第3食目 弁当屋の看板娘・甘味、大活躍!
昼下がりのアジノ屋は、今日もにぎやかだった。
異世界に来てから数週間。最初は物珍しさからやって来た冒険者や村人も、今ではすっかり常連となり、昼時ともなれば店先に列ができるほどだ。
「いらっしゃいませっ! 本日のおすすめは、煮込みハンバーグ弁当です!」
暖簾をかき分けて入ってくる客に向かって、元気いっぱいの声を響かせるのは、味男の娘・甘味。
笑顔でぴょこんとお辞儀をする姿に、たちまち客たちの顔がほころぶ。
「お、甘味ちゃん今日もかわいいなぁ!」
「俺はこの声を聞きに来てるようなもんだ」
「看板娘がいる店はやっぱ違うなぁ」
そんな声が飛ぶたび、カウンターの奥で弁当を詰めている味男は、むむむと顔をしかめる。
(おいおい、こちとら一流の料理人だぞ。弁当の腕じゃ誰にも負けねえ……のに、なんだよ客の目的は娘か? オレの唐揚げじゃなく、甘味の笑顔なのか?)
大柄な体で器用に弁当箱を操りつつも、内心は複雑そのもの。
とはいえ、甘味の働きぶりが店を支えているのは明らかで、文句の言いようもないのだった。
「お父さん、変な顔してる」
「……し、してねえよ!」
「うそー。お客さんから“味男さんの弁当が一番だ”って言われたじゃない」
「……おお、そうだったか?」
「ほら、この前の冒険者のお兄さんも“弁当食べて体力回復した!”って」
甘味が笑顔で言うと、味男はむずがゆそうに頭をかいた。
妻を亡くしてから二人暮らし。強がっていても、この娘にだけは弱いのだ。
そんなやりとりをしていると、昼過ぎ、元気な子供たちが店先に飛び込んできた。
「甘味ちゃーん! 一緒に遊ぼ!」
「鬼ごっこやろう!」
「森の外れまで競争だ!」
甘味は「えっ、でも今はお店……」と戸惑う。
すると味男がどっしりと腕を組み、低い声を響かせた。
「こらお前ら! 甘味は看板娘であって、遊び相手じゃねえ!」
子供たちは一斉にしょんぼりとする。だが――。
「……まあ、ちょっとだけならいいか」
味男が頭をぽりぽりとかいた瞬間、子供たちが歓声を上げた。
甘味は「お父さんありがとう!」と満面の笑みを浮かべ、子供たちと駆け出していった。
味男はその後ろ姿を見送りながら、思わず笑みをこぼす。
(ったく、オレは甘い父親だな……だが、あいつが笑ってるならそれでいいか)
平和な空気が流れる村。だが、その日の夕暮れ、突然の騒ぎが起こった。
「だ、誰か! 子供が森に行ったまま戻らないんだ!」
血相を変えた村人が店に飛び込んできた。
瞬間、甘味の顔色が変わる。
「えっ……! あの子たち、さっきまで一緒にいたのに!」
ざわめく店内。客たちも立ち上がり、外に飛び出していく。
森は広い。日も落ちかけている。焦りと不安が広がった。
「お父さん、私も行く!」
「バカ言え! 森は危ねえんだぞ!」
「でも、私……あの子たちを放っておけないよ!」
甘味の必死の訴えに、味男は唇をかんだ。
だが次の瞬間、ふっと大声で笑い飛ばす。
「よし! 俺も行く! 弁当持ってな!」
弁当箱を背負い、どんと胸を張る父の姿。
甘味の瞳に決意の光が宿る。
「うんっ!」
こうして、アジノ屋の父娘は捜索隊に加わり、子供を探して森へと駆け出した。
森の中はすでに薄暗く、木々の影が長く伸びていた。
捜索に加わった村人や冒険者たちの顔には、不安と焦りが浮かんでいる。
「だめだ、声が聞こえない!」
「もう少し奥まで探そう!」
誰もが必死だったが、疲労が色濃く出始めていた。そんな時――。
「おい、こんな時こそ腹ごしらえだ!」
場違いなほど豪快な声を上げたのは味男だった。
背負ってきた弁当箱をどんと置き、手際よく包みを広げる。
「唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当、鮭のり弁当、おにぎり弁当に……ほらよ、好きなの食え!」
「え、こんな時に……」
「いや……すげえ、いい匂いだ……」
戸惑いながらも、漂う香ばしい匂いに腹の虫が鳴る。
ひと口かじった冒険者が、目を見開いた。
「……っ! 体が軽くなった!」
「俺もだ! 足がもう一本生えたみたいに力が湧いてくる!」
それは弁当に込められた味男の魔力の力だった。
弁当は人の体を満たすだけでなく、心まで温める。
「ほら見ろ! 腹が減っちゃ戦えねえし、探せねえんだよ!」
味男が豪快に笑うと、皆もつられて笑った。
緊張が解け、捜索隊の士気が一気に上がる。
甘味も、おにぎり弁当をたいらげた。 「あー美味しかった!」
その時!
「……っ、待って!」
甘味が立ち止まり、耳を澄ませた。
森の奥から、かすかにすすり泣く声が聞こえる。
「泣き声だ……!」
誰よりも早く気づいたのは、子供に寄り添う優しい心を持つ甘味だった。
味男がにやりと笑う。
「さすがオレの娘だ! 行くぞ!」
父娘は駆けだし、仲間たちも後に続いた。
やがて木陰に、小さな影が見えた。
迷子になった村の子が、膝を抱えて泣いていたのだ。
「甘味ちゃん!」
「大丈夫!?」
甘味はすぐさま駆け寄り、子供をぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫。怖かったよね。でも、もう一人じゃないよ」
震えていた子供の表情が、少しずつ安心に変わっていく。
味男はしゃがみ込み、怪我がないかを丁寧に確かめた。
「傷もねえな……よし、帰ろうぜ!」
捜索隊から歓声が上がった。
村への帰り道。疲れ切った子供や大人たちのために、再び味男は弁当を取り出した。
湯気の立つ唐揚げ、甘辛い煮込みハンバーグ、握りたてのおにぎり――。
「いただきます!」
一斉に弁当を頬張ると、自然と笑顔が広がっていく。
「やっぱりアジノ屋の弁当はすげえな!」
「元気が出るどころか、心まで温まる……」
いつの間にか、皆の表情には疲労の色はなく、代わりに安堵と幸福が満ちていた。
夜。店に戻った父娘は、肩を並べて縁側に腰を下ろした。
村は静かで、遠くで虫の声が聞こえる。
「……よかったね、無事に見つかって」
「ああ。甘味、お前のおかげだ」
味男は大きな手で娘の頭をぽんぽんと撫でる。
甘味はくすぐったそうに笑ったが、ふと小さくつぶやいた。
「……お母さんも、見てたかな」
その言葉に、味男の胸が少し熱くなる。
亡き妻・味加の面影が、ふっと心に浮かんだ。
「ああ、見てるさ。きっと、にこにこしてな」
「うん……」
寄り添う父娘。
その絆は、弁当と同じように温かく、優しく、村を包んでいくのだった。
本日のお品書き 魔力弁当:おにぎり弁当(食べると感覚が冴える/迷子救出に大活躍!)
ー第4食目に続く。




