第七話 黒ジュゼ降臨
昼、迎えに来たジュゼに連れてこられたのは、ジュゼが働くパン屋だった。
「ジュゼ!」
いつものようにジュゼに群がる女の子達。また輪の外に出されそうになった俺の手を、ジュゼががっしりと掴む。
「今日はみんなに聞きたいことがあるんだ」
俺の手を掴んだまま、にっこり笑うジュゼ。
「ラヴィに余計なこと言ったの、誰?」
満面の笑みから洩れた低い声に、取り囲む女の子達が凍りついた。
「わざわざラヴィの仕事場に押しかけて。俺が迷惑してるとかありもしないこと言ったの、誰?」
その反応を全然気にせず続けるジュゼ。
「そもそも自分達の方が迷惑だって思わない?」
あぁ…。ジュゼが黒い……。
女の子達、初めて見るジュゼの様子にびっくりして固まってる。
「そんなこともわからないのに、俺の何をわかってるつもりなの?」
黒い言葉を吐きまくるジュゼが、ぐいっと俺を引っ張った。
「ラヴィ。ラヴィのとこに来たの、この中にいるよね?」
にっこり笑ったジュゼの圧が強い。
「誰のせいで死にかけたか、教えてくれる?」
ジュゼ! 言い方!!
黒さ全開のジュゼと、死にかけたって言葉の重さに。
店に来てた女の子、五人ともここにいるけど、真っ青になって震えてて。
多分ジュゼも気付いてるんだろうけど。追い詰めるつもりなのか、わざわざ俺に聞いてくる。
「誰のせいでもうちょっとで死ぬとこだったのか。教えてよ?」
俺まで追い詰めんなって!!
俺のために怒ってくれてるのは嬉しいけど。
ああぁ、五人とももうめっちゃ涙目なってるし。バレバレだし。
「ラヴィ?」
バレバレ、だけどさ。
「………忘れた」
そりゃめちゃくちゃ言われたけど。好きなジュゼに会えなくて怒ってたんだよな。
正直あれはやりすぎだとは思うけど、これで懲りてくれるならそれでいい。
「ラヴィ?」
「もう忘れた。腹減ったし、昼メシ買ってくる」
「ラヴィ…」
ちょっと不服そうなジュゼと、驚く五人と。何が何だかわかってない他の子と。
みんなして見られて居心地悪いし。とっとと退散するかな。
そう言って逃げようとするけど、ジュゼに手を掴まれたままだった。
ジュゼは俺を見て思いっきり仕方なさそうに溜息をついてから、五人を順に見る。
「ラヴィは優しいから教えてくれないけど。俺の友達に何かあったら、恨むからね?」
黒ジュゼらしい低めの声と、軽蔑するような冷たい眼差しと。
向けられた五人、とうとう泣きだしたけど。
気にした様子もないジュゼ、俺に向いた時にはもういつもの顔で。行こっか、と笑った。
パンを買って。泣いてる五人とうろたえる他の子達の横を通り過ぎて、店に戻る。
「…いいのか?」
女の子達から十分離れてからそう聞くと、ジュゼは至って普通の顔で俺を見た。
「何が?」
「客にあんなこと言って」
多少迷惑はしてたけど客でもあるから、ジュゼだって今まで優しく対応してたんだろうけど。
あんな態度取ったら、あの五人も他の子も来なくなるだろうな。
「いいよ別に。迷惑してたし」
迷いもせずに返すジュゼ。
確かにたまに黒いこと言ってたけど、こんなにはっきり言わなかったよな。
じっと見てると、ジュゼはちょっと笑って小声で言った。
「アカリはさ、好きなものは好き、嫌なものはイヤって感じだろ?」
まぁ、確かに。
「アカリの時のこと思い出して。今の俺ってだいぶ窮屈だなって思ったんだ」
窮屈っていうか、周りのこと考えてるっていうか。
正直になるのも、周りを気遣うのも、どっちもほどほどでいいんじゃないかと俺は思うんだけどな。
でもそう言って笑うジュゼはスッキリした顔をしてたから、やっぱこれでよかったのかな。
「でも、評判悪くなったりしないか?」
ジュゼ、女の子達以外にも人気あるけど、こんな話を聞いたらそっちからも色々思われそうで。
店の客、減らないか…?
「店が人気なのは親方のパンが美味いからだし。俺の評判なんか元々関係ないって」
ホントに何でもないように、そう言って。
「でも、もし店に迷惑がかかるようなら辞めるよ」
「辞めるって!」
そんな簡単に言えることじゃないだろ?
「ジュゼ、この仕事もこの店も好きだよな?? 俺、わかってるんだからな?」
初めて作ったパン、めちゃくちゃ嬉しそうに俺に見せてくれたよな? 難しかったけど楽しかったって言ってたもんな? 堅すぎてそのまま食えなくて、二人で笑いながら牛乳浸して食べたよな??
あれから一年、ジュゼと店とのことは、俺にとっても大事な思い出なんだから!
