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幼稚園のガーディアンナイトは諜報員(スパイ)  作者: 木場貴志
第4章 新米教師とお姫様
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第4章 新米教師とお姫様 その2

 そんなわけで、そろそろ園児たちが出てくる頃だ。

 玄関の奥から、園児たちの雀のさえずり合うような甲高い話し声が聞こえてきて、玄関から元気に次々飛び出してくる。

 それぞれ、迎えのお母さんとか、メイドさんとかにまっしぐらに飛びついていく。

 そして、友達に手を振ってさよならして、俺達の前を通っていく時にも、

「せんせい、さよならー!」

「またあしたー!」

 元気にごあいさつしていく。

「はーい、また明日ー!」

 こちらも釣られるみたいに声を張ってしまう。

 なんだろう。

 子供の元気な声って、こっちまで釣られちゃうところあるよな。

 そんな感じで子供たちを見送っていき、迎えに来た馬車も次々と園庭を出て行って、最後の一台が残った。

 子供たちももう玄関から出てきていないが。

 幼稚園の表門は、出入りが落ち着いたので一旦閉ざされる。

 待ち人と思しきメイド服姿の女性が玄関の奥を覗き込んでいる。

 まだ出てきていないのか?

「すみません。どちらのクラスのお子さんですか?」

 声をかけてみると。

「年少のクラスなんですけれど、担任の先生たちが、今探しに行って下さっています」

「そうでしたか」

 いったいどうしたんだろう?

