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幼稚園のガーディアンナイトは諜報員(スパイ)  作者: 木場貴志
第9章 ミッション・インコンプリート
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第9章 ミッション・インコンプリート その2

 アンジェを連れて1階の職員室階へ降りてくると、園長先生が驚いた顔で俺達二人を迎える。

「アンジェさん……! まだ帰っていなかったのですか?」

「園長、実は……彼女の迎えがまだ来ていないのです」

「そうですか……。マット先生、彼女のことを今日いっぱいお願いできますか?」

「それは構いませんが……アンジェ、どこに居させたら良いでしょうかね? 食事ももしかしたら食べさせる必要があるかもしれません」

 アンジェの身の置き所を園長先生に確認してみると。

「でしたら、職員食堂なら、彼女を今夜入れても良いですよ。もちろん、夕食の方も、念のために私から言っておきます」

「ありがとうございます。じゃ、アンジェ、こっちへ」

 園長の許可が出たので、アンジェを連れて職員室から廊下で繋がっている職員居住棟へ入り、同じ階の職員食堂へ彼女を招き入れた。

「あら……結構広いのね……うちの大食堂くらいあるじゃない」

 職員食堂の中に足を踏み入れるなり、彼女はそんな乾燥を漏らす。

「まあ、ちょっとしたパーティーくらいは開けそうなスペースはあるかな」

 俺もここに来て日が浅いから、詳しいことは分からない。

 なので、無難に相槌を打つ。

 わりと、こういう場所は軍隊でも兵隊やら士官やらのちょっとした集まりに使われることも多々あったからな。

 ここでもそういうことはあるのかもしれない。

 ただ、今はまだ夕食時には少し早い。

 だから、ここにいるのは俺とアンジェの二人だけ。

 奥の厨房から夕食の仕込みの音が響いてくるだけだ。

 まだ、ちょっと淋しい時間帯。

 さて、これからしばらくどうしようか。

 ハタと考え込んだところで。

 お姫様は俺の腕を引っ張った。

「ねえ、せっかくだから、先生の部屋、案内してくれないかしら?」

「え?」

 俺の部屋か……。

 とはいっても、ほとんど何もないんだがな……。

「先生のこと、もっと知りたいわ。もし良かったら、見せてくれないかな……?」

「なんで俺にそんなに興味を?」

 アンジェに尋ねると。

「だってあなた、とても不思議なんですもの。あんまり幼稚園の先生っぽくもないし。おまけに昼間のあの時……ものすごく、戦いに慣れてる感じがあったわ。もしかして、あなたは本当はそっちの方面の仕事をしている人? だから、お父様が呼び寄せたの?」

 察しの良いお姫様だ。

「もしそう思うなら、直接君のお父様に訊いた方が良いだろうね」

「あなたからは言えない?」

「まあ、そんなところだ」

「なるほどね」

 お姫様は納得したように頷いた。

「で、あなたのお部屋、見せてくれないかしら?」

 事情を察した上で、もう一度求められた。

「それとも、見せられないものが置いてあるの?」

「そういう言われ方すると、何か俺が部屋にいかがわしいものを置いているように聞こえるな……」

 アンジェの台詞に、思わず俺がふとそんなことをポロッとこぼすと、彼女は顔を真っ赤にして。

「ばかっ! そういう意味じゃないわよ! ……そういう仕事柄なら、部外者には見せられないものを持っていてもおかしくはないでしょう!?」

「ああ、そういう意味か……」

 思わず頭をかく俺。

「そういう意味でもそうじゃない意味でも、見せられないものは置いてないが……むしろ、何もないぞ」

「いいわよ。生活空間を見れば、その人の人となりが分かるところ、あるじゃない? そういうのが見たいのよ」

 ……まあ、何もないし、興味をそそられるものもないから、見たら満足するか。

「わかった。じゃあ、こっちへ」

 アンジェを連れて、一旦職員食堂を出て、俺の部屋へ移動する。

「ここだ」

 自分に宛がわれている部屋のドアを開け、彼女を部屋に招き入れる。

「さ、どうぞ」

 俺の部屋にお姫様は足を踏み入れると、ぐるっと部屋の中を見回す。

「……本当に、何もないのね……」

 半ば呆れたように溜息を吐くアンジェ。

 そう言いつつ、俺の部屋のベッド回りを歩き回る。

「……あら?」

 彼女が俺のベッドの枕元で何かを見つけたらしい。

 ……あ。

 そっか、あれを置きっぱなしにしてしまっていた。

「あなた、本読むの?」

「まあな。睡眠薬代わりだ」

「寝る時に読むの?」

「その時くらいしか、暇がないからな」

「そう……。でも、あんまり目には良くないわよ」

 5歳の娘からそんなことを注意されるとは。

 思わず苦笑してしまう。

「まあ、これからは気を付けることにするよ」

「ええ、身体は大事にするものよ」

 まだ5歳だというのにまるで母親か奥さんかといった物言い。

 女の子は小さくても女だという言葉があるが、まさにそれを物語るような行動を目の当たりにした感があるな。

「ちなみに、これはどんな内容の本なの?」

「小説だよ。戦記物だな」

「男の人はやっぱり戦いのお話とか好きなのね」

 アンジェはそう言ってふうと溜息を吐く。

「どうして?」

「だって、お父様もお兄様たちもそういうお話が大好きだもの」

「まあ、男ならそういうの好きなヤツは多いだろうな」

「そういうものなのね……」

 アンジェはそう言って、少しうつむく。

「わたしは、争い事は嫌いよ。誰かが危険な目に遭って、悲しい思いをするもの。今日だって……わたしに迎えが来ないのは、大人たちの争い事が原因でしょう?」

 姫君は俺ら大人が想像するよりもずっと状況を深く理解していた。

「それにね、けっこう大人同士の関係って、わたしたち子供の関係にだって影響あるの。子供同士が幼稚園で仲が良くても、親同士の仲が悪いのなんとなく分かって、わたしだって、何人もここ最近、気まずくなっちゃった子がいるわ」

