第5食目 勇者パーティー、弁当と出会う!
村に再び平穏が戻ってから、数日が経った。
アジノ屋の前には、以前よりも長い列ができている。
「大将、あの“討伐弁当”を頼む!」
「俺もだ! 食べると力が湧いてくるんだよ!」
冒険者や行商人たちが次々と訪れ、弁当を求めていた。
盗賊団を撃退した話は、近隣の村々にまで広がっていたのだ。
「へっへっへ、ありがたいことだなぁ……。これじゃ仕込みが追いつかねぇ!」
味男は額に汗をにじませながらも、楽しそうにフライパンを振るう。
大きな背中と豪快な笑い声は、村の人々にとってすでに“安心の象徴”になっていた。
看板娘の甘味も大忙しだった。
「はいっ! こちらが肉野菜炒め弁当! こちらが焼き魚弁当です!」
元気な声を張り上げるが、時々つまずきそうになったり、弁当箱を落としかけたりして慌てる。
そんなとき、必ず味男の大きな手がさっと伸び、危なげなく受け止めるのだ。
「おっとっと、甘味。落ち着いていけよ」
「う、うん……でもお客さんいっぱいで……」
「大丈夫だ。俺たちは弁当屋だ。腹いっぱい食わせりゃ、みんな笑顔になる。それだけ考えてりゃいいんだよ」
父の言葉に、甘味は少し安心したように笑った。
そんなある日の昼下がり。
村の入り口に、ひどく疲れた様子の一団が現れた。
「おい……あれ、冒険者じゃねぇか?」
「いや、鎧の紋章……まさか勇者パーティーか!」
村人たちがざわつく。
現れたのは、四人組の男女だった。
先頭に立つのは、金色の髪を持つ若き女性。
背中に輝く剣を背負い、その姿は堂々たるものだ。
彼女こそ――勇者ミカ=エル。
その隣には、大剣を背負った屈強な戦士ラファ。
後方には、白い法衣をまとった僧侶ガブ。
さらに、尖った帽子をかぶった少女、魔導師サリ。
しかし、その姿は疲れ切っていた。
鎧は傷だらけで、顔には土埃がついている。
「ひとまず……休める場所を探そう」
勇者ミカ=エルは落ち着いた声で仲間に呼びかける。
「はぁ……もう限界だぜ。腹も減って動けやしねぇ……」
戦士ラファが大剣を下ろして、地面に腰を下ろす。
「私は……回復魔法で少しは持ち直せますが……やはり食事がないと……」
僧侶ガブは苦笑しながら、額の汗をぬぐった。
「もー! あたしなんか魔力すっからかんだよ! もう一歩も動けない!」
魔導師サリが地面に寝転がる。
その様子を見た村人の一人が、はっと思い出したように叫んだ。
「そうだ! アジノ屋に行け! あそこの弁当を食べれば元気百倍になるぞ!」
「弁当……?」
勇者ミカ=エルが首を傾げる。
「はいっ! 私たちの村の誇りです!」
村人が胸を張って答えると、四人は互いに顔を見合わせ、小さくうなずいた。
そして――アジノ屋の戸をくぐる。
「いらっしゃいませ! ……わっ!」
甘味は思わず声を上げた。
目の前に立つ一行の雰囲気が、今まで来た冒険者たちとまるで違っていたからだ。
「すみません、我らは旅の途中で……腹を満たせるものをいただきたい」
勇者ミカ=エルが、落ち着いた口調で告げる。
「おう、任せとけ!」
味男は豪快に笑い、カウンターに立った。
「ちょうど疲れてそうだな……なら、スタミナ満点《討伐お疲れ様セット》をサービスだ!」
味男は包丁を握り、手際よく肉を切り、野菜を炒める。
香ばしい匂いが店内に立ちこめ、勇者パーティーの胃袋を刺激した。
「な、なんだこの匂いは……!」
「もう、待ちきれない!」
やがて、湯気を立てる弁当が四人の前に並んだ。
「さぁ、召し上がれ!」
豪快に笑う味男。
勇者パーティーは、出された弁当のフタをゆっくりと開けた。
中から立ち上るのは、香ばしい肉の匂い、照りつやのある焼き魚、色鮮やかな野菜炒め、そしてふっくらと炊かれた白米。
さらに、ほんのり甘い卵焼きと、漬物が添えられている。
「……っ! こ、これは……!」
ラファが目を見開いた。
