狂気の鍵
5年前。ある人物が舞台へと上がり、世界を震撼させた。
彼の名前はジク。ちぢれた長髪とメガネ、そしてこの日ためだけに買ったようなスーツを着ていたらしい。
「えー、この度私が開発した物。Life Action Metal、通称L.A.M.はその名の通り、【生きる金属】なのです」
そこで言葉を止め、台車に乗せたソレを持って来させた。
台車には、上と下を鉄で蓋されたガラスの筒があり、中は銀色の光沢を帯びた液体で満たされていた。
ジクはその筒を手に取り、スピーチを続けた。
「これは金属であると同時に生命であり、無限の可能性を秘めている。この液体金属は我々人間をさらなるステージへと進めてくれる。それは人体の“再生”です」
この時点では誰も[素晴らしい]という感情は湧かなかった。なぜなら______
「おそらく皆さんは今こう思ったでしょう――『それだけか』と。人体の再生はとっくの昔にips細胞が発明され、その後も今日に至るまで、目まぐるしい進歩を続けている」
この言葉に呆れかけていた世界各国の記者や医師は再び興味を示す。なぜならこの反応をジクが予想していたということは、それを払拭する最高の巻き返しがあるということだからだ。
「ただし、私は思う事が一つある、確かにips細胞はとても優秀だ。だが“時間”という観点で見ればどうだろうか?安全が保証できるまでに、数ヶ月〜半年の時間がかかるとされており、危篤の患者がこれを耐え凌ぐと言うのも酷な話だ」
会場は既にこの発表は世紀の大発見、ノーベル賞、などを確信していた。
「私の開発したL.A.M.は如何なる状況、体質でも拒絶反応を示さず、体内で神経、血管、筋肉などに癒着します。
先程も言ったようにこの液体金属は生きており、栄養を必要とし、筋肉が電気信号で動くように、これにも特定の電気信号を流すと、筋肉と同じように動きます。
L.A.M.は人体に入ると、まず最初にDNAの設計図を読み取り、現在の身体と比べ、欠陥がある箇所を発見すると、そこへ赴き修復します。L.A.M.は特殊な細胞を生産可能であり、腕の欠けた粘土細工に新しい粘土を付け加えるように、いとも容易く、迅速に修復が可能です。つまり、L.A.M.には『怪我や疾患が見つかるまで待たせる』と言う事が可能なのです」
そして、今世紀最大の発表はまだ終わらない。
「そしてここからが、L.A.M.が最高傑作である証拠、【変形】について解説いたしましょう。
人類はずっと思ってきた、「鳥のような翼が欲しい」と。「虫のように硬く、それでいて素早く動けるヨロイが欲しい」と。「肺とエラ両方を持ち、水の中でも生きたい」と。それも全てこれで解決します。L.A.M.はその体の持ち主の要望に応え、形を変形させるのです!」
そして、スピーチはフィナーレへと進む。
「I have a dream!私はこのL.A.M.を用いて医療、いや…全生命の目標である死の克服、〈不老不死〉を達成する!」
ジクが話終え深々とお辞儀をし、一瞬の静寂の後、会場にいる者、中継で見ていた者、全てを歓喜と驚愕の渦へと呑み込んだ。
その後ジクは、大きな拍手と歓声を聞きながら、舞台裏へと消えていく。
しかし皆、この発表の“陽”の部分だけに目を向け、誰も“陰”の部分を見つけることはできなかった。
___この発表から10年、現在から15年前。血と血が飛び交い、肉片と肉片が、悲鳴と断末魔が、銃声と銃声が、戦闘機と戦闘機が、核と核が飛び交った第三次世界大戦によって生まれてしまった多くの孤児が、誘拐、監禁され、初期段階の安全が保証されていないL.A.M.の、危険で非人道的な実験に使われていたと言うことに。
この真実は、ジクが舞台裏に消えていくように、暗闇へと葬り去られていった。
*〈現在〉
(ターゲット、5人中2人を殺害。残り3)
