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幼稚園のガーディアンナイトは諜報員(スパイ)  作者: 木場貴志
第5章 教師(せんせい)のおしごと
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第5章 教師(せんせい)のおしごと その1

 そんなわけで、明くる朝。

 夜が更ける頃まで時間をかけてまとめた行動計画を園長先生に提出する。

「ふむ……」

 園長先生はじっくりと俺の計画書に熱のこもった視線を落として、そのまましばらく動かない。

 視線を落としては、しばらくしてページを繰って。

 最終ページに到達するまでに数分。

 最後まで目を通し終わると、園長先生はようやく顔を上げてこちらを見る。

「計画としてはなかなか良いですね。ただ……」

「ただ……?」

「子供たちに必要な行動をどれだけ植え付けることができるか……ですね……」

 園長先生の心配は、子供たちの適応面だった。

「私は昨日の子供たちの物覚えは決して悪くはなかったと思いましたが」

 俺がそう言うと、園長先生は……。

「確かに、昨日の子供たちの飲み込みは良かったですね。しかしながら、今日はもう忘れているかもしれませんよ? それに、たまたま昨日は子供たちが集中できていましたが、今日は全然気が散ってしまって、何も身に入らない……なんてこともザラにあるのがこの年頃の子供ですから」

 園長先生はそう言う。

 だが、意外な話かもしれないが、兵隊の訓練も結構そんな感じなところがある。

「そこは、反復訓練で染みつかせるしかないですね。今日も、昨日覚えさせたことをまずやらせてから、新しいことを教え込んでいく感じでいきます」

「そうですね。連日続けることで、子供たちも自然と覚えていくと思います」

 園長先生もそこは同じ考えだったようだ。

 まあ、地道な作業だが、ひとつひとつ叩き込んでいくしかない。

 ということで、用も済んだので園長室から出ようとした時。

「あ、マット先生」

 園長先生が俺を呼び止める。

「はい、他に何か?」

 扉を開けて部屋を出ようとしかけた足を止めて、園長先生の方にもう一度向く俺。

「今夜、夕方からお時間空いてますか?」

 園長先生はそんなことを尋ねてきた。

「はい、空いてますが……何か?」

「では、今日の終業後、迎えが来ますので、玄関の所で待っていて下さい」

「はあ……。どういうことでしょうか?」

 今ひとつ、用件がハッキリしないので、聞き返してみると。

「とあるお方があなたに会いたいと……」

 ……ふむ。

 どうやらこの場で詳細は話しづらい……という感じではあるが、それなりの立場の人物と会ってこい……ということのようだ。

「わかりました。では、そのように致します」

 俺は、園長先生の求めに応じることにした。

「それでは……」

 そのまま、俺は園長室を退出し、子供たちの登園前の園内と周辺の見回りに出た。

 昨日の子供たちから申告のあった、「怪しい人物が園の様子を伺っている」という一言が少し気になっていたからだ。




 園周辺の見回りだが、本当は散歩を装って周囲を見て回ろうかと思ったのだが、正面の門脇にある通用口の覗き窓から外を覗いただけで、サッと確認できただけで3人ほど、こちらの様子を伺っているじゃないか……。

 おめーら、この幼稚園の出入りの様子を伺って、たぶんターゲットの出入りする時間やパターンなんかを調べているんだろうが、そんなに目立っちゃ、隠密任務の意味がないぞ……。

