Awake:01
元々SFやら人型ロボットの話を書きたかったけど、そういう奴が勝利の女神:ニケというゲームに出会った結果がこれ、という作品になってしまいました。
始めに言うと、この作品は僕が出会ったそのゲームと設定や世界観が酷く似た箇所が見受けられますが、個人としてはフォロワー作品として描いているつもりです。当然細かな部分で差別化していく所存なので、宜しければこの二番煎じ小説に付き合ってくれれば幸いです。
――
「……ん、っ、くっ…………」
……頭痛が、する。痛みに起こされた拍子に目を開けさせられる。
自分の手足が先まで動くことを確認し、砂と思わしき無数の感覚を払ってから辺りを見渡す。どこかの建物にしては天井の景色は経年による崩壊を見せ、電灯も一切点いていない。廃墟と考えた方が良さそうだ。
更に見渡してもその印象は変わらず、壁に走る亀裂と錆が目立つこの室内。風を遮る窓の音に引っ張られて目を向けると、向こうの空色はくすんだ鈍色に染まっている。なんだろう、単純に天気が悪いだけならこんなに嫌な気分にはならないと思うが……
……それにしても頭が痛い。なんとなしに痛む側頭を触って驚いた。 ――血だ。そりゃ痛い訳だと間の抜けた感想を覚えてから、決定的なある疑問に行き着く。だが、それを考えようにも考えることがあまりにも多すぎる。優先順位もよく定まらないまま、とりあえず立ち上がる。ぶつけただろう頭の影響でふらついたが、腕と脚の擦り傷程度なら動く分に影響は無さそうだ。ひとまずは現状の把握をしよう。ここがどこなのかもう少し知りたい。窓の外を眺めてみるか。
ん、手足が自由になっているから廃墟に拉致された線は無いな。だが近くに落ちている拳銃と、
「……なんだよ、これ」
光を招く窓の外を見て愕然とした。文字通り、荒廃しきって瓦解しつくした命の宿らない建造物の群れ。古びた窓ガラスを揺らす風が巻き上げる砂塵。群れ成す人波や雑踏響かせる音沙汰のひとつすらも目に入らない。文明がまるで機能していない。一体なにが起こったんだよ……目が覚めれば世界が崩壊していたのだ、零したくもなる。
……ダメだ、ここであれこれ考えているだけでも気が病んできそうだ。少なくとも、足元の銃の存在があるんだ、人の存在はある。あまり考えたくないが、今は銃が必要となっている世の中になっている可能性があるんだ、下手に気も抜く事は出来ない ……少し心許ないが一応銃の状態を軽く確認しておこう。弾倉に詰められた弾は二、それなりに使い込まれているが外見はやや古びた印象を感じる。これじゃハッタリとしても使えないかもしれないが、念の為持っておいても損はないだろう。やば、なんか俺この世界に馴染んでる?
――銀の淀む光を反射させた銃身に微かに映る自分の姿。そこでもうひとつ、避けられない疑問を自分に零す。
「……つーか、俺は誰なんだよ」
疑問はあっても嫌悪感の一切も無く銃を握った自分に肩を竦めながら、安全装置を入れた銃をズボンに挟んで収める。
――
ここがどんな建物なのかは知らないが、外に出る為にとフロアと降りる階段を通っていくつか気付いた。壁や床に残る弾けたコンクリート片、嫌でも目に入る床の薬莢。銃撃戦の名残が強くあるが、それ以上に不審に思う謎がある。断定は出来ないが、時折機械の部品と思しき鉄くずの一片も踏んでしまう。ここでなにかったのか……
「まさか戦争でもあった……とかないよな?」
短絡と言えば短絡だが、他にどう結論すればいいのかも分からない身としてはそれ以上が見つからない。念の為にとフロアを周って人も探してみるが、人はおろかネズミの一匹も見かけない。外の雰囲気と言い、大袈裟でもなくこの世界はなにかがあったらしい。
「――――」
息を深く吞んだのか、それとも息を吐くのも忘れたのか。俺がなにをしたのか分からないが、そんなことは重要じゃない。ただただその存在に、目が釘付けになった。
一階に降りたとある一室。人の存在を確認したくて覗き込んだその中に、女性が壁を背にして倒れている。だが思考を止められた原因は、もう少し踏み込んだ部分だ。
「……ロボット、なのか?」
女性の生気なくぶら下がった左手と欠けた右膝下から覗かせたコード類の群れ、顔の表皮から剥き出しに覗かせる機械仕掛けの右目周辺。手元から落ちただろうアサルトライフルの異様さも相まって、余計に状況が掴みにくくなった。
ここで、ある予感を覚えた。さっきこの世界で戦争が起こったのかと口にしたが、武装したロボットによる侵略が……そう考えると、この閉じられた空間に長居するのも危険が過ぎる。
「……あ」
不意に、虚ろに開いた瞳と視線を合わせた。
「……にん、げん……?」
「っ!」
忍ばせた頼りない拳銃を向けて威嚇する。疑問は一切晴れていないが、この役に立つかも怪しい銃を脅しの道具として使う他無い。気取られる前に勢いで押すしかない。
「動くな!」
「待っ、て、ください……あなた、人間、ですよね……?」
……ひとつ分かった。俺は中々のバカだ。
