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魔法使いは呪人と魔法学園で

作者: 星夏

窓枠で区切られた青空は、隣の建物で半分ほど隠れている。


何の変哲もないその青を目にした時、どこまでも飛べると、思った。


ぽん、と音が鳴り、視線が青から目の前に現れた封筒へと移る。どこか遠くにあった意識が戻ってくる。


その封筒の宛名には私の名前が丁寧にしたためられていた。


ーー誰もが知る有名な話、目の前に突然現れる封筒は世界で唯一の小等部から大学部まで揃った魔法学園への入学を許された証であると。



お城のような大きな建物と外を区切る同じく大きな門の前にはたくさんの人が集まり、写真を撮ったりしているよう。

世界唯一の魔法学園である目の前の建物は一つの観光地として有名。それほど大きな島ではないこの島では大事な観光資源だそう。


「この門は正門ということになっていますが、見ての通り観光客の方が多いので普段は使っていません。ですのでこっちへ」


そう案内するのはこの魔法学園に勤めているユーリ・イーツ先生。

入学許可証が届いた次の日には家へと訪れ、両親と私に魔法学園の説明や質問にたいしての返答役と、ここまでの案内役として現れた。

柔和な男性でこの学園の卒業生であり、中等部の副担任をしていると説明の時に話していた。


イーツ先生に案内され人通りも少ない場所へと来ると、先ほどと比べれば小さな門がひっそりとあった。裏口とも言えそうな門だ。

普段通るのならちょうどよい大きさの門をくぐり抜け、敷地へと入りそのまま建物の中へ。

案内されるまま進んでいき、辿り着いたのは学園長室と書かれた扉。

イーツ先生がノックをするとすぐに「どうぞ」と、まだ若い女性の声が中から返ってきた。


「失礼します。ハイント学園長、新入生を連れて今戻りました」

「ユーリ先生ご苦労さま。お迎えありがとうございました」


中にいたのはまだ二十代に見える一人の女性。

世界で唯一の魔法学園の学園長にしては不釣り合いに見える女性は、イーツ先生へと労いの言葉を伝えるとこちらへと視線をよこした。


「はじめまして、リセルア・ハイントよ。この魔法学園の学園長を勤めています。よろしくね」

「……はじめまして、ノナ・マリネットです」


綺麗に笑みながら確かに学園長と自己紹介したハイント学園長は、ソファへとどうぞと座るように促してくれる。


「では学園長、私はリリンファさんとカルロイさんを呼んできます。マリネットさん、ではまた」

「えぇ、お願いするわね」

「イーツ先生ここまでありがとうございました」


イーツ先生は一つ会釈すると学園長室から出ていき、部屋にはハイント学園長と私の二人っきりになった。


「さてと、ノナさんは紅茶と珈琲どちらがお好きかしら?入学にあたって少し説明をするから、飲み物を用意するわね」

「………あの、では紅茶を」


わかったわと返事を一つ、すると学園長の後ろにある戸棚からティーセットが動き出す。

何も無い空中から水、そしてそのまま火が現れあっという間に水がコポコポと沸きだしティーポットへと注がれる。

指一つ動かさず、呪文一つ唱えることなく紅茶の準備がされていく。

普通魔法は呪文を唱え発動させるもの。けれど目の前の学園長はそれをせず、数種の呪文を必要となるだろうことを今目の前で当たり前に行使している。

魔法使いの中でも無詠唱、あるいは呪文を省略して使える人はかなり希少な存在。

目の前の女性はたしかにこの魔法学園の学園長であることは確かなのだろう。


「ユーリ先生からある程度の説明があったと思うけれど、まずこの学園は初等部、中等部、高等部、大学部まである一貫校になります。ノナさんは中等部の二学年への編入ね。ここでは編入生は特段珍しくないから浮くことはないから安心してね」


説明しながらも魔法は止まることなく、温められたカップが目の前に飛来するとコトリとテーブルへと着地した。


「世界各地から生徒達は集まっているから、基本はみんな寮に入っているわ。寮の部屋の方もすぐに生活できるように、必要なものは揃えているから安心してね」


蒸らされた紅茶が注がれていく。

ポットは注ぎ終わるとそのままテーブルに着地。続けて砂糖にミルク、お茶菓子とそのお皿がテーブルへと着地した。


「この学園の学費は免除、基本的な生活費は学園負担となっています。一般的に言うと奨学金ね。月に決まった額のお小遣いも出るわ。これは学園に入学、編入できる魔法使いであるから保証されているものよ」


こうしてイーツ先生からされた説明の確認が進んでいき一通り終わると、さて、と学園長は両の手をぱちりと合わせた。


「ここまでは生徒の保護者の方にも表向き(・・・)に説明していることね。ここからは初めての説明になるわ。ーーねぇノナさん、入学許可証の封筒が届く前になにか強く思わなかったかしら?」


突然の質問に学園の説明ではなかったのかと疑問を持つが、にこりと笑う学園長から何か返ってくる様子はない。

だからあの日のことを思い返す。

何となしに見たいつもと変わらない窓の外、窓枠で区切られた空は半分ほど隣の建物で隠れながらも広がる青。あの時魔法の使い方を教わっていないのに私は空をーー。


「ーー空を飛べると確信していました」


何か特別なことがあったわけじゃない普通の日、普通の青空、ただただ何故だか飛べると私は思った。


「えぇ、ノナさんは飛ぶことができる。貴方は魔法を学ばくてもどこへでも、どこでだってただ貴方が心から望めばいい」


心から望めばいいーー魔法とはそんなものじゃないはず。

普通魔法を使うには魔法授業のある高校で魔法のことを学び、一つの魔法を使うために一つの呪文を覚える。多くの魔法を使うにはそれだけたくさんの呪文を覚えなければならない。

ほとんどの高校に魔法授業があるため、高校を卒業した人のほとんどが魔法を扱うことができる。が、魔法授業のない高校や進学をしていない人、理由があり魔法を学んでいない人も稀にいるとも聞く。

そう高校生でもないうえに心から望んだからといって、まだ何も教わっていない私が使えるわけがない。


「ノナさん、魔法とはそもそも魔力を生まれながらに身に宿し、心から望めば使えるもの。そしてそれができるものがそもそも“魔法使い”と呼ばれていたの。けれど“魔法使い”として生まれるのはごくごく稀。ほとんどの人々は魔力を持たず、魔法を使うことなく一生を終える」


