最終章 ガーディアンナイトへのサプライズ その3
今回のレセプションは、表向きには当時の大酋長代理兼幼稚園理事長代理として、アマルランド大使館への感謝を表することを目的としていて、基本的に俺が表に出しゃばる局面はほとんどない。
だから、子供たちとパーティーをゆっくり楽しめそうだ。
「せんせー、ケーキとってー!」
「あ、わたしもわたしも!」
パーティー会場では、完全に子供たちへのサービスに徹する感じになっている。
いきなり居なくなってしまう形になってしまった彼らに対する罪滅ぼしという意味でも、思いで作りという意味でも、そういう時間を持てたことは良かったかなと思う。
「アンジェ。アンジェはケーキとか要る?」
もちろん、その間もずっと彼女はくっついてきていて。
他の子へのサービスをしながらも、彼女にも声をかける。
すると。
「わたし、それ欲しい……」
「よしきた」
アンジェにも取ってやると、嬉しそうに受け取って、彼女もケーキを頬張った。
女の子はケーキが大好きだよな。
これ一つで笑顔になってくれる。
男の子たちはこの歳だとケーキ類にも手が伸びるけど、なによりとにかく何でもかんでもよく食べる。
見ているだけでもなんかスカッとするくらいに食べる。
いっぱい食べて大きくなるだぞ……っていうのが俺の気持ちとしてもぴったりで、なんか分かるような気がした。
そうして、レセプションも終わり、子供たちもそれぞれ親御さんに連れられて帰っていく。
「せんせー、さよならー」
「さよなら。元気でな」
「もう会えないのかな?」
「さあ、どうだろう? とりあえずしばらくはこの国にいることになるみたいだし、うちの大使が出席する集まりにはだいたい俺も一緒に来るから、こういうところに顔を出す機会があったら、また会えるかもしれないね」
「ホント? じゃあ、まだしばらくこっちにいるんだね!」
なんだかんだ、子供たちも親が首長とかその一族とかなので、親に連れられてこういう場に来ることは結構あるらしい。
俺も、時々彼らの元気な顔を見られそうなのは楽しみでもある。
そんな感じで、みんなと別れて。
今夜はこの後、ヴィルトール卿の私的なご招待もあって、この後ゆっくりと二人で飲もうということになっている。
子供たちを見送った後。
パーティールームにはアンジェ他ヴィルトール家の面々と、ダイアー中佐が最後に残る形となった。
「なあ、バーンズリー君」
ヴィルトール卿が近付いてきて。
「はい、なんでしょう?」
「実は、ひとつ、相談があるのだが」
そんなことを切り出した。
ヴィルトール卿のような身分の高い貴人が、俺なんかに相談って、どういうことだろう?
「え……私に相談……ですか?」
俺が聞き返すと。
「実は、娘が君のことをいたく気に入っていてね……」
「それは……まあ、わかります」
アンジェはいまだに俺の袖を離さない。
まあ、今日一日ここにいるんだし、寝る時間まで、気が済むだけそうさせてやっても良いと思っているから、別にそれは構わないんだが。
そして、心なしか、アンジェが俺の袖を掴む手が、さらにぎゅっと力がこもった感じがする。
「それでね、物は相談なんだが……」
「はい……」
相談というのはつまり、アンジェ絡みか……?
時々会いに来てやってくれとか、話し相手になってやってくれとか、そういう辺りか?
そんな想像が頭の中を駆け巡る。
まあ、そういうのだったら、俺がこの国に赴任している間なら、そんなに問題はないだろう。
そんなくらいに思っていた。
ところがである。
「アンジェを嫁に貰ってもらえないだろうか?」
ヴィルトール卿の口から出た相談事は、完全に俺の想像の斜め上を行っていた。
「……はぁ?」
全く意味が分からない。
今、なんて言った?
アンジェを、俺の嫁に……って、マジで言った?
ぽかんとする俺に、ヴィルトール卿はたたみかける。
「アンジェでは相手に不足かね?」
え、ちょっと待って。
俺はヴィルトール卿とアンジェを何度も見比べる。
「いやいやいやいや! ヴィルトール卿、本気ですか!? 彼女、まだ5歳ですよ! それを25のジジイに嫁がせる気ですか?」
俺の言葉に、ヴィルトール卿はうんうんと頷きながら。
「まあ、戸惑うのは分かるよ。もちろん、嫁がせると言っても、今はまだ結婚と言っても書類上だけの話になってしまうが、アンジェが成長の暁にはなるべく早く、孫の顔を見せてもらいたい。そういうことだが……」
そういうこと……じゃねーよ!
俺は思わず心の中で思いっきり毒づいた。
こんな結婚、アンジェだって望むはずないだろうが!
そう思った時。
今度はくいっと、袖が引っ張られた。
「先生は……わたしが子供だから……嫌……なの?」
え……?
アンジェ、まさか……本気……?
「アンジェのたっての願いでね……。どうしても、という以上、そこまで言われては、父親として叶えてやりたいのだよ……。どうだね、バーンズリー君」
いや、あんた……親バカにも程があるだろう!
こんな歳も離れていて、ましてや、俺は上流階級の出身でもないんだぞ。
こんなのに嫁いで、後々後悔するに決まっている。
しかしだ。
俺がどう言ったところで、このバカ親、多分退かないだろうということもなんとなく察している。
となると……。
俺は、救いを求める視線を、上官のダイアー中佐に送る。
ところが。
「いい話じゃないか。我が国にとっても、エルフィンとの友好の絆を深める上で、決して悪い話ではない。この話、是非とも受けたまえ」
「ちょっ……中佐殿……っ!」
中佐殿も何とち狂ったこと言ってんだよ!
そんな俺の内心など意にも介さず、中佐殿は続ける。
「ああそうだ。今日、君に辞令が来ていてな。君の私の副官の席だが、暫定ではなく、正式に任命されることになった。当分はこの国での任務に就いてもらうことになるな」
そう言って、彼は胸の内ポケットから任命書を取り出して、俺に示した。
……まさか。
これ、完全に根回しされてる……?
「そういうわけで、この婚姻は本国の意向でもある。バーンズリー中尉、謹んで受けるように。それとも、他に決まった相手がいるとでも言うのかね?」
俺はダイアー中佐とヴィルトール卿を代わる代わる見比べる。
ヴィルトール卿も、ダイアー中佐の言葉に頷いている。
やっぱり、これ……謀られた……!
逃げ道は完全に塞がれていた。
仕方ない。
俺は、観念した。
でも、ひとつだけ、もう一度直接確かめておく必要がある。
「アンジェ。君は本当に、それでいいのかい?」
俺が彼女にそう尋ねると、彼女は。
「先生……どこにも行っちゃ……やだ……」
そう言って、俺の袖をぎゅっと握りしめた。
俺は、一つ大きく溜息を吐いた後、ヴィルトール卿に。
「わかりました……。この話、受けましょう」
そう答えると、ヴィルトール卿は目を大きく見開いて。
「そうか……! 決心してくれたか……!」
「ただ! 一つだけ条件があります。アンジェの気が変わったら、この結婚はすぐに解消してください。その条件でなければ、この話、お受けできません」
「君がそれで納得してくれるのならば、そうしよう。直ちに明日、手続きだ!」
え、もう明日手続きしちゃうの?
何もかもが急展開でついて行けない。
……そんなわけで、俺、いきなり5歳の嫁ができてしまいました……。