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第7話 シュラからの贈り物

「そうじゃない、相手をよく見ろ!もう一度だ、シルヴィア!!」

 あの後帰り着いたシュラは、国中に白龍の娘を王の名の下に引き取ったと宣言した。当然長年確執の強い黒龍の民は反発した。

「ふざけるな!白龍の娘なんぞ庇護してやる道理はない、捨ておけ!」

 それが大半の黒龍民の民意だった。そしてそれはこの国では体現されるものなのだ。日々シュラに不満を抱いた腕っぷしに自信のある黒龍民がやってきては襲いかかってきた。シュラはそれをことごとく蹴散らした。

(ほえ〜…すご、強い……!)

 それがようやっとシルヴィアから出てきた感想である。

「わかったかシルヴィア。これが黒龍の国の流儀だ。強くなければ何も主張できない。強いからと言って何もかも主張していい訳じゃない。だが、ある程度の主義主張は罷り通る。」

 その時のシルヴィアは、ただこくこくと頷くことしかできなかった。シュラがたびたび口にする、強くなれ、という言葉の意味を初めて理解した気がした。

 そして、まだ弱いシルヴィアを守ってくれるシュラには感謝しかなかった。自分も早く強くなって、この国で生きていけるようにならなくては。使命感に近い感情だった。

 シルヴィアを襲った試練はそれだけではなかった。

「シュラ、こ、これは…?」

 そこにあったのは、布面積が小さい派手な色の服のような布きれだ。シルヴィアがこれまで纏ってきた、ボロではあるが、色が少なく、肌の露出が極端に少ないものとは比べるべくもない。

「?服を用意させたのだが、気に入らなかったか?そんなボロじゃ、浮いちまうぞ?」

 シュラは首を捻りつつシルヴィアの様子を伺っていた。

(そのボロより布面積少ないんですけど…!)

 そう、シュラの格好というのは、父アルヒと比べると開放的といえばいいのか、上半身はほぼ生まれたままだし、この国に来て目にした女性もおへそ丸出しが普通だった。

(お父様が見たら、絶対はしたないっていうに違いないわ…!)

 シルヴィアはその布きれに着替えてもいいのか、小一時間葛藤した。葛藤した結果、自分はもうこの国の民として生きなければならない身、と覚悟を決めて着替えた。

「よく似合ってるじゃないか、見違えたぞ、シルヴィア。」

 赤面しながら部屋から出ると、シュラは褒めてくれたが、シルヴィアはまだ納得できていなかった。カルチャーショックというやつだった。

 ピンクの布とか初めて纏った。お花でしか見たことのない色だ。好きな色だけど、最低限のエリアしか布がないことがとても気になる。スカート部分も大事なところ以外透けている。

 ゴールドの装飾品も物理的にうるさいし、ごちゃごちゃしていて苦手だ。

「ほ、本当に似合ってる?からかってない??」

 シュラは普通に褒めたのに、からかってると思われていることに驚いた。

「いや、白い肌にピンクが映えてるし、俺の目に狂いはなかったと思うが?何かおかしいのか?」

 女の子だし、ピンクなら間違いないと思った。この国の民は割とはっきりした色を好む傾向があるが、シルヴィアの持ち物などを見せてもらった上で、最大限配慮した結果ピンクにしたつもりだ。

「あの、言いにくいんだけど、布面積、少なくない????」

 そういう問題か。シュラはようやく思い至った。確かに白龍の奴らときたら、やたらと肌を隠したがる傾向があるな、と。シルヴィアのボロも、確かに肌の露出は少ない。

「郷に入っては郷に従えって言葉知ってるか?ここではそれがスタンダードだ。慣れないというのなら、慣れろとしか言いようがないな。白い肌が目立つと思うのなら、気に病むな。それは個性だ。堂々としていればいい。突っかかってくる輩がいたら、今はまだ保護者として俺が蹴散らしてやる。」

 シュラはなんでもないことのように言ってのけるが、襲いかかってくる輩というのも、結構強いように思う。シュラが桁違いに強いことはわかるが、相手をするのだってタダじゃないはずだ。消耗させているのではないか。シルヴィアが気に病んでいるのはそこだった。

 ーやっぱり、私どこへ行ってもお荷物なんじゃないか。

 そんな思いをシルヴィアの心の端っこが占める。

「…思い詰めるな。今は俺を信じろ。」

 シルヴィアは涙の出る思いでその言葉を受け取った。唯一の肉親だった父を父の兄の手によって亡くし、ひとりぼっちになった自分に、今温かい言葉をかけてくれる人がいる。それだけでよかった。

