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絶対防衛アイドル戦線ピンク・チケット!!  作者: K@e:Dё
(1-0.5)+(1-0.5)=1章 / 誕生! 新たなるプリマドンナ!
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第2話 / 極楽坂 / 大ピンチ!? 急な仕事にご用心!

 会議室は三八〇層の中心部に位置する。〝中心部〟とは曖昧な言い方だがそう言う他にない。内部局員用の直通エレベーターなりエレベーター内電車なりを使って三八〇層に足を踏み入れると先ずボディ・チェックの為の警備室がある。その警備室の奥に更に厳重なセキュリティの警備室が以下略のマトリョーシカ的構造になっているからだった。


 会議室は、ともするとアイドルのライブ・ゲネプロやリハーサルにも使われるので、最大収容人数が三〇〇人と多めに設定されていた。そのせいでエレベーター内部の建築基準を所管する省庁から苦情を入れられたとの話もある。作りはどこにでもある会議室同様、中央に幹部席である〝土俵〟があり、それを取り巻くように一般部局引用の桝席が設けられていた。今日の僕は部長の代理であるから、気は重い、重いが土俵に入らねばならない。


 土俵際に立ってその内側に塩を撒き、土俵外から持ち込んだ災厄その他を清めてから、最敬礼――踵を合わせて、背筋を伸ばして、右腕を天に向けて斜めに伸ばして――の姿勢で「アイドル皇帝陛下万歳!」を叫び、更に現皇帝の名に万歳を付けて叫び、国名にも万歳を付けて叫び、これでようやく土俵入りが叶う。〝広報部〟は常ならば中堅の席次を与えられている。しかしながら僕は代理だ。末席を占める。ただでさえ僕はマネージャー養成学校卒 (〝幼年学校組〟と通称される) ではない。しかも、自分の意思を押し通す為に担当アイドルの初夜権ユス・プリマエ・ノクティスを売り飛ばした男だと軽蔑されてもいる。下手に目立ちたくはない。


 視線を感じる。見上げると天井に大きな神棚が設えてあった。現皇帝 (第九九代皇帝) の写真が備えられている。帝室御用達のハッセルブラッド社のカメラで撮影したものだろう。この他、皇帝が現役アイドルだった頃のレコードが飾られていて、その前に注連縄が結ばれているが、さてはて、あれにどれだけのご利益があるか。


 桝席にもそれなりに課員が陣取っていた。見覚えのない若い、と言うよりも幼い顔立ちがあるが、そう言えばマネージャー招聘年齢の下限が更新されたのだった。今では僕の時代で言う義務教育を修了しているだけで高学歴扱いをされる。彼らも一五かそこらにしか見えない。頬にニキビがあるもんね。


 副社長以下、高級役員は、会議開始時刻を五分過ぎてから入室した。立ちたくないが立って挨拶をせねばならない。社長は今日も今日とて欠席なので副社長を兼ねるアイドル運用部長が首座に就いた。愛妻家として知られる彼は肌身離さず携帯している奥さんの写真をソッと膝の上に横たえた。


「若いマネージャーも居りますからには」


 土俵の中央に立ったのが今日の弁士だ。会議は弁士が琵琶を弾きながら壁に投影された活動写真に合わせて資料を読み上げる形で進行する。「ま、ま、本題に入る前にあれこれとお浚いをしつつてな具合で失礼しやして、エー、あ、皆さん、孫ダビコーヒーは行き渡っておられますか。おられる。コーヒー豆をクローニングしたものをクローニングしたものぢゃありますが、代用じゃないよ、本物のコーヒー豆のクローンだし、菊芋砂糖がしこたま入ってると来ちゃあ、こりゃ絶品、あ、美味いてな具合で、エー、日に四杯迄なら直ちに健康に害が無いことが証明されてござりんす。どっとはらい。それでは会議の方をちぇけら」


 ルナリアン――


 天井のプロジェクターが会議室の壁に投影したのはそう呼ばれる異星人だった。現在、地球の九六パーセントは、この出身地不明目的不明の宇宙人に侵略並びに実効支配されているらしい。殊更に〝らしい〟などと言うのにはそれは訳がある。その訳は〝大忘却〟の一言に尽きる。


 大忘却とは何ぞや。どうも旧人類、即ちこの青い星での生活をエンジョイしていた頃の人類は、ルナリアンとの間に相当激しい戦争を繰り広げたらしい。メガデス兵器は疎かドゥームズデイ兵器さえもチョチョイのパッパッと使用されたこの大戦争、白状すれば人かルナリアンか、そのどちらが先に吹っ掛けたのかも分からないそれに人類はどうも完膚なきまでに敗北したようで、その際、〝文明〟と〝文化〟とそれらの記録の大部分が失われてしまった。いやはやね。どうにもね。


 正味、滅びを待つだけだった人類であるが、それが救われたのが今を去る五〇〇年前の事だ。或る遺跡、要するに核の放射能廃棄物だの何だので地下に埋まってしまった旧人類の生活圏から、一本のUSBメモリが発見された。我が聖アイドル帝国の全時代を生きる全ての臣民の立体的肖像画を謳って編纂された史書『チョーヤバ★聖アイドルジャーナル』には次のような記述がある。『当時の人類はUSBメモリが何かすら分からなかった。言語さえも不確かになっていたからUSBの意味する所さえも分からなかった。USBとは、現代を生きる我々からすれば常識であるが、U(嘘みたいに)S(凄い)B(文献入れ)の意味であると云うのに。それはさておきとして、であるからして、そのUSBメモリが再生されたのは奇跡、それでなければ〝運命〟であったとしか言えない。偶然にも同時回収されたハイパー・ファミリィ・コンピュウタが起動し、且つ、USBに対応していたのである』――


 そのUSBには、〝zip〟と云う圧縮形式で大量の漫画、映画、アニメ、エロ動画、謎のポエム、それから妙に画質が悪い上に再生すると画面の左上にチャイナ語が絶えず表示されるアイドルのライブ映像がこれでもかと言う程に詰まっていた。宝の山だった訳だ