学園長の語りだしたことは誰もが持つ常識と違った。

だって世界中多くの人が魔法を学び、日常で使いこなしている。


「おかしい話でしょう?ここに来た皆最初はそう思うのよ。でもね、元々世界には魔法を持たない大多数の人々と魔法を持って生まれた少数の“魔法使い”が普通だったの。ーーもしも世界をきっちり魔法を持たない人々と、“魔法使い”で分けられればよかった、けれどそれはできない。それは単純明快に“魔法使い”は人の親からも“魔法使い”の親からも分け隔てなくこの世に産み落とされるから」


学園長は持ち上げたカップから紅茶をこくりと飲む。


「この学園はね、“魔法使い”である私たち同胞の学舎であり、何も気にすることなく自然体でいることを許される場所よ。私はこの学園の学園長であり、同胞である“魔法使い”を統べる長」


詳しいことはまた後で授業の一つで教えることになっているからと学園長は言うと、優しげな話しやすい女性という印象から変わる。


「この学園で本当に学ぶのは魔法を“使うための呪文”ではなく、私たち“魔法使い”が生きるために、そしてこの先の子たちが安心できるように過去を知り、平穏を知り、罰を知り、未来に繋ぐこと」


纏ったのは学園長であり“魔法使い”の長としての威厳か。


「ーーーそしてこの学園の卒業条件は、呪いをその身に受けた“呪人(のろいびと)”の呪いを解くこと」


知らず知らずのうちにコクリと喉が鳴る。


「ノナ・マリネットさん。貴方がこれから学園で共にするのは呪いを受け、人形(ドール)になった者。精神すらも呪いにより今は眠っているわ」


学園長はソファーから立ち上がると、窓辺に置かれた机の上に座る一体のビスクドールを優しく抱き上げる。


「精神すら眠り、今この世界から隔絶している呪人の呪いが解けることを、私は信じているわ」


そっと私の腕へと渡されたビスクドールは繊細で、人の温もりもなくそのまぶたは下りている。

人と言われても実感がわかない程に、全てが繊細な人形にしか見えない。


「けれどね、ノナさん。呪人の呪いが解けても、貴方が望む間はこの学園の生徒よ。呪いが解けたからってすぐにおめでとうさよならじゃないわ。中等部から高等部へ進学できるし、大学部にだって同じよ。それに卒業後だってここは帰ってきていい場所よ。いたいだけここにいていいのよ」


眼の前の“魔法使い”の長はふわりと笑う優しげな学園長に戻っていた。


「学園の生徒の中にはすでに呪人の呪いを解いた子も通っているわ。ここを本当に卒業するのは、条件を満たした上で自ら卒業することを選択した時よ。だからここでたくさんのことを学んで、貴方が進みたいと思える将来の道をどうか見つけてね」


優しい眼差しは学園長というよりももっと、そう祖母から孫へと向けるような慈しみが何処か感じられる。

学園長はそっと私の腕の中におさまる人形の髪を優しく撫でる。


「これから呪いが解けるまでは基本的に呪人と一緒に行動してもらうことになるけれど、他の生徒たちも事情がない限り呪人と一緒にいるわ。だから気にせずその子と一緒にいてね」


そこで学園長はぱちりとまた両の手を合わせる。


「さて!説明は今はこのくらいね。もうすぐノナさんを案内してくれる子がくると思うから、さあさあ紅茶とお菓子をたーんとお上がりなさいね!」


学園長は向かいのソファへとそそくさと戻ると、置かれていた自分のお菓子までこちらへと押し出してきた。

先程までの威厳のある長でも学園長でもなく、何処か祖母を思い出すような勧め方でどんどんと何処からかお菓子が追加されていく。


それから少ししてトントンとノックの音が鳴り、ドアの向こうから元気のある少女の声が聞こえてきた。


「案内を頼んでいた子が来たわね。どうぞ」


部屋に入ってきたのは私と年齢の変わらなそうな少女と、まぶたを閉じた年上だろう男性の二人組。


「二人とも来てくれてありがとう。この二人にはノナさんの案内を頼んでいたのよ」

「はじめまして!トーラ・リリンファよ。中等部の三年生です、よろしくね!」


人好きのする笑顔で近寄ってきたリリンファと名乗った少女に座ったままではと思い、人形を抱いたまま立ち上がる。

リリンファさんの肩に手を置き、傍らに立つ男性は相変わらず瞼を閉じている。


「はじめまして、ロクス・カルロイです。俺はトーラの呪人で、呪いで今は視力を失っていて、目のことで何かと迷惑をかけるかもしれないけどこれからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。ノナ・マリネットです。こっちは………私の呪人の人形さんです。名前は………」


そこで初めて、腕に抱いたままのこの呪人と呼ばれる人形の名前を知らないことに気づいた。

そっと学園長へと視線をやると、にっこりと笑顔を返された。


「うん?ーーあぁ大丈夫だよ!呪人のことって呪人本人から聞いて知るのが決まりでね。学園長も先生たちも教えてくれないんだよね〜。でも呪人ってロクスくんみたいに意思の疎通とれる人ばかりじゃないから大変でね。名前が分かんない呪人たちのことはみんな好きに呼んでたりするから気にしない〜、気にしない〜」


一つ上の先輩である少女はけらけらと笑いながら手を振った。

けれど精神も眠っているというこの呪人の名前を知るなんていつかできるのだろうか。呪いを解くことも、と考えてしまう。


「ノナちゃんは、あっ!ノナちゃんて呼んで大丈夫?」

「あっ、はい」

「じゃあノナちゃんね!学園長から前もって聞いてたけど中等部の二年生だよね。今ね、二年生は他に男子が二人しかいなくてね、あの子たちには案内とかムリだろうからって私が頼まれたの。私一つ上になるけど気兼ねなく何でも聞いて、頼ってね。もちろんロクスくんにもね」

