第八話 岡田以蔵 後編
「佐々木の旦那の使いの者です」
と、年老いた小柄な男が、道場に姿を現した。
僕が、見廻り組の佐々木只三郎を訪ねた、三日後のことだ。
男は僕を見て、
「こんなに、お若い人だったのかい」
と、言い、
声を潜めて、言葉を続ける。
「例の件、奴の居場所がつかめた。これから案内する」
僕は木刀を片手に、この男の案内で、三条河原から近い某所に向かった。
「ワシはね、こう見えても、猿飛佐助の子孫でね」
男は道中、そう言ったが、たぶん嘘だろう。
それに猿飛佐助は、架空の人物ではないのか?
それでも僕は、何も突っ込まずに、
「そうなんですか」
と、話を聞き流し、自称『猿飛』翁の後を歩いた。
そして目的地に到着すると、ポツンと一軒の古い小屋があった。元は団子屋か蕎麦屋だったのだろうが、今は廃屋だ。
「ここだ」
小屋の戸口の前で、足を止める猿飛。
さて、ここから、どうする。この僕に、岡田以蔵を捕らえることが、出来るのか。
そもそも、以蔵は天誅の名人と呼ばれる人斬りだ。奴は、免許皆伝の新太郎も、滅多斬りにして葬っている。
「どうするかね?」
猿飛が、そう言った瞬間。
ガラリッ。
突然、戸が開いた。
中から、男が顔を出す。
すでに抜き身の刀を握っていた。
「なんじゃ、お前ら!」
男は常に小屋の中から、外の様子を伺っているに違いない。用心深い男だ。
そして狂暴な男。
この男は『怪物』そのものだ。
凶悪な面相。爛々とした眼光。猫背で前傾姿勢。右手に、ダラリと持つ刀。
「なんじゃ、お前ら!」
吠える、男。
「こいつが、岡田以蔵だ」
猿飛が言うと、
バッ、
以蔵は、いきなり斬りつけたが、
サッ。
と、後ろに跳び、逃れる猿飛。
猿飛も俊敏な動きを見せる。
「なんじゃ、お前ら!」
以蔵は、それしか言わない。刀をブンブンと振り回す。
「なんじゃ、お前ら。なんじゃ、お前ら。なんじゃ、お前ら。なんじゃ、お前らぁーっ!」
この男は剣客ではない。ただの人殺しだ。恐ろしい殺気に満ちている怪物。
この殺気に飲まれて、新太郎は、滅多斬りにされたのだろう。
だが、今の僕には、以蔵の『殺気』を上回る『怒り』がある。
「こんな男に、新太郎さんは殺されたのか!」
僕は、
「イヤァーッ!」
気合い一閃。木刀で、
バシン!
以蔵の肩を打った。
グシャリ。
と、いう手応え。
「ぐぅ、ヴヴゥ」
呻く以蔵。刀を落とした。
おそらく、以蔵の右肩の骨は砕けている。
それでも以蔵は、
「なんじゃ、お前ら!」
左手で、刀を拾った。
「なんじゃ、お前ら!」
左手一本で、刀を大上段から振り下ろす。
ブォーン。
僕は紙一重で避けた。
「セイヤァーッ!」
気合い一閃。
バシン!
以蔵の脳天を叩いた。手加減はしていない。
「アガッゥ」
頭が割れた。血を吹き出し、大の字に倒れる以蔵。
だが、この程度で死ぬ岡田以蔵ではないだろう。とりあえず気を失った以蔵を、僕は縄で縛り上げた。
その間に猿飛が、只三郎を呼びに、走る。
やはり以蔵は、人間離れした怪物であった。すぐに、パッと目を見開いて、
「なんじゃ、お前ら。なんじゃ、お前ら!」
と、縛られたまま、騒ぎだす。
しばらくして只三郎が、隊士を率いて到着した。
「さすがだな」
只三郎は、そう言って、縛られた岡田以蔵を連行する。
「なんじゃ、お前ら。なんじゃ、お前ら!」
連行されながらも、岡田以蔵は喚き続けた。
その後、岡田以蔵は土佐藩に送られ、拷問を受ける。そこで、土佐勤王党による天誅と称する殺人事件について、洗いざらい自白した後、処刑されたらしい。