第6話 シュラとシルヴィア
オルデンとイーラが去った後、シルヴィアはすぐさま父の遺体に駆け寄った。もう息のないその亡骸に縋り付いてシルヴィアは声を殺して泣いた。
「今ここで声を殺す意味などない。思いっきり悼んでやればいい。」
シルヴィアに寄り添ったシュラはシルヴィアに囁く。シルヴィアは一瞬躊躇ったが、そこからは嗚咽を堪える事なく泣きじゃくった。
「どうして、どうして。お父様は何も悪くない。」
そしてまたシルヴィアにはあの疑問が頭をもたげる。
ー私さえいなければ?お父様はこんなことにはならなかった?
シルヴィアは泣きながらも、シュラにポツポツとそれをぶつけた。自分という生の罪を。だが、シュラは明確にそれを否定した。
「悪いのはお前たちじゃない。生あるものいつかは土に還る。それが突然の別れだっただけだ。しかしお前はまだ生きてる。この俺が預かるからには簡単には死なせてやらないからな?死ぬ気でついてこいよ。」
シルヴィアは一通り泣いて、色々な感情をシュラに受け止めてもらって、少し冷静さを取り戻しつつあったが、この人は何を言っているんだろう、と思った。死なせてやらないけど、死ぬ気でついてこい、とか。
「俺はさっき聞いてたかもしれないが、黒龍王のシュラ。お前の名は?流石に白龍の子とはいえ、黒龍の国の存在くらい知っているよな?」
シュラは白龍の王弟の噂くらいは小耳に挟んでいた。が、こんな中間の島で、どこまで知らされて生きているのかわからなかった。
シルヴィアはまだえぐえぐとしゃくりながらも、シュラの問いかけに答える。
「わ、私はシルヴィア。アルヒとミナの子。お母様は人間だったから、国には受け入れてもらえなかったってお父様が言ってた。黒龍の国の存在は、知ってる。」
なるほど、とシュラは頷く。半龍半人の子だったのか、と。そりゃオルデンが躍起になって消そうとするわけだ。オルデンのような堅物からすれば、シルヴィアは白龍にとっての汚点でしかない。そう思うだろう。
とはいえ、シュラも少しショックを受けていた。それというのも、オルデンが実の弟であるアルヒを手にかけたことについてだ。オルデンは黒龍に対しては毛程の感情も抱いていない事は知っているが、白龍の国では、堅物ながらも情け深い王として知られている。そのオルデンが、実の弟に何の躊躇いもなく凶刃を振るったことは、シュラでさえ信じがたい光景だった。
(ある意味ではオルデンを尊敬していたが、それも今日までだな。)
目の前で悲しみに暮れるシルヴィアを見ながら、シュラはそう思った。シュラでさえ、近しい人ーもういないがーを手にかけることは憚られる。越えてはいけない一線を越えてしまった。シュラはその思いに、オルデンに対して残念に思った。裏切り、ではないが、尊敬の念を崩されたということに対しては少しばかりの複雑な怒りのような感情が湧き起こった。
シルヴィアの涙が枯れるのを待って、シュラはアルヒの遺体を魔法でシルヴィアの家まで運んでやる。シルヴィアはすぐさま家の裏手に回ると、とある場所の土を掘り返し始めた。
「シルヴィア、それは時間がかかりすぎる。今は一刻も早くここを離れなければならない。わかるな?」
シルヴィアは少しの間納得できない様子だったが、オルデンの凶行を思い出したのだろう。シュラに任せることにした。
シュラは魔法でアルヒを埋葬すると、墓標も設えた。
「シルヴィア、お前がここに帰ってくる事はないだろう。よくお別れをするんだな。」
それを聞いたシルヴィアの目には再び涙が溢れていた。
シルヴィアは父と母の眠る地で、小一時間ほど動かなかった。やがて、覚悟を決めると、シュラの方を振り返り、
「ありがとうございました。おかげで父と母にお別れを言う事ができました。」
と、頭を下げた。
そして、恐々とシュラにお伺いを立てる。
「えと、それで、私はこの先、シュラ様のもとに置いていただけるのでしょうか?」
そうでなければシルヴィアには行くあてがない。
「当然だ。俺の名の下に預かったのだからな。俺にそんな気を使わなくていいぞ。変な様付けとかやめてくれ。むず痒い。シュラでいい。」
