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第6食目 懐かしき弁当の味、かすかな記憶


昼下がりの村は、いつもよりにぎわっていた。冒険者や商人、旅の者たちが足を運ぶ理由はひとつ──アジノ屋の弁当である。

 木の看板に書かれた「アジノ屋」の文字は、もう村人たちの誇りになりつつあった。


「味男さん、今日も頼む!」

「スタミナ弁当、二つ追加で!」

「煮物多めのやつ、残ってる?」


 次々と飛ぶ注文に、味男は大柄な体を揺らしながら豪快に笑った。

「おうよ! 待ってろ、今すぐ詰めてやるからな!」

 その横で甘味は元気に声を張り上げる。

「はいっ! 唐揚げ弁当ひとつ、おまちどうさまー!」


 今日も親子の掛け合いは活気にあふれていた。

 だが、ひときわ目立つ客たちが店に現れると、空気がさらに華やいだ。

 勇者ミカ=エルとその仲間たちだ。


「お、今日も来てくれたか!」と味男。

「ふふ、あんたの弁当を食べると、旅の疲れが吹き飛ぶのよ」とミカ=エル。


 勇者パーティーはすっかり常連になっていた。戦士ラファは黙って腕を組みながら列に並び、僧侶ガブはにこにこと周りの客に会釈をし、魔導師サリは「今日は絶対唐揚げね!」と声を弾ませている。


「俺はスタミナ弁当を」

「私は煮物が多めの弁当をお願いします」

「唐揚げ、唐揚げー!」

「私は、チキンカツ弁当を頼む」 

 勇者パーティーのリクエストに、味男は「まかせろ!」と胸を叩いた。


 席について弁当を広げると、それぞれが一斉にかぶりついた。

「……うまい」ラファは短くそう言って、黙々と肉をかきこむ。

「ふふ、やっぱりここの煮物は優しい味ですねぇ。癒されます」とガブが目を細める。

「カリッ! じゅわっ! やっぱ唐揚げは最高だわーっ!」サリは子どものように喜びを爆発させた。


 そんな仲間たちを横目に、ミカ=エルはふと弁当の隅に目を留めた。

 そこには、ふっくらとした黄色い卵焼きが詰められている。

「……卵焼き?」


 箸でつまみ、口に運んだ瞬間──甘みとやさしい塩気が舌に広がる。

 それはどこか懐かしい味だった。


 ミカ=エルの心臓が、不意に大きく脈打った。

「……っ」

 視界がかすかに揺れ、頭の奥に映像が差し込む。


 使い込められた台所。

 大柄な背中が、黙々と包丁を動かしている。

 横には小さな女の子が、笑顔で卵を割っている。

 そして、その二人を見守る自分──いや、別の「私」。


 ミカ=エルは思わず胸に手を当てた。

(なに……今のは……?)


「おい、どうした勇者殿」ラファが心配そうに声をかける。

「顔色が悪いようだが」

「い、いえ……なんでもないわ。ただ、この卵焼き……とても懐かしい気がして」


 ミカ=エルの呟きに、味男の手が一瞬止まった。

(懐かしい……?)


 その言葉に、胸の奥がざわつく。

 ミカ=エルが卵焼きを頬張る姿は、亡き妻・味加とどこか重なって見えた。

 無邪気に笑い、時に真剣な眼差しをするその表情。

(いや、まさか……そんなはずはねぇ)


 味男は頭を振り、わざと豪快に笑ってみせる。

「ははっ! そりゃあ、うちの卵焼きは特製だからな! 愛情てんこ盛りよ!」


「愛情……」ミカ=エルは小さくつぶやき、また卵焼きを口に運んだ。

 けれど胸の奥に広がる感情は、言葉にできない。

 ただ温かく、そして切なく、なぜか涙がにじんでしまう。


「……どうしてかしら。食べてると、胸がいっぱいになるの」

 そう呟いたミカ=エルの目から、一筋の涙が零れ落ちた。


 仲間たちは驚き、ガブが心配そうに背中を撫でる。

「勇者様、大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫。ただ……」


 ミカ=エルは首を振り、涙を拭った。

「ただ、すごく大切なものを思い出しそうで……」


 味男の胸も締めつけられるように痛んだ。

(味加と同じ感じ……いや、考えすぎだろう……)


