第六話 あの頃のジュゼはかわいかった
ジュゼが道に落ちてた紙袋を拾い上げる。パン、届けに来てくれる途中だったんだな。
「それ、俺の?」
「そうだけど…放り投げちゃったし……」
「いいから。ほら」
手を出すと、俺を見てちょっとはにかんで笑って、袋を載っけてくれる。
「ありがとな」
礼を言うと笑って、送るよ、と返された。
並んで歩きながら、少し落ち着いた頭で考える。
いいかげん腹が立ってきた。
もう少しで死ぬとこだったし。
下手すりゃジュゼを死なせるところだった。
俺は自分が殺されるようなことを誰かにした覚えはないし、わけのわからないことでジュゼが巻き添えになるのも真っ平だ。
誰だか知らねぇけど!!!
絶対見つけてやるからな!!
「…ラヴィ」
そんなことを考えてると、横からジュゼに名前を呼ばれる。
「ん?」
ジュゼを見ると、ジュゼは俺を見てなくて、据わった目で前を睨んでた。
「何で一人で出てきたの?」
………怒ってる、よな…。
「ジュ、ジュゼ、あのさ…」
「自分が狙われてるのわかってて。何で一人で出てきたの??」
同じことまた聞かれた!!!
グサグサと突き刺さるような刺々しい声と、据わったままで俺を見ないジュゼの冷え切った瞳と。
あぁぁ、もうめちゃくちゃ怒ってる。
「ごめんな、ジュゼまで危ない目に遭わせて」
「俺のことじゃなくて!!!」
叫んだジュゼが足を止めた。
「死んでたかもしれないんだよ? 俺の目の前で!! ラヴィが死んでたかもしれないんだよ!!」
さっきのことを思い出したのか、切羽詰まったジュゼの声。
「俺はっっ!!」
何か言いかけて、我に返ったようにはっとしてから。
「…頼むから……」
俯いて、ジュゼが呟いた。
そう、だよな。
今の状況がしんどいの、俺だけじゃないよな。
ジュゼだって、狙われてる俺にずっとついててくれてるんだ。
イライラして当然だよな。
俺の横、足を止めたままのジュゼ。
そうだった。
俺は、ジュゼに謝らなきゃいけない。
「…ごめんな、ジュゼ」
「だから―――」
「俺、今朝一瞬、俺を狙ってるのはジュゼなんじゃないかって疑ったんだ」
言葉を遮った俺を、ジュゼが見た。
信じられないって顔してる。
…当たり前だよな。
「こんなにしてくれてるジュゼに何考えてんだって、自分で自分にすごく腹が立って、落ち込んで」
疑ったなんて言ったら傷付けるかもしれないし、嫌われるかもしれないけど。
これだけ神経をすり減らして、自分の危険も顧みず俺のこと助けてくれるジュゼに。
黙ったまま守ってもらうことは、もうできない。
「そんな時に、ジュゼに甘え過ぎだって。迷惑だって言われて。…正直ホントにその通りだから」
呆然としてるジュゼの顔、見れなくなって。
足元に視線を落として。
「昼、外に出てみて何もなかったら、ジュゼにもういいからって言おうと思ったんだ…」
そこで口を噤んだ俺に。
ジュゼは何も言わなかった。
ぼそりとジュゼが何か呟いたけど。
顔を合わせて詰られるのはキツいから俯いたままで待ってたら。
視線の先のジュゼの足が動いたと思ったら、俺の足を踏んできた。
「痛って??」
「バカラヴィ!」
足先だけ踏むなって!! 余計痛いから!
「迷惑なんて!! 俺一言でも言った?」
「ジュゼには言われてないけど…」
「俺じゃない奴に言われて! 何で鵜呑みにしてるんだよ?」
ごもっともな事を言われて、返す言葉がない。ないけど。
「俺の気持ちは俺に聞けばいいだろ? 俺の気持ちなんだから!! 俺に言わせればいいだろ!」
叫びまくるジュゼ。
…ちょ、ちょっと言葉選ぼうか?
周りの視線が……。生温かい…。
「ジュゼ、わかったから。ここ道だから」
「わかってない!!!!」
わかってないのはどっちだよ!!
周り見ろって!!
