第1食目 潰れかけの弁当屋、異世界に飛ぶ!
ガラガラッ……。
古びた引き戸を開ける音が、やけに店内に響いた。
昼時だというのに、客の姿はない。
十人は座れるカウンターも、四人掛けのテーブルも、どこもガランとしている。
「……やっぱ今日もか」
カウンターの中で腕を組んでいた大柄な男――味野味男が、深いため息をついた。
額には汗。腕は太く、顔つきは豪快そのもの。だが、今はどこかしょんぼりした犬のようにしおれている。
「お父さん、日曜日のお昼時なのに……」
控えめに声をかけたのは、味男の娘・甘味だ。
十二歳の元気いっぱいな少女で、三角巾にエプロン姿で、ぱたぱたとホウキを動かしながら、チラリと父を見やる。
「チェーンの“撃安弁当屋”さん、また百円引きやってるみたい」
「ぐぬぬ……! あの安売り攻撃さえなけりゃ、ウチの味で勝負できるんだがなぁ!」
味男はごつい拳を握りしめる。
料理の腕だけは一流、味には自信がある。だが、街の一等地に進出してきた大手チェーンの弁当屋と、さらに隣のスーパーの格安弁当の前に、個人店「アジノ屋」は風前の灯だった。
「今日も赤字だな……。このままじゃ店、畳むしかないかもしれん」
「お父さん……」
甘味が心配そうに見上げる。
父は豪快で強そうだが、料理以外は不器用。母を亡くしてからはさらに頼りなげで、娘はいつも気を張っていた。
――そのとき。
突如として、店の中が光に包まれた。
「な、なんだ!?」
「きゃあっ!」
白光が天井から降り注ぎ、店全体を呑み込む。
眩しさに目を閉じる間もなく、床がぐらりと揺れた。
気づけば、音が変わっていた。
車のクラクションも、人々のざわめきもない。代わりに、鳥の声と、どこかで水の流れる音が響いていた。
「……ここは?」
恐る恐る外へ出た味男と甘味。
そこには、青々とした森と、見たこともない石畳の道。そして、鎧を着た男たちや、ローブ姿の人々が行き交う、まるでファンタジーの世界が広がっていた。
「ちょ、ちょっと待て……この感じ……」
味男の脳裏に、亡き妻と読んだ数々のライトノベルがよみがえる。
「これって、異世界転移ってやつじゃねぇか!?」
「お父さん、嬉しそう……」
娘の冷ややかなツッコミも耳に入らない。
「お、おい! そこの建物!」
道を歩いていた冒険者風の若者たちが、アジノ屋を見つけて駆け寄ってきた。
「なんだここ!? 見たことねぇ店だぞ!」
「腹減った~! メシ食えるのか?」
冒険者三人組が勝手に入ってきて、カウンターにどかっと腰を下ろす。
味男は一瞬戸惑ったが、すぐに料理人の血が騒ぎ出した。
「い、いらっしゃい! ここは弁当屋だ! 腹を空かせたんなら任せとけ!」
「べんとう……?」
冒険者たちが顔を見合わせる。聞き慣れない言葉なのかもしれない。
「まあ見てろ。すぐ作ってやる!」
味男は手際よく炊飯器の蓋を開け、ふっくらとした白飯をよそう。
横では卵を割り、フライパンでジュワッと焼き上げる。
鶏のから揚げも、ジュワジュワと油の中で黄金色に変わっていく。
「おぉ……!」
「なんだこの香り! すげぇ食欲そそる!」
冒険者たちの目が輝いた。
味男はそれを弁当箱に詰め込み、蓋を閉じて差し出す。
「アジノ屋特製、から揚げ弁当だ!」
冒険者が一口、がぶり。
「う……うまぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
店内に響き渡る叫び声。
その瞬間、彼の体がぼわっと光り輝いた。
「な、なんだこれ!? 力がみなぎってくるぞ!」
「俺もだ! 体が軽い! まるでステータスが上がったみてぇだ!」
「えっ、弁当食っただけで……?」
味男と甘味は顔を見合わせる。
「えっ……お父さんのからあげ、魔法!?バフ弁当!?」 「俺はただ、普通に揚げただけだぞ!?」
どうやら、この世界で味男が作った弁当には「魔力付与」の効果が宿っているらしい。
「すげぇ! これが“べんとう”ってやつか!」
「こんなうまくて力が出るメシ、初めて食ったぜ!」
「なぁ親父、明日も来ていいか!?」
「も、もちろんだ! 毎日でも来てくれ!」
冒険者たちは大喜びで去って行き、外で「うまかったぞー!」と大声で触れ回った。
ポカンとする味男と甘味。
「お父さん……なんか、すごいことになっちゃったね」
「お、おう……! まるでラノベの主人公みたいじゃねぇか!」
ふと、亡き妻の笑顔が脳裏に浮かんだ。
彼女も大好きだった、異世界ものの物語。
まさか自分が体験することになるとは。
「よし……! アジノ屋、異世界支店! 開店だぁぁぁぁ!!」
豪快に叫ぶ味男に、甘味が思わず吹き出す。
「お父さん、ほんと単純……」
こうして「アジノ屋」の異世界大繁盛物語が幕を開けたのだった。
本日のお品書き 魔力弁当:初登場(効果不明/食べると元気になる) ー第2食目へ続く。