 そう思って、俺も玄関の奥の様子を眺めていると、パタパタとこちらに走ってくる足音が奥から。

 足音は一つだけだ。

「いません! 教室にも、どこにも見当たりません……!」

「ええっ!?」

 メイドさんも少し表情が青ざめている。

「先生、園舎の中は全部探したのですか?」

「教室と、3階の講堂と……あと、あの子、音楽室にはよく行っているので、そこも探したんですが……。あと、行きそうな所なんて……」

「では、まだしらみつぶしに探してはいない……と?」

 園長先生が尋ねると。

「一応、他の教室も覗くだけ覗いてみたのですが……」

 担任の女の先生はそう答える。

「すみません。空き教室の方は見ました?」

 もしかしてと思い、そう尋ねてみると。

「はい、一応、中を覗くだけ覗いてはみましたが……」

 ふむ。

 詳しくは見ていない……と。

「ちょっと俺、探してきます」

 すると。

「心当たりがあるのですか?」

 園長先生が尋ねる。

「ええ、少しばかり。念のため見てきます。それと……」

 担任の先生の方に顔を向けて。

「その子、名前はなんて言います?」

「アンジェです」

「アンジェ……女の子ですね?」

「そうです」

「では、すみませんが、お手洗いと、まだ探していない1階の職員室その他、一応確認お願いします。お手洗いは私が入れないので」

「分かりました!」

 俺と担当の先生で、手分けしてもう一度探しに園舎へ入る。

 先生の報告で、もしかしたら……と、思い当たることがあったので、真っ先に2階の一番奥の部屋を見に行った。

 だいぶ陽が傾いていて、明かりも点いていない奥の教室は、結構薄暗い。

 ドアを開けて覗いてみると、確かに人の気配はしないが。

 ここの部屋は物置になっていて、たくさん玩具とぬいぐるみが置いてある。

 静かに部屋の中に入り、ゆっくり回り込みながら目を凝らすと……いた。

 ぬいぐるみの間に挟まり込むようにして、小さな女の子が眠り込んでいた。

 そっと邪魔になっているぬいぐるみをどけて、側にしゃがんで少し揺すって起こす。

「ふにゃ?」

「アンジェちゃんだね? お迎えの人が待っているよ」

 そう声をかけると。

 目を開いて俺の顔を見ると、一瞬びっくりしたようなかおになるが、すぐにキッと俺を睨み付けて。

「気安く名前なんて呼ばないで下さる? それに、ちゃん付けなんて、レディに対して失礼よ」

と、言い返してくる。

 なかなか気の強い娘さん……というか、お嬢様気質というか。

 この幼稚園であれば、そういう女の子は結構いても不思議ではないけれど。

「これは失礼致しました、お嬢様。お迎えの方が下で長いことお待ちですよ」

 丁寧に言い直すと、その子……アンジェは。

「まだ眠くて動けないわ。連れて行ってくれません?」

と言うので。

「かしこまりました。抱き上げてもよろしゅうございますか?」

 そう確認する。

 すると。

「良いに決まってるでしょう? 今の私を歩かせようとでも言うの?」

と、返してくる。

「では、お許しいただけたということで。失礼致します」

 そのまま、サッと抱き上げようとすると、アンジェはキュッと伸ばした俺の手を掴んで一旦止める。

「ちょっと待って。一緒にこの子、連れて帰るわ」

 そう言って、眠っている時にもたれかかっていたぬいぐるみを掴んで離さなかった。

「それは、幼稚園の備品ですから……」

 そう言って、置いて行かせようとしたんだが、彼女は頑として譲らない。

「うるさいわね! 連れて帰ると言ったら連れて帰るの!」

「困りましたね……」

 弱ったな……。

「そんなことより、さっさと私を下まで連れて行きなさいよ」

 ……下で迎えが待っているしな……。

 ただ、迎えがメイドさんっぽかったし、このお嬢様に強く出てもらうというのは期待できそうにもない。

 仕方がない。

 ぬいぐるみを抱かせたまま、アンジェを抱き上げると、そのまま部屋を出て1階に降り、玄関へ向かう。

「マット先生! 見つかりましたか!」

 アンジェを抱きかかえた俺を見つけて、園長先生がこちらに近づいてくる。

「はい、思った通りの所にいました。それで……園長先生、このぬいぐるみ、今日一日彼女に貸し出してしまってもよろしいでしょうか?」

「どうしました?」

「彼女、このぬいぐるみを抱いたまま眠り込んでいて、離したがらないのです」

 そう説明すると、園長先生はなるほどと納得した顔をすると、アンジェに向かって尋ねる。

「アンジェ、この子を連れて帰りたいんですか?」

「そうよ。今日はこの子と離れたくないの」

「わかりました。では、必ず明日、幼稚園に連れてきて返して下さい。いいですね?」

「うん、わかった……」

「よろしい。では、今日は一晩連れて帰ってよろしい」

 園長先生がそう頷くと、アンジェの顔がぱぁっと明るくなる。

「ありがとう! 園長先生!」

 そう、園長先生に礼を言うアンジェ。

 なかなか素直なところもあるんだな。

「ほら、あなた、何をしているの。着いたのだから、さっさと降ろしなさい」

「あ、はい、そうでした」

 いけないいけない。

 ぬいぐるみの話の方に気を取られすぎていた。

「失礼致しました。では、降ろしますね」

 そっと、気を付けながら彼女を降ろす。

 彼女は俺の手から離れると、自分の靴箱から靴を取り出して、履き替えて。

 そして、迎えに来たメイド姿の女性のところに走って行った。

「待たせてごめんなさい、マァム!」

「本当に、どこへ行っていたの? 心配したのよ」

「うん、ごめんなさい。ちょっと、この子と遊んでたら、眠たくなっちゃって……」

 そう言って、手放さなかったぬいぐるみを見せる。

 て言うか、あの人、お母さんだったのか……!

