第八話 夢ってことで
ジュゼと合わせた休みの日。俺達は中央広場にやってきた。
ベンチに並んで座って。笑いながら楽しそうに話すフリをする。
「あぁぁぁもう緊張する〜〜!!」
「ラヴィ…」
表面上はにこにこ笑いながら、口から出るのはそんな言葉で。
「…ねぇラヴィ、やっぱり今からでも作戦変えよう。危ないよ」
「いいから。決めただろ」
「何かあったらどうするんだよ…」
「笑って! ほら、楽しそうに!!」
「笑えないよ…。ラヴィ、頼むから…」
「ジュゼ!!」
肩に手を置いて、顔だけは笑いながら。
「もう終わらせよう。俺だって、これ以上ジュゼに負担かけるの嫌なんだよ」
「だって、ラヴィが…」
「大丈夫。俺、今までちゃんとやってこれただろ? 対策も練った! アレだって持ってきた!」
初めて会った時みたいな、心細そうな顔してるジュゼをどうにか励ます。
「そんな顔してたら作戦が台無しだろ? どこで見てるかわかんないんだから」
大丈夫だから。
根拠も自信ももちろんないけど。不安そうなジュゼにそう言い切る。
「…ラヴィ……」
「俺はジュゼを信じてる。ジュゼも俺を信じてくれ」
ジュゼ、ぐっと息を呑んで。
「わかった。気をつけて、ラヴィ」
「ああ」
「怪我なんかしたら殴るからね?」
「怪我した上に殴られんのは勘弁してほしいけどな」
そう言うと、ジュゼもやっと笑った。
「じゃあ俺お昼買ってくるね!」
にっこり、とは言い難い、ちょっと引き攣った笑顔でジュゼが駆け出す。
最後に見せた心配そうな碧い瞳に、大丈夫だから、ともう一度呟く。
肩から掛けた鞄に右手を突っ込んだまま立ち上がる。
陽の光は広場を向いて背中側。
動きやすいように、ベンチからも数歩離れる。
あんまり構えた姿勢はできないから、突っ立つ感じで。
冷や汗が流れる。心臓もバクバクいってる。気合い入れてないと手も足も震えそうなくらいだけど。
これ以上ジュゼを悲しませるわけにはいかないし。何より俺自身の平穏のために!!!
ジュゼに助けてもらったあの日から、俺は一人で行動してない。向こうだって苛立ってるハズ。
他でもない、標的の俺自身が囮になってやるから!
どっからでもかかってこい!!
時間間隔なんかとっくになくなってて。すぐだったのか、結構待ったのか、どっちかわからないけど。
正面から、ひゅうっと風が抜けていった。
来たっっ!!
見上げて影を目視する。って、待て?? ひとつじゃない??
数えてるヒマなんかない。とにかく走って逃げまくる。背後にドス、ドス、ドス、と鈍い音が近付いてきてる。って何で追っかけてくるんだ??
中級魔術で任意で軌道を曲げられるのがあったような…ってヤバい、それどころじゃない!!
あんまり下手なところに逃げると誰かを巻き込むかもしれないし、囮なんだから狙われ続けないと話にならない。とにかくだだっ広い芝生の広場を走り回る。
これだけ俺を追っかけてこれるってことは、俺が見える位置にいるよな??
軌道を曲げられるかもしれないけど、起点は変わらないハズだから。続けざまに石が飛んでくるのは俺的には厳しいけどありがたい。
そんなことを考えながら走る視界の端、影が映った。
やっばっっ!!
咄嗟に鞄に突っ込んだままの右手を上げて、振り下ろす。
ガァン、と金属音。
鞄に隠して握ってたフライパンで叩き落として、また逃げる。こういう遊びがあるってアカリに聞いたから持ってきたけど、役に立った!! っていうかアカリのいた世界、ホント物騒だよな。
立ち止まって全弾叩ければいいんだけど、今のひとつだけで手が痺れた。正直しばらく無理。
しばらくひたすら逃げるしかないって思ってたら、後続が来なくなった。
風もやんでる。
立ち止まって様子を窺う。
……逃げられた、のか??
