第一話 戦場孤立と堕ちた光
(⋯⋯クッソ⋯どこにいるんだよ⋯⋯?)
ポンプアクション式ショットガンを肩に担ぎ、額の汗を拭う。自身の個性である薄茶色で肩くらいまである髪を結んだポニーテールも、きっとべたついているだろう。
(⋯暑っつい⋯⋯)
夏、快晴。動かずとも汗が噴き出すような晴天の下で俺、彼星リオンは壁に寄りかかりながら全神経を研ぎ澄ましている。
周りには遮蔽物の崩れたレンガの壁、捨てられた空の弾倉、そしてうっそうと茂った雑草が風になびいていた。
ここは弾の飛び交う戦場。しかし、銃火器の音どころか足音すらも聞こえてこない。
それもそのはず、俺の部隊は俺を残して全滅。相手もそれなりに倒したが、まだ数人生き残っている。
それに相手の足音が聞こえないということは、こちらが動き出すのを待っているということだろう。つまり、音を立てた途端に相手が全員こちらに集まってくる。そうなればほぼ負け確定。
それを俺は分かっていた。だが、このまま隠れ続けていてもいつかこの暑さでやられてしまう。
(⋯行くしかないか)
体力の限界が刻一刻と迫るこの状況。深呼吸をして覚悟を決め、俺は潜伏場所を静かに出た。
ショットガンを構えながら、さっきの場所とほとんど変わらぬ景色の中、一歩、また一歩と慎重に歩みを進める。そして相手を探すために歩きながら息も忘れるほど耳に神経を集中させた。
〈ガサガサっ〉
(!!)
右の方向にあるレンガの崩れた壁の奥から何かが動く音。その音が聞こえた瞬間、一気に心臓が跳ねた。
そこに居る。息を短く吸い、相手に気付かれないようにレンガの壁へとゆっくり近づいた。
緊張が最大に達し、えずきそうな自分を抑えながら一気に壁の反対側に飛び出す。そしてショットガンの銃口を相手のいるであろう方向に向けた。
(⋯っ!!⋯⋯あれ⋯?)
引き金を引く直前、壁の裏側には誰もいないことに気付く。
周りを確認しても誰もいない。それを認識したとたんに緊張が一気に解け、全身の力が抜けるのがわかった。
「よかった⋯」
気が緩んだせいで思わず言葉が漏れ出る。それに気付いて一瞬息が止まったが、自身の口から出た言葉は吹いてくる風に紛れて消えていったようだった。
しかし、状況は何一つ良くなっていない。緊張が解けて冷静になった頭は元の潜伏場所に戻るように命令を出す。
それに抗う理由もないため俺はショットガンを下ろし、潜伏場所に戻るために後ろを振り向く。瞬間的に俺はこう思った。
(これって後ろにいるやつじゃ⋯)
サスペンス映画なんかでよくある、『なんだ、猫か⋯⋯』のくだりと同じ状況に俺は置かれている。
だが、今更動きを止めることはできない。できるのは後ろにいるかもしれない何かに備える事だけだ。俺は顔を強張らせた。
⋯⋯後ろを振り向いたが、何もいない。さっき通ってきた道が変わらずそこにあった。
多分今俺はとんでもない顔をしているだろう。後ろにいるかもしれないと身構えた顔と、何もいなかったことによる安堵の顔。
感情の重複による表情のバグが起きている自分の顔を想像したら少し笑えてくる。
(ふふっ⋯ ⋯! ダメだダメだ!集中集中⋯⋯)
ここが戦場のど真ん中であることを思い出し、気を引き締める。今はとにかく元の場所に戻らないと。
俺はまた足音が鳴らないように、土でできた地面を踏みしめて歩き出した。
その瞬間、ぱんっ、という音が鳴り響いた。それと同時、背中に衝撃が走る。何が起こったかを一瞬で理解した俺は叫んだ。
「うぁぁぁヒットぉぉぉぉぉー!!!」
ガバッと後ろを振り向く。もう一つ奥にあった壁から迷彩柄の服を着た相手がきれいなグッドを作ってこちらに向けている⋯。
ピーっと笛が鳴らされる。勝敗が決定した合図だ。もう一度俺は叫ぶ。
「ごめーんみんなぁぁー!」
10対10、サバゲ―夏の大会準決勝。俺たちのチームは負けてしまった⋯⋯