シルヴィアはその回答に目を見開く。父からは、礼儀は大事だと教わってきた。が、同時に黒龍の国では礼儀というものはさほど重視されていないことも聞いていた。まあ、シルヴィアが行くことはないだろうけどね。と言いながら。
(お父様。私は黒龍の国に預かられることになりました。どうか見守って下さい。)
しかも王が預かるという。不思議なものだ。シルヴィアは目の前の真紅の瞳を見つめた。気の強そうな瞳からは同時に自信のようなものが垣間見れた。不安そうなシルヴィアの対極にいる。
「よし、気が済んだか?じゃあ行くか。ところで、シルヴィアは飛べるのか?」
その質問には、シルヴィアは首をふるふると横に振って答えた。半龍でしかない自分には、龍となる事ができないのだ。何度も練習はしたが、変身できる兆候さえなかった。
所詮人間との子、と幻滅されるだろうか。
シルヴィアは不安を抱いた。
「そうか、それなら俺の背に乗れ。空を飛ぶっていうことがどういうものか教えてやろう。何、それぞれ得手不得手がある。できないことを無理にやるより、できることを伸ばす方がいい。そのうち魔法で飛べるようになればいい。そうだろ?」
シルヴィアは否定されなかったことに涙が出そうになった。白龍の国の話を聞くたび、あれはだめ。これはダメ。半分とはいえ人間だから受け入れてもらえない。そんなことばかりだった。
「あの、シュラ、は、私のこと、気持ち悪くないの…。」
ボソボソと問いかけるシルヴィアに、シュラは鼻で笑った。
「何を言ってる?そんなわけないだろう。今までシルヴィアは白龍の国のしきたりとかに縛られすぎてきたんじゃないか?俺たちの国では、白龍の娘ということで敵対視される事はあっても、半人だからと差別する奴は滅多にいない。そんなの、ザラにいるしな。」
ザラにいるってどういう事?シルヴィアは混乱した。
「そうなの?シュラの治める国のイメージが全然湧かない。」
シュラは少し考えると、シルヴィアに返答する。
「俺たちの国では、血筋とか血統なんてものは重視されていないからな。強くなることが全てだ。シルヴィアも当然強くならなければ生き残れないぞ。ところで今幾つだ?」
強さこそ全て。とてもシンプルだ。が、それはとても難しいことだ、とシルヴィアは思う。
「昨日で十六、になった。」
アルヒが作ってくれたケーキはとてもおいしかった。昨日の幸せを思い返し、今日どん底にいるシルヴィアは訳もわからず泣きたくなる。
「十六!?子供だとは思っていたがまだまだヒヨッコじゃねーか!八十まではまだ時間がある。その間にみっちり鍛えるからちゃんとついてこいよ?」
シュラによると、半龍半人の子も、黒龍の国では八十になるまでは成人とみなされないらしい。前例モリモリの黒龍の国だからこそ確立したシステムのようだ。白龍の国では、純血が尊ばれるため、前例がなく、かつオルデンの独断と偏見でシルヴィアは勝手に成人とみなされただけの話だ。
「さあ、もうすぐ着くぞ。黒龍の国へようこそだ、シルヴィア。最初は白龍の娘として色々と大変かもしれないが、俺の名において預かっていること、すぐに周知させるから安心しろ。あとは力でねじ伏せろ!それだけの力は身につけるしかないが、この黒龍王シュラが直々にレクチャーしてやる。負けるな、強い女になれ。お前にはその素質がある。あと、癒しの力は隠せ。それは父親からも言われていたんじゃないか?」
シルヴィアは道中、どんな暮らしをしていたかをシュラに断片的にではあるが伝えていた。あと癒しの力については見られてしまった。
「わかった。私強くなる。誰にも負けないように。癒しの力はシュラがピンチの時は使う。それ以外は隠す。」
そう言ったシルヴィアはめそめそしていた時とは違い、真っ直ぐ前を見据えていた。
「そうだ。それでこそ助けた甲斐があったというものだ。強くなれ!それがこの国のルールだ。そしてそれが俺の側にいる条件だ。俺の名に恥じない戦士となれ。」
シルヴィアは力強く頷いた。
この日からシルヴィアはシュラの元で、身を守る術を身につけることになる。