フライパンを握りしめて突っ立ってると、広場の向こうの茂みから、ジュゼが誰かを引っ張って出てきた。
ほっと息をついて、フライパンを鞄にしまう。
よかった。何とかなったみたいだな。
近付くジュゼは女の子の手首を掴んで引っ張ってきてて。
結構な勢いで引っ張られてるのに、その子何だか嬉しそうだし??
俺の前まで来たジュゼ、ぽいっと捨てるみたいに女の子を前に放り出した。
ジュゼ目当てのパン屋の常連の女の子。
あの日、本を借りた子だ。
俺をキッと睨んでから、くるりとジュゼを振り返る。
「ジュゼ、私―――」
「言い逃れはできないから」
怒りの滲む、ジュゼの声。
「お前が魔術力持ちなのも知ってる。ま、それ以前に、俺がこの目で見てるけど」
淡々とした口調。冷えた眼差し。
さっきまでちょっと嬉しそうだった女の子、何でかきょとんとジュゼを見てる。
「何でラヴィを狙ったんだ?」
本を借りたこの子の名をジュゼが知ってて。あの五人に魔術力持ちかどうかを確認した。
そうだと聞いたことがあると言われたから、俺を囮にジュゼが探す、この計画を立てた。
もちろんジュゼにはめちゃくちゃ反対されたけど、俺が押し切った。
見通しがいいよう、かつ他の人を巻き込まないよう、広い芝生のある中央広場で。
うしろから来られたらどうしようってちょっと思ってたけど。ベンチのうしろ側、少し行ったら店だから。正面の茂みから来るのに賭けた。
賭けには勝ったけど、飛んでくるのがひとつじゃないし曲がってくるし、どうなるかと思った。ほんっと何とかなってよかった!!!
一人ホッとする俺と、険しい顔のまま女の子を見下ろすジュゼの間。
その子がまた俺を睨んだ。
「だって。友達だとか言っていっつもジュゼにベッタリで。昼もこいつが来るとジュゼと話もできなくて。ずっとずっと妬ましかった」
熱烈な嫌悪にもう笑うしかなく。
苦笑する俺を、ますます腹立たしそうに睨んでくる。
「ジュゼは優しくて邪険にできないからって調子に乗って。隣に住むとか信じらんない」
いや、俺のが先に住んでたから。たまたま空いてたのが隣の部屋だっただけだから。
まぁ俺が言っても聞く耳持たなそうだし、言うつもりもないけど。
その子はばっとジュゼを振り返って、俺を見るのとは全然違う、夢見るみたいな顔でジュゼを見た。
「ねぇジュゼ? ジュゼだってそう思ってるんだよね? こいつが鬱陶しいから叩いたんだよね?」
「俺がラヴィを叩くわけ―――」
「治癒所の前で! 叩いてたじゃない!!」
あ〜、あれか…。あんなじゃれ合いみたいなやつを本気にしたのか。
ジュゼがめちゃくちゃ苛立ってるのが伝わってくる。
「ジュゼ、嫌がってるのに言えないから! だから私が代わりに―――」
「っざけんなっっ!!!」
その子の言葉を遮って、ジュゼが怒鳴った。
聞いたことのないジュゼの怒声に、女の子がびくりと身をすくめた。
怒鳴ってもまだ収まらないらしい。ジュゼは怒気を逃がすように深く息を吐く。
「…どいつもこいつも勝手に人の気持ちを決めつけて」
逃がしきれない怒りが洩れてるその声に。
やっとジュゼの憤怒に気付いたのか、怯えた目で見上げる女の子。
「ラヴィのことが嫌だなんて俺一言でも言った? 友達じゃないとか! 迷惑してるとか! お前らに言ったことがある??」
ジュゼは拳を握りしめて。
「ラヴィは俺の恩人なんだよ! ここでやってけるのも! やりたいこと見つけたのも! ラヴィがいるからなんだよ!!」
いつものジュゼでも黒ジュゼでもない。故郷から出てきたばっかりの頃のちょっと不安そうな面影が残る、そんな顔で。
「俺は! ラヴィが!! 大事なんだよ!!」
ジュゼ、めちゃくちゃ大声でそう宣言してくれたけど。
さっきから怒鳴りまくってるから遠巻きに人集まってきてるし。
ていうか、二人がかりで女の子いじめてるとか思われてんじゃないか??