 そうか……意外と、そういうところで子供たちも影響を受けてしまっていたのだな……。

 それに関しては俺からは返す言葉もない。

 無責任な慰めの言葉をかけてやったところで、子供たちの心に残った傷を癒やせるはずもない。

「何黙りこくってんの? べつにあなたのせいなんて言う気なんてないわよ。そのくらいの区別くらい、わたしたちだってついてるわよ」

「そ……そうか……」

「そんなことより……」

 アンジェは手にしていた俺の本を元の場所に戻す。

「本当に何にもない部屋だけど、あなたが普通の男の人だって分かって良かったわ」

 つぶやくようにそんなことを言った。

「どうして?」

 俺が聞き返すと。

「だって、あなたはわたしたちとは種族も違うみたいだし、普段の動きもきちんとし過ぎてて、ちょっと機械仕掛けっぽい感じがするもの。物語の中のロボットか何かかと思っちゃうくらい。普通の人間って分かって、ちょっとホッとしたわ」

「俺がロボットだったら、食べ物は食べないし、眠ることも必要ない。眠らなくて良いというのは、便利だと思う時もあるがね」

 そう言うと、アンジェは小声で。

「便利なんかじゃないわよ……困るのよ……」

 多分、そんなようなことを言った。

 あまりに小声で、聴き取りづらかったけど。

 いったい何が困るのだろうか?

 それを彼女に訊こうとした時、アンジェはそれを抑えるかのように少し張った声で。

「さ! もう見るものも見たし、そろそろ夕食のじかんじゃないの? 食堂へ戻りましょうよ」

 にっこりと笑顔で俺を促す。

「あ、ああ。じゃあ、そうするか」

 お姫様を伴って、再び職員食堂へエスコートする。

 彼女の言うとおり、ちょうど夕食の準備ができた頃合い。

「じゃあ、夕飯、食べていくか?」

「ええ、そうするわ」

 アンジェはそう頷いた。

「じゃあ、何か適当に持ってくるけど……食べられないものとか、ある?」

 アンジェに尋ねると。

「うちの家は食べ物の好き嫌いには厳しいの。だから、食べられないものはほとんど無いわ」

「そうか。じゃあ、好きそうなもの適当に選んで持ってくる」

「ええ、よろしくね」

 俺はそう言って、席を離れる。

 そういや、ここの職員食堂は、幼稚園のお昼の給食も担当しているから、そういう意味ではアンジェも食べ慣れた味で安心だ。

 とはいえ、夕食は職員……つまり、大人向けの定食メニューが中心。

 それでも、昼に良く出るような子供が好きそうな組み合わせが見つかったので、それをアンジェ向けに揃えて持って行ってやる。

「さ、どうぞ」

 アンジェの前にトレイを置いて、食べるように促すと。

「あなたの分がないわ。食べないの?」

「いや、これからもっかい自分のを取りに行ってくるよ。お先にどうぞ」

 すると、彼女は首を横に振る。

「ううん。ちゃんとあなたが自分のを持ってくるまで待っているわ」

 彼女はそういうところ、すごく律儀なところがある。

「わかった。ちょっと待ってな」

「早くしなさいよ」

 お姫様は口ではそう言うが、俺がもう一度席を離れて自分の分を持ってくるまでの間、静かにちゃんとおとなしく待っていてくれた。

「やっと来たわね。待ちくたびれたわ」

 アンジェはそう憎まれ口を叩くが、待ちくたびれたようには見えない。

 それに、本人、とても機嫌が良さそうだし。

「そんな、わざわざ待ってなくてもいいのに」

「嫌よ。一人で食べるのはつまらないもの」

「そうなのか? 一人で食っても旨いものは旨いだろ?」

「そうじゃないわよ。美味しくても、美味しいって伝える人がいないじゃない」

「そうか……そういうこと、考えたこともなかったな」

 俺には家族なんてものないからな……。

 子供の頃、両親を亡くして、食うために軍隊に入って、以来ずっと軍隊暮らしだ。

 別に帰るところもないし、その都度任地で寝るための部屋を借りただけの家。

 俺にとって家とは、それだけの存在でしかなかったからな。

「あなたはそういう人はいらっしゃらないの?」

「ああ、いない」

 そう答えると、アンジェは。

「そう。それは寂しいわね……」

 そう言って、どこか悲しげな視線を俺に向ける。

「俺には分からん感覚だ……」

 俺が率直なところを彼女に言うと。

「そうなのね……。でも、一つだけ覚えておいて。わたしにとって、あなたは家族ではないけれど、今では大切な人の一人よ」

 そんなことを言う。

「どうして?」

「だって、あなたはわたしたちを守ってくれているもの。だから、わたしもあなたに無事でいて欲しいのよ。なにかあったら、悲しいわ」

「俺はただ、雇われてやってるだけだ」

 そうアンジェに答える。

「それでもいいのよ。あなたが普段、本当はどんな仕事をしているのかは知らないけれど、あまり無茶をして命は粗末にしないで欲しいわ。もし、どこかであなたが死んだって風の噂に聞いたら、悲しいもの」

「そうか……。覚えておくよ」

「ええ、そうして」

 お姫様は思いの外、関わった者に対して情の深いお嬢様だった。


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