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幼稚園のガーディアンナイトは諜報員(スパイ)  作者: 木場貴志
第6章 お姫様のパパからのお呼び出し
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第6章 お姫様のパパからのお呼び出し その2

「さあ、着いたわ」

 馬車が止まり、御者が外から扉を開ける。

 まず、アンジェの母親が先に降り、続いて俺が馬車を降りる。

 馬車の中でチラッと話に出たのだが、彼女はアンジェの母親ではあるものの、正妻ではないので扱いとしてはあくまで使用人の身分なのだそう。

 それ以上の込み入った話は聞かなかったが。

 そして、俺はアンジェに手を差し出すと、彼女はその手を取って、ストンっと馬車から降りる。

 今度はアンジェも満足げに微笑んで。

「さ、いらっしゃい。お父様がお待ちかねよ」

 そう言って、繋いだ手をしっかりと握ったまま、俺を引っ張って屋敷の中を先導し始める。

 アンジェのお母さんとはここで一旦別れて、その代わりに出迎えたアンジェ付きのメイドさんが、俺の後ろから従うようについてきて。

 迷路のような屋敷の通路をアンジェはどんどんと俺を引っ張って進んでいき。

 どのくらい通路と階段を巡ったか分からなくなってきた辺りの、豪華に装飾が施されたドアの前で、アンジェは足を止めた。

「ここよ」

 そう言って、アンジェはドアをノックした。

「お父様。アンジェよ。マット先生を連れてきたわ」

 すると、部屋の中から落ち着いた、まだ年若い感じの張りのある声が返ってくる。

「うん、入りなさい」

 アンジェがドアを開けて、俺とメイドさんを伴い一緒に部屋へと入る。

 通された部屋は、大きな広間と言っても良いほどの広さだが、中の様子を見る限り、ここの主人の仕事用の個室……といった感じで、特大な執務机が部屋のど真ん中にデン!っとあって、他に応接用のセットもそれこそ7~8人は一度に相手にできそうな、大きなものが用意されていて。