 甘味はそんな二人を見比べ、きょとんと首をかしげる。

「勇者さま、うちの卵焼き、そんなに気に入ってくれたんですか?」

「ええ……とても……」


 ミカ=エルは微笑んだ。だがその笑顔には、まだ自分でも理解できない哀しみが混じっていた。

夕暮れ時、アジノ屋は一日の営業を終えて、ようやく静けさを取り戻していた。

 テーブルの上には、売れ残りわずかの弁当箱。

 甘味はそれを片付けながら、まだ店に残っている勇者パーティーを見てにこやかに声をかける。


「今日はいっぱい食べてくれてありがとうございました! 勇者さまたちも、また来てくださいね」

「もちろんだよ、甘味ちゃん」サリが元気に手を振る。

「唐揚げがある限り、私は毎回来るから!」


 ラファは腕を組んだまま「ここの食事は、兵糧以上の価値がある」と真顔で言い、ガブは「心まで癒されます」と頷いた。

 そして最後に、ミカ=エルが小さく微笑む。

「ええ……また来させてもらうわ」


 しかしその瞳には、昼間の涙の名残がまだかすかに残っていた。


 夜。

 村は寝静まり、静寂の中に虫の声が響く。


 味男は布団に入っても眠れず、天井をじっと見つめていた。

 頭の中には勇者の姿が浮かんでいる。

 ──卵焼きを食べて涙をこぼしたあの表情。

 ──「胸がいっぱいになる」と呟いたあの声。


(……まるで、味加みたいだった)


 二年前、病気で亡くした妻の姿。

 台所で並んで弁当を作った日々。

 甘味をあやしながら「もうひとつおかず入れてあげよう」なんて笑っていた彼女。


 その記憶と、勇者ミカ=エルの姿が重なってしまう。

(いや、ありえねぇ……味加が異世界に勇者として転生なんて……)


 そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥のざわめきは消えなかった。



 一方その頃。

 村外れの宿屋の一室。勇者ミカ=エルもまた、眠りにつけずにいた。


(あの卵焼き……なんであんなに胸が苦しくなるんだろう)


 やがて浅い眠りに落ちると、不思議な夢を見た。


 小さな食卓。

 木の机の上に、色とりどりの弁当箱が並んでいる。

 大柄な男性が笑いながら箸を伸ばし、隣には元気いっぱいの女の子。

 そして──自分もそこに座っていて、温かな笑い声に包まれている。


「味加、一緒に食べよう」

「お母さんの卵焼き、すっごくおいしいよ!」


 夢の中の声が、胸を強く打つ。

 目を覚ましたとき、頬には涙が伝っていた。


(今のは……誰……? あの人は……あの子は……)


 思い出そうとしても、靄がかかったように掴めない。

 ただ一つ確かなのは、「あの弁当屋の味」と夢の記憶がつながっていることだった。



 翌朝。

勇者パーティーは旅立つ前にもう一度アジノ屋を訪れた。

 朝の光に照らされた店先で、味男と甘味が出迎える。


「おう、朝っぱらから来てくれたか! よし、特製の朝弁当作ってやるよ」

「おはようございます! 今日は卵焼きたっぷりにしました!」


 甘味が笑顔で差し出した弁当箱に、ミカ=エルの胸が再び高鳴った。

 箸で卵焼きを取り、口に運ぶ。

 ──やさしい甘み。

 ──温かいぬくもり。


「……やっぱり、この味……」

 呟きながら、また涙があふれそうになる。


 味男はそれを見て、ごまかすように豪快に笑った。

「そりゃあ、うちの弁当はただの飯じゃねえ! 家族の味ってやつだ!」


 その言葉に、ミカ=エルの心臓が大きく跳ねた。

(家族……? 私に……そんなものが……?)



 ラファが咳払いをして場を整える。

「勇者殿、そろそろ出発の時だ」

「ええ……そうね」


 ミカ=エルは弁当箱を胸に抱きしめ、名残惜しそうに店を後にした。

 振り返った視線の先には、味男と甘味が手を振っている。

 その光景が、なぜか胸を締めつけた。


(あの人たちと……私は……)


 答えの出ない問いを抱えたまま、勇者は再び旅路へと歩き出した。



 その背を見送る味男は、静かに呟いた。

「……もし、本当に……」

 言葉の続きをのみ込み、拳を握る。

 甘味が不思議そうに首をかしげた。

「お父さん、どうかした?」

「いや……なんでもねぇよ」


 だが胸の奥では、どうしても消えない思いがくすぶっていた。

 勇者ミカ=エルと、亡き妻味加。

 交わるはずのない二つの存在が、弁当を通して少しずつ重なり始めていた。

                      本日のお品書き 魔力弁当:チキンカツ弁当(ステータス小アップ、精神力アップ)卵焼き(心を落ち着け、冷静さを取り戻す)                                             ー第7食目に続く。


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