最終章 ガーディアンナイトへのサプライズ その2
そして、パーティー当日。
今日はこの日のために、制服もパリッとクリーニングをかけて、ピシッと綺麗に整えたものを着用し、勲章とサーベルを佩用して、準備万端。
少し時間より早めに招待状を持って出発しようとしたら、ミアさんに呼び止められた。
「バーンズリー中尉、表に迎えが来ていますよ」
「え?」
ヴィルトール卿、わざわざ迎えまで寄越してくれたのか。
招待状があるから、城内に入るには支障はないはずで、わざわざ迎えなんか寄越さなくても……とは思ったが。
大急ぎで大使館の玄関前に向かうと、見覚えのある馬車が止まっていた。
これは、いつもアンジェの送り迎えに幼稚園に来ていた馬車だ。
御者が扉を開けると、中にはアンジェと、メイド服に身を包んだ彼女の母親がいた。
「迎えに来てあげたわよ。感謝なさい」
アンジェのそんな物言いも相変わらずだ。
「本日はお招きに与り、大変光栄でございます。姫様」
ちょっと大仰にこちらも恭しく礼をする。
「ほら、早く乗りなさい。みんなあなたの到着を待ちかねてるわ」
「かしこまりました。姫様」
そうして馬車に乗り込むと、姫様は自分の隣の席をトントンと叩く。
幼稚園から彼女と一緒に馬車に乗ってヴィルトール卿邸へ向かった時と同じく、どうやら彼女の隣が俺の指定席らしい。
「あなた、軍人だったのね」
「ええ、まあ……」
「軍服姿の方がやっぱりしっくりするわね。似合ってるわ」
アンジェはそんなことを言う。
「やっぱり、浮いてましたよね……」
そう尋ねると、
「そうね。幼稚園の先生っぽくはなかったわ。でも、あなたが軍人だというのなら、それもそうよね」
「そうでしたか……」
子供にそう見られてしまっていたというのは、俺としてはちょっと反省点かもしれない。
違和感を感じさせてしまうようではまだまだだ。
そう思って、溜息一つ。
その時。
「ところで、マット先生。いいかげん、その敬語、なんとかならない? 幼稚園にいた時はそんな言葉遣いしてなかったわよ」
アンジェにそんなことを指摘される。
……とは言ってもなあ。
「あの時は一応、教師という肩書きもありましたし、一応姫様は教え子でしたからね。今の私は他国から駐在している一士官で、あなたはこの国の要人のお姫様ですから」
一応、立場というものもあるから、そのように答えておく。
しかし、お姫様はお気に召さなかったようで。
「堅苦しいわね……。わたしが良いと言ってるんだから、いいのよ」
姫様はちょっと不機嫌そうに頬を膨らませる。
それでも、気が付いたらしっかり手は俺の手をぎゅっと握っていた。
なんだかなぁ……。
思わず苦笑いする。
「何笑ってるのよ」
ちょっと拗ねたような表情をしても、掴んだ手は離そうとしない。
相変わらず素直じゃないんだよな。
そんなところが可愛らしいとこだよな、この子の。
そうしているうちに、馬車は城内に入り、邸に到着する。
「さあ、こっちよ」
アンジェに手を引かれ、連れて行かれた先は大きな会見の間。
そこが、今日のパーティー会場らしい。
そして、そこには。
「あ、マットせんせーだ!」
「いきなりいなくなりやがって! はくじょーもの!」
幼稚園の子供たちが揃って俺の到着を待ちわびていた。
俺の姿を見つけると、ワラワラと走ってきて、まず先頭切って突っ込んできたやんちゃ坊主のパトリックとアンリの二人に飛びかかられて俺はその場に押し倒され、底へ他の子たちが次々と飛びついてきて、あっという間に俺は子供たちにのしかかられ、潰される格好になってしまった」
「おいっ、みんな、やめ……ぐえっ!」
最後の仕上げとばかりに、背中に乗ったパトリックが俺の首を腕で絞めてきて、一瞬息が苦しくなる。
「どうだ! はくじょーものめ! まいったか!」
ぐいぐいと首を絞められて、たまらず。
「ま……参った参った! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
右手をタップして降参する。
すると、ようやく俺の上に乗っかった子供たちが退いてくれて、俺は解放された。
「まったく……おまえら、あの時から何も変わってないな……」
そう言う俺に、子供たちは口々に。
「せんせーがわるいんだぞ。だまっていなくなりやがって」
「いろいろと事情があってな……すまない」
「せんせー、ホントは兵隊さんだったの?」
「うん、実はそうなんだ」
「せんせー、かっこいいね」
そんな感じで、俺は子供たちにもみくちゃにされていると。
気が付けば園長先生がやって来ていて。
「マット先生。みんなマット先生がいなくてずっと淋しそうにしてたんですよ」
そんなことを知らされる。