 オマケに天井が高くてそこから吊されている照明のシャンデリアが煌びやかすぎて眩しいくらいで。

 雰囲気で既に圧倒されそうになってしまう。

「ほう……若いとは聞いていたが、本当に新任教員と言われて違和感がないな」

 幼稚園での格好のまんまで連れてこられた俺の姿を見て、部屋の主は開口一番、そんな感想をのたまった。

 ぁ~……やっぱり、マズかったか……。

 お姫様待たせるとご機嫌思いっきり損ねそうだけど、やっぱり制服に着替えて……いや、ダメか。

 お姫様に俺の正体明かすようなもんだ。

「すみません、こんな格好で……」

 ここの当主の機嫌を損ねてしまっただろうか。

 すると、この部屋の主は。

「いや、今の君にとってはそれがある意味正装じゃないのかね? 別に構わんよ。ただ、ぱっと見の感想を述べたまでだ。ま、そこに座ってくれ」

と、特に意に介したわけでもない様子で、こちらとしては内心ホッとしつつ、「失礼します」と断って、勧められた席に着いた。

 当然のように、ちょこんと俺の横にアンジェがくっついて座る。

 お付きのメイドさんも、そんな俺達の斜め後ろのポジションに自然な動きで控える。

「すっかりアンジェが懐いているようだね」

 すごく良い笑顔で俺とアンジェを見比べながらそんな台詞を言いつつ、俺達の前の席に着席するここの主人。

 やべ……やっぱ、父親としてはめちゃくちゃむかついてるんじゃないのか? これ。

 とは言っても、慌てて振り払えば、当然姫のご機嫌を損なうわけで……その状態のままでいるしかないが、とりあえず挨拶だけはしておかないと……。

「あ、あの……申し遅れました。昨日新任の体操教員として着任しました、マット・バーンズリーと申します……」

 そう俺が名乗ると。

「ああ、知ってるよ。私は今のところ、あの幼稚園の理事長代理でもあるからね。当然、君の採用にも一枚噛んでいる」

「は……そうでしたか」

 そうか、このお方はあの幼稚園の直接の関係者でもあるのか。

 となると、ある意味これは面接みたいなものだな。

 うっかり粗相をするなとダイアー中佐が言っていたが、こりゃあ、ここでなんか地雷踏んだら即刻首が飛ぶということもあるかもしれん……。

 全身にそんな緊張が走る。

「お父様、マット先生のこと、知ってたのね?」

 俺の横に座るアンジェが父親にそう尋ねる。

「まあ、基本的な情報くらいだけな。会うのは今日が初めてだ」

 そう言って、俺の方を見る。

「ええ。お目にかかるのは初めてですね」

 その視線に、同意を求めているような意図を感じたので、俺も相槌を打つ。

「そんなわけで、私がアンジェの父親、ヴィルトールだ。ロリアン家の当主を務めている。跡を継いだばかりだがな」

 そうか、この人が前大酋長の嫡男で、暫定で大酋長代理を今務めているという、その人か。

「アンジェはマット先生にかなりご執心のようだね」

 ヴィルトール卿がアンジェにそう話しかけると、アンジェはツンとした態度で。

「そ、そんなこともないわよ。ただ、多少は頼りになりそうね……って思ってるだけよ」

 と、答える。

 さすがに本当にベッタベタな返答でもされたらどうなることかと一瞬ヒヤヒヤしたが。

 でもまあ、少なくとも、お姫様のお眼鏡には適ったということだな。

 その返答を聞いて、ヴィルトール卿も思わず苦笑いで。

「ははは……そうかそうか。しかし、アンジェが教員を『少しは頼りになりそう』なんて言うのは初めて聞いたな。うちのアンジェは結構他人への評価は辛口なところがあるんだが、なかなか気に入られているじゃないか」

「恐れ入ります」

「まあ、娘も頼りにしてるようだから、これからしばらく、娘のこともよろしく頼むよ」

「はい。可能な限り務めます」

 俺がそう答えると、ヴィルトール卿は満足げに頷く。

「さて、すまんがアンジェ、他の皆も。これから彼と少し込み入った話をするので、席を外してもらえんかね」

 ヴィルトール卿がそう言うと、アンジェは不満そうに頬を膨らませる。

「お父様、アンジェがいてはダメなの?」

「ああ。他の誰にも聞かせるわけにはいかない大事な話があるのだ。その代わり、夕食は先生を交えて、一緒にしようじゃないか。それまで、部屋で待っていてくれないか?」

「マット先生も一緒に?」

「ああ、そうだとも」

「それなら、私は先生の隣が良いわ」

「いいとも」

 ヴィルトール卿が頷くと、アンジェは機嫌を直したようで。

「それじゃあ、せんせ。また後でね。楽しみにしているわ」

 そう言って、アンジェはお付きのメイドさんと一緒に下がっていく。

 他の執事さんなどもその後に従い、皆部屋から下がっていった。

 全員出て行って、しばらくしてから。

「さて、マット君」

「はい」

「まあ、うちの娘はあんなだが、重ねて言うが、どうかよろしく頼む。なかなか扱いが難しいだろうが……」

 改めて、アンジェのことを頼まれた。

「いえ……まあ、なんとかかんとか、やっていけそうな感じなので、やれる限りのことは……」

 そう答えると。

「他にも、あの幼稚園は少々特殊だから、うちの娘みたいな感じの子供は多いかもしれん。子供たちの扱いに、苦労はしていないか?」

「まあ、最初はどうなることかとは思いましたが……なんとかかんとか」

 思わず苦笑交じりに答えると。

「いきなり酷い目に遭ったということは園長からも報告が来ているよ。でも、それをきっかけに子供たちの心を掴んだとか」

「運が良かったんじゃないでしょうか」

「それはどうかは分からんが、子供たちに受け入れられるかどうかというところは、私も心配していたのでね。子供たちがきちんと言うことを聞くようでないと、今回の任務はなかなか難しいだろうから」

