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絶対防衛アイドル戦線ピンク・チケット!!  作者: K@e:Dё
(1-0.5)+(1-0.5)=1章 / 誕生! 新たなるプリマドンナ!
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第3話 / ブシドー / ミュージック・スタート!

 私の――


 俺の夢は何時もその言葉から始まる。『人間パロディ創造主オリジナルには勝てないのだよ』だ。続けてこの台詞、


母親オリジナルではなくパロディの方だとはな。私らはキシドーさんの歌が聞きたいのだよ。クローン娘のオママゴトを聴きたいのではない』


 夢は過去方向に爆走する。ガキの時分の俺が泣きべそをかきながらあの人を見上げている。『どうして他の子と同じように遊んじゃいけないの?』


『それは』あの人は淡々と答えた。『貴方がアイドルに生まれ付いたからです』


 違う日の俺は『どうして他の子と違ってウチにはお父さんが居ないの』と尋ねる。あの人は簡潔に答える。『それは貴方がアイドルに生まれ付いたからです』


 更に違う日の俺は決定的な事を尋ねた。『お母さんはルナリアンだけじゃなくてお友達も殺したって本当?』


『本当です』母は即答した。『大逆者はそれが例え親友であろうと罰さねばなりません』


『悲しくないの?』


『貴方はどうなのですか』


『悲しいよ。辛いよ。だってお友達が皆して言うもん。お前の母さんは化け物だって』


 母は何年も前からそこにある色褪せた壁掛けカレンダーのように表情を変えずに言った。『受け入れなさい。諦めなさい。悲しむのも止めなさい』


『どうして受け入れなくちゃいけないの。おかしいよ。だって――』


『それは』母は言い含めた。『貴方がアイドルに生まれ付いたからです』


 その母も死んだ。昨年の第四次〝スタッフ・オンリー〟会戦での事だ。あの人が区画変更級に殺されるとは。思い出すだけでも虫唾が走る。あの人は巨人ガリバー型のルナリアンに捕縛された。人形のように弄ばれる内に手が捥げた。脚が取れた。『――で』とあの人は失禁しながら口走った。何を言っているのかと思った。良く聞き取れなかった。母は親切だ。聞き取れない俺の為にアンコールと相成った。


『殺さないで!』だそうだ。


 死ねよ。そう思った。アイドルはキッチリとサッパリと潔く死ぬ事も職務の内だ。畜生め。俺の母親なら無様を晒すな。俺を庇ったなら最後まで格好を付けろ。どうして俺の体はかないんだ。何もかも我慢してあんなに沢山練習したのに。死ねよババアがよ。もう死んでるんだった。畜生め。畜生めだ。俺がこの手で殺してやりたかったのに。下腹が痙攣している。子宮が痒い。胃腸の位置が一秒ごとに変わっている。子宮の内側にある襞と襞の隙間が痒い。そこに痒みがジリジリと溜まっていく。居ても立っても居られない。指を突っ込んで掻き毟りたい。腹を掻っ捌いてでも掻きたい。それから子宮を至急裏返しにしてドライ・クリーニングに出したい。(店側の不始末で俺の子宮はどこか見知らぬ土地に輸送されてしまう。そこで受け取り主に捨てられて路地裏の野良猫の餌になる。野良猫がお腹を壊す。俺の子宮はその中身もろとも一介の猫チャンのゲロと成り果てる。めでたしめでたし)


 殺してやる。マネージャーだ。あの男だ。作戦が危険過ぎるからと俺とあの人を捨てて敵前逃亡しやがったあの男だ。畜生め。新曲発表会でアイツを殺しておきさえすれば。畜生め。『マネージャーは担当アイドルの一番のファンです』