「トーラはこの通りお喋りな子だけれど、悪い子じゃないから仲良くしてあげてくれるかな?」

「えー、なーにそれって悪口ですか?」

「はは、違うよ」


目の前で広がる会話は仲の良さがにじみ出ていて、緊張が少し緩む。

生徒と呪人。自分以外の生徒たちがどんな風かと思っていたけど二人を見ていれば、少し特殊でも普通に過ごしているのかな。


「はいはい。トーラさんとロクスさんが仲が良いのは分かったから。そろそろ案内を始めないと夕飯に間に合わなくなるわよ」

「はぁ〜い。ごめんね、ノナちゃん」

「ノナさん、荷物は先に寮の部屋に運んでおくから置いていって大丈夫よ。あとは、案内をしてくれる二人に御駄賃のお菓子ね。ノナさんの分もあるから後で食べてね」

「わぁーい!ありがとうございます、学園長大好き!」

「俺の分までわざわざありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


渡されたお菓子の袋をリリンファさんは二人分持っていた鞄にしまい、私の分はここまで持ってきた鞄と一緒に部屋に運んでおくとそのまま学園長の手の中に。


「じゃあ、行こうかノナちゃん!」

「はい、よろしくお願いします」

「かったいな〜、たしかに私年上だけど話し方もっと気楽でいいよ。それと私のことはトーラって呼んでね」

「う、ん」

「うんじゃあ出発!!ロクスくん歩き出すよ」


ゆっくりと歩き出したトーラ先輩の肩に手をのせたままカルロイさんも歩き出す。

後を追うため学園長に会釈してから廊下へ。

扉を閉め振り返るとカルロイさんの手には先ほどまでなかった白く長い杖が握られていた。

そんな私の視線に気付いたように。


「ん?あぁ、これね白杖だよ。視覚障がいのある人が使うものでね。基本的にロクスくんの補助よくしてるけど、一人でも行動できるように白杖を日頃から使うようにしてるの。さぁさぁ行こうか!」


歩き出した二人は慣れたように進んで行く。

その隣に人形を抱いた私も並ぶ。


「ねえノナちゃん、人形さん抱っこしたままって疲れちゃったりするようだったらね、鞄とかお願いすると支給してくれるよ。初等部にもね、ぬいぐるみの呪人と一緒の子がいるんだけど、その子はいつも巾着型のポシェットにぬいぐるみの呪人連れてるんだよ。あ!頭の部分はポシェットから出るようにはしてて、そのぬいぐるみの呪人はね、よく回る口で話してたりするよ」


これからずっと抱いたまま移動することになるのかとは思っていたけれど、そんな方法あったのかと少し考える。

そのぬいぐるみがどんな見た目なのかはわからないけれど、私の呪人のこのお人形さんを同じようにはポシェットに入れるのは見た目的にはどうなのだろう。かわいいぬいぐるみならいいけど、繊細なビスクドールが覗くポシェット、か。


「そうだそうだノナちゃん!学園長の魔法は見た?」

「あっ、は、うん。見たよ」

「学園長ね、毎回最初の説明の時に紅茶かコーヒーを使って分かりやすく魔法を使ってパフォーマンスしてるんだよ。私達が“一般的な魔法使い”と違うよってのと、学園長見た目が若いからどうだ凄いぞってアピールするためみたいでね」

「……トーラ先輩もやっぱりできるの?」

「う〜ん、呼び捨てでもいいけど、先輩ならまあいいか。私もここの学園生も卒業生もみんな出来るよ。まだ信じられないと思うけどね。人が息をすることを教えられなくても出来るように、私たちは魔法を扱うことができるよ。でも私たち“魔法使い”はあんまり日頃魔法を使うことはないかな」


いつもの歩くスピードより少しゆっくりと進みながら、案内すべき場所があれば説明しながらもそんな会話は続いていく。お喋りと言われたとおりトーラ先輩の口はよく回るけれど嫌な感じはなく、人より口数の少ない私のことも気にせずに笑顔で話してくれ、楽しげに案内が続いていく。


「でもね、びっくりすると思うけど学園長は日頃一つ魔法使ってるんだよ!実はね学園長て八十何歳だっけ?う〜ん細かいとこは忘れたけど八十歳過ぎたおばあちゃんなの!あの見た目は学園内でだけ魔法で昔の姿で過ごしててね、なんでも若い頃の方が断然健康で動きやすくて元気盛りな子と向き合うのにいいって理由らしいよ。本当にそれだけなのかな〜ってちょっと思ってるけど」

「そのうちノナさんも元の姿というのか、まあ元の年齢の学園長を見かけると思うよ。外に出る時は元の年齢で出るからね」


驚くというか、信じられないというか、まだ色々と飲み込みきれていないけど、確かに学園長はなんだか見た目とどこか雰囲気がちぐはぐではあった。

トーラ先輩たちを待つ間のお菓子をどんどん勧めてくる姿は自分の祖母を思い出すような。


「学園長ってさっきみたいに何かにつけていっつもお菓子をくれるの。いっぱいお食べ〜て感じでね。それを見た先生たちがご飯前ですよとか食べさせすぎですよって学園長を嗜めたりしててね。………ここはね、色んな人がいるけど悪くない場所だよ。まだ全部を飲み込んで楽しんでなんて言わないけど、ちょっとずつ肩の力を抜いて緊張せずに、怖がったりもしなくて過ごしてほしいな」


こちらを見てにこりと笑うトーラ先輩に何を返そうかと迷い口を開けて、閉じてを数度繰り返す。


「さてさて、ここがノナちゃんの教室だよ。両隣は同じ中等部の三年の教室で反対は一年生の。で、通り過ぎた三つの教室は初等部のだよ。今初等部は五人いてニ年、三年の二人は一緒の教室であとの三人は五年、六年でそれぞれ授業を受けてるの。初等部は特に人数が少ないからね、あえて低学年は同じ教室らしいよ。まあ敷地広いから教室はいっぱい余ってるけどね」


何も返せないまま案内された教室は、私が通っていた学校と比べて造りとしては変わらない。

トーラ先輩が確か同級生は二人だと言っていたから、充分どころかこの教室の広さは余る。そのうえ教室も余ってるなんて人数と学園の広さがまったく合っていないんじゃ。


「私たち“魔法使い”てね、基本十六歳あたりが一番魔法に目覚めやすくてね。その前はぽつぽつと私やノナちゃんみたいにいるにはいるけど少ないんだって。だから高等部になると一気に人数増えるんだよ。まあ“魔法使い”てかなり人数少ないから、同じ年の“魔法使い”が二十人いたら多い方なんだって聞いたけど」


