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第10話 シルヴィアと闇

 シルヴィアの日々は続いた。時は流れ、シルヴィアも三十年の時を重ねていた。だがまだシュラから見れば成人もしていないヒヨッコである。シルヴィアも努力を重ね、いつしか目抜通りを堂々と歩けるようになっていた。シャラリとティアラを翻し、踊るように鼻歌を歌いながら毎日ケーキ屋さんへと通った。それに文句をつけるものは誰もいなくなっていた。たまに突っかかってくる方が何も知らない田舎者と揶揄された。

 実力をつけたシルヴィアだが、優しい心も忘れなかった。父が自分にしてくれたように、泣いている子供を見つければ、話を聞いてやり、困っていたら助けてから帰った。そんなシルヴィアの人柄も評価され、黒龍の国でありながら、誰からも認められる存在になっていた。

『将来はシルヴィア様のようになりたい』という黒龍の女の子すら現れるほどだった。

 シュラとは喧嘩もなく、毎日コーヒーとケーキを囲みながら語り合い、親交を深めていった。シュラは変わらずモカケーキを食べていて、毎日同じ味で良いのかとシルヴィアも何度か気を遣ったが、シュラは平然といつも同じケーキを食べていた。

「私のと、一口交換する?」

 一度そんなやり取りがあり、シュラはシルヴィアのケーキを口にしたが、甘い、というアピールをして結局元のモカケーキに落ち着いた。唯一好評だったのは、ケーキ屋さんの店主が気を利かせて持たせてくれた、コーヒーゼリーなるぷるぷるしたケーキではないお菓子の時だけだった。シルヴィアもそれを口にしたのだが、まだそれを美味しいと感じるには苦味が勝ってしまい早かった。

 平和に日々を過ごすことに慣れてきたシルヴィアに、ヴィクトリアがある日問いかけた。

「シルヴィアって、もしかしてシュラ様のこと呼び捨てにしてない?」

 極力そういう場面は避けてきたつもりのシルヴィアだったが、いつぞや聴かれてしまったのだろうかと思い、それでも正直に話す。

「本人の意向で、そうさせてもらっています…。」

 そう、と一つヴィクトリアは頷いたが、それ以上会話は続かず、その日からシルヴィアを避けている気がした。シルヴィアはヴィクトリアを姉というものがいたらこんな感じだろうか、と思っていた。だが、ヴィクトリアは違ったのだろうか。シルヴィアはどうしていいかわからなかった。

 ヴィクトリアは悔しさでいっぱいだった。あんな小娘にシュラはなぜ呼び捨てを許可したのか。自分こそシュラの隣にいるべき存在なのに。自分の方が絶対に強いしシュラに相応しいと確信している。今まで排除できない悪い虫はいなかったのに。あの小娘だけが目の上のたんこぶだ。

 なぜあんな白龍の小娘を側に置いて離さないのか甚だ疑問だった。何かの呪いでは?

 ヴィクトリアは晴れない霧のような気持ちで日々を過ごした。

 そんな折、ヴィクトリアは裏路地で黒衣の人物に声をかけられる。

「お嬢さん、媚薬をお探しでないかい?」

 それは、甘い甘い誘惑だった。話を聞けば、その媚薬を相手に口にさせることができたら、立ち所に相手の心が手に入るという。シュラの心を手に入れられるのなら、何にでも縋りたい気持ちと実力で手に入れなければ意味がないという黒龍の流儀との間でヴィクトリアは揺れた。それを見透かすように、黒衣の人物は続ける。

「お嬢さんが誰の心を手に入れたいか、知っているよ。このままじゃ手遅れになるよ、それでも良いのかい?」

 その時のヴィクトリアには容易に想像できた。将来の自分が。シルヴィアが賞賛され、シュラの隣に立っている。その光景を見せつけられながら、その二人を護衛する自分だ。そんなの絶対にごめんだ。

「取引は、成立だね?」

 黒衣の人物は、笑っているように思えた。媚薬を渡されてそれに目を落とし、次に目線を上げたときにはもうその人物はいなかった。

 

 ヴィクトリアは機会を待った。シュラは不用心なわけではない。さすがに自分で食事を用意したりするわけではないが、口にするものは慎重に選んでいた。

 ある日、シルヴィアがいつものようにケーキを買ってくるのが見えた。

 ヴィクトリアはやっと機会を掴み、シュラとシルヴィアが飲む分だと言って、シルヴィアにコーヒーを持たせた。シルヴィアはヴィクトリアにお礼を言って、何の疑問もなく持って行ってしまった。

 そしてケーキを食べ始めた頃、シルヴィアはシュラにその話をした。

「何?そのコーヒーを貸してみろ。」

 シュラはシルヴィアの分を毒味する。何事もないことを確認すると、自分の分に口をつける。

「ヴィクトリアの最近の動向はどうだ?仲良くしているの…か……。」

 シュラの様子がおかしい。シルヴィアは何事かとシュラの様子を伺う。

「あっははは、残念でしたあ!シュラ様は渡さないんだから!!」

 突如現れたヴィクトリアに、誰か人を呼んでもらうよう頼むが、ヴィクトリアはそんなものはお構いなしだ。

「ヴィクトリア、か。この『竜殺し』、どこで、手に入れた?」

 シュラの息が荒い。みるみる動けなくなっていく様子がシルヴィアにはわかった。

「?竜殺し??それは、シュラ様の心をモノにできるって…。」

 ヴィクトリアは完全に何も知らされていないようだ。シュラはそんなことに構っていられる状態ではないので、シルヴィアに簡潔に説明する。

「シルヴィア、よく聞け。これは俺たち龍人にやたら効くと言われている毒だ。しばらくは動けなくなるだろう。その間よく用心しろ。特に目の前のその女だ。」

 シュラは極力シルヴィアにパニックを起こさせないよう、いつもの調子で語りかける。

 シルヴィアはここまで弱ったシュラを見たことがない。今まで傷を癒したことはあっても、解毒ということまで思い至ったことはない。だが、やるしかないのだ。そう思った時だった。

 シルヴィアの意識が途絶える。

「危ないところでしたねえ。お嬢さん。」

 黒衣の人物の姿がそこにはあった。

「ここで癒しの力を使われたら、元の木阿弥ですからね。」

 シルヴィアの意識を奪った黒衣の人物は、そう言うとシルヴィアを抱えて飛び立った。

「え、ちょ?話違うんだけど!シュラ様はどうすれば良いのよ、待ちなさいよ!」

 黒衣の人物を追ってヴィクトリアも飛び立つ。一人残されたシュラは、その場で意識を失った。

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