結局衛兵呼ばれてて。何騒いでるんだと怒られた。
最初は俺たちが疑われて色々聞かれたんだけど、いつものサンドイッチの屋台のおばちゃんが、俺が石を避けてたのを見てたみたいで。
今度はその子が聞かれてたんだけど。
…これって正直に話すと、この子はどうなるんだろうって。そう思ったら怖くなって。ふざけて遊んでただけなんだって、気付いたらそう言ってた。
人騒がせな、と怒られて。後片付けしとくよう言って、衛兵は帰った。
「…いいの、ラヴィ?」
もう怒りは冷めたみたいで。ぽつりとジュゼが聞いてくる。
「ごめんな、勝手に」
「ラヴィがいいなら俺はいいけど…ホントにいいの? 殺されかけたんだよ?」
「怪我もないし。殺すつもりまではなかったんじゃないかって思うから」
「ラヴィは甘いんだから…」
呟いたジュゼ、女の子を睨んで。
「次ラヴィに何かやったら、今回の分も合わせて衛兵に突き出すから」
「ジュゼ、あのね―――」
「あとは片付けとくから。俺がまだ落ち着いてるうちにとっとと帰ってくれる?」
有無を言わさぬ口調でそう言い、ジュゼはその子に背を向けて石を拾い始めた。
呆然と突っ立つその子の目から見る間に涙が溢れて、こっちを見ようとしないジュゼの背中をしばらく見つめてから、涙を散らしながら駆けていった。
って、本当に手伝わずに行きやがった。
仕方ないからジュゼと二人で石を拾って。屋台のおばちゃんに礼を言いに行く。
おばちゃんとこのパン、ジュゼのとこで作ってもらってるって言って。ジュゼが店で女の子に囲まれてることも、俺とここに買いに来ることも知ってたって。
どっちを楽しいと思ってるかなんて顔を見ればわかるって。そう言って、サンドイッチをくれた。
お昼もまだだったし、ジュゼと並んでベンチに座って食べる。
ジュゼも俺も何も話さないで。ぼんやり前を見て、ひたすらサンドイッチを食べてた。
さっきまでの緊張感も張り詰めた空気も嘘みたいに、心からホッとする穏やかな時間。
そうだよな?
もう終わったんだよな?
もうジュゼを危険な目に遭わせなくてすむんだよな?
「……よかった」
咀嚼の合間、思わず呟く。
何とかなってよかった。
ジュゼに怪我がなくて、ほんとによかった。
呟いた直後、ジュゼは動きを止めて俺を見た。
「…ラヴィ、ここで初めて会ったときのこと覚えてる?」
サンドイッチを持ったままの手を膝の上に落として聞いてくる。頷くとジュゼは俺もと笑った。
「ここの美味しいんだって、ラヴィが親方のパンわけてくれて。ホントに美味しくて」
そうそう。ちょうどここで食おうと買ってきてたんだよな。
美味しいもの食べると元気出るから。遠慮するジュゼに無理矢理渡した。
「隣でラヴィも美味しそうに食べてるから。俺もこんな風に食べてもらえる物を作りたいって思ったんだ」
少し照れたようにジュゼは笑って。
「とりあえず家を出ただけの俺がやりたいこと見つけられて、今そのために頑張れるのは、ラヴィのおかげなんだよ」
ちょっと早口でそう言ってからまた正面に向き直って、持ってたサンドイッチを一気に食べるジュゼ。
俺はホントに驚いて。ただジュゼを見る。
ジュゼが俺にこんなによくしてくれるのは、そんな理由だったのか?