授業でも習うと思うけどね、と。

その後もだいたい使用する移動先の教室や施設を案内され、最後はこっちと向かった先の扉を開くと、少し今までとは造りの違う短い廊下。その先にも扉が一つ。


「この廊下はね、校舎と寮を繋いでる渡り廊下だよ。外に出ることなく行き来できて天気の悪い日とか便利だよ。あぁ一回外に出て行き来するのもだめじゃないよ」


次の扉を開くと少し開けた場所に出た。


「ここはロビーだよ。あっちにあるのが寮の正面玄関、であっちは食堂への扉。そしてこっちはね、フリアさん、ネイジさんいますか?」


カウンターになった場所から中に呼びかけると、奥から優しげな年配の女性が出てきた。


「おかえりなさい、トーラちゃん、ロクスくん。あなた達はノナさんとノナさんの呪人よね。学園長から話は聞いてるわ。わたしはフリア・ヨーマット、夫と寮の管理人をしているの、よろしくね」

「よろしくお願いします」

「夫のネイジはちょっと出ているの。また後にでも紹介するわね。寮の案内もトーラちゃんとロクスくんでするのかしら?」

「そのつもりです!」

「じゃあ、鍵だけ渡すわね。ちょっと待っててね」


少しして戻ってきたフリアさんははいと、シンプルな鍵を手渡してくれた。


「これが部屋の鍵ね。学園内では自分でしっかりと管理すること、学園の敷地外に出る時には預かる決まりになってるわ」

「わかりました」

「何かあったら何時でも声をかけてね。このカウンターに私か夫のどちらかがいつもいるようにしてるから」


手渡された鍵を失くさないよう一旦ポケットにしまう。

そのうち鍵に目印になるようなストラップでも付けようか。


「じゃあ、行こう!ノナちゃん」


同じ敷地内ではあるけれど教室棟と違い寮の案内中には生徒とすれ違うことが多く度々声をかけられた。

生徒の近くには多種多様な呪人たちがいて、一番驚いたのは鶏を連れた男の子を見た時だった。


「共有スペースについてはこんな感じかな〜。次はノナちゃんの部屋だね」


部屋にの前に着くと受け取ったばかりの鍵を取り出し扉を開く。

扉の奥にはシンプルだけど、一人暮らしにはちょうど良さそうな部屋が広がっていた。


「見ての通り家具、家電付きだよ。………わっ!見てかわいい!」


トーラさんが見つけたのは小さな家具たち。


「ねぇねぇ、これってその子用の家具じゃないかな」


小さな椅子に抱いていた人形さんをそっと座らせてみるとサイズはぴったり。

他に机にベットに食器や小物などが置いてある。


「これなら、人形さんもゆっくり休めるね」

「人形さんの物までちゃんと用意してくれてるんですね」

「ちょっと敬語に戻ってるよ〜。どの呪人にもね、ちゃんと必要なものは学園が用意してくれるんだよ。ロクスくんも一部屋貰ってるしね。そっちももちろん家具家電付き」

「はい、設備も目のことを考えて少し違いますけど大まかには生徒の皆と変わらないんですよ」


そのまま簡単に部屋の説明に戻り、キッチンにバスルームにトイレ、生活に必要な家電、家具と本当に一通り揃っている。細かい物はおいおいとしても生活するのに困ることはなさそう。


「さて!説明は一旦終わり!夕飯まではまだ少しあるからゆっくりしてていいよ。質問とか荷解きの手伝いとか大丈夫そう?」

「はい、じゃなくて、うん、大丈夫」

「そっか、何かあったら呼んでね。夕飯の時間になったらまた呼びに来るね!」

「わかった、ありがとう」


トーラ先輩とロクスさんが部屋から出ると一気に静かになり、私はベットに仰向けに寝転がり一つ息を吐いた。


ここに来てまだ数時間。

常識であったことは違っていて、呪人に、広い学園。

何もかもが未知で不安で、先が見えない。

学園に通うことになったあの時、不安もあったでも何か変わる期待もあった。

昔から人付き合いが苦手なわけではないけど、口数が周りより少なく表情が乏しいと言われてきた。友達がいなかったわけじゃないし、家族も普通に接してくれていてただ不器用なだけと言ってくれた。

学園に入ればたくさんのことが変わる。何か自分にも変化があるかも、なんて思っていた。

でも思っていたよりも大きな変化があるなんて思わなかった。

私は誰かに教わるわけでもなくすでに魔法を扱うことができるらしい。今ここで心から思えば何か魔法を扱える…………いややめておこう。


「はぁ………」


胸に溜まる色んな物を吐き出したくて吐いた息は静寂にとけるだけ。

そっと首を人形さんがいる方へ倒す。

繊細でそっと扱わなければ壊してしまいそうなビスクドール。

触れた感触も温度も人のそれではなかった。けれど人であるらしい。


明るすぎない金色の髪はゆるくウェーブがかかっていて、閉じた瞼には髪と同色のまつ毛。

ボンネットにふわふわのドレス、足にもかわいいらしい靴。


名前は分からない、女の子の人形なのだから性別は……年齢も分からないのに女の子はあれだから女性なのかな。


どんなことがあって人形になってしまったんだろ。

故意でも事故でも大小様々な呪いはどこでも起きていて、そういったものは病院の呪い科で診てもらって解くもので。

それを私は解かなければならない。


考えてもまだ噛み砕けていないことが多くて、ただ胸に溜まっていく。


「………考えてもしかたない、かな」


もう一度だけ息を吐いて起き上がる。

明日は初めての登校。少しだけでも荷解き進めておこう。



言っていた通り夕飯のためにトーラさんとロクスさんはやって来て、食堂へと案内してくれた。

開いた食堂の扉の先には多くの人がいて、年齢も広く呪人であろう人や物など多様な空間が広がっていた。


「驚いたでしょ、食堂は初等部から大学部、呪人に先生や学園で働いてて寮に住んでる人、皆が使う場所だから色んな人がいるんだよ。あと卒業生とか外部の関係者もいたりすることもあるよ」

「呪人によって食事が違ったりするけど、そこも対応してくれるだよ」

「……凄い」


そんな食堂に集まった人たちの目はこちらに集まっている。


「学園てさ、生徒は少ないし中等部まではもっと少ないから皆新しい子がくると気になるもんなんだよ。でも安心して悪い人はいないし、皆仲間が増えて嬉しいだけだよ」


トーラさんはにっこりと優しげな笑顔を浮かべて私の顔を覗き込んでいる。元気いっぱいな笑顔も今の笑顔も見ていると、この人は悪い嘘は付かないしきっと信じられる人と思えてくる。