 内心そんな風に突っ込みを入れながら、こちらとしては彼らをもうちょっとよく観察しておきたい。

 そこで、園庭にある倉庫から掃除道具を引っ張り出して、門前の掃除をしつつ、彼らの様子を観察することにした。

 通用口を開けて表に出ると、彼らの視線がサッとこちらに向くのが分かる。

 遠眼鏡でこっちの様子窺ってるのが丸わかりすぎる。

 何が目立つって、モノは良いのかもしれないが、見るからに貴族辺りが持ってそうな、金の装飾が付きまくったその筐体。

 あれが、太陽の光を反射して黄色く光って目立つ。

 構えているヤツの服装も、良いところの育ちなのか、そういう家に仕えているからなのか、一応品はあるが赤やら金の刺繍やらが結構目に付く。

 少なくとも、あれではこういう潜伏して様子を伺う偵察には向かない。

 城内って場所柄を考えれば、街を歩き回って情報を集めるとか、幼稚園の周囲の忍び込めそうな場所を探すとか、そういうのであれば良いと思うが。

 しかしまあ、あれじゃ子供たちにもすぐ見つかるってもんだ。

 こりゃたぶん、あいつら本職じゃねぇな。

 でなきゃ、あんなマヌケというか、初歩的なミスなんか犯さないだろうから。

 何か良からぬ事を考えている首長の身内なのか、使用人なのかは分からないが、ここの中を窺ってる連中は、上から言われてバカ正直に様子を見に来ているだけと見た。

 ……となると、今のところの情報でしかないが、まだプロ集団が出てきてる感じではなさそうで、それなら俺一人でなんとか対処できそうだ。

 ただ、素人集団は希に予想外のとんでもない行動に出る場合があるから、そこだけは注意しないといけないが。

 それだけの情報が取れたので、あとはさっさと幼稚園の門前を綺麗に掃いて、ゴミを集めて。

 それが終わったら俺はまた門の中へ引っ込んだ。




 そして、今日も幼稚園教師の仕事は職員会議から始まる。

 園長先生からここ何日かの外からの偵察行動についての説明があり、それに対する行動計画について、園長先生から指示があった。

 まあ、朝イチに見せた俺の計画書まんまなんだが。

 そして、今日からは子供たちに対する訓練を体操の時間にやるので、「マット先生、よろしく」と、タスク自体は俺にぶん投げた。

 ……というのが、今朝の職員会議の流れだったのだが、それにしても、あの園長、ホント、腹芸上手いよな。

 俺に行動計画の実施と子供への訓練まんまぶん投げるってフリしといて、その実全部俺の言う通りにしてくれている。

 それでいて、他の職員にはそれを悟られないように……。

 そういうことをサラッとやってしまえるこの人、やっぱりたいした人物だ。

 そのおかげでだいぶ俺が動き取りやすくなっているので助かる状況になっており、内心敬服しつつ、職員会議が終わるとそれぞれ先生方は担当の教室へ散っていく。

 俺は、特定のクラス担当ではないので、とりあえずは朝のお出迎えからスタートだ。




 職員会議を終えて、園庭に出てくると、既に表門は開かれていて、園庭内には何台か馬車が到着していた。

 そして、まだ年少くらいの子は母親、または付き添いのメイドに抱かれて、年中、年長組の子たちは、付き添いの大人に続いて馬車から降りてくる。

 馬車から降りてくると、子供たち……特に、男の子はそれぞれ元気にこっちに走ってやって来る。

「せんせー! おっはよー!」

「おはよう、パトリック」

「わ、すごい! せんせー、もう僕の名前覚えてくれたの?」

「んー、まあね」

 苦笑いしながら答える。

 いや、なにしろ、昨日いきなりのっけから真っ先に襲いかかってきたヤツの顔と名前は忘れられんって。

 さすがにそれは本人には言えんけど。

 でも、名前をすぐ覚えてくれたというのは、子供はすごく喜ぶものらしい。

「せんせー、今度、肩車とかしてくれない?」

「いいよ。今はちょっと無理だけどな。肩車、好きなの?」

「……ていうか、せんせーくらい背の高い人ここにはいないし、女の先生だとちょっとよろけちゃったりして危ないから……」

 ああ……そういうことか。

「そうか。じゃあ、そういう遊びはあまりできなかったんだね」

「うん。ちょっと、やってみたくて。お父さんにしてもらえたら良いんだけど、ここんとこ、いそがしいみたい」

 そう言って、ちょっと淋しそうな顔をするパトリック。

「わかった。じゃあ、時間のある時に、やってあげるよ。約束だ」

「うん! 男のやくそくだぞ! わすれんなよ!」

「ああ、分かってるよ。さ、早く教室へ」

「うん、またあとでね!」

 玄関の中に向かうパトリックに小さく手を振りながら見送っていると。

 不意にくいっとズボンを後ろに引っ張られる感覚がした。

 そっちに目をやると、昨日持ち帰らせたぬいぐるみを抱いて、アンジェがやって来ていた。

「おはよう、アンジェ」

「おはよう……」

 そう言って、アンジェは俺に押し付けるようにして、ぬいぐるみを渡してくる。

「ほら、ちゃんと、約束どおり、持ってきたわよ。えらいでしょ……?」

 視線を逸らしながらそう言うアンジェ。

 まだこの子と別れるのが嫌なのか、ちょっと不満げというか、ぶっきらぼうというか。

「うん、えらいえらい」

 そう言って、彼女の頭を撫でてやろうとすると。

 パシッと伸ばした手をはたかれてしまった。

「ちょっと、レディの頭を気安く撫でようとするなんて、失礼じゃありませんの?」

 昨日もだったが、この子は本当に子供扱いが嫌いなんだな……。

「そうか、ごめんな。でも、ちゃんと約束を守ってくれたのが嬉しかったんだ」

 そう言うと。

「それは分かってるわよ……。でも、子供扱いは嫌い」

 そう言いながら、俺に押し付けるようにぬいぐるみを渡す。

「確かに返したから。それだけ!」

 そう言って、ぷいっと俺から顔を逸らして玄関の中へ走って行ってしまった。

 やっぱり、女の子の扱いは難しいものがあるな……。

 ここでやっていくには、もう少しその辺接し方を研究しないといけないな……。


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