ダズンローズデイ
行きたい場所があるんです。
冬和に誘われるままに露衣がついて行った先に待っていたのは、花畑であった。
白、紫、ピンク、黄、アプリコット、薄い黄緑、黒など。
愛らしくも凛と咲くクリスマスローズ。
薔薇科の苺の花に似た一重の花々がただ静かに咲いていた。
しゃんたしゃん。
冬和は静謐な眼差しを露衣に向けた。
「しゃんたしゃん。ごめんなしゃい。私はしゃんたしゃんを怖がらせてしまいました。私は、嘘をついていました。本当は、記憶は退行していません。全部の記憶を持ったままでした。だけど。しゃ。の一文字がどうしても。うまく発する事ができず恥ずかしい想いと。憧れのしゃんたしゃんに会えて、子どもの頃の夢を叶えたいという欲が出てしまいました。子どものままであれば、シャンタクロースの国に連れて行ってもらえるのではないか。と。私は卑怯者です。愚者です。また、同じ轍を踏んで、幼児化して。あなたに会えた時に考えてしまったんです。また、卑怯な事を。子どものままに大袈裟にもう一度謝罪をしようと。そうすれば赦してもらえると。ですが。止めました。本当に申し訳なかったです」
深々と頭を下げる冬和を前にした露衣。冬和にも聞こえるくらい深呼吸を何度か繰り返したのち、怖かったですと言った。
落ち着いた口調で言うつもりだったが、声が裏返るばかりか声量も大きくなってしまった。
「怖かったです。すごく。小さくても、雄々しい狼の君が。凶暴な狼の君が。すごく。怖かったです。怖いと。動けずにいた僕がすごく。情けなかった。君がクリスマスプレゼント泥棒と一緒に下界に降りる時ですら、僕は、君に近寄る事すらできなかった。ありがとうございますって、お礼を言う事もできなかった。情けなくて、情けなくて。こんな情けないサンタクロースはサンタクロースじゃないって、サンタクロースを辞めようかと考えたくらいです。ただ、やっぱり、どんなに情けなくても。サンタクロースが好きなんです。大好きなんです。誇りなんです。辞めたくない。子どもたちの笑顔のため。夢のため。未来のために。僕はサンタクロースを続けようと決めました。それと、」
顔を引き締めた次の瞬間には、ふにゃりと、今にも泣きそうな表情を浮かべてしまい、慌てて顔をまた引き締め直した露衣。膝を曲げては、抱えていた十二本の赤色の薔薇の花束を冬和へと差し出した。
「一目惚れしました。真面目に厳格にてきぱきと職務を果たす君も、サンタクロースの国で愛らしく元気いっぱいにはしゃぐ君も、一文字がうまく言えないからって嘘をつく完璧主義な君も。まだ、君のひとかけらすら知らない。きっと、寿命を迎えた時も、ひとかけらすら、知り得ないかもしれない。でも、僕は君を知りたい。君と共に一生を過ごしたい。どうか、僕の伴侶になってください」
冬和は目をまん丸に見開いたのち、暫し露衣と十二本の赤色の薔薇の花束へと忙しなく視線を動かし続けては、おもむろに幼児化した人間の姿から幼い狼の姿へと変化した。
「凶暴な狼の姿も、俺のひとかけらです。これからもきっと、この姿であなたを怖がらせてしまう。それに、私はまだあなたに尊敬と憧憬の念は抱いていても、恋心は抱いていない」
「………怖いと、思ってしまっても。それでも、やっぱり、傍に。居たいです。でも、君を怖がる僕が傍に居たら、君に嫌な想いもさせてしまう。そんな事はさせたくない。だから」
露衣は片腕で十二本の赤色の薔薇の花束を抱えて、もう片方の腕を伸ばしては、そっと、冬和の背中に手を添えた。
「僕の可能性を信じてくださいとしか今は、言えません。君を怖いと思わなくなる僕の可能性を、未来を、言葉を、信じてくださいとしか、今は。言えません。それが、君にとって、嫌ならどうか。このまま去ってください」
「………」
冬和は幼い狼姿のまま、耳を寝かせては、薔薇の花束をくださいと言った。
「まずは恋人からでいいですか?」
「………おねがい、します」
くしゃりと顔を歪ませた露衣は、十二本の赤色の薔薇の花束を抱えたまま、冬和をそっと自分の身体で包み込んだのであった。
(2025.6.18)