「ありがとう。私も強くなって、一人で歩けるようになりたい。」

 そうか、とシュラは少し微笑み、シルヴィアは服の不安なんてどこかへ吹き飛んでいた。

 少しした頃、シュラはシルヴィアに贈り物があると言って目を瞑っているようにと言った。

 シャラリと綺麗な音がしたと思ったら、シルヴィアの頭に何かが乗っかる感覚がした。

「目を開けてもいいぞ、シルヴィア。よく似合ってる。」

 そっと目を開けると、鏡が用意されていて、そこに映るシルヴィアの頭には豪奢なティアラが乗っていた。

「気に入ってもらえたかな、お姫様?」

 金属の擦れ合う音で、動くたびシャラシャラと音が出る仕組みになっている。全体的に月のモチーフがあしらわれており、ゴールドでできたそれはシルヴィアの銀の髪によく映える。

「すごく綺麗…!どうしたの、このティアラ?」

 シルヴィアが気に入った様子なのを確認すると、シュラは満足げにしていた。

「目印だ。ありったけ俺の魔力を注ぎ込んで作った。どこにいてもすぐに助けに行けるようににだな。少し目を離した隙に誰かに刺されました、なんて俺の方が失格だからな。肌身離さず身につけていろ。わかったな?」

 シルヴィアはとても嬉しかった。というのも、父以外から特別な贈り物をされた記憶がないからだ。自分はシュラの特別な存在になれた気がして、ふわふわしてしまう。

 シルヴィアはその日を境に、自ら率先してシュラに稽古をつけてもらうようになった。シュラの負担を減らすためにも、自分ができることは、今は強くなることだけだと思ったからだ。

 父は強くなれ、とは言わなかった。いつまでも静かに暮らそうと、そう言っていた。そんな父に甘えていた結果があれだ。シュラの言う通り、自分は強くならなければいけない。そう思うようになっていた。

 父から魔力の扱いについて多少は習った。だがシュラの言う強さというのは、もっと身近な、というか物理的なものだった。体の動かし方や、筋肉の使い方、そういう基礎の話からだ。習ったことがないその稽古に、へこたれそうになったことも幾度もあった。

 その度シルヴィアはあの日のことを思い返す。稽古を投げ出すということは、引き返せない、引き返してはいけないあの日の記憶から逃げるということと同義だった。

 今はそう、少しでも強く。シュラのため、自分のため、そして未来のために。

 頭の上のティアラがその思いを後押しした。不思議なことに、シュラの魔力によるものかは不明なのだが、シルヴィアがどんなに激しい動きをしても、そのティアラはしっかりとフィットし、シルヴィアの頭上を離れることはなかった。

 シュラは日々考えていた。シルヴィアに復讐心があったらどうするか、と。今の所その兆候はないが、いつかオルデンに復讐を考えることはないのだろうか。父の兄とはいえ、最も近しい存在であった父にあんな凶行をした相手に。しかしこちらからその話題を切り出して、「その手があったか」と思われても困る。そもそも相手がオルデンな時点で、復讐しようと思っても返り討ちに遭うのが関の山だが。シュラとしても相手にしたくない。自分とは違うスタイルの戦い方をしてくる上に、圧倒的魔力量で押してくるのが辛い。シュラとて魔力量で劣るわけではないのだが、倒すにはお互い無事では済まないことがわかっている。その力の均衡があってこそ今の平和が築かれているのだ。

 あの時割って入ったイーラとかいう若僧は、あれで大したものだと後から思った。知られざる英雄かもしれない。

 と、そこでシルヴィアが自分を呼ぶ声に我に帰ったシュラは、今日の稽古はここまでだと告げて、昼下がりのコーヒーのついでに仕入れてきたシルヴィアの好物らしいケーキを差し出す。シュラはケーキなど食べたことがないが、自分だけ何も食べないのも、かえってシルヴィアに気を遣わせてしまいそうだったので、店主に勧められたモカケーキを初めて食べてみる。

 店主のこだわりで種類ありすぎな中、シルヴィアには白と赤のコントラストが可愛らしいケーキを選んでみた。

 シルヴィアはまた人生初のコーヒーという飲み物に挑戦するところだった。父とはお茶しか飲んだことがない。シュラが気を遣って買ってきてくれた初めての黒龍の民が作るケーキはとても美味しそうだったのだが、コーヒーという漆黒の飲み物には勇気がいった。

 飲んでみると苦味が走る。渋い顔をしていると、シュラがこれまた気を遣って苦味を緩和できるという白いシロップを入れてくれた。シルヴィアの好みの味になったところで、このコーヒータイムは二人の定番になっていくのであった。

 実はこれもシュラの企みで、シルヴィアをこの国に慣れさせるため、このケーキ屋にいずれお使いに出そうと思っていた。そして通わせていれば、黒龍の民も次第にシルヴィアの存在に慣れるだろうという二重の画策なのだが、うまくいくまでにはもう少し時間を要するだろうと思っている。

 今日はとりあえずシルヴィアが満面の笑みでケーキを頬張っているから、よしとする。

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