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第一話  らっぴー定着…?

 仕事場から全力で走って、見慣れた安アパート、ひとつ飛ばしで階段を駆け上がって。

 四階の自分の部屋の隣。息を整え、落ち着いてから、少し控えめに扉を叩く。


「ジュゼ? 起きてるか?」


 すぐに中で物音が聞こえて、がちゃりと扉が開けられた。

 出てきた俺より頭ひとつ背が低い金髪の男は、どこか夢うつつの碧い瞳でぼんやりと俺を見る。


「悪ぃ、寝てたのか」


 謝る俺を見上げ、ぱちぱちと瞬きをして。

 ジュゼはゆっくり首を傾げた。


「…ここ……」

「お前ンちだろ」


 まだ寝ぼけてるのかと思ってそう言ってから、頭を打ったと聞いたのを思い出す。


「ジュゼ? わかるか?」


 ぼんやり俺を見上げていたジュゼが、何かに気付いたように目を瞠った。


「大丈夫か?? 何か―――」

「……ちゃん」


 がしっと両腕を掴まれる。


「匡ちゃんっっ!!」


 キョウ、ちゃん???

 ジュゼは碧い瞳をウルウルさせて、まっすぐ俺を見上げてる。


「匡ちゃんだ匡ちゃんだよ、絶対匡ちゃんなんだから」

「ジュゼ???」


 口調がいつもと全然違う。声はジュゼのままだけど、これじゃまるで女みたいだ。

 潤んだ瞳で見上げるジュゼ。小柄で女顔のジュゼにこんな顔で見つめられたら…っって!! 違う、断じて俺はそんなつもりはっっ!!!

 ひとり葛藤する俺に、ジュゼはとうとう抱きついてきて。


「匡ちゃん! 私だよ! あかりだよ!」


 アカリ? って名前か?


「匡ちゃんの彼女のあかりだよぉ!」


 うわぁん、と子どものようにジュゼが泣き出した。

 何がどうなってんだよ?????




 わんわん泣くジュゼとひとまず一緒に部屋に入って。

 今日、何があったか。改めて考える。

 夕方にジュゼんとこの親方が来て、ジュゼがコケて頭打って。治癒所に行ったけど、何かわけのわからないことを言うから家に送ってきたって。

 だから帰ったら様子を見てやってくれって言われて。

 仕事終わって、急いで帰ったら、コレ?

 俺にしがみついたまま泣きじゃくるジュゼ。

 いや、かわいいとか思ってないから!! こいつ男だから!!


「ジュゼ! いいかげん泣きやめって!」


 ぴたっとジュゼが動きを止めて、ゆっくり俺を見上げる。

 だあぁぁ、潤んだ瞳とか、やっぱかわいいんだよちくしょう。


「…ジュゼ?」

「あかりだよぅ〜!!」


 固まるジュゼにドギマギしながら声をかけると、そう言ってまた泣かれる。

 ジュゼが落ち着くまで、何回もそれを繰り返すハメになった。




 あ〜もう、服ベットベト。


「ごめんね、匡ちゃん」


 やっと泣きやんだジュゼが、まだ潤む瞳で俺を見て謝る。

 こいつは男こいつは男こいつは男………よし、大丈夫。


「俺はラヴィだって。誰だよキョウちゃんって」

「匡ちゃんはラビだよ」

「誰だよラビって」

「ラ、ブィイ」

「もはや名前じゃねぇな」

「仕方ないじゃない!! 日本にはウにてんてんなんて存在しないんだから!!!」


 わけわかんねぇこと言いながら逆ギレかよ。


「もういいよ。らっぴーって呼ぶから」


 は?


「ねぇらっぴー。らっぴーは覚えてないの?」


 おいおい、進めるな。らっぴーのまま普通に進めるな。


「私はすぐわかったよ? らっぴーが匡ちゃんだって」

「だからさっきから何の話なんだ?」


 普通だったらからかってんだろとか思うけど、ジュゼはそんなことする奴じゃない。


「何って」


 ジュゼの瞳が、ふっと真剣になる。


「私は野村あかり。あなたは佐倉匡。こことは違う世界の日本って国の高校二年生」


 ……は?


「同じ学校の同じクラスで。付き合いだして半年くらいかな。私が入学式で匡ちゃんに助けてもらって気になりだして、一年の終わりに告って付き合ってくれるって言われてもうホント嬉しくて。付き合いだしてからも匡ちゃんすごく優しいけど全然手とかも繋いでこないから心配になったりもしたけど、私の誕生日に匡ちゃんからも好きだからって言ってもらえてめちゃくちゃ嬉しくて―――」


 ど、どこまで続くんだ??

 息してるのかと思うくらい隙間なく詰め込まれる言葉の半分くらいは聞いたこともない言葉で。

 いや、もしかして何かの呪文か?


