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第三話 孫とじじ

ガチャリ、と鍵を開け扉を開く。まだ馴染めない社員寮の1LDK、新しい自分の部屋。

たった数時間だったとはいえ、時間帯はもう夜。初仕事は疲れた⋯


脱いだ靴を揃えもせず、部屋の電気も付けずに寝室に入る。背負っていた重たいリュックサックを適当に床に置き、ふかふかのベッドに飛び込んだ。

力を抜いた途端、どっと疲れが押し寄せてくる。俺は仰向けになり、深く息を吸い込んだ。



ぼーっと天井を見つめていると、あの日から今までのことが思い出される。

老人にとある場所へ案内された時から始まった濃密な三日間。


(⋯⋯まだ夢みたいだなぁ⋯)


そうだ、と俺は思い付き、ベッドから起き上がる。

まだ鮮明なうちに書き記しておこう。椅子に座り、ノートを開く。俺は頬杖をつきながら、夢のような記憶を呼び起こした⋯⋯





〈バギィっ!!〉


スーツを着たブロンドでロングヘアの女性の拳が木の机にぶち当たる。空気が凍り付くここは、エバーグリーン社のビルの一室⋯


「⋯失礼、この拳を当てる先がこのバカか机しかなかったもので」


バカが差す人物は俺を助けてくれた老人⋯鈴村(すずむら)ケンイチのこと。ケンイチは自身に飛んでくるかもしれなかった拳が突き刺さり、若干へこんだ机を見て椅子に座ったまま固まっている。



こんな状況になった原因は、『現場の適切な処理をしなかったこと』さらに、『俺という一般人を”裏社会”に引き込んだこと』ダメ押しとして⋯『この行為が三回目ということ』。


「い、いやぁ⋯この子は個人技能も持ってるし⋯何よりうれしそうで⋯」


たった今、原因が追加された。『言い訳をしたこと』

女性の拳は空を切り、歴戦の猛者であろうケンイチでさえ反応できない速度であごを掠める。


「カハァっ⋯⋯!」


ケンイチ、ノックアウト。いくら身体能力や見た目が若いからと言って、御年84歳のおじいさんにする仕打ちではない。

俺を助けてくれた時のあのイケオジはどこへ行ったのか、椅子の上で無様な顔を晒して気絶している。



一連の流れを机の反対側から見ていた俺は、あまりに出来すぎたコントを見たような気分で思わず吹き出してしまった。


「⋯ハァ⋯取り返しのつかないことになってしまいました⋯本当に申し訳ありません」


そんな俺に深々と頭を下げて謝罪する女性の名は、鈴村リン。私の孫だとさっきケンイチが自慢げに語っていた。


「あはは⋯別に大丈夫ですよ。それに、ケンイチさんが言っていることは事実なので⋯」


予想外の回答だったのだろう、リンは頭を上げて俺の顔を見た。俺はわけを話した⋯




「⋯なるほど。つまり貴方は弊社で働きたいというのは本当だったんですね⋯⋯あ、迷惑ではありませんよ、人手足りてないですし。ただ、このバカが正しかったということに納得いっていないだけです」


チッ、と舌打ちを響かせるリンの隣で、いつの間にか意識が戻っていたケンイチが魂の抜けたような表情で床を見つめていた。


「そうですね⋯では早速となりますが、この場で面接を行いたいと思います」



待ってくれ、早すぎないか?確かに俺はこの会社で働きたいが、まだ何も準備をしていない。

それなのにいきなり面接なんて⋯


「いきなり面接⋯と思うかもしれませんが、安心してください。面接官はこいつ一人だけです」


思考を読まれた、というよりかはこう考えるように誘導された。と考えた方がよいだろうか?

⋯なんにせよ、ケンイチが面接官というだけで不安な気持ちはかなり和らいだ。


「え⋯リンちゃん、いいのか?」

「⋯⋯今回は貴方のほうが正しかったからです。あと、その呼び方やめてって言ってるでしょ」


ケンイチは先ほどから一変、全力で喜んでいる。コロコロと変わる表情はまるで幼児のようだ。


「⋯それでは、私は部屋を出ます。終わり次第呼びに来てください」


リンは椅子から腰を上げ、ドアを開ける。コツコツと響くヒールの音が段々と遠ざかって行った。




俺たちは互いに姿勢を正した。若干へこんでいる机を挟んで顔を合わせる。さあ、面接の始まりだ。


「じゃあ、まずは名前と年齢、それから自身の個人技能についての説明を頼む」

「はい。彼星リオン、21歳です。個人技能は方向転換(ドラクションチェンジ)、物体に加わった力の向きを変えることができます」


ケンイチは間髪入れずに質問する。


「リオンはなぜこの会社で働きたいんだ?」

「⋯それは、俺の存在意義をここで見つけたいからです」

「なるほど⋯採用だ」



えっ。

呆気なく言い渡された採用の言葉に困惑する。これから少し長めの文言連ねタイムが始まる予定だったのに⋯

まあ⋯⋯何はともあれ、望む結果にたどり着いたことは変わらない。


「よし、それじゃあリンを呼んでくる!」


ケンイチは勢いよく立ち上がり、走って部屋を出て行った。

数十秒もたたないうちに、遠くからヒールの音と何かが引きずられてくる音が響いてきて⋯


〈バコン!!〉


扉が蹴破られる。呆れて天を仰ぐリンと、スーツの襟を掴まれて喚きながら引きずられているケンイチの姿が!

⋯本当にこのバカは⋯⋯俺は立ち上がり、何も言わずリンに頭を下げた。


「⋯採用、おめでとうございます⋯⋯では、生活や仕事内容の詳しいことを後で私から説明させていただきますので⋯ここで少々お待ちください」

「⋯はい。お願いします」


再度深々と頭を下げ、蹴破られた扉をそっと閉じる。

悲鳴が部屋の中まで響き渡り、ケンイチが引きずられていく音が聞こえた。

⋯俺は絶対あんなふうにはならない。絶対に。


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