左腕のカタナについた血を払いながら部屋を見渡す。直後、ターゲットのリーダー格がハンドガンを発砲。避けるのは簡単だが、それをあえて受ける。胸のヨロイに鉛玉がヒットしたが、逆に弾が粉々に砕ける。これでヤツらの武装では俺にダメージを与えられないと理解させ、ゆっくりと近付く。
「なっ…うっ…そ……」
そうそう、そう言う反応を求めてるんだよ。これで大人しく投降してくれた嬉しんだけど。まあそこまで上手くはいかないか。1人がスタンロットを構えて向かって来る。
「うおーーー!」
気合いだけの特攻、カタナで持ち手の指ごと上に弾き飛ばし、そのまま振り下ろして、頭に床を舐めさせる。
そのまま空中に投げ出されたスタンロットをキャッチし、もう1人の頭に向けてヤリ投げる。
「グッ…!」両腕を顔の前に持っていくよりも速くそれは顔に到着し、「バチバチ」と電流が流れる音と、肉が焦げた臭いがした。
(残り…1)
リーダー格が「ヒィィィィー!」と片手で銃を持ち、四つん這いで女に近付く。人質に取るつもりだろう。だが俺のほうが速い。鎖をカタナで斬り「邪魔、どっか行って」と、女を解放させる。
「なっ!待ッ!俺は…」自分の持ってる武器も、仲間も、策も看破されたヤツのその後は命乞いと決まっている。そんなの聴きたくない。俺は即刻首を跳ね、近くにあった袋に頭を入れてその部屋を後にする。
※
俺は逃げ出した人間だ。いや、あそこには人権なんて物はなく、ただ危険な実験の為に使われる道具でしかなかった。
試作段階のL.A.M. を体内に注入され、ひたすらに体に傷をつけられ、毒物を入れられる日々。
何よりも誘拐される前から孤児同士、助け合って生きてきた仲間が、すぐ隣で死んでいくのが辛かった。
俺たちは完成間近の段階の試作品で試されていたため、先に来たヤツらよりかは生存率が高かったが、それで簡単に死んでいく。
俺は研究所で実験の成功率が2番目に高かった。1番はここに連れて来させられる前からの親友だった。死体置き場と寝室が混同した部屋で
「いつか二人だけでもここから逃げ出そう」と話したのを今でも覚えている。
だがその親友は成功率の高さが仇となってしまった。
ヤツらが行った実験は「脳を破壊された後のL.A.M. の行動」であった。仮定通りに成功するならば、L.A.M.が破壊された脳に移動し、脳と同じ働きをしながら脳細胞を修復するはずだった。しかし、かつての発明王の言葉にもある通り、上手くいかない結果の方の確率が圧倒的に多い。
俺と親友の2人は一面真っ白な実験室に連れて来させられ拘束され、先に親友から始められた。
親友は脳を銃で撃たれたその直後、すぐさま出血が止まり、傷口もだんだんと塞がっていく。皮膚や細胞が再生するのはもう分かっている。問題は複雑な脳細胞を修復できるか。
そしてその3分後、親友の瞼は開き、自分を縛っている拘束具を破壊した。人間の筋力では到底壊せないそれを。
拘束を解いた親友はすぐさま、動けない俺に向かって走り出した。その近づいて来る眼には生気はなく、義眼をはめたロボットのようだった。
俺に覆い被さり、頭を重点的に攻撃をしてくる。その過程で拘束具が壊れ、手足が自由に動かせるようになったが、親友が大きく口を開け、俺の喉に噛みつこうとしたその時だった。目前で止まった親友は突如頭を抱えて苦しみだし、頭が破裂した。
首から上がない親友が俺に倒れ込む。その時再生しようと、肉がうねついていたのを今でも思い出せない。流石にダメージ、出血が再生に勝り、完全に親友は死んだ。
しかし、周りの科学者達は喜んでいた。
「やった!脳細胞すらも修復したぞ!」
「ええ、あとは精度を上げるだけです」
「うっ…あぁ!うぁー!」
逃げ出す俺に見向きもせず、科学者達は喜んでいた。
俺は親友との約束を破り、1人で実験場から脱走した。そのせいだろうか…今だに逃げ出すが、門の所で撃ち殺される夢を見るのは。親友が俺は恨んでいるからなのだろうか…
奴等は、狂気の鍵を開けたのだ___