「とりあえずまずはご飯受け取って、それから色んな人とノナちゃんにはおしゃべりしてほしいな。ノナちゃんのこと皆にも知ってもらいたいんだ私」

「うん、私も皆のこと知りたい、な」


不安はある、何かの嘘なんじゃ。ドッキリとか。でも今は前向きにいきたいと思ってる、考えたって仕方ないなら。


「トーラ、手伝うよ」

「フェル!助かるよ、ありがとう〜」

「どういたしまして。席も取ってるけど………あー、またゼリアさんの魂が抜けたみたいだね」

「おっとと、確かに」


トーラさんに話しかけてきた男の子とトーラさんは食堂内の一角を見ながら話している。

魂が抜けるなんて聞いたこともない会話に入ることはもちろんできない。


「あっ。ごめんね、急に話しかけて君を放置してたね。僕はフェルセル・バッカス。トーラとは同学年、よろしくね」


今日何度目かの自己紹介を返してから、食事を受け取るために歩き出す。

奥に厨房が見えるカウンターからそれぞれ食事を受け取る。ロクスさんの分はバッカス先輩が受け取っていて、そのために来てくれたよう。

そのまま食堂内を進み先ほど見ていたらしい一角に辿り着いた。


「みんなもう揃ってたんだ!やんちゃ坊主たちもちゃんといるね。うんOK、OK!」

「ノナさんはこの席にどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


女子生徒、男子生徒に呪人だろう集まりの中の空いた椅子をバッカス先輩が引いてくれた。


「ノナちゃん、ここに揃ってるのは初等部、中等部の生徒とその呪人だよ」

「はじめまして、転入してきましたノナ・マリネットです。よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げると、パチパチと拍手が鳴った。

そのまま全員自己紹介を返してくれ、一巡すると夕食へと手を付け始めた。

生徒数が少ないとは聞いていたけど、初等部は五人、中等部は私を入れて八人。本当に少ない。


「わたしノナ先輩が来てくれて本当に嬉しいです!」


瞳を光らせそう話すのは一つ下のフルールと名乗った女子生徒。

初、中等部は皆ファーストネムで呼びあっているらしく私もそれを受け入れた。


「同級生もすぐ下も上も男子しかいないうえに、下はやんちゃ坊主で上の先輩は人に興味なくて……。だからノナ先輩が来てくれて本当に本当に!嬉しいです!これからたくさん仲良くしたいです!」

「フルール良かったわね。でもさらに先輩の私たちのことも忘れないでね」

「はーい!もちろんです!ナナハネ先輩もトーラ先輩も、あっ、フェルセル先輩も大好きな先輩ですよ」

「なんだかついでに僕も入れられてるね」

「ドンマイ、フェル〜」

「まあ、僕には可愛い後輩のホルヘがいるからね」

「はい!フェル先輩が一緒にやんちゃ坊主たちを見てくれるからいつも助かってます!尊敬してます!」

「おぉ良い後輩だね。やんちゃ坊主たちはとりあえず落ち着きを覚えようか」


和気あいあいと先輩後輩関係なく話す間柄は楽しくて、あんまり心配はいらないと思う。

皆を見ていると上は下の子の面倒を何かとちゃんと見ているし、生徒と呪人関係はそれぞれだけど悪くもない。

まだ不安はあるけどきっと大丈夫。


その後さらに上の先輩や担任の先生など多くの人と会い、全員の顔と名前を覚えきれないほど挨拶をした。

一日そんな風に過ぎ、部屋に戻ると一気に疲れがきてシャワーもそこそこに人形さんを専用のベットへと寝かせ、私もすぐに眠りについた。



朝はトーラ先輩の元気な声で目覚め、身支度を済ませると途中で会ったフルールも含めて食堂へ。そこでフェルセル先輩に補助されたロクスさんとも合流し朝食を摂りはじめれば、他の生徒も加わりはじめ、朝から賑やかな食事になった。


向かう先は同じだからと、まだ不慣れな教室への道をトーラ先輩とロクスさん、ナナハネ先輩に先輩の呪人のゼリアさん、フルールと呪人らしい鉢植えに植えられた観葉植物と歩いた。

口数が少ない私でも皆それぞれ困った顔せずに楽しげに話してくれて、なんだかいつもより話せた気がする。


教室前で皆とは別れ、扉を開け中に入ると同級生とその呪人はすでに机についていた。


「おっ、来たか」


そう声を発したのは、この教室内で一番小さな少年の姿をした呪人。


「ノナ、お前の席はここ。隣にあるこの机はその人形用だ」


普通サイズの机だけれど椅子の方に座れば顔が出るようにと工夫されているようで、そっと人形さんを座らせてみれば人形さんもまるで授業を受けているよう。


「問題ないみたいだな。学園は呪人にも席を用意してくれているんだ。座るか座らないか、座ってる間授業を聞くか聞かないかはそいつ次第だがな」

「ありがとうございます、エルさん」

「いや、いいさ。ノナ改めて呪いが解けるまでだがよろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


ノナは礼儀正しいな、と自分の机でそれぞれ本を広げている二人を見ながらエルさんはつぶやいた。


「まったく、こいつらはいつもこうだ。他人への興味関心が薄い奴らで参るよ」


テオルトとヴィタリー。昨日も自己紹介以外で喋ることもなく食べ終わるとすぐに食堂を後にしていた。


「テオルトは天体、星空だな。それにしか興味がないし、ヴィタリーは本の虫で暇さえあれば本を読み漁ってるよ。ヴィタリーに用がありゃ大概図書館に行けばいい」


昨日少し案内された図書館は覗いただけでも驚くほど広く、聞けばこの広い校舎よりもさらに広いらしい。

用があっても人を一人見つけれるか怪しいものだ。


改めて二人にも挨拶するべきかと思ったが、本から視線を上げることない様子に辞めておくことにした。

ヴィタリーくんが手にしている本の表紙には小難しいタイトルが、テオルトくんの方は星座の絵が見えるのでそういった図鑑なのだろう。


「まあ、なんだ同級生がこんなので苦労すると思うが、俺はこのクラスでは年上の大人だから頼るといい。今はこんななりだがな」

「はい、ありがとうございます」


エルさんは呪いで子供の姿になっているらしいが、成人もしたれっきとした大人で他の生徒も何かあればエルさんを頼るといいと言っていた。

エルさんはテオルトくん、の呪人で、ヴィタリーくんの呪人は鈴の姿になっているらしく、意思の疎通も一応取れるが人の言葉を発せず、鈴の鳴る音でどうにか会話をしているらしい。今はヴィタリーくんの隣の机の上、クッションに置かれている。


