第五話 絶賛狙われ中
「おはよーらっぴー!」
「おはよ」
ジュゼの出勤時間よりちょっと早め。扉を出たところで合流する。
「じゃあ行こっか」
口調は軽いけど、やっぱりジュゼもちょっと緊張した顔してる。
仕方ないよな。俺といると、危険かもしれないんだから。
最初に目の前に石が吹っ飛んできてから。
昼メシを買いに出たときには植木鉢が降ってきて。
その後も木材やら看板やら、目の前に落ちたり通り過ぎたり遠くに落ちたり、もちろんぶつかりそうになったり。
明らかに俺に向かって飛んできて。
最終的には石ばっかり飛んでくるようになったけど。
石のときはホントに頭めがけて来るから、当たると多分怪我じゃすまない。
絶対俺のこと殺す気で狙ってるよな??
命を狙われる覚えなんてないんだけど???
俺、ただの貸本屋の店員だし!!
何かを見たり聞いたり拾ったり誰かを匿ったり陰謀に巻き込まれたりとんでもないことできたり思いついたり誰かと女の子を取り合ったり女の子に取り合われたり。
そんなこと一切ない、ほんっっっと平凡なフツーの男なのに!
次の日の夜にジュゼに話して。そういやジュゼと一緒の時は何もないなって気付いて。
危ないからって断ったけど押し切られて、次の日送ってもらったら、やっぱり石は飛んでこなくて。
昼に一人で昼メシを買いに出たら、待ってましたとばかりに飛んできて。
店からジュゼが送ってくれた時は、何もなくて。
だから、送り迎えと、昼メシの配達もするからってジュゼは言ってくれた。
もしかして俺の代わりに今度はジュゼが狙われるようにならないかって心配したんだけど、それなら二人の時にとっくに狙われてるだろって。
それから数日、今日もこうして待ってくれてる。
ジュゼの方が出勤時間が早いから、その分とジュゼが戻る分いつもより早く店に着くけど、店の二階に住んでる店長がそれに合わせて裏口を開けといてくれることになった。
ジュゼと一緒に歩き出す。
「多分大丈夫だと思うけど。一応気をつけておいてよ?」
外だからジュゼの口調でそう言われる。
「わかってる。…ありがとな、ジュゼ」
「何言ってんだよ」
気にするなと笑うジュゼ。
隣を歩くジュゼを横目で見て、浮かぶ疑問を押し沈める。
どうしてジュゼと一緒だと狙われないのか。
もちろんジュゼが俺を、なんて思ってない。最初に石が飛んできた時店にいたのもちゃんと見てる。
でも、ここ最近の俺の変化といえば、ジュゼがアカリの記憶を思い出したことだけで。
アカリは俺のことを恋人だったって言ったけど、本当は恋人じゃなくて、憎んでた相手だったりしたら?
俺の知らないテンセイ前の知り合いが他にもいて、そいつと裏で繋がってたり―――って、そんなことあるわけないだろ、俺!!!
ジュゼのこと疑うなんて!!
どうかしてるにも程がある!!!
一緒だと襲われないなんて保証はないのに嫌な顔なんかひとつも見せずに、俺には安心するよう笑ってくれて。
そんなジュゼを、疑うなんて―――。
「……ごめん」
「ん? 何か言った?」
「…言ってないよ」
首を傾げるジュゼに、心の中で何度も謝る。
いつ襲われるかわからない不安と。
これだけ良くしてくれてるジュゼすら疑う自分の性根の悪さと。
心を蝕むドス黒い感情。
あぁもう、自分で自分が嫌になる…。
自己嫌悪の中働いてると、昼前に女の子が五人来た。
団体で来るのは珍しいなと思うのと同時に、全員見覚えがあることに気付く。
ジュゼ目当てに店に通ってる常連客だな。
女の子達はまっすぐ俺の前に来て、あっという間に取り囲まれた。
「話があるんだけど」
そのうち一人にキツい声で言われる。
もちろん好意的な話じゃないことはわかってる。睨みつけられてるもんな、俺。
「何だよ」
虚勢を張ってできるだけぶっきらぼうに返すけど。怖い! 怖いって!!
何で俺囲まれて睨まれてんの??
女の子達、全然怯まず。
「あんた何でジュゼに送り迎えさせて、昼まで届けてもらってんの??」
「怪我したとかならわかるけど、ピンピンしてんじゃないの!」
「ジュゼが優しいからってつけこんで!!」
「ジュゼだって迷惑に決まってるんだからね!」
「大体、何であんたなんかがジュゼの友達なのよ? 全然釣り合わないじゃない!!」
「そうよ! それにジュゼがお昼こっちに来て店にいないから、私達まで迷惑してるんだからね!」
「ジュゼと会う時間減っちゃってるんだから!」
全方位からキャンキャンキャンキャンうるせぇっつーの!!!!