必死な俺に、ジュゼはそうだねって笑う。
「…確かに辞めたくはないよ」
「じゃあ!!」
「でも、仕事は他でもできるけど。ラヴィはラヴィしかいないから」
碧い瞳には迷いなんかなくて。
ただまっすぐに、俺を見る。
「だから俺には、ラヴィの方が大事」
きっぱりそう言ってくれたジュゼ。
嬉しいけど、気恥ずかしくて。
俺は礼を言うことしかできなかった。
店まで送ってもらって、昼メシ食って、働きだしてしばらく。
あの五人がまた店に来て、俺を見つけて近付いてきた。
またやる気か??
そう思って構えてたけど、五人は俺に頭を下げて謝ってくれた。それから、ジュゼに言わないでくれてありがとうって。
ここで普通なら、俺の優しさに惹かれる女の子の一人や二人―――うん、いないな。
ジュゼのこと悪く言わないように頼むと、言うわけないって返された。
今日のジュゼはいつもと違って凛々しくてかっこよかったそうな。
で、いつものジュゼは優しくてかわいい、と。
…黒ジュゼも人気者だな。
………俺の心配を返せ。
そんなこんなで仕事も終わって。ジュゼが迎えに来てくれた。
あの五人、俺に謝ったってジュゼに言いに行ったらしい。で、また買いに来ていいか聞かれたって。
「いいって言った?」
「まぁね」
ジュゼ、基本優しいからな。
ジュゼも仕事辞めずにすみそうだし。よかったよかった。
そう思いながら帰るまではよかったんだけど。
今日のことを、メシ食いながらアカリの口調で散々怒られた。
うるさいせいか、黒ジュゼ以上にキツい。
ジュゼの気がすむころには疲れ果てて。ヘタる俺にジュゼがコーヒーを持ってきてくれた。
「そういえば、今日はともかく、らっぴーっていつもあれ避けてるよね?」
「あれって、石?」
「そうそう。らっぴーってそんなに運動神経よくないのに。よく避けてるなって」
「ウンドウシンケイ?」
「いい人はよく動けるってこと」
つまり俺は駄目だと。
コーヒーを飲みながらジト目でジュゼを睨むけど、全然気にしてないよな。
それはともかく。
「言われてみれば…」
考えたことなかったな。
いっつも歩いてて。風が吹いてきて。顔上げたら影が見えて……。
「…風が……」
「風?」
そう、いつも俺に向けて風が吹いてる。で、吹いてくる方向から石が飛んでくる!
「じゃあそっちの方から風で飛ばしてるんじゃない?」
「風で飛ぶのか??」
「もちろん普通の風じゃ無理だけど。ここは私がいた世界とは違うんだから。飛ばせる風だってあるんじゃないの?」
そう言われて、気付く。
魔術なら、と。
次の日の朝の仕事までの時間に店の魔術書を片っ端から見て。
帰りにジュゼとも調べてみて。
いろんな魔術のことを紹介してる本の中にあった、風の初級魔術。これなら飛ばせるかもって。
何でも、自分を起点に風を起こして物を飛ばしたり弾いたりできるらしい。
もちろん中級や上級の魔術にも使えそうなのはあったけど、その場合は速度があるから避けれなくって、間違いなく俺はもう死んでるだろうな。
ジュゼと二人、頭を突き合わせてやいやい言ってたら、店長がにこにこしながら近付いてきた。
「ふたりで意見交換ですか。いいですねぇ」
もう閉店時間を過ぎてたようで。店長、本を読み耽って遅くなることには文句言わないけど、俺は帰らなきゃならないからって時間は教えてくれる。
「店長、これ借りて帰ります」
「もちろんどうぞ。帰ってからも議論に励んでくださいね」
そう言った店長、表紙を見て思い出したように頷いた。
「この間も若い子がそれを借りてくれてたねぇ」
え?
ジュゼと顔を見合わせる。
「店長、それっていつ??」
「ラヴィが休みの…そうそう、ジュゼが頭を打った次の日だよ。あんな若い子が借りてくれるならって思って、その次の日の特集を魔術書にしたからね」
本に関しての記憶は間違いない店長。だから日付も信用できる。
俺が襲われ始めたのは、そのまた次の日から。
ぎゅっと、思わず手を握る。
偶然かもしれない。でも、見過ごすにはあまりにも符合する状況。
ジュゼも同じ気持ちなんだろう。俺を見て頷いた。
「店長!! 貸出記録、見せてください!」
見せてもらった貸出記録には、あの本をあの日の午後に借りて、閉店間際に返した人物の名前があった。
俺は知らない名前。でもジュゼは、目にした途端息を呑んだ。
二人で帰りながら、どうしようかと話す。
もちろんまだそいつが犯人だってわかったわけじゃないし、そもそもそいつが魔術を使えるかどうかもわからない。
でも、仮にそいつなら。ジュゼといるときに狙われない理由もわかる。
本を借りただけじゃ何の証拠にもならないし、問い詰めたってしらばっくれるだけだろう。
どうにかもうちょっと確証を得られたら。
最後の手段は、やっぱり、あれしかないだろうな…。