ屋!」
会場は大歓声に包まれた。
驚きの声、拍手、子供たちの笑顔。
味男は腕を組み、どかっと笑う。
「どうだ、見たか! これが弁当魂だ!」
一方、グランはしばし無言のまま自分の皿を見つめ……やがて静かに頷いた。
「認めよう。私の料理は確かに美しい。だが、人々の心を動かしたのは君たちだ。……庶民の味…弁当…恐るべしだな」
その言葉に、味男も真顔で返す。
「アンタの料理もすげえよ。だが俺は俺のやり方で、腹を満たす料理を作り続ける。それだけだ」
二人は互いに目を合わせ、わずかに笑みを交わした。
祭りの夜。
屋台の片付けを終え、甘味は父の横に座り込む。
「お父さん、すごかったね! お客さんみんな笑顔で食べてくれて……!」
「ああ。弁当は派手じゃねえが、食べた奴の心を満たす。今日、それが証明できた」
満天の星空の下、親子は屋台の残り弁当を分け合った。
その味は格別で、胸の奥まで温かさで満ちていた。
本日のお品書き 魔力弁当:特製元気モリモリ弁当(食べると心が温まり、元気が、湧いてくる) ー第8食目に続く。




