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幼稚園のガーディアンナイトは諜報員(スパイ)  作者: 木場貴志
第9章 ミッション・インコンプリート
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第9章 ミッション・インコンプリート その1

 午後。

 子供たちのお昼寝の時間は静かに過ぎていき、そして、少し陽が傾いてきた頃、賑わいが束の間戻る。

 子供たちが起きてきて、そして、もうすぐ帰る時間だ。

 子供たちの帰宅を見送るのも今日が最後だ。

 とはいえ、感傷に浸る暇もない。

 今日も彼らを見送りながら、襲撃を警戒しなければならず、気が抜けない。

 いつもの通り、担当学級のない教職員が園庭に出て、子供たちを見送りながら、外の様子に気を配る。

「せんせーさよーならー」

 迎えの馬車に乗った子供たちが、園庭に立っている先生たちひとりひとりにあいさつしていく。

「あ! マット先生! またあしたね!」

「ああ、また明日な!」

 だが、明日にはもう俺はここにはいない。

 子供たちはそんなことを知る由もないが。

 俺の方は、内心後ろめたさを感じつつ、それを押し隠して笑顔で彼らを一人一人見送っていく。

「あ、マット先生だ! せんせー! かくしごとなんかしやがって! あした、おぼえとけよー!」

 年少の子を見送っていると、背後からちょっとやんちゃな声が。

 年長組のパトリックだ。

「ははは……。覚えてたらな!」

「言ったなー! またあしたな!」

「おう、また明日!」

 パトリックを乗せた馬車も走り去っていく。

 年長組でいちばんのやんちゃ坊主なパトリック。

 あいつには初っぱなからいきなり襲われたりとか、散々な目に遭ったが、肝の据わった、仲間を守る覚悟のある、心根はとても良い子だった。

 きっと将来、父親の跡を継いで、良い首長になるだろうな。

 そんなことを思いながら、走り去っていった彼が乗った馬車の後ろを見送る。

 今日も、子供たちの家からの馬車が入れ替わり立ち替わりで、およそ30分の間に、あらかた子供たちは帰って行き、園庭に待機する馬車もなくなった。

 園庭への馬車の出入りが途切れたので、幼稚園の門が閉められる。

 不審者は見られなかった。

 ……ようやくこれで終わりか。

 門が閉ざされたのを見守ってから、校舎の中に戻るため、玄関へ向かう。

 園庭に散らばっていた教職員も、三々五々、それぞれの仕事に戻るため、校舎の中に戻っていく。

 ……あれ?

 そういえば……。

 まだ、あの人の姿を見ていない気がする。

 年長組の担当の一人、ジゼル先生を見つけたので、尋ねてみた。

「ジゼル先生。アンジェの家のお迎えって、来ましたっけ? 今のでまだ僕は姿を見ていないんですが」

「あ……そういえば、私も見ていないです……」

「じゃあ、もしかしたら、アンジェはまだここに居るんじゃ……?」

 嫌な感じがする。

 今、校舎内は完全にがら空きで、無警戒じゃないか。

 慌てて玄関から校舎内に戻り、2階に駆け上がって、年長組の教室へ。

 ……シーンとした教室。

 子供の居る気配もない。

 念のため、隠れられそうな場所も片っ端から確認するが。

 ……いない。

 ここにいないとなると。

 その時、俺の頭の中に、初日のことがよぎった。

 そうか、もしかしたら!

 そう思って、一番奥、子供たちの避難に使った、ぬいぐるみの部屋に行ってみると。

 だいぶ薄暗くなった教室の中、その片隅に、彼女はいた。

 お気に入りのぬいぐるみを抱きしめて、じっと外を見つめていた。

「アンジェ……いたのか」

 アンジェは答えない。

「ほら、下へ行って、迎えを待とう」

 そう言って、彼女を促すけれど、彼女はその場を動こうとしない。

 ややあってから。

「迎えも来ないのに、下で待つの?」

 迎えの馬車が来ていないことを、彼女は分かっていた。

「ずっとそこで、見ていたのか?」

 そう尋ねると。

「そうよ。いつもここで、この子と迎えを待っているの。迎えが来たのが見えたら、ばいばいするのよ」

 いつも来るはずの迎えが来ない。

 その意味を、彼女はどう思っているのか。

「ねえ、どうして今日は、迎えが来ないの?」

「さあな。来る途中で何か用字に手間取ってるとかじゃないのかな?」

 そう、無難な答えを返すけれど。

 アンジェはこちらに振り向こうともしない。

「ねえ。昼間のことだけど……あれ、狙われていたのはわたしっていうのは、ホントなの……?」

「さあな……。俺にそんなの分かるわけがない」

「うそ!」

 アンジェがこちらを振り向く。

「だったら先生はどうしてここが襲われることを知っていたの? そうじゃなきゃ、わたしたちをここに集めて守ったりとか、できるわけない!」

 そして、彼女はさらに続ける。

「わたしたちだって、少しは知ってるんだから! それぞれの家のお父様たちが、どういう立場にいるかとか……自分の親を見ていれば、みんななんとなく分かるし、親の話しているの聞いちゃった子もいるわ! 子供を誘拐するぞって脅しが来ているって……。うちのお父様なんか、いちばん狙われているの、わたしだって知っているもの。だから、昼間のはきっと、わたしを……! だから、お母さん、迎えに来たくても来れないのよ。ねえ、そうなんでしょ?」

 本人がそこまで察しているのなら、これ以上隠し立てする意味はない。

 そこで、俺は知っていることをすべて話すことにした。

「俺も、細かい事情を知っているわけじゃないが……おおよそ、アンジェ、君の言うとおりで間違いないと思っていいだろう。俺は、君のお父様に頼まれて、君たちを守るためにここに来た。そして、今日、最も危険なのが、アンジェ、君だ。選挙が終わるまで、まだ、気は抜けない。だから、アンジェ、今日はこれから、俺の側を離れてはいけない」

 そう告げる。

 アンジェはやっぱり……という顔をして、一つ溜息。

 その後、ややあってから。

「分かったわ。あなたの言うとおりにする。その代わり、絶対に守ってよね」

「もちろんですとも、姫」

 そう言うと、アンジェはちょっと満足そうに笑って。

「頼りにしてるわ」

 そう、頷いた。


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