「どうしました? マット先生。口をあんぐり開けちゃって」

 俺の様子を見た園長先生が尋ねてくる。

「あ、いや……あの人、母親だったんですね……。てっきり、迎えに来たメイドの人なのかと」

 そう答えると、園長先生は少し笑いながら。

「ああ、なるほど……。でも、その認識で間違いではないのですよ。あの方は元々はアンジェの家に仕えているメイドでしたから」

 園長先生の説明で、ある程度俺も状況を察した。

 つまりは、元々はメイドだったけど、主人に気に入られたか何かして、子種を授かったということか。

「まあ、こういう族長の一族の子供たちが集まるところですからね。この程度の複雑な家庭環境は珍しくはありません」

 ですよねー……。

 そすと、いまだに肩書きの上では使用人でも、実は側室だったりする場合も珍しくないということか。

 気をつけないといけないな。

 ひとしきり親子で会話した後、娘を抱き上げたメイド服姿のお母さんが、こちらに近づいてきて。

「娘を見つけていただいてありがとうございました。あなたが今日着任の新任の先生でいらっしゃいますね?」

 そう、俺に話しかけてきた。

「はい、そうです。今後ともよろしくお願い致します」

「そうでしたか、あなたが……。主人から話は聞いておりましたが、頼りになりそうな方で安心しました。今後とも、娘を守って下さいね。よろしくお願い致します」

 この人、俺の着任を事前に知っていたのか……。

 なんだろう?

 大使館にエルフィン側から依頼があったとは聞いているが、この人のご主人は、その件に関係のある人物なんだろうか?

「では、今日の所はこれで……」

 そう言って、彼女は娘を抱いたまま、俺に軽く会釈する。

「いえ、どうぞお気を付けてお帰り下さい」

 俺も慌てて会釈を返す。

 すると、去り際、アンジェが。

「あ、あの……」

 俺に何か言いかけたので、彼女を抱いた母親は足を止める。

「なんでしょう?」

「……世話に、なったわね。……ありがとう……」

 ちょっと気恥ずかしいのか、視線を逸らしながらだけど、彼女は俺にお礼を言う。

「教員だから、当然だよ。じゃあ、また明日」

 そう言って手を振ると、彼女の母親はもう一度会釈して馬車に乗り込み、帰って行った。

 それにしても。

 あの子の家はどういう家なんだろう?

 あのお母さんも訳ありな感じだし、何より俺の着任を知っていた。

「不思議そうな顔をしていますね」

 園長先生が俺の顔を見て、少し意味ありげな笑みを見せる。

「どうして私の着任を知っていたのかと思いまして」

 そう答えると。

「それについては、私からもなんとも……。ただ、一つ覚えておいて欲しいことがあります」

「なんでしょう?」

「あのアンジェですが、平たくいってしまえば、あの子はそれこそ他の国で言えばプリンセスなのです」

 プリンセスか……確かに、俺に対するさっきの態度とか、それなりの身分はあるんだろうなとは思ったが。

「実は、彼女は先日亡くなった、大酋長の孫娘なのです。あなたなら、それだけでだいたい背後事情はお察しいただけるのでは?」

「なるほど……そういうことでしたか」

 そうか……それならだいたい俺にも察しが付く。

 現在、大酋長亡き後、その嫡男が職務を代行していると聞く。

 だから、うちの大使館へ幼稚園の隠密護衛要員の依頼をしたということも当然知っているということか。

 大酋長は世襲ではないから、他の国の王室などのお姫様とは違うかもしれないが、大酋長を出すほどの有力首長直系の娘で、しかも、今はあの子の父親は大酋長の職務代行。

 いちばん狙われやすいターゲットと言って良いだろう。

 特に彼女の身辺には気をつけておかなければいけないな。




 そんな感じに、初日からトラブルだらけの幼稚園教師生活も、なんとか一日乗り切った。

 なんとなく子供の行動は予測が付かない……とは頭では知っているつもりだったものの、実際に経験してみると、予測が付かないどころか……放っといたら危険極まりないというレベルだった。

 ホントにもう、のっけから冷や汗ものだったわ。

 とはいえ、あの子たちはあの子たちなりに友達や年下の子たちを守るためにどうしたらいいか、考えた末での行動だったわけだから、そこは大人がきちんとこれからどうするべきかを教えてあげなければいけない。

 子供たちも、きちんと理解すればこちらの言うことをきちんとやってくれる。

 それが分かっただけでも良かったのではないだろうか。

 急ぐべきは、今日は最低限のことしか教えられなかったから、明日までに行動計画を練って、子供たちを訓練できるようにしておかなければ。

 時間がないが、今夜、部屋で計画をまとめよう。

 明日の朝イチで、園長先生に見せて、意見をもらわないといけないしな。


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