「―――だから私だって一生懸命頑張ってたんだけど、やっぱり目の前にいたら見ちゃうじゃない? 手ぇおっきいとかこんなとこにほくろがとか観察しちゃうじゃない? だって彼氏が目の前にいるんだよ? 普通見るよね? 見ちゃうよね? だけど匡ちゃんが―――」


 もしかして最後まで聞くと呪われたりするんじゃないのか?

 ジュゼは魔術力はないって言ってたけど。どう聞いても呪の類だろ、これ。


「―――すっごく気になってて。あの時の匡ちゃんめっちゃ優しい顔してたし、私のこと見つめてたし! もしかしてとかって思うよね? でもまさか学校の図書室であんな堂々とするわけないし、じゃあなんだったのか匡ちゃんに教えてほしいんだよ」


 ジュゼが口を閉じて、じっと俺を見てる。

 ………終わった、のか?

 俺呪われた?

 ……何もなさそうだけど。


「匡ちゃん? らっぴー? どっちで呼ぼっか?」

「…ラヴィ」

「らっぴー、聞いてた?」


 いや、それは俺のセリフだから! らっぴーじゃねぇ、ラヴィだっつーの。

 って、そうじゃなくて!


「ちょっと待て、話を整理させてくれ」

「うん」

「その、ノムラアカリってのは、ジュゼのことなのか?」

「そうだよ」

「じゃあジュゼは…俺の知ってるジュゼは?」

「それも俺」


 急に口調がジュゼに戻った!


「記憶がなくなったわけじゃない。ちゃんとジュゼとしての俺のことも、ラヴィのことも覚えてる」


 らっぴー言われなかった!!

 え? でもだったらどういう…??


「頭打った時に、思い出したって言っていいのかわからないけど。今までの俺の記憶はそのままで、ノムラアカリとしての記憶も思い出して」


 しかめっ面で頭を押さえて。ちょっと具合の悪そうな顔のジュゼ。


「アカリの記憶だと、俺みたいなのをテンセイシャっていうらしいけど。同じテンセイシャの前では前の記憶が強くなるみたいだな。ラヴィの前に立つと、どうしてもアカリとして行動してしまうっていうか…引きずられて……」


 辛そうに息を吐いて。しばらく目を閉じていたジュゼは、もうすっきりした顔をしてたけど。


「同じ転生者同士なら、あかりとして話す方が脳に負担が少ないみたい。二人分の記憶があるんだもん、仕方ないよね」


 口調はアカリになっていた。




 つまり?

 ジュゼはノムラアカリとしての記憶も持ってて。

 俺の前だとアカリとして話す方が楽だってことか?

 って、その前に、俺は他の記憶なんかないぞ??


「俺がテンセイシャってのは違うんじゃないか?」


 そう言うと、きょとんと俺を見てからそんなことないと断言される。


「理由はわからないけど。私にはわかるの。らっぴーが匡ちゃんなんだって」


 いや、わかるって言われても。


「俺にはラヴィとしての記憶しかないぞ?」

「それなんだよね。おかしいよね」


 じっと、俺を見て。


「ね、らっぴー。ちょっと頭ぶつけてみない?」


 おいっっ!!!

 それ取って、みたいに軽く言うな!


「私もそうだったし。ね、軽〜くそのへんの角で」

「バカかっっ!」

「いいじゃん〜!! 早く私のこと思い出してよ〜」

「だから!! 俺はキョウちゃんとやらじゃねえっつってんだよっ!!」


 苛立って思わず声を上げると、ジュゼはちょっとびくっとして。


「……ごめんなさい」


 俯いて謝って、それきり黙り込んだ。

 ……いや、俺が悪いことしたわけじゃない。

 こいつがあんまり勝手なこと言うから……ってもうっっ!!!


「悪かった! 言い過ぎたよ!」


 しょんぼりしてるジュゼを見てられなくて、結局早々にこっちも謝るハメになる。


「でも俺には俺の記憶しかない。キョウちゃんだとか言われたって困るんだよ。それはわかってくれって」

「…うん、わかった」


 俯いたままぽそりと呟くジュゼ。


「ごめんね、らっぴー」


 らっぴーはそのままかよ……。




 明日は仕事を休んでいいと、親方から伝言を預かってたからそれを伝えて。

 俺も明日休みだから、改めて話を聞くことにした。


「親方心配してたから、朝ちょっと話してくるな。その後来るから」

「うん、ありがとうらっぴー」


 一晩経てばもしかしたら元に戻ってるかもしれない。

 そんな期待と共にジュゼの部屋を出ようとした時。


「ラヴィ」


 呼び止める声は、どこか落ち着いてて。


「ありがとな」


 ジュゼはもう自分の状況を受け入れたのだと、俺は知った。



 はじめましての方も、『丘の上』から来てくださった方も、読んでいただいてありがとうございます!

 短編予定だったのでそう長くはならないかと思いますが、よければお付き合い下さいね。

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― 新着の感想 ―
[一言]  これは、困りますね(苦笑)  どうせなら、異性のまま転生してくれれば、よかったですよねえ……。
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