第四話 俺はまだマシだと思うんだけど
朝、昨日の様子が気になってジュゼの部屋に行くと、普通におはようって挨拶されて。
「らっぴーもうちょっと後でしょ? 私もう行くね」
そう言って仕事に向かうジュゼは、アカリの口調なこと以外はいつも通りで。
昨日俺に抱きついて、泣きそうな声で思い出してって言ってた様子なんて欠片もなくて。
安心したけど、ちょっと寂しい……って、いやいや、寂しいとか思ってないから!!
部屋に戻って朝メシ食べて準備して。俺も仕事に向かうかな。
アパートを出て、ジュゼの店の前を通りかかるときにちらっと覗くと、奥に働いてるジュゼの姿が見えた。
問題はなさそうだけど。昼にまた来よう。
通り過ぎてしばらく、まだ店は閉まってるから裏から入る。
本がたくさんあるからこその、独特の匂い。落ち着くよな…。
「おはようございまーす」
声をかけると、店の入口前にひょこっと頭が上がった。
「おはよう、ラヴィ。いいところに!」
店長、もちろんまた並べ替えてるんだよな。
「今日は魔術書の特集にしようと思ってね! 手伝ってくれるかい?」
店に入って正面、一番目立つ棚。
一昨日は図鑑だって言って並べ替えて、今あるのは…物語だな。
勧めたい本がありすぎるのはわかってるけど、毎日毎日並べ替えるから、お客さんが何をどこに置いてるのか全然わからなくって。しょっちゅう聞かれるからって言って、俺、案内係に雇われたようなもんだしな。
しかも雇うのを決めた理由が!!
棚より背が高いから、どこにいるかすぐわかるからって!!
街に出てきて。貸本屋なんて故郷にはなかったけど、どうせ働くなら好きな物を扱うところがいいって思って、ちょうど募集の出てたここを受けたんだけど。
店長が変わり者だからすぐ人が辞めるんだって、後からお客さんが教えてくれた。
本が好き過ぎて突飛な行動を取る店長は、傍から見ると変わり者に見えるのかもしれないけど。俺としては、それだけ好きな物に没頭できる店長が羨ましいところもあって、嫌いじゃない。
「じゃあ魔術書持ってきますね」
台車を二台引っ張ってきて。一台は店長のとこに置いて。
魔術書魔術書、と。
普通魔術書っていったら、特定の魔術を使うための魔術力の練り方と出し方を書いてるんだけど、それを読んでわかるのは魔術力のある人だけ。
魔術力のある人なんて、十人いても一人か二人。俺もないしな。
本は誰でも読んでいいものであるべきだって、店長はそう言って。だからここで扱ってる魔術書は魔術を使うために読む本じゃなく、魔術について知るための本ばかり。
俺も勧められて何冊か読んだけど、普通に面白かったもんな。
詳しくてこだわりがあって、何より本が好きな店長。
好きな物に囲まれて。自分じゃ手に取らないような本との出会いもあって。
ホント。いい職場だよな。
昼メシを買いがてらジュゼのところに行ってみたら、ちゃんといつも通りで安心した。
夕方は仕事上がりのジュゼが、こっちに来てくれて。
「やぁジュゼ。大丈夫かい?」
「こんにちは。一昨日は騒がせてすみません。これ、親方と俺から」
ジュゼが店長に紙袋を渡す。もちろん中身はパンだろうな。
「もうすぐ上がりだろ? 待ってても?」
「ああ。ありがとな」
俺が閉店作業をしてる間に、ジュゼは借りる本を選んでて。今日は……『鞄の中身で性格がわかる』か。相変わらずわからん選択だな。
俺は店長に勧められてた『きのこずかん』を借りてたら、ジュゼに怪訝な目で見られた。
「…子ども用?」
「なかなか絵が秀逸なんだって」
「……そっか」
お互い本の趣味は合わないな。
店から出て歩き出す。
「晩御飯はどうする?」
「どうするってったって。給料日前なんだから……」
顔見合わせて、中央広場へ向かう。
中央広場周りに夕方から出てる屋台で一品買って、後は家にあるもので食べるのが、給料日前の定番だ。
今日は揚げ肉団子を買った。ソースも売ってるけど、団子だけなら更に安いんだよな。チーズがあるからそれをソース代わりにすることにして。
アパートに帰る途中、治癒所の前を通るとまたジュゼに殴られた。
「ジュゼ…」
「…やっぱまだダメ?」
ダメも何も。俺は違うって言ってるだろ。
そう言ってやろうかとも思ったけど、ちょっとしょんぼりしたジュゼを見たら言えなくて。
「行くぞ」
結局それ以上は触れないまま、アパートに戻った。
今日は俺の部屋で食べることにして。
チーズを溶かして肉団子を放り込んで。腹が膨れるようにスープでも作るかな。
そうするうちにジュゼが来て、パンとハムと卵を持ってきてくれたから。
ハムと卵も焼いて。少しだけ残ってた酒も半分ずつわけた。
ま、こんなもんかな。
「らっぴー料理上手だよね」
向かい合って食べながら、ジュゼがそんなことを言ってくる。
「家庭料理っていうか、間に合わせみたいなやつ」
「それ褒めてんのか??」
間に合わせ料理で悪かったな!