その時の俺はただ単にしょんぼりしてるジュゼを放っておけなかっただけで。ジュゼのためとかじゃなく、自分がやりたいからしただけなのに。
そんな風に、思ってくれてたなんて。
―――ジュゼと一緒にいるようになってから、俺も変わった。
あんまり人付き合いが得意じゃなくて。一人で本を読んでればいいって思ってた俺に、誰かと関わることを楽しいって思わせてくれたのはジュゼだった。
俺だって今が楽しいし。
ジュゼには感謝しかない。
「……俺だって」
食べかけのサンドイッチを口に放り込む。
噛むのもそこそこに飲み込んで、ぐっと拳を握りしめる。
「…ジュゼのこと、大事に思ってる」
こっちを向いたジュゼを見ないまま、ホントに小さな声で呟いてから立ち上がる。
「コーヒー買ってくる!」
「ちょっ、ちょっと待ってラヴィ! 今何て―――」
歩き出そうとした俺の手を、ジュゼが引っ張って。
あれ? 空が見える?
そう思った直後、後頭部に衝撃を受けて。
俺の意識は暗転した。
並ぶ書架から少し離れた机に持ってきた本を置いた。
俺の後から跳ねるようについてきて、正面に座ってじっと俺を見てる彼女。
学校ではふたつにくくっただけの髪も、土日に会う時はちょっとくるんとしてて、結ぶ位置も高くなって。ラフなカッコが多いしそれも似合うけど、たまに本人曰く『お外デートだから気合い入れてきた!』って時はめちゃくちゃかわいくて。
ホントに、俺なんかが彼氏でいいのか?
そんなことを思いながら、持ってきた本を開く。
「じゃ、わからないとこあったら聞けよ?」
「うん! ありがと!」
あぁもう返事までかわいい。
ホントは見つめていたいけど、照れくさいから。本を読んでるフリをしながらこっそり様子を見てた。
しばらく教科書とノートとにらめっこしてたけど、ふと顔を上げてそのまま止まる。
じっと、俺を見てる。
嬉しいけど。これじゃ俺が見れない。
息をついて。今気付いたみたいに顔を上げる。
この際と思って見つめると、見る間に彼女の顔が赤くなる。
ホントかわいい。俺だって触りたい。
「あかり」
だけどここは学校の図書室だし。それに、今日来た目的は違うだろ?
「テスト前なんだから。真面目に勉強しろよ」
気付いたら治癒所で。泣きそうな顔のジュゼに何度も謝られた。
ジュゼが手を引っ張ったときにふらついてうしろ向きにコケて、ベンチで頭を打ったって言われて。
…何か夢を見てた気がするんだけど。
まだちょっとぼんやりする頭で治癒所の先生の質問に答えて。大丈夫だろうって言われてアパートに帰る。
「今日は私がご飯作るから! らっぴーは座ってて!」
ジュゼの部屋に連れてこられて。アカリの口調でジュゼが言う。
ジュゼが作れるのって…って思ったら、うん、やっぱりサンドイッチだな。好きだからいいけど。
豪快に具を載せていくジュゼを見ながら、ふと変わらないなと思う。
あいつもこうやって、不器用なりに俺のために頑張ってくれたよな。
って、あいつって、誰のことだ?
靄のかかった頭の奥。何かがあるのにわからない。
先に飲んでて、と渡されてたコーヒーを飲みながら、ぼんやりジュゼを見てた。
「おまたせらっぴー! 食べよ!」
どう見ても片手で持てない厚みのサンドイッチが皿に載ってる。うん、前に俺が甘いのと塩味のは別に挟んだ方がいいって言ったのは覚えててくれたみたいだな。
皿ごと持ち上げてかぶりつく。
「どう?? 美味しい??」
まだ端のパンしか食えてないのに、待ちきれずにそう聞いてくるジュゼに笑いながら。
そういや気失ってる間、何か夢を見てた気がしたけど。
ま、所詮は夢ってことで。
読んでいただいてありがとうございました!!
無事完結! まぁ短編でしたからね…。
テンション高めの一人称、楽しかったです!
それではまた!
よろしければ『丘の上』でお会いしましょう〜!