「それは同感です」

 俺もヴィルトール卿の言葉に頷く。

「そこで、最近のこの城内での状況について、君に伝えておきたくて、今日はここへ呼んだ」

「そうでしたか……」

 城内の状況……か。

 少し曇った彼の表情を見るに、あまり良い情報ではなさそうな気がするが。

「娘からも軽くは聞いているんだが、門の外が見張られているそうだね」

 ヴィルトール卿からそんなことを尋ねられる。

「よくご存知で」

「アンジェとは毎日その日にあったことをよく話すからね。だいたいその日に起こったことはその日のうちには耳に入るよ」

「そうでしたか」

 ちょっと意外な気もしたが、ここの家はかなり父娘の関係が密なようだ。

 こういう良いところの家って、結構親子関係が……特に父親が忙しくてとか、子供の数が多すぎてとかいう理由なんかもあって、関係が疎遠になりがちな印象があるのだが。

「まあ、あの幼稚園に外部から潜り込むのも普通ならなかなか難しいだろうがね……。問題は、送り迎えの時間帯、関係者に紛れ込んで潜り込む方法だが……警戒は万全かね?」

 ヴィルトール卿の質問に、俺は率直に答える。

「幼稚園側としても、その際に教職員総出で園庭に出て目配りするなど、警戒はしています。ただ、万全かと言われると……」

「……だろうな」

 溜息を吐くように頷くヴィルトール卿。

 そして。

「正直言って、その方法で潜伏を試みる奴は、必ず出ると思う」

 そう、俺に断言する。

「選挙戦の状況はいかがですか?」

 俺はヴィルトール卿にそう尋ねると。

「正直、私や君の立場からすると、相当に良くない。両陣営とも競り合いが激しく、切り崩しや囲い込みのための金銭やら脅迫やらがしきりに飛び交っている有様だ」

 そんな答えが返ってくる。

「ご当主のところはいかがですか?」

「うちはなぁ……今は大酋長の代行をやっていることもあって、特に誰かに肩入れすることは避けているのだが……。そのおかげで、ここ何日か相当脅迫状とかも届いていてな……。恐らく、何かしら一悶着は起こるだろうとは思っている」

「そうでしたか……」

「そういうのは、私の所だけではない。私と昵懇にしている族長からも、そういう話をぼつぼつ耳にする。幼稚園に子供を通わせている者も少なくない。あの幼稚園はそれほど子供たちの人数は多くないが、今居る教職員だけで子供たちを守り切るのは難しい。だから、君のような利害のない立場のプロを呼んだ。難しいかもしれないが、なんとか子供たちの安全を守ってやって欲しい。大人の世界の諍いは、子供たちには関係のないことだからね」

 そう言うヴィルトール卿の顔は、政治家というよりも、一人の父親、そして幼稚園の子供たちを預かる立場の思いと父性とがにじみ出た、少し切なげな顔だった。

「分かりました。なんとか知恵を絞ります」

 俺はそう答えて頷くと、ヴィルトール卿は満足げな顔で。

「君がそう言ってくれると心強い。頼んだよ」

 そして、彼からは現在の大酋長選における詳細な状況と、幼稚園に子供を通わせている各首長家の置かれた状況について、詳しい情報をもらうことができた。

 もちろん、彼が把握している限りの各首長に対する家族の誘拐などをほのめかす脅迫の数々の内容についても。

 それを聞く限り、かなり広い範囲で脅迫状が飛び交っている状況で、どのクラスのどの子が標的になっているのか、つぶさな情報が得られたのは俺としてもとても助かる。

 だが、圧倒的にこの家のアンジェに対する脅迫が多いじゃないか……。

 ヴィルトール卿本人は「うちのアンジェを特別に扱わなくていい」とは言うものの、やはり最も警戒しなくてはならないのは、彼女の身辺だ。

 俺としては、そこまで深刻な状況であれば、しばらく幼稚園への登園を見合わせたらどうかと思うのだが。

 その意見をぶつけてみると、当の本人曰く。

「いやぁ……それ何度か娘に言ってるんだけどね……。それ言うと、決まって娘がへそを曲げてしまうんだよ……。この間なんか、丸1週間口も聞いてくれなかったんだ……」

 というご返答。

 それも、「もう二度とあんなのはゴメンだ……」という台詞が顔に書いてあるというのがそっくりまんま当てはまるというような表情で。

 いや、そこは父親であるあなたが毅然としないと!……ってツッコミが、正直喉まで出かかったけど。

 ……なんか、ちょっと分かってきた気がする。

 この人、本質的に、親バカ気質なんだ。

 娘にめちゃくちゃ甘い。

 あの姫のお姫様気質、原因はこいつか……!