「まあ!今日は皆もう揃ってるのね!」

「よう、先生。今日はノナの登校初日だからな、早めにこいつら叩き起こして飯を食わせて、引きずってきておいたぞ。ほっとくと遅刻、無断欠席になるからな」

「エルさんいつも助かります〜。エルさんがいなかったらこのクラスは学級崩壊してても可笑しくないって皆に言われてて、本当に頼りになります」

「担任の口からそんな言葉出していいのか……」


にこにこ、のほほんとした笑顔を浮かべている担任のソフィア・アマン先生。

穏やかで優しいけどマイペースすぎるから気をつけてねとトーラ先輩達が言っていた。

エルさんがいなかったら確かに大変そうだ。


「まあ、こんなクラスだが楽しくやっていけるよう俺も努力するさ」


そうやって幕を開けた登校初日。

受業内容は進み具合に違いがあるにしてもこの前まで通っていた学校とも違いはない。けれど人数が少ないおかげで先生が一人一人に丁寧に教えてくれるおかげでとても理解がしやすい。

今週の授業予定表の中に呪文とあり、先生によれば一般的な魔法使いと違い呪文が必要のない私達が普通に外で魔法を使い、普通に暮らすために一般的な魔法使いが使う呪文を学ぶためと。普通なら高校でしかない授業だけど、ここでは小等部から大学部までどの学年でも必ずあるみたい。


本当であれば全ての授業が終わった放課後。

私だけは教室に残り特別授業を受けていた。

内容は“魔法使い”たちの歩んだ歴史と呪いについてだった。


ーーー遠く遠くあまりにも大昔。魔法使いは魔法を使うことで不気味がられ、迫害され、搾取され、使役され、殺された。人としての尊厳全てを否定され、奪われ世界のどこにも居場所も安住の地もなかった。

多くの同胞がその命を奪われても魔法使いは生まれくる。

それは何故か?魔法使いは人とただ魔法を使えるかの違いしかなく人の間からも魔法使いの間からも等しく生まれる。両親が魔法使いでも人でもよかった、だから同胞である魔法使いがどんなにその身を散らしても世界のどこかで生まれくる。

魔法使いは息を潜め魔法使いであることを隠し生きてきた。

そんな中である時ある国の王と一人の魔法使いが取り引きをした。本来ならば取り引きなど起こるはずも、成立することもなかったはずだった。

けれどその取り引きは成立することになる。


そしてその取り引きとは魔法使いではない人が魔法の力を使うというもの。その対価に魔法使いが自由に暮らす場所と尊厳を守ること。


結果としていえばそれから魔法を求める人々は増えていき、長い長い時をかけ魔法は当たり前になり、本当の魔法使いである同胞はそれを隠れ蓑にできた。

魔法は学べば、呪文を覚えれば扱えるものに変わった。

そしてその魔法の力は本来の魔法使いの魔法によって与えられるもの、要するに魔法使いが望めばいつでも人から魔法を奪えるということ。

人は魔法を扱うためには“魔法使い”を守らねばならない、“魔法使い”は人に魔法の力を与え続けなければならい。そうやって相互に均衡を保ちながら今“魔法使い”は安寧を享受している。