『私の笑子(しょうこ)』あの人は言い残した。〝私の〟だなんてそれ迄に一度も言われたことがなかった。畜生め。人は死に際には名俳優になる。『私の事は忘れなさい』


 忘れるものか。忘れてたまるか。そう念じながら今日も目覚める。


 悪い兆候だ。またあの頃の夢を見るようになってしまった。溜息を一つ吐く。二つ吐く。三つ吐いても吐き足りない。『ママ!』と呼ぶ声が自分の下半身の奥底から聴こえた。幻聴だ。実際に聴こえるにはまだ間がある。アリス・シンドロームが悪化したのかもしれない。ついに俺の偶像症候群ツァーラアトも本格化しつつあるのか。トロ子と足穂たるほの所に行く日も近い。気に病んでも仕方ない。気に病んだ所で現実に身体を蝕む病がどうにかなる訳ではないからだ。ヒポコンデリイも大概にしろ。


 頭痛が酷い。起きたは良いけれどもベッドから起き上がれない。アモルファス金属製のベッド・フレームは頑丈過ぎて強引に寝返りを打つ度に身体が痛くなった。泣きそうだ。


「一三号独房!」独房前で看守のオッサンが言った。如何にも此方は一三号独房だ。反省を促す為だとか言ってキャクヨセ・パンダ・キグルミを着せられた上にこんな狭い所にぶちこまれるのはアイドルにもシンドい。尤もシンドくなければ刑罰にはならない。ここはジメジメしている。薄暗い。嫌いだ。だって怖いじゃん。


「囚人番号二四六〇一ツーフォーシックオーワン!」


「起きてるぜ」わざと欠伸を噛み殺しながら言った。「釈放にはまだ三時間あるぞ」


「時計も無しに良く分かるな」


「アイドルを甘く見過ぎだ。で?」


「面会だ」看守は棒を飲んだような姿勢で申し渡した。「君に」


 牢の錠が解き放たれる。看守は無許可でズケズケと――この牢屋は陋屋であるけれどもそれでも俺様のお城だぞ!――踏み入ると、


「立てるか」手を差し伸べた。「掴まりなさい」


俺に触るな(ノリ・メ・タンゲレ)


「いいから。インシュリンが切れて辛いんだろう。ほら」


 言わんこっちゃあない。ジュッと音を立ててオッサンの手が焼けた。オッサンが低く呻いた。


「〝アイドルに触ると火傷するぜ〟は嘘じゃないんだぜ。平気か。死なねえだろうな?」


「死なんね」看守は水膨れを気味悪そうに見下ろしながら言った。「着替えを手伝う。規則だ。慎重にやるからいいだろう?」


「駄目だ」俺は撥ね付けた。「一人で出来る」


 大儀ではある。が、アイドルがパンピーの前で恥をさらしてそれではいお終いとは問屋が卸さない。壁を支えに立ち上がった。着ぐるみをバッと脱いで黒セーラーに袖を通すと気分も変わった。何だかんだでこの服を身に纏うと気分が落ち着く。看守に目を配った。あの程度の水膨れならば傷跡はそう酷くは残らないだろう。それでも悪いことをした。ちっ。どうして俺が〝悪い事をした〟だのと気を遣ってやらなきゃならねえんだ。冷却用のファンが増設されたスカジャンを着込みながら俺は俄かにご機嫌斜めちゃんになった。


 命の次に大事なウサちゃんの付いた髪留めでツインテールを結わっていると、


「そう言えば」看守が不可解そうに言った。「この前、〝矯正〟で抜かれた前歯ね、持って帰ると言って独房に持ち込んだろう。あれはどうしたね?」


「食った」


「食った?」


「食った」食った。「食った」


「食ったと言うと?」


「奥歯で噛み砕いて磨り潰して飲み込んで栄養にしちまったのさ。歯茎のオマケ付きだ。美味かったぜ。僕が僕の歯や肉を食って何が悪い?」


 看守は呆れ果てた様子だった。それでいい。アイドルの極意は〝敬して遠ざけられる〟にあると昔から相場が決まっている。俺はもう慣れた。


 面会室に赴く。刑務所であってもアイドル絡みの建物だから調度品にも空調にも気が遣われている。面会も対面式で間にガラスだの何だのを挟んだりはしない。望めば代用珈琲の一杯も饗されるだろう。要らねえけど。苦いから。ちっ。俺の味覚は何時になったら大人になってくれるんだ。


