第二話 理解が追いつきません
翌朝、ひとまず親方のとこへ向かう。
心配してたから。とりあえず大丈夫だって言わないと。
…まぁ大丈夫って言っていいかどうかはちょっと悩むけど、説明しようがないもんな。
小走りで数分、もう外までパンの焼けるいい匂いがしてた。
「親方!」
「おぅ、ラヴィ」
ケース越しに声をかけると、親方が手を止めて来てくれた。ジュゼの無事を伝えると、見るからにホッとしてよかったって言ってる。
今日は休みだから様子見とくと言うと、一緒に食べろとパンを渡された。
いい匂いのする袋を抱えてアパートに戻る。別に部屋に帰る必要もないかと思って、そのままジュゼの部屋の扉を叩いた。
「ジュゼ!」
ジュゼ、戻ってる…かな。
そんな期待もしてたんだけど。
「らっぴーおはよ〜!」
第一声で打ち砕くな! もうちょっと期待させてくれって!!!
はぁ、と溜息をついて。持ってた袋をジュゼに渡す。
「親方から。一緒に食えって」
「やった! 食べよう、らっぴー」
「らっぴーやめろって…」
聞きたいことは色々あるけど、とりあえず、先にジュゼの部屋で食べることになって。
見回してみるけど、部屋は全然変わってない。
「はい、らっぴー」
ジュゼが俺の前に置いてくれたのは、いつもの半分牛乳のコーヒー。
「何?」
「いや、これ…」
「らっぴーここじゃいつもそれでしょ?」
何も言ってないのに当然のようにコレが出ることに、やっぱ目の前のこいつは俺の知ってるジュゼなんだと改めて思う。
「外じゃカッコつけてなんにも入れずに飲んでるのにね」
うるさい。黙れ。
そう言うジュゼはいつものそのままのコーヒー。
「私的には砂糖もミルク入れたいんだけど。ジュゼの口には合わないみたい」
身体はジュゼだもんね、と言ってるけど。
好みは違うけど味覚はジュゼに寄るのか?
どんな感覚なのか想像もつかない。
目の前のジュゼは何も困ってないような顔してるけど。ホントはそんなことないんじゃないか?
だって、こいつの言うことを信じるなら、男のジュゼに女のアカリの記憶があるってことだろ?
つまりもし俺だったら、俺が女の身体になったようなもんだろ?
……………こ、困るだろ、絶対。
「何、らっぴー。ニヤニヤしちゃって」
「し、してないって」
ダメだ、バカなこと考えてる場合じゃない。
「食べ物以外に困ってることないのか?」
「困ってること?」
「いや、だってアカリは女だろ? けどジュゼは男だから…その…」
「あ、そゆこと? 全然平気。うち父さんも兄ちゃんも裸族だったし」
「ラゾク?」
「家で裸でウロウロしてる人ってこと」
はい?
「…アカリがいたとこって、家の中じゃ裸でいるもんなのか?」
「そういう人もいるよ?」
どんなとこだよっ??
「だから別に今更。どっちかっていうとナイスバディなお姉さんの裸を見る方がドキドキするかな」
「ナイスバ……?」
「らっぴーの好みでしょ、胸おっきくて見るからにいい身体ってこと。私はツルペタだったから」
そう言って自分の両手で自分の胸を押さえるジュゼ。
お前は男なんだから胸を押さえるな!! そもそもないから! ツルペタで当然だから!!!
っていうか、さらっと人の好みを暴露すんなっっ!!!
……にしても一体どういうことなんだ?
女なのに女の裸の方が??
家の中では裸で? 同性の裸の方がドキドキするって?
………理解が追いつかない………。
ジュゼと二人、親方からもらったパンを食べる。
さすがにもらった時よりは冷めたけど。まだほんのり温かい。
「親方のパン、美味しいんだけどね。こっちって柔らかいパンないよね」
ジュゼがまたわけのわからんことを言い出した。
「パンはこういうもんだろ?」
「違うの、もっとふわふわのほわほわでほんのり甘くって。握って丸めたらちっちゃくなっちゃうような」
「パンを握って丸めるのか?」
「それくらい柔らかいってことだってば」
だからなんで柔らかいと丸めるんだ?
ホントにこいつの言うことはわかんねぇな…。
「ジュゼだって見習いとはいえ職人なんだから。ないなら自分で作ればいいだろ?」
ジュゼはキョトンと俺を見て。
「無理だよ」
「なんで」
「私はパン作れないもん」
「職人なのに?」
昨日今日入った見習いじゃないんだから。ひと通りできるだろ?