ジュゼに迷惑かけてるのは自覚してるけど! お前らにそれを言われる筋合いはねぇし!
しかも後半!! 関係ねぇだろ!!!
―――と、言えりゃいいんだけど。
まぁ、言えるわけないわな。
おかげで店長が『本の前では静かであるべきです』と言って追い払うまで散々詰られて。
店長には『やはりラヴィは本に対する敬意をちゃんと持っていますね』とナナメから褒められたけど。
ただでさえ自己嫌悪してたのに拍車をかけられた。
ジュゼがいいって言ってくれるから甘えてることも迷惑かけてることも。
下手すりゃジュゼまで危険に晒すかもしれないってことも。
俺だって、わかってるんだよ。
はぁ、と溜息をついて。
ここ数日は狙われることもなかったから。ひょっとしたらもう諦めてくれてるかもしれないし。
お昼、一人で買いに出て。
何もなかったら、ジュゼにもう大丈夫だからって言おう。
そうして迎えた昼休憩、恐る恐る外に出る。
………大丈夫、かな?
店を離れて歩き出す。
万が一の時に巻き込まないように、前を行く人から距離を空けて歩いていく。
……今のところ順調順調。
ジュゼの店まで半分くらい来た時だった。
前からびゅうっと風が抜ける。
ふっと視界に影が差した。見上げた先、日の光を遮る黒い影。今まで避けられたけど、今日のは特に近かった。
このままぶつかるとヤバいと頭のどっかで認識はするんだけど。
もう間に合わないってわかってるからか、身体が、動かない。
あぁ、コレ、死んだな。
ごめんな、ジュゼ。色々心配してくれたのに。
お前を疑ったりしたから、バチが当たったのかもな。
「ラヴィっっっ!!!」
ドスッと胸と腹に衝撃があって。吹っ飛ばされて尻餅をついて、勢い止まらず仰向けにひっくり返った俺の上。
乗っかったまま、俺にしがみつくジュゼの頭が見えた。
「…ジュゼ?」
名前を呼ぶと、ジュゼががばりと上半身を起こす。
「〜〜〜〜〜!!!!!!」
俺に馬乗りのまま、涙目で。言いたいのに言葉が出ない、そんな感じで。
行き場のない感情を叩きつけるように、バンっと俺の胸に拳を振り下ろす。
「……こ…のバカっっ!!!」
両手を振り上げて、もう一度叩きつけてくる。
「バカ! ラヴィの大バカ!!!」
ぐっと胸元の服を掴んで、引き起こした俺を睨む。
「何で一人で外に出たんだよっっ!」
至近距離のジュゼの碧い瞳から、ぽたりと涙が零れた。
どこまでも必死なジュゼからは、多分本人にもどうしようもないくらい感情が溢れてて。
俺が死にかけてた恐怖と助けられた喜びと助かった安堵と勝手をした俺への怒りと心配と。
ごちゃまぜのそれが、涙になって零れてて。
こんなにも心配してもらえて嬉しいのと。
こんなにも心配をかけて申し訳ないのと。
俺ももう、何も言えなかった。
左手をついて身体を支えて。
右手で他の人から隠すようにジュゼの頭を抱え込んで。
「…ごめん」
ようやくそれだけ、呟いた。
泣いてるジュゼを抱えながら。
治癒所の前でジュゼに殴られた時のことを思い出していた。
アカリの記憶は自分の記憶でもあるんだと、ジュゼは言った。
その時はただ、ジュゼの記憶と前世のアカリの記憶が両方あるんだって意味だと思ってたけど。
それだけじゃないんだって。今わかった。
俺のことを元『恋人のキョウちゃん』だと思ってるアカリの恋情と、ジュゼの俺への友情は、多分混ざってしまってて。
普通の友人へのそれよりももっとずっと恋に近い感情を、ジュゼは俺に感じてるのかもしれない。
もちろんそれが恋じゃないことはジュゼだってわかってるんだろうし、恋に変わることもないだろうけど。
俺だって。
泣いてるジュゼを晒したくなくて、こうして抱きしめるようなことをしてるけど。
好きだから、じゃなくて。
大事だから。
俺的にはそんな感情なんだけど。
話したところで誰にどれだけわかってもらえるんだろうな。
ぐっとジュゼに胸を押された。
頭を離すと、ジュゼはどうやら落ち着いたみたいで。もう一度胸を拳で叩かれる。
「二度としないで」
低い声でぼそりと言ってから、乗っかったままだった俺から降りて立ち上がるジュゼは。
「俺がいなかったら死んでたよ? 感謝してよね?」
少し茶化すようにそう言って、手を差し出してくれる。
「…ありがとな。助かった」
手を借りて俺も立ち上がる。
二人顔を見合わせて笑うと、何故か周りから拍手が起きた。