宥めようとした俺の手を払って、睨みつけるように見上げる。
「田舎から出てきて、右も左もわからない俺に! 優しくしてくれたの、ラヴィだけだったんだよ!!」
ジュゼの言葉に、初めて会ったときのジュゼの姿を思い出す。
中央広場のベンチ、他に誰も座ってないのに端っこで、大きな荷物を抱えて隠れるように俯くジュゼは迷子の仔犬みたいに怯えてて。
見てられなくて、思わず声をかけたんだ。
あれから一年ちょっと。隣に住んで。一緒にメシ食って。ずっと一緒だった。
「ラヴィがいなかったら、いなかったら、俺…」
感極まったみたいに俺を見たジュゼからは、すっかり怒気が抜けてて。
「やっと頼ってもらって嬉しかったんだ…。やっと恩返しができるって、嬉しかったんだよ…」
泣きそうな顔でそう呟いて、俯いた。
明るくて人当たりがよくて、顔も性格もいいから女の子にモテて。真面目で努力家で、みんなに信頼されてて。
俺なんかとは大違いのジュゼなのに。
初めて聞いたジュゼの思いに、俺はただジュゼを見返すことしかできなくて。
そんな風に思ってたなんて、全然知らなかった。
そんな風に思ってくれてたなんて、全然気付いてなかった。
頼ってるのは俺の方だし。もう十分すぎるくらい返してもらってるのに。
そんなこと、思ってたのか?
「…ジュゼ」
声をかけると、俯いたままふいっと顔を背けられる。
「カッコ悪いから…言うつもりなかったのに…」
横を向いたジュゼの耳が赤い。
「ジュゼもバカだな」
「ラヴィよりマシだよ…」
「そうだな」
ジュゼの頭に手を置いて。息をついて。
「俺が一番バカだな」
「そうだよ。バカだよ」
頭に置いた俺の手に、右手を重ねたジュゼが。
「だから俺が一緒にいてやるんだよ」
ぎゅっと、手を握った。
何故かまた拍手を浴びながら店に戻り、もう時間がないからと、慌ててジュゼは帰っていった。
ちょっとだけ残ってた休憩時間でジュゼが持ってきてくれたパンを食べて。
昼から働きながら考えてた。
どうして俺だけが狙われるのか。
誰に狙われてるのか。
どうやって襲われてるのか。
怯えるだけじゃどうしようもない。
考えないと、進めない。
夕方、いつも通りジュゼが迎えに来てくれて。
いつものように、並んで歩く。
「…今日はゴメンな」
改めて謝ると、もういいよ、と返された。
それきりまた黙って歩いてたけど。
「…何で俺が狙ってるなんて思ったの?」
急にそう聞かれたから、俺も観念して白状する。
「最近俺の周りで変わったことっていったら、アカリのことだけだから」
だからこういう風に思ったんだと説明すると、ジュゼ、きょとんと俺を見てから、大きな溜息をついた。
「…何だよ、そんなこと…?」
何故か安心したような声で呟いたジュゼが、呆れたように笑う。
「ラヴィ、それ、疑ったうちに入らない」
「えっ?」
「ただの、いつもの妄想」
何だそっか、とジュゼは嬉しそうだけど。
……腑に落ちないのは俺だけか??
そもそもいつものって何だよいつものって!
小声でブチブチ言ってる俺に、あと、とジュゼが続ける。
「俺が迷惑してるとか。ありもしないこと吹き込んだのは誰?」
な、何か急に温度下がらなかったか?
ジュゼから洩れるひやりとしたものに怯えながら、横目でジュゼを見る。
「ラヴィ?」
そ、そんな目で見られても!!!
相手女のコだし、そもそも名前知らないし。
うろたえる俺の様子で気付いたのか、ジュゼはすぅっと瞳を細める。
「あぁ、あの暇人共か」
こ、怖いってジュゼ!!!
「でも、らっぴーの言うことも一理あるかもね」
俺の部屋で晩メシを食いながら、不意にジュゼが言う。
「何のこと?」
「狙われるようになったのが、あかりの記憶を思い出してからってこと」
アカリの?
「でも思い出したからって、何が変わったわけでもないんだけどね」
いや、俺とお前はめちゃくちゃ変わったから。
俺の前、アカリの口調で喋るジュゼを見ながら内心思う。
でも確かに、俺達二人は変わったけど、他に向けては特に変わったことはない。
テンセイシャ同士はわかるらしいから、それで狙われてるなら俺じゃなくてジュゼだろうし。
秘密を知った俺を狙って…って、これじゃまたジュゼが黒幕になるな。
「わっかんないよね〜」
考え込む俺にあっけらかんとしたジュゼの声。
……考える気あるのか??
「あ、そうそうらっぴー。明日のお昼、ちょっとだけ付き合ってね」
「昼?」
「うん。迎えに行くから」
よろしくね、と満面の笑みのジュゼ。
何だろな??