不思議でしかたない俺に、だって、とジュゼ。
「ジュゼはそうでも私は違うよ。ふわふわのパンの作り方なんて知らないもん」
言われりゃ当然、だけど。
「そこはこう、今ある知識を使って…とかは?」
「わかんない。パンは買うものだったし」
わかんねぇのかよ。
どうやら柔らかいパンは食べられそうにない。
丸めて食うのはどうかと思うけど。
腹もふくれて、改めて話をってなったけど。
これだけ知らない話がポンポン出てくれば、俺だってもう疑う気にはなれない。
ジュゼの中にはアカリの記憶があって。
アカリはここじゃない全然別の世界で生きてて。
まぁ、俺もそうだってのは信じてないけど。
「でさ、明日から仕事だろ? 大丈夫か?」
「大丈夫だと思うけど、昨日は自分のことでいっぱいいっぱいだったから…」
少し視線を落として考えるジュゼ。
まつげ長ぇ。ホント、ジュゼは女顔だよな。
「ね、らっぴー。ちょっと付き合ってくれない?」
ぴょこんと顔を上げて、ジュゼが言った。
「多分大丈夫だと思うんだけど。外でどんな感じになるのか、仕事行く前に確かめておきたい」
「いいけど、俺が一緒だとアカリのままなんじゃないのか?」
「かもしんないけど、それも含めて」
じっと、ジュゼが俺を見上げる。
「外でらっぴーといる時もあかりなら、言葉遣いとか、ちょっと気を付けないといけないしね」
「確かにな」
ジュゼとアカリじゃ言葉遣いが全然違う。まぁジュゼは女顔だからそこまで違和感はないんだけど、って違和感ないと困るんだけど、というか正直普通に受け入れてしまってる自分に困ってるんだけど。
ともかく。今までと話し方が違いすぎるからな。
「わかった。じゃあもうちょっと後で昼メシがてら一緒に出るか」
「ホントっ?」
がしっとジュゼが俺の手を掴んだ。
「やったぁ! 匡ちゃんとランチデートだ!!」
「キョウちゃんじゃねぇっての」
何のことかわかんねぇけど。
喜んでるなら、まぁ、よかったかな。
昼前まではそれぞれ過ごすことになって。俺も洗濯やらしとかないとだしな。
「…にしても、ホントにアカリの記憶があるんだな」
「うん。高二の頃までだけどね」
「コウニ?」
「十七歳くらい。今の私達と一緒だね」
そう言ってから、ジュゼは気付いたように首を傾げる。
「でも転生したってことは、私死んだんだよね?」
「死んだ?」
「だってあかりが死なないとジュゼに転生できない」
テンセイってそういうものなのか??
「でも私、死んだ記憶ないんだよね。高二の終わりくらいまでは思い出せるんだけど、死ぬような目に遭った覚えもないし…」
そう言いながら、俺を見るジュゼ。
「そういえば、匡ちゃんも死んじゃったってことだよね……」
そう呟いたジュゼの瞳から、見る間に涙が溢れ出す。
「ジュゼ??」
「嫌だよぅ…。匡ちゃんが死んじゃったとか、悲しすぎるよ…」
ボロボロ泣きながら、ジュゼが俺にしがみついてきた。
「嫌だよ、匡ちゃん死んじゃやだよ」
「俺はキョウちゃんじゃねぇっ…ていうかさ…」
落ち着かせるように、子どもをあやすみたいに軽く背中をポンポン叩く。
「二人とも死んだから、二人ともテンセイしたかもなんだろ」
まぁ俺はキョウちゃんじゃねぇけどさ。
「どっちかだけ残るより、そっちのがいいんじゃねぇの?」
「匡ちゃん……」
しがみついたまま、ジュゼが顔を上げた。
潤んだ碧い瞳で俺を見つめる。
あぁもうだから!!! それやめろって!!
「…もしかして匡ちゃん、私を追って…?」
ジュゼの顔が真っ赤になって。慌てて俺から離れて、自分の頬を手で挟む。
「え、ホントに? 私ってそんなに愛されてたの??」
そんなことを呟きながら、真っ赤な顔で俺を見つめる。
「匡ちゃん…私嬉しい……」
だから!! 仕草が完璧に女なんだよ!! かわいいんだよ!
っていうか!!
俺はキョウちゃんじゃねぇ!!
それにそもそも!
お前は男だっっっ!!!!!
読んでいただいてありがとうございます!
短編予定が間に合わず、連載形式を取ることになりました。せめて週一で上げられるよう頑張りたいです。
普段は(今のところ)毎日更新で、もうちょっとだけマジメに
『丘の上食堂の看板娘』
https://ncode.syosetu.com/n3572hh/
同じくらいゆるめで甘めの番外編
『ライナスの宿の看板娘』
https://ncode.syosetu.com/n8850hk/
を書いております。どちらも『丘の上』で検索に引っ掛かりますので、よろしければ覗いてみて下さいね。