そして“魔法使い”と魔法の真実は世界の均衡のためにも隠され知るのは一部の権力者や学園関係者、“魔法使い”のみである。



今日はここまでという副学園長の言葉で特別授業は終了した。

ここにきてから私の中の世界の常識がどんどん書き換わっていく。

順応するのも受け入れていくのも時間はきっとかかる、でも来てしまった今全てを変えていくしかない。


朝は皆と来た道を一人歩く。

待とうかと言う言葉を断り、慣れるためにもと放課後は一人帰ることを選択していた。

副学園長にも道は分かるかと聞かれたが大丈夫ですと答えた。

学園長とは違い厳しそうな雰囲気を纏っていたが言葉や行動の端々に優しさがみえ、そうでもないのかもしれないと思った。


「おかえりなさい、マリネットさん」

「あっ………ただいま、です」


寮に着くとちょうどカウンターで作業していたネイジさんが出迎えてくれた。

家族以外にただいまと返すのに慣れなくて迷いながらなんとか返す。


「登校初日お疲れ様です。中等部の子たちが共有のリビングに集まってますよ。よかったら行ってみたらどうかな」

「……ありがとうございます。行ってみます」


夕食までもう少しある。一旦部屋に帰るつもりでいたけど、そのまま共有のリビングへと向かう。

共有リビングからは賑やかな声が漏れ聞こえていて、覗いてみるといくつかのグループが点在する中に中等部の女子生徒とその呪人の集まりが見えた。


「あっ!ノナちゃーん!」


覗いている私にいち早く気づいたトーラ先輩が手を振ってくれ、一緒にいた皆もこちらに振り向いている。

近づいていくとお疲れ様と口々に言ってくれ、私の座るスペースを開けてくれた。


「あら、部屋に戻ってないの?荷物持ったままね」

「本当だ、何ノナちゃん寂しかったの〜」


ちゃっかしたように聞いてくるトーラ先輩を適当に流して、おしゃべりが始まる。

休み時間やお昼ご飯の時に話していくうちにそいった軽口にも慣れた。仲良くなれているんだと思うと嬉しい。


「ねぇねぇノナ先輩!」

「うん、なに?」

「今度のお休み街を案内したいんですけど、どうですか?」


こちらを見つめてくるフルールの提案は、ちょうど一人暮らしに必要な買い出しをしようかと考えていたのもあり、断るどころがとても助かるもの。


「私買い出しに行きたくて、案内頼めるかなフルール?」

「はい!もちろんです!」

「いいな〜、私も一緒に行っていい?」

「私も行きたいな」

「皆でお出かけいいですね!ノナ先輩いいですか?」

「うん、もちろん。私皆で出かけたいな」

「わーい!先輩たちとお出かけできる!」


フルールもトーラ先輩もナナハネ先輩も皆あのお店がおすすめとかここは絶対行くべきとか、たくさんのお店を上げてどこに行こうかと約束の休日の話で盛り上がっていく。


「みんなかわいい」

「友達が増えて嬉しいんですね、微笑ましいですよ」

「ほんと。若いってだけで、キラキラしてて眩しい」


そんな会話が隣のテーブルについたゼリアさんとロクスさんでなされていたのだけど、話に夢中の私たちは気づくことはなかった。



明日は待ちに待った学園に来て初めての休日。この放課後の授業が終われば帰るだけ。


毎日放課後に変わらず副学園長との特別授業。少しづつ“魔法使い”について、呪いについて知っていく。

魔法学園ではあるけれど、あまり魔法を使っている光景を見ないとは思っていたがその理由もだんだん分かってきた。


“魔法使い”は無闇矢鱈に魔法を使わない。


もともと使えはするが魔法を使うこと自体少なかったらしく、さらに“魔法使い”は迫害を恐れ魔法を使うのはかなり限られた時だけになっていったらしい。

授業の中で語られる迫害の歴史はあまりにも目を逸らしたいもので、けれどそれを隠すことなく副学園長は語る。

“魔法使い”である私はそれを知らなくてはならない。それはもしかしたら私が受けていたかもしれないことであり、今の均衡が崩れれば受けるかもしれないこと。


過去を知り、今を保ち、未来に繋がなくてはならない。

先人の“魔法使い”達の残してくれた幸せを次の“魔法使い”に残すために知らなければならないい。


「さて、今日はここまでとする」

「ありがとうございました」


教壇に立つ副学園長のその言葉で授業はいつも終了となり、やっと私にも放課後がやってくる。

机に広げていたノートを閉じ帰り支度を始めていると、いつもはすぐに教室を出ていく副学園長から声がかかった。


「一週間経ったが、学園での生活はどうだ」

「……あっ、はい、……皆さんよくしてくれて、楽しい、です」

「そうか………何かあればすぐに周りの生徒なり教師なりを頼りなさい。では」

「はい、ありがとうございました」


立ち去る背中を見送り、息を吐く。

厳しそうな雰囲気に言葉数の少なさ、変化の乏しい表情。どれもが近寄りづらさを感じさせるけれど、そうでもない。

つい昨日は小等部の子と話すために膝を床について話している姿を見かけた。周りにいた人を見回してもそれが珍しい光景でもなさそうで、誰かが話しかければしっかりと話を聞いて返してくれる。なんてことない会話でも応じている様は副学園長が皆から好かれていることを知れた。

それに私だって言葉数は少ない、表情だって変化が薄いと指摘されたことは幾度とある。

似ているからといってお互いになにかあるわけではないけれど、副学園長のそういった人として見習う部分を見習いたいと思う。


改めて鞄に荷物を詰め、隣の席に変わらずそこに座ってもらっている人形さんを抱き上げ、振り返り忘れ物がないかを確認する。

普通の教室でも六つしかない机、それにもだいぶんと慣れてきた。

私を含めて生徒三人あまり喋らないせいでどのクラスより静かであると、先生含め他学年の生徒たちによく言われている。

エルさんが何かと二人の世話を焼いているおかげで上手く回っているけれど。


もう慣れた寮への道を歩く、人形さんを腕に抱くことにも慣れてきた。

今日は少しだけ特別授業が長かった。まだ夕飯までは時間があるから急ぐ必要もない。

広い敷地と比べると生徒数の少ない教室棟は静かで、魔法学園なのに魔法の気配もない不思議な場所。

ゆっくりと歩いていると、どこからか歌声のようなものが聞こえてきた。高い声の響きに引き寄せられるように少しだけに速度を上げる。

少し行くと窓の外に人影が見えた。人影は四つ、小さな子が二人にベンチに腰掛けた人影が二人。

そのまま進んで行くと小さな二人組が気づいて手を振ってくれる。ベンチの後の窓を開けて声をかけてみる。


「皆で何してるの?」

「ノナお姉ちゃん!今ね!ミーちゃんと二人で歌ってたの!」

「あのね、あのね、ミーちゃんたちね、授業で習ったお歌をね、トーラお姉ちゃんとロクスお兄さんに聞いてもらってたの」

「そいうこと〜」


小さな二人はきゃっきゃっと話してくれる。

初等部のニ年生のミリカと三年生のディアレラは低学年というのもあって学園の皆に可愛がられているマスコットのような存在。

初等部で学園に来るというのはそれだけ親元を離れたのが早いということ、それもあり皆何かと気にかけているのもあるよう。


「授業終わったんだね。お疲れ〜」

「お疲れ様」

「ありがとうございます。楽しそうだけど、どうしてここで?」

「うん、ノナちゃん待ってたらね。ミーちゃんとディーちゃんに会って気づいたら?」

「私を待ってたの?」

「そう、ねぇこれから良いところ行ってみない?」



結構歩くけどと言われ寮への道から外れ、教室棟を上へと上がっていく。


一緒にいるのはトーラ先輩と人形さん。

ロクスさんは自分がいると時間がかかってしまうからと来ずに、ミーちゃんとディアちゃんが先に寮へロクスさんを連れっていくと言っていた。その時に私の鞄まで重いだろうからと預かると言ってくれ、今人形さんだけを抱いている状態。

二人とも任せてと胸を張っていてかわいくて断れなかった。


「ねぇノナちゃん、どう一週間改めて学園でやってけそう?」

「………うん、驚くこといっぱいだけど楽しいし、不安はあるけど頑張りたい、かな」

「そっかそっか、まあー力まずに、ぼちぼちやってこう〜。ここには仲間も味方もいっぱいいるんだからさ」


トーラ先輩はいつも笑っていて、押し付けがましくなく気づかってくれる。私は先輩のおかげでいつも不安が薄らいでいく。

ここには仲間、味方がたくさんいて逆に言えば外には“魔法使い”、魔法の本当を知らない人がたくさんいる。均衡が崩れれば敵になるのかもしれない。

私たちは故郷の家族とも友達とも違う存在。

魔法を与えられるんじゃなくて持って生まれたただそれだけの違いで、異質な存在。


「私もね、来たばかりの頃は不安だったんだ〜。だってドキドキワクワクできたら学園長の話を聞いて、私って普通じゃないんだ〜、てなってさ。でも皆優しいし魔法を持って生まれたかそうじゃないか、そんな違いしかないんだからって今は思ってるよ」