褒めてるよ、と笑うジュゼ。ジュゼはホント料理らしい料理をしないもんな。
なのに何でパン職人なんだ? ホント謎だよな。
口調こそアカリだけど、いつものように他愛ない話をしながらメシを食って。
食後は片付けてる間にジュゼがコーヒーを入れてきてくれた。ジュゼのコーヒー、何でか知らないけど美味いんだよな。
また向かい合って座って、俺仕様の半分牛乳のコーヒーを飲む。
何か、不思議な気分だよな。
口調や仕草が全然違っても、話してるとやっぱりジュゼで。たぶんアカリの口調がなくなったらわからなくなるんだろう。
昨日ジュゼが言ってたことはこういうことなんだな。
「何?」
俺の目の前、ふっと表情を緩めるジュゼ。
……ちょっと待て。俺、今何考えた??
「らっぴー?」
覗き込むジュゼに、思わず飛び退く。
いやいやいやいや、俺は絶対認めない。
外での『ジュゼ』と、ここでの『アカリ』、別のままでもいいかな、なんて思ってないから!!!
首を傾げて俺を見るジュゼ。
「どうしたの、らっぴー? 顔赤いよ?」
そう言ってますます覗き込んでくるジュゼは、仕草も口調もアカリのもので。
だから!!! こいつはジュゼだから! 男だから!!!
うろたえる俺をじっと見つめていたジュゼが、ふふっと笑う。
「わかった! またヘンなこと考えてたんでしょ?」
またって何だよまたって!
「人を妄想野郎呼ばわりするなって」
「え〜? らっぴー十分妄想野郎だよね?」
おいっっっ!!
睨む俺に、だって、とジュゼ。
「彼女できたらあんなことやこんなことしてほしいって。酔っ払って色々教えてくれたことあるじゃない」
……え?
「あれねぇ、あかりとして言わせてもらえば、ホントないから。いくら相手が彼氏でも、あんなお願いされたらひくからね?」
ジュゼを見返して、考える。
…………………。
「…ない?」
こくり、とジュゼが頷く。
「ないよ。言い出されたら別れようかと考えるくらいのレベルでありえない」
…………………。
…ない、のか………。
……そっか………。
ぽん、とジュゼが俺の肩に手を置いた。
「らっぴー。物語と現実は違うんだよ…」
…わかってるよ……。
わかってるけど!!!
夢見るくらいいいだろおぉぉぉ!!!
自棄酒しようにも酒もなく。
昨夜は仕方なく寝るしかなかった。
ジュゼはもう仕事に行ったみたいだし。俺もそろそろ行くかな。
アパートを出て歩き出して。
店の前、ジュゼは今日も頑張ってるなって覗いて。
昼メシ代は確保してるから、今日は何を買おうかなんて考えてた。
突然びゅっと強い風が吹き抜ける。
「危ないっっ!!」
誰かの叫び声に驚いて足を止めた、直後。
目の前を影が掠め、ガンッ、と衝撃音。
一瞬固まり、ゆっくり足元を見る。
一歩分くらい先、転がる拳くらいの大きさの石。
駆け寄ってきてくれた人に、大丈夫かと聞かれる。
大丈夫、当たってない、と答えながらも冷や汗が止まらない。
俺が足を止めなかったら?
どう、なってた………?
駆け寄ってきてくれた人にお礼を言って。
風に飛ばされるには大きな石だけど、どっかの建物の上から落ちてきたのかもしれないな、ということになって。
また仕事場へ向けて歩き出すけど。
まだ心臓がバクバクしてる。
あぁもう、早く店の中に入りたい…。