 俺に面会を求めたのは、あれは肌のテカり具合からして三四、いや、三五歳の生え際が危ないマネージャーだった。服装が見窄らしくて皺がそのまま放置されている二点から推すに未婚だろう。陰気そうなのは前の担当アイドルが〝引退〟してしまったからだろうか。だとすれば余程入れ込んでいたことになる。善人だ。善人はこのご時世には死ぬしかない。総じて第一印象を乱暴に要約すると『うだつが上がらなさそうだけど大丈夫?』になる。ああ云うのを〝釈迦釈迦チキン〟と言うのだと〝花嫁学校〟時代に同級生から教わった。神様のように優しいけれどそれだけでいざとなるとてんで臆病者の――


 待て。待て待て。待て待て待て。マネージャー君の対面に座ろうとして野郎の胸元に佩用されている略綬に気が付いた。


 グチヤマ・ピーチ円形大勲章略綬だと?


 我が目を疑った。それは聖アイドル歴四五〇年を振り返っても授与された例八六例、内、生者には六例しかない。受賞基準からして『アイドルとそのマネージャーに求められる義務を遥かに超えて自己の生命を賭して示された類まれなる業績と勇敢さに対して』なのである。生きている人間に授与されることをそもそも想定して作られていない。


「おやおや」俺は座った椅子を後ろに傾けながら言った。「リヴィングストン博士でいらっいゃいますか。〝リリー・マルレーン〟を歌っていたモモのマネージャーだ。極楽坂久太郎」


〝リリー・マルレーン〟は〝大忘却〟以前のドイチュで歌われていた曲だ。オリジナル曲ではなくて〝大忘却〟以前の既存曲をカバーさせて貰えるのはアイドルの中でも選りすぐりのトップ・アイドルに限られる。俺は溜息を吐いた。四度でも吐き足りない。モモは歴代アイドルのルナリアン撃破数で十傑に入る。そのマネージャーの顔を失念していたとは。()()()()()なのに。それともこの男の相好も以前とはまるで違うものになってしまっているのかもしれない。言い訳だな。


「面会の前に」野郎は何事もなかったかのように言った。無視かよ。「本人確認だ」


「いいよ」ところに看守がインシュリン注射を運んできてくれた。首筋にぶち込む。これで数分もすれば多少はコンディションも整うだろう。


「君の」ジャーマネは俺の首筋の注射跡を見ながら訊いた。「本名は?」


夜啼兎(よなきうさぎ)さんちの笑子ちゃんだぜ」


「出撃回数は?」


「出撃功労シートで四枚分」


 出撃功労シートとは対ルナリアン戦闘に出撃する度にスタンプが貰える台紙である。一枚三〇個のスタンプが溜まるとご褒美として恩寵のチョコレートが下し置かれた。長期休暇中の朝のラジオ体操じゃねえんだぞ。俺は無性に空しくなった。人生で一度でいいからチョコレートを食べてみたいからアイドルになったと云う同級生が居た。アイツは二度目の出撃で引退した。大抵、シートは集められても二枚、三枚目辺りからは〝自己崩壊〟の危険とも戦わねばならない。だから恩寵のチョコレートはアイドルの間では『死亡通知著と年金の前渡しだ』と揶揄られたりもしていた。ちっ。これだと『俺はそれを四枚も持ってるぜ!』的な自画自賛みたいじゃねえか。まあいい。