 これについてはいろいろ言ってやりたい気もしないではないが……。

 そもそも、あのお姫様がいないだけで、俺の仕事はだいぶ楽になることは間違いないし。

 しかしながら、俺の立場では依頼元の要求がそうである以上、その通りやらなければならない立場。

 仕方ない、もう、それは言うまい。

 俺は心の中で大きく溜息を吐いた。




 その後、そのまま夕食にも招待され、当然、あの時席を外させた時に約束したとおり、アンジェが俺の隣。

 当然、彼女がいるということは、彼女の母親も居るし、さらにはヴィルトール卿の正妻や、他の妾、子供たちがほとんど勢揃いで、完全に俺のお披露目食事会の様相すら呈してしまっていて。

 家族総出でもてなされた俺は恐縮しきり。

 一方のアンジェは大皿料理の自分の分の取り分けを俺にやらせたりして、すっかりご満悦。

 喋らすと結構つっけんどんな物言いをするが、そうやって世話をされると妙に嬉しそうな顔をする辺り、素直じゃないなぁとは思うが。

 ヴィルトール卿が言うには、アンジェがこんなに人に懐くのは幼稚園のお友達と家族以外だと珍しいそうで。

 いったい何がお姫様の心の琴線に触れたのか、イマイチ俺にはよくわからないのだが、彼女の立場的に、あんまり迂闊に大人に懐くのもどうかと思うので、それはそれで悪いことではないような気がする。

 夕食の後、アンジェを含めて子供たちはもう寝る時間で、それぞれの母親と共に寝室へと下がっていき。

 俺はもう少し付き合えというヴィルトール卿と、二人で酒を酌み交わしながら、そんなことを少し話した。

 彼が言うには、アンジェは男の子ばかり続いた末にようやく授かった、今のところたった一人の女の子ということもあって、どうしても甘くなってしまう……と。

 照れ笑い混じりにそんなことを俺に話すヴィルトール卿は、どこにでも居るような優しい父親の顔だった。

 そんなわけで、彼としては、いずれ嫁に出さなければならないとしたら、アンジェが幸せになれる相手のところに行かせてやりたい……というのが目下の悩みなのだそうだ。

「できれば、余所に嫁になんか出したくないがね」

 と言って、ほろ酔い加減の彼は笑っていたが。

「さすがにそれは少し気が早くないですかね? まだ幼稚園児ですよ。結婚なんてまだだいぶ先の話じゃないですか」

 俺は思わず苦笑いだ。

 今から結婚の心配だなんて……俺にはピンとこないが……。

 そんな感じで、ヴィルトール卿とのサシ飲みで夜も更けてきた頃、さすがに翌日の朝があるので……と、その場を辞することにする。

 何なら泊まっていけとも言われたが、さすがに理事長代理とは言え、特定の父兄の家から朝帰りしたとなると、他の家からの目もあるし。

 ヴィルトール卿は残念がっていたが、まあ、そこはやっぱり一線引いとかなきゃいけないだろう。

 そんなわけで、夜半前には帰ってきたのだが……。

 それにしても、今日の歓待具合、単に特殊任務とはいえ、幼稚園の一教員に対する待遇ではない。

 用件があるならそれだけ伝えれば事は足りる。

 溺愛する娘のお気に入りの顔が見たかったというのもあるのだろうが、それだけにしては大げさなような気も、終わった後の今になって思えばしてくるくらいだ。

 ただまあ、それなりに依頼主からの信頼が得られている状態って言うのは悪いことではない。

 それだけ仕事はしやすいだろうから。

 そう思って、もう夜も更けているし、さっさと明日に備えて眠ることにした。


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