相手からは敵意は感じない。ラジオのノイズの様に時折砂利ついた優しい声と穏やかな視線を向けられた拍子に、銃を握る力が弱まっていくのを実感した。確かに明るめの銀髪ロングの英国系顔の美女という整った容姿が目を引くのは仕方ない。だが、文字通り崩れかけた姿に対して同情を覚えてしまう。気付いたらか弱い問いかけに頷いていた。
「よ、かった。ここは、危険で、す……信号弾を撃ってますけど、恐らく、てき、も……」
「てき……? 敵ってなんだ?」
「……? レギオン、ですよ?」
「そう言われても全く知らないんだが」
「…………レギオンを、しらない?」
目が覚める以前の記憶が完全に抜け落ちているの考えれば、この場においては俺の方が常識知らずの方だ。疑問を晴らせば疑問が湧く。どうやらこの世界は、俺が思っている以上に入り組んでいるのかもしれない。
……お手上げだ。ジェスチャーでもそう示し、こちらも敵意は無いこともアピールする。
「ああ、困ったことになにも知らない」
「どうい、うことで、すか……?」
「記憶が全然無いんだ。俺はさっきまで倒れていたが、目が覚める前の事がなにひとつ覚えてない。だから敵とか世界がどうなってるとかもさっぱりだ」
「その状況で、無事だ、ったなんて……」
素で驚いている辺り、前提として生きていることが珍しいらしい。知れば知る程、こんなシビアな世界でよく意識を取り戻せたな。 ……待てよ。下手したら俺、知らない内に死んでた可能性もあったのか。今更に感じた感情のせいで肩を震わせてしまうが、今の情けない挙動を目の前の女性が気付いてないことを祈るばかりだ。
……なにか物音がしたような。女性が背を預ける窓際に近寄って外を覗きこんでみる。
「なんなんだ、あれ……」
列を成す機械の群れ。どう表現したものか、目ともスピーカーとも見れる箱から伸びた四本の脚とも言うべきか。そんなブサイクな見てくれの機械仕掛けが無造作にこちらに向かってくる。 ……いや待て、よく見たら機銃らしき武器が備え付けられてる。
「レギオン、です」
「あれが? まるで趣味の悪いスピーカーだな」
「危険な、のであなたは、隠れていて、く、ださい……上の階にでも」
「置いて逃げろって? 冗談じゃない。あんたも……っ!?」
軽口を叩いたのはいいが状況が良いとは言えない。信号弾で仲間を呼んだとは言え、ここでぼんやりしてれば無事で済むとは思えない。一緒に逃げようと女性を抱えるが、その重量に驚いた。目に映る「人」の部分で見落としていたが、機械の部分が占めているだろう身体の重みがずんっと圧し掛かる。辛うじて抱えきれない重さとは言え、流石に抱えて運ぶとなると正直厳しい。
「……わた、しはいいので、あなただけでも、逃げ、てください」
「………………」
「あの、なにをす、る、つもりですか?」
「さあな」
なにせ女性を窓際から離して、おもむろにアサルトライフルを手に取ったんだ。首を傾げられるのも無理は無いと思う。
「一応聞くけど、これ使えるんだよな?」
「そうですが……危険で、す。逃げてくだい」
「足止めしてからな。信号弾撃ったって言ってたけど、どれくらいで来る?」
「………………」
「ん?」
「…………分か、りません」
…………希望持ってたのにそんなのアリ? 俺本当に足止めだけするつもりだったのに。
にしても、俺だけ助かろうと思えばどうにかなるだろう。この建物の構造を活用すれば、なんなら逃げることに専念すれば生き残れる確率は高い。けど面倒なことに、俺には彼女を放置して逃げるという発想を実行するのは出来ない様だ。改めて実感したが、やはり俺はバカだ。
「…………オーライ、やることは変わらないと」
「本気で、すか?」
「当然。そうだ、二つ確認したい」
「なん、で、すか?」
「マガジンはいくつある?」
「えと、少し待、ってください」
「出来ればそのまま聞いて欲しいが、あれは何処を狙えば倒せる?」
「コアを……いえ、あの正面のレンズ部分、に、撃ち込めば……」
「分かった。 ……三つか」
予備のマガジンの数があまりに心許ない。 ……もう一度窓の外の歩く機械を数えてみるが、二十から先は面倒臭くてやめた。運が受ければ倒しきってここから避難、というのは考えは捨てた方が持たない方が良いな。
……だが、格好をつけた手前吐いた唾を飲みたくない。だが俺は命を犠牲にして守るとかそんな上等な考えは無い。
「あの、あなたの銃をください」
「ん、ああ、これか。 ……俺を撃つつもりじゃないよな?」
「まさ、か。もしもの時、自分、を撃つだ、けです」
……崩れた薄い笑顔で放つ一言。その言葉にどれだけの意味が込められているのか分からないが、彼女の覚悟は本気に見えた。その必要は無い、俺が全て倒す。そう言って銃を渡さないのことは無責任でしかない。
……拳銃を手渡す。こっちの思惑をどの程度気取ったのか、俺を見るなり彼女は微笑んだ。
「イエナ、です」
「イエナ……ああ、名前か。 ……悪いな、俺に名前がなくて」
「それは、残念で、す」
「だな……行ってくる」
このやり取りを最後となるか最初とするか……押し寄せる無機質な死の群れに視線を向けた。