「タナー段階は?」


「二。後三段階も余裕がある。心配するな。どうせ俺はクローン人間だ。テロメアが短い。偶像症候群で自己崩壊するのが先か。ショジョカイタイ=オペレーションを受けてアイドルになったときから覚悟はできている」。子宮が疼く。人様の子宮の中(イン・ユーテロ)でグッスリと眠りやがって。そのまま眠り続けろ。子守歌なら幾らでも歌ってやる。「ああ、そうそう、〝共食い整備〟の承諾書にはもうサインしてある。押印もな。俺の骨格は上物のアイドルニウム合金と置換されてるからな」


 何がアイドルだと時と場合で思う。俺たちは歌って踊る都合の良い機械人形コッペリアじゃねえか。


「意外に君は落ち着いた性格だな」ジャーマネは何故か憮然として呟いた。「雪達磨を火達磨にするような性格だと聞いていたのに。ふむ。そうだ。本題に入る前に差し入れがある。君はヘビー・スモーカーだそうだから」


「恩寵の煙草なら御免被るぜ。俺は恩寵品が嫌いだ」俺は探りを入れることにした。「国にも皇帝にも貸し借りはねえしな」


「そうかい」ジャーマネはともすれば不敬罪を立件するであろう発言を平然と聞き流した。「民需配給用の〝ヴィクトリー・シガレット〟だ」


「それならば有難く」ジャーマネが胸ポケットから取り出したのはソフト・ボックスだった。早速一本を抜き取る。巻きが甘いから垂直にすると中の煙草葉が零れ落ちた。「それでアンタのような雲の上の人が俺如きに何の用だ?」


「ルナリアンが出た」


「何処に」


「一層自治区」


「となるとクライスト型か」


「そうだ。それを討伐する。君と僕とで」


 これはいけない。俺は思った。抑えないと。抑えなきゃ。無理だ。「劇的にムカつくぜ。激しくオラオラだぜ。上等だよ。ふざけんなよ。人にあんな最低のマネージャーを押し付けておいて、それで暴れたら投獄して、で、今度は必要になったから釈放かよ。馬鹿じゃねえのか。これだからお上の考える事は大嫌いなんだよ。第一、俺を使うってのも、〝教皇庁〟に顔が効くからだろう。冗談じゃねえよ。そうかい。俺がアンタらの言いなりに二度も三度もなると思ったか。俺は兎だ。逃げ出すぜ。まさに脱兎の如く」


 蹴っちゃ駄目だと思ったのに蹴ってしまった。目の前のテーブルが高々と跳ね上がって天井にぶつかった。落ちてこない。天井にめり込んだらしい。畜生め。国家の備品を破損させたならば今度こそ立件される。そうじゃない。畜生め。看守のオッサンが腰の無線機に手を伸ばした。通報するならしろ。俺は煙草を吸う。


 ライターの回転式鑢やすりを擦る。擦る。擦る。火が付かない。ただそれだけの事で何もかもから見捨てられたような気がした。


 ジャーマネがソッと俺の咥えている煙草の先に彼の案外に無骨な手を伸ばした。手の中にはライターがある。擦る。火が付く。ジャーマネはそれに並行して看守に手で『平気だよ』の合図を送っていた。ただそれだけの事で俺はこの男を信頼する気になっていた。しかも、


「歌いなさい」と、ジャーマネは言った。


「君はアイドルに生まれ付いたのだから」


 一瞬、胸が疼いた。忘れまいとしていたのに忘れていた何かを思い出しかけた。下唇を噛む。


『下唇を噛む仕草はこうやるのです』とあの人に教えられた通りに。無意識に。ムカつく。『純粋さと無垢さは加工品なのですよ』


「分かった」俺は紙の味しかしない煙草を吹かしながら言った。「それなら今からアンタが俺のジャーマネだ。アンタの言う事には従う。それで? 先ずは何を?」


「うん」ジャーマネは表情を殆ど変えない。何故だか凄く寂しくも怖くも悲しくもなった。


 ジャーマネは内ポケットに手を差し込むと、そこから銀色のケースを取り出して、それをパカッと開けると――


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