一通り戦場の片づけが終わった後、会場の入り口付近でチームメンバーの一人に声を掛けられた。
「彼星さんおつかれさまでーす!相手うますぎませんでした!?」
「おつかれさまー⋯いやぁあれは無理だわ⋯」
彼は一年前にサバゲ―会場で出会ってからの友人だ。整った顔立ちで好印象な笑顔、おまけにすごいコミュ力もある完全に陽キャに分類されるタイプの純粋な好青年である。陽と陰の中間にいる俺には少し眩しい⋯。
そんな彼と今回のプレイのことについていつものように話していると、その好印象な笑顔を一層輝かせながらすごい勢いで今までの会話を切り上げ話し始めた。
「そういえば彼星さんって「個人技能」持ってるんですよね!?」
個人技能とは、簡単に言えばそれぞれが持っている魔法のことだ。
個人とはいっても、能力の中身は生まれた環境などによって左右される。同じ村で生まれた別々の人間が、ほとんど同じ能力を持っているということが大半であるのだ。
個人技能は全人類の半数が持っており、もう半数は無能力で生まれてくる。
⋯もちろん、差別的な意見もある。非能力者が能力者を、そのまた逆も然りである。
そして当たり前であるが、能力を使った武力行使は徹底的に禁止されている。俺自身も子供のころから耳にタコができるほど言われてきた⋯
そんな俺の能力は、物体の力の向きを変えることができるというものだ。
例えるなら投げたボールの軌道を直角に変化させることができる。⋯まぁ、あまり使わない能力だ。
そんな個人技能の概要をおさらいしているうちに、しびれを切らした彼は返答を待たずに話を進める。
「その能力、実はすごいお金になるかもしれないんですよ!大学の先輩が教えてくれたんです!能力を使って”ある”簡単なことをするだけで大金が口座に振り込まれるんです!僕、彼星さんの能力は良く知りませんけどどんな能力でも活躍できるって先輩が言ってました!」
こんなテンプレート通りの闇バイトへの勧誘があるだろうか?そしてこれに引っかかる人がいるのか⋯?
もしかしたらこれは一種のネタで、俺はそれに乗れるか試されていたりするのかもしれない。
⋯だが、彼の表情は真剣だった。ネタで言っているわけがないとわかるほどに。
とりあえず、彼はそれをやっているのか聞いてみよう。彼も個人技能を持っていたはずだ⋯
「へ、へぇ⋯そんなのがあるんだ。それって自分もやってるの?」
「はい!もちろんです!最近やったことはいろんな人の玄関ポストに目印を書く仕事をやりました!僕の個人技能の「影絵」のおかげで仕事が早く終わったんです!優秀だって先輩に褒められちゃいました⋯!」
ダメだ、もう取り返しのつかないところまで行ってしまっている。ポストに目印というのはおそらく空き巣うんぬんの話だろう⋯⋯
ここは今からでもその仕事を辞めさせるべきだ。俺は顔を上げて――
「⋯⋯⋯そうなんだ。でも俺今一応結構いいバイトしてるからそれ辞めたらまた話聞かせてほしい⋯な⋯」
「はい!もちろんです!何かあったらいつでも聞いてください!じゃあ僕はこれからまた仕事があるので帰らせてもらいます!ありがとうございました!」
キラキラの笑顔のまま彼は頭を下げ小走りでそれなりの都会であるこの町を駆けてゆく。
「うん⋯ありがとう⋯」
辞めさせるには至らずとも、少し疑問を持ってもらうとかでよかった。⋯でも、彼の笑顔が崩れる瞬間を見たくなかったから、なにも言えなかった。
こういう時に俺は弱いんだ。一瞬でも他人から見た自分が邪魔者になるのが怖いから。
「⋯はぁ⋯⋯ダメだな、俺は」
だが、もう行ってしまったからどうしようもない。そもそも、俺は悪くないんだ。話を聞いたただの友人A。それ以上でもそれ以下でもない。
そう切り替え、まだまだ昼の続く平日の空の下、俺は荷物を持って最寄りの駅まで歩き始めた。