第15食目 弁当屋と勇者と魔王の晩餐
黒き城の最上階 ― 最後の晩餐
黒雲を貫くようにそびえる魔王の城。その最上階には、永遠に燃える黒炎のシャンデリアが揺れていた。
無数の銀の皿が並んだ巨大な円卓。
そしてその中心に、漆黒の衣を纏った男――魔王ベルゼブが座していた。
「ようこそ、勇者たちよ。……最後の晩餐へ。」
その声は静かにして深く、城全体を震わせた。
だが、ミカ=エルは一歩も引かない。
隣に立つ味男の存在が、彼女の背を支えていた。
「あなたが……この世界の飢えと絶望を生んだ元凶ね。」
魔王ベルゼブの口元が歪む。
「飢えこそ、生の証。満たされた者は止まり、腐るだけだ。
飢えを抱くからこそ、人は進化する。……満腹の世界など、死と同じ。」
ミカ=エルの目に、怒りと悲しみが宿った。
「あなたは、“生きる”ってことを履き違えてる……!」
味男が静かに弁当箱を取り出す。
「じゃあ、俺は“満たす”側でいい。
人は食って、生きて、誰かと温もりを分け合う。
それを“腐る”なんて言わせねぇ。」
魔王の瞳がわずかに細まる。
「料理人風情が……我が理を語るか。」
次の瞬間、黒炎が爆ぜた。
城が震え、床が軋む。
「みんな! 全力行く――!!」
勇者パーティーが一斉に攻撃する。
ラファ:「俺の剣が通らんだと!?」
ガブ:「あの瘴気……癒しの魔法が効かない!?」
サリ:「やばいやばいやばい!このままじゃ、全員エネルギー吸われるって!」
味男は歯を食いしばる。
――戦いの場で、料理人にできることはあるのか?
「あるさ……俺の“仕事”は、みんなの腹を満たすことだ!」 味男は立ち上がり、この日為に作った弁当箱を開いた。
煙と香りが戦場に広がる。 「アジノ屋特製《究極の三段弁当》! 食えぇぇぇッ!!」
弁当の香気が光の粒となり、勇者パーティーの身体に吸い込まれていく。
全員の体から黄金のオーラが溢れ、ステータスが一気に上昇。
まるで“食の加護”が降りたかのようだ。
ラファ:「おお!美味くて腹がいっぱいだ!力がみなぎる……体が軽いぞ!」
ガブ:「良い香りです!体中から聖なる気が溢れている……!」
サリ:「うわ、魔力回路が完全に開いてる!これ、ヤバいほど美味しい!」
漆黒の奔流が押し寄せる。
世界そのものが呑まれていくようだった。
その中で、ミカ=エルの聖剣が青白く輝き、味男の弁当の光が重なっていく。
「味男さん、覚えてる? あの約束。」
「……ああ。“もう一度、二人でご飯を食べよう”ってやつだろ。」
ミカ=エルが静かに頷く。
「今、ここで叶えよう。命懸けの、最後の食卓を。」
味男は二つ目の弁当箱を開けた。
城の空気が、ふわりと温まる。
懐かしい匂い――出汁、米、卵、肉の焼ける音。
それは“戦い”ではなく、“家族の食卓”の記憶だった。
「これが……アジノ屋の最終メニューだ。
――《究極の愛妻弁当》!!」
弁当から放たれた光が、米粒一粒一粒を星のように照らす。
卵焼きが黄金の盾となり、唐揚げの香気が風を巻く。
煮物の湯気が聖なる霧のように魔王の闇を押し返していった。
「馬鹿な……料理ごときで我が魔力が――!」
「違う! 料理ごときじゃねぇ、“生きることを信じる力”だ!」
ミカ=エルが聖剣を掲げた。
光の粒が彼女の聖剣に吸い込まれ、刃はまるで流星のように煌めく。
「――これが、あなたと私の、最後のひと味!」
聖剣と弁当の光が共鳴した瞬間、空間が弾けた。
ラファが雄叫びを上げる。
「二人とも!勇者殿を全力で支援するぞッ!」
サリが叫ぶ。「魔力、全開! いけぇぇぇッ!」
ガブが祈る。「神よ、弁当よ、この絆を護りたまえ……!」
三人の力が一つに重なり、城の天を突き破る光柱となった。
その中心で、魔王ベルゼブは、身動きが出来なくなる!
ミカ=エルは、聖剣を構える。
「食撃!《大盛り!ソウル・ライス・ブレイク》ッ!!」
ミカ=エルの聖剣が魔王の胸を切り裂き闇が裂け、黒い羽根が舞う。
ベルゼブは崩れながらも、なお穏やかに笑った。
「なぜ……食で……我が……飢えが……満たされる……!」
「……満たされた……心、か。
そんなもの……この世に……」
ミカ=エルが息を荒げ、剣を下ろした。
「あるわ。
それは、“誰かと分け合う一口の魂の味“の中に。」
魔王ベルゼブは微かに笑みを残し、光の粒となって消えていった。
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光の朝 ― 約束の食卓
静寂が戻った。
城の壁が崩れ、朝の光が差し込む。
ミカ=エルは聖剣を地に突き、膝をつく。
味男が駆け寄ると、彼女は微笑んだ。
「ねぇ……また、一緒にご飯、作ってもいい?」
味男は涙をこらえきれず頷いた。
「もちろんだ。今度は家族三人……俺たちの家でな。」
朝日が二人を包み、長い戦いの幕が静かに下りた。
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エピローグ ― 「アジノ屋、再び」
世界は平和を取り戻した。
魔王の城跡には一本の木が芽吹き、名もなき花が咲いた。
その根元には、かつての三人の仲間たちが立っている。
ラファ:「……これが、あの人たちの残した“味の種子”か。」
サリ:「次は、私たちの番だね。」
ガブ:「祈りましょう。誰もが“食べて生きる”世界のために。」
そして――ある日。
村の丘の上、小さな屋台が再び立っていた。
看板には、見慣れた文字が並ぶ。
《アジノ屋・新装開店》
> 本日のおすすめ:愛妻弁当(特製幕の内)
味男がフライパンを振るう。
その隣で、柔らかく笑う女性――ミカ=エル。
いや、今はもう「味加」と呼ばれるべき人だった。
「いらっしゃいませーっ! 今日も心を込めて!」
甘味が元気に声を張り上げ、
ラファたちも笑顔で列に並ぶ。
戦いの日々は過ぎ、平穏な昼が訪れていた。
味男は、焼きたての卵焼きを差し出しながら呟いた。
「……ようやく、約束の“食卓”をむかえたなな。」
味加が微笑む。
「ううん、これは“はじまりの食卓”よ。」
二人は視線を交わし、笑い合う。
白い湯気がゆらめき、風に乗って弁当の香りが遠くまで広がる。
> ――食べるということは、生きるということ。
> そして、生きるということは、誰かと温もりを分け合うこと。
「さあ、今日も腹いっぱい、生きよう。」
屋台のフライパンの音が、やさしく空へと溶けていった。
《ごちそうさまでした!》
完売。