「そうだったんですか……。俺、たかだか一週間居たか居ないかなのに……」
「時間じゃないんですよ。たとえ一緒にいた時間が短くても、あなたが子供たちの安全を確保しようとする本気度が、この子たちには伝わっていたんです。そういう大人に、子供は懐くんです」
「そういうものなのですね……」
俺に群がってくる子供たちを眺め渡しながら、俺の事を見ているその子たちのつぶらな瞳を見て、園長の言葉の意味がなんとなくだけど少し理解できる感じがした。
「みんな、ごめんな。先生は、本来の仕事……兵隊さんというか、今は半分外交官なんだけど、そっちの方に戻ることが最初から決まっていたんだ。最後の日まで危険なことがいろいろとあって、みんなにお別れを言うことができなくて、急にいなくなってしまって、みんなは心配しちゃっただろうか? もし、心配させてしまったとしたら、先生はみんなに謝りたいと思います。本当に悪いことをしました。ごめん、みんな」
みんなにそう謝ると。
「いいけど……今日くらいはおれたちに付き合えよな! それくらいはいいだろ?」
パトリックが子供たちを代表するようにそう言うと、ほかのみんなも「そうだそうだ!」と言わんばかりに彼の言葉に頷いている。
さて、どうしたものか。
「園長先生、大丈夫ですかね……?」
一応、今日はヴィルトール卿主催のレセプションで、俺はその主賓に当たるわけで。
子供たちばかりに構っていて大丈夫なのだろうかという心配があったので、園長先生に訊いてみる。
「大丈夫ですよ。今日の趣旨の一つは、マット先生とこの子たちを会わせる機会を作るのもその一つですから。要所要所でちょっとだけ壇上に上がってもらいますけれど、それ以外は子供たちと一緒にいてもらって、大丈夫です」
もうその辺の話は最初からついていたようで。
そしたら、それほど心配はないということか。
「そしたら、今日はずっとみんなと一緒にいられるな」
すると、子供たちは
「やったぁ!」
と、快哉を叫ぶ。
早速というか、そこからは子供たちに子供たちのための控え室に引っ張って行かれて、おんぶやら馬乗りやら、踊ったり身体を動かしたり、おっかけっこをしたり。
子供たちの希望になるべく応えてやりたい気持ちもあって、それぞれ俺とやりたかった遊びを次々にその部屋の中で遊びながら、待ち時間を過ごす。
それを最初から想定してか、子供たちの控え室はかなり大きな部屋が用意されていた。
まるで、幼稚園に戻ったみたいな感覚を覚える。
そうして、久しぶりの子供たちとの時間を過ごしていると。
くいっ。
不意に袖が引っ張られる。
「ん?」
なんかちょっと不機嫌に拗ねたような顔のアンジェだった。
「どうした?」
「……べつに」
そうは言うが、明らかに怒っている。
しばらく他の子供たちにかかりきりになっていたから、淋しかったのだろう。
「アンジェは俺と何をして遊びたいんだい?」
「べつに、そんなのいいわよ。わたし、そんなに子供じゃないわ」
そうは言うけど、俺の制服の袖を掴んでいる手を離そうとする様子はない。
「じゃあ、そのまま掴んでていいから、俺と一緒にいるか?」
そう言うと、彼女は黙って頷いて、俺の袖を掴んだまま、俺から離れず付いてくるようになった。
あんまり表情は変えなかったけど、少し嬉しそうにしているのが彼女の発する雰囲気からだけどなんとなくわかった。
他の子の相手をする俺に、ずっとぴったりと付いてくるアンジェ。
特に俺と何かするとかではなくて、本当に一緒に居たかったということなんだろうな……と、俺は理解した。
さて。
そうこうして久しぶりに会う子供たちと遊んでいると。
「バーンズリー君。大人気だね」
上官のダイアー中佐が顔を見せる。
慌てて敬礼しようとする俺を、彼は手で軽く制する。
「ああ、構わんよ。子供たちの前だ。彼らの相手を続けなさい」
「すみません」
「しかし、話には聞いていたが……これほどまでに子供たちに懐かれているとはね……。驚いたよ」
「私にもなぜなのかよく分かってないんですがね……」
軽くダイアー中佐と言葉を交わしていると。
「ねーねー、せんせー。このひと、だれ?」
子供たちから聞かれる。
「この人は、先生の上官……ボスなんだ」
「えらいひと?」
「そう、俺より偉い人」
「ふーん、そうなんだ。園長先生より偉いの?」
その質問は難しいな……。
「それはどうだろうなぁ……」
ダイアー中佐も思わず苦笑いだ。
その時。
「レセプションが始まります。皆様、会場の方へどうぞ」
お、いよいよ始まるか。
「よし、じゃあみんな、行こうか」
「「「はーい!」」」
子供たちも元気に返事をして、俺を囲んでパーティー会場へと移動する。
さあ、今日のメインイベントの始まりだ。