「まるで王城の料理のようだ……いや、それ以上に……うまそうだ!」
「ふふ……見た目も整っているし、栄養のバランスも完璧。これはただの食事ではありませんね」
ガブが神妙にうなずく。
「うわー! なにこれ、超おいしそう! 早く食べていい?」
サリは目を輝かせ、スプーンを握った。
「……いただこう」
勇者ミカ=エルは短く言い、箸を手に取った。
次の瞬間、四人は一斉に頬張る。
「な、なんだこの旨さはあああっ!」
ラファが叫んだ。
「肉の脂が舌に広がって……噛むほどに力が湧き上がってくる!」
「こ、これは……! 体の奥にまで沁み渡るような癒しの味……。聖なる加護に近い……」
ガブが感極まって涙を浮かべる。
「やっば! この卵焼き、甘くてふわっふわ! 野菜まで美味しい! あたし、野菜嫌いなのに……!」
サリは驚きすぎて、スプーンを落としかけた。
そして、勇者ミカ=エルも静かに卵焼きを口へ運んだ。
「……っ!」
彼女の瞳がかすかに揺れる。
噛みしめるたびに、胸の奥から懐かしい感情がこみ上げてくる。
温かい台所の光景。
豪快に笑いながら料理を振るう大きな背中。
隣で、幼い娘が笑っている――。
「……どうして、こんな……」
ミカ=エルは思わず手を止めた。
「どうした、勇者殿?」
ラファが首をかしげる。
「……いや。なんでもない。ただ……この味、どこか……懐かしいのだ」
ミカ=エルはそう呟き、再び箸を取った。
弁当を平らげた四人は、明らかに顔色が変わっていた。
疲れ切っていたはずなのに、まるで戦闘前のように活力が満ちている。
「すごい……! たった一食で、こんなに回復するなんて!」
「これなら、もう一戦でも戦えるぞ!」
と、そのとき。
村の外から、慌ただしい声が響いた。
「大変だ! 森から魔獣が出たぞ!」
勇者パーティーは顔を見合わせ、すぐに立ち上がる。
「行くぞ!」
ミカ=エルの号令に、仲間たちがうなずいた。
「待ちな! 俺も行く!」
味男もフライパンを握りしめて立ち上がる。
「お父さん!?」
甘味が驚いて声を上げる。
「心配すんな、弁当屋だって村の一員だ。守るときは守らなきゃな!」
村外れに現れたのは、大きな牙を持つ魔獣だった。
体高は二メートルを超え、黒い毛並みが逆立ち、目は血のように赤い。
「ガアアアアッ!」
咆哮と共に突進してくる。
「来るぞ!」
ラファが前に出て大剣を振るい、牙を受け止めた。
「ぐっ……! だが力が湧いてくる……これは弁当の効果か!」
その隙を狙い、サリが詠唱を始める。
「炎よ、渦巻け――《ファイア・スパイラル》!」
轟音と共に炎の柱が魔獣を包み込む。
驚異的な威力に村人たちがどよめく。
「な、なんだあの火力……」
「弁当食ったら魔法まで強くなるのかよ!」
さらにガブが回復魔法をかけ、ラファの体力を保つ。
そしてミカ=エルが剣を振り上げる。
「これで終わりだ!」
光を帯びた剣が、魔獣の額を貫いた。
巨体は大地を揺らしながら崩れ落ちる。
戦いは一瞬で終わった。
「すげぇ……! 勇者さまが村を救った!」
「いや、アジノ屋の弁当のおかげだ!」
村人たちは歓声を上げ、勇者パーティーと味男親子を称えた。
夜。
アジノ屋の灯りの下で、勇者パーティーと村人たちがささやかな宴を開いた。
「いやぁ、大将の弁当は本物だな! これからもぜひ食わせてもらいたい!」
ラファがジョッキを掲げる。
「心が落ち着く……まるで聖なる祈りのようだ」
ガブはしみじみと頷いた。
「うん! 毎日でも食べたい! あたし絶対通うから!」
サリは満面の笑み。
そんな仲間たちを横目に、ミカ=エルは黙って弁当箱を見つめていた。
「……なぜだろう。この味、心の奥底で……私を呼んでいる気がする」
彼女の胸に、まだ知らぬ“前世の記憶”の扉が、静かに叩かれ始めていた。
本日のお品書き 魔力弁当:討伐お疲れ様セット(ステータス中アップ、体力、魔力中回復)
ー第6食目へ続く。