「う、ん。ありがとう」


今はまだ不安や飲み込めてないことがまだある。でもここで過ごしていたらきっとそれは減っていくはず。

それに私は私のことだけじゃなくて、このお人形さんの呪いを解かなければいけない。

呪いについて学んでいってもどうすればいいのかまだ分からない。

そっと腕に抱いたお人形さんの髪を梳くように指を通す。

繊細だけど人の髪と違う質感、どこからどう見ても触れても人とは違う。


「ーーー呪いとは、言葉の通り呪いであり、思いであり、願いであり、祝福である。他者か己か自然か、何であろうとどんな思いであろうとそれは呪いである」

「……それって特別授業の時に聞いた」


呪いとは誰かの強い思いが魔力と絡み合いおこるもの。

大切な誰かを思った気持ちが意図せず呪いとなることもある。

人が魔法を求めたことで世界に魔力が溢れ、呪いもまた世界に溢れた。

人が力を求め、“魔法使い”が平和を求めたその代償とも言える呪い。

だから私たちは呪いに触れなければならないと、先人たちの残した平穏と罪は切り離せないものであり平穏を望むならば罪もまた知らなければないと。

そう語られた。


「色々難しいこと習ったと思うけど、結局私たちは呪人の呪いを解かなきゃいけない。ここにいる呪人たちは簡単に呪いを解くことができない、簡単に解いてはいけないそんな人たちが集まってる。……呪いにかかったことで自分自身をさらに呪ってしまった人もいる」

「……このお人形さんもそうなのかな」

「それは分からないけど、でもいつかその子が何を思っているのかきっと分かるよ。大丈夫」


トーラ先輩は私とお人形さんへと微笑んでくれる。

またそっと髪へと梳くように指を流してみる。今はまだ分からない。


「とっと、話してたら着いたね」


三階建ての校舎からさらに上へとニョッキリ伸びる尖塔。上へと上がる階段を登りどうやら着いたみたいだ。


「見せたかったのはこの扉の先だよ。さて、オープン!」

「……わっ!」


開かれた扉の先には遠くまで見渡せる景色。

くるりと取り囲む胸の辺りまでの石造りの壁に恐る恐る近づくと下には校舎をはじめ学園の敷地、その先に街並みが続き遠く遠く広がる海。


「きれいでしょ、ちょっと高くて怖いかもしれないけど」

「確かにちょっと怖いけど、きれいだよ」

「よかったよかった。学園はこの島の中央でしょ、ここまで来る時登ってる感覚あったと思うけど少し周りより高いんだよね。だから余計によく見えるんだよ」

「来る時に少し坂があって大変と思ってたけど、こんな景色見れるならそれも良かったかも」

「そりゃよかった。今日は風も穏やかで問題なく連れてこれてよかったよ。もう少し待つとね、夕焼けが海に沈んでく様子が遮るものなく見えるんだよ」


太陽と海の間にはまだ距離がある。

夕焼けもきっときれいで坂を登ったことも、ここまで階段を登り続けたことも悪くないと思えるんだろうな。


「私ね、いつかここからの夕焼けをロクスくんに見せたいんだ」


石造りの壁へと方杖を着いたトーラ先輩は遠くを見ながらそう言った。


「ロクスくんここに来る時に時間がかかるからって遠慮したみたいに来なかったでしょ?でもね、私がここの景色を好きで見せたいことを知ってるから、だから来なかったんだよ」

「………」

「ロクスくんは直視するのが怖いことから目を逸らすために、呪いを解くことを心の中では拒んでる」

「それは自分を自分で呪ってるの」

「始まりは違うけど最終的にはそうだよ。今はまだ呪いを解くために時間が必要だと思ってる。……でも絶対いつか私はここからの景色も色んなきれいや楽しいそんな景色に、見たくないものも含めて全部見せて、目と目を合わせて笑い合いたいんだ」


いつもみたいな笑顔をこちらに向けた彼女は一つしか違わないはずなのにすごく大人に見える。


「私の担当してる呪人だからとか卒業できないからとかじゃなくて、ロクスくんは私の大事な友達だからね」

「トーラ先輩は凄いね」

「凄かないよ〜」

「ううん凄いんです。私はまだよく分からない、お人形さんは眠ってるて学園長は言ってて話すことも目を合わせることもできない。何を思ってて呪いを解きたいのか解きたくないのか、名前すらまず知らなくて」


お人形さんと同じように意思の疎通が取れない呪人は他にもいる。私だけじゃないことは分かってる。

でももしお人形さんが呪いを解くことを、目覚めるのを望んでなかったら……。もしを考えて拒絶された時どうすればいいのか怖くなる。


「そうだね、意思の疎通の取れない赤の他人だもん。分からなくて当然だし、もしかしたら呪いを解くことを嫌がるかもしれない。けど殻にこもって現実から目を逸らし続けるのは違うでしょ。目を逸らすことも時には必要だけどいつかは見なきゃならないことだよ」

「そう、ですね」

「きついこと言っちゃったけど、お人形さんがそうとは限らないし、まずはお人形さんとノナちゃんがお友達になることから始めよう」

「お友達、意思の疎通取れないけど」

「うん、取れないけど。魔法も呪いも思いだから、だからまずは相手のことを思うことから始めよう」


思うことから。お友達になることから。


「うん、そうだよね。相手のことを知りたいなら仲良くなることだよね」

「そうそう。意思の疎通が取れないんだから少しくらい身勝手に思ってもいいんだよ」

「ふふ、そうだね」


身勝手か、何も分からない今はそうしよう。もしお人形さんが現実から目を逸らすのならその時もまた身勝手に呪いを解きたいと思いながら接しよう、いつか自由に自分の意思で話して、見て、聞いて、触れて、歩けるようになるように。


「あっ、夕日が」

「もうそろそろだね」


海と夕日はもうすぐ溶け合う。

静かにその様子を見ながら思う。


私もお人形さんにこの景色を見せたいなとーーーー。





















夕日と海が混じり合い、溶け合う景色を眺める二人は今はまだ気づいていない。


ノナの腕の中、静かに眠っていた人形ドールの瞼がパチリと瞬いた事を。

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