第13食目 魂の味と、炎の弁当
黒い雷が山を裂いた。
風が一瞬で焼け、空気が悲鳴を上げる。
その中で、勇者ミカ=エルは静かに立っていた。
胸の奥に確かな温もりがある。
――思い出していた。
あの日、病室の白い光の中で交わした言葉も、最後に口にした「また食べたい」という約束も。
「……あなたの味で、私……生きてたんだね」
呟くその声に、味男が一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、いつものように笑った。
「おう。そりゃ、うまいもんには命が宿ってるからな」
その瞬間、イグラの咆哮が響いた。
炎の衣をまとった女の魔族。長い腕から赤黒い炎を放ち、周囲の大地を融かしていく。
「魂の味など、存在してはならぬ! この世界の均衡を乱す忌み子よ!」
「……均衡なんて関係ない!」ミカ=エルが聖剣を抜く。
「私たちは、生きるために食べて、生きるために戦う!」
「その通りだ!」味男が叫ぶ。
「飯は命の燃料だ! うまいもんで生き延びる、それが人間ってもんだろ!」
イグラの炎が地を舐め、仲間たちが散開した。
「サリ、風の結界! ラファ、前線を頼む!」
「任せて!」「うおおっ!」
ラファが炎の中へ飛び込み、剣を振るう。
ガブの聖光が背を守り、サリの魔法が風の盾を張る。
味男は屋台からフライパンを掴み、移動式屋台の炊き釜の火を強めた。
「こんな時こそ、特製弁当の出番だ……!」
ミカ=エルが驚いたように振り返る。
「戦いの最中に料理するの!?」
「当たり前だろ。俺の武器はこれだ」
湯気とともに香りが広がる。
炒め油が爆ぜ、肉や野菜が焼ける音。
その匂いが、焦げた空気を押し返す。
「……懐かしい匂い」
ミカ=エルが微笑む。
「あなたの料理は、どんな魔法よりも強い」
「だったら信じろ。食えば、勝てる」
イグラが叫んだ。
「貴様らの"魂の味"など、燃やし尽くしてくれる!」
灼熱の火球が空から降る。
ラファが盾を掲げるが、熱気が皮膚を焼く。
「くっ……!」
その瞬間、味男が叫んだ。
「できたぞ! 《炎耐性・チキン七味唐辛子弁当》!!」
「今度は属性効果付きなの!」サリがツッコミを入れるが、誰も笑わない。
味男は素早く弁当を、皆に配る。
「食え! 体が火を覚える!」
ミカ=エルは弁当を掴み、一口かみしめた瞬間、光が全身を駆け抜けた。
「……熱くて、ピリッと辛いけど、美味しい……力が湧いてくる!」
ラファの剣が赤く輝き、サリの魔力が倍増する。
ガブの祈りが響き、火炎が聖なる光に変わった。
ミカ=エルが聖剣を振るい、炎を切り裂く。
「行くよ、味男さん!」
「おう、勇者!」
二人の動きが重なった。
剣閃とフライパンの打撃音が同時に響く。
イグラが防御を張るが、味男の放ったフライパンから光の粒が溢れた。
――それは、米粒だった。
「まさか……米で……!」
イグラが絶叫する。
味男が叫ぶ。
「この世界じゃ米はただの穀物だが、異界じゃ違ぇんだ!
一粒一粒が“誰かの命”の証だッ!」
ミカ=エルがその隙を突き、炎の中心へ突撃する。
聖剣が燃え、光が弧を描く。
「――これが、私たちの“味”だッ!」
斬撃が走った瞬間、イグラの炎が霧散した。
黒い灰が風に流れ、山肌を赤く染める。
ミカ=エルは膝をついた。
「……はぁ、はぁ……終わった……?」
味男が駆け寄り、肩を支える。
「よくやったな。……お疲れさん」
「あなたがいてくれたから、戦えたの」
ミカ=エルが微笑む。
「あなたの味が、私の命をつなげてくれた」
味男は照れくさそうに頭をかいた。
「そんな大層なもんじゃねぇよ。ただの弁当だ」
「ううん、違うの。あなたの味は――生きる理由そのもの」
その瞬間、ミカ=エルの胸が淡く光り始めた。
味男の作った弁当箱の中で、最後の一粒の米が輝きを放つ。
それは、二人の魂を結ぶ灯。
「……味男さん」
「ん?」
「次の戦いも、一緒に食べようね」
「当たり前だろ。夫婦だもんな」
ミカ=エルは静かに微笑み、朝焼けの方を見つめた。
山の向こうには、まだ魔王の城が黒く遠くにそびえている。
だけど今は――恐れよりも、温かい香りが心を満たしていた。
本日のお品書き
魔力弁当 炎耐性・七味唐辛子チキン弁当(炎ダメージ半減、戦闘力上昇、心の火が覚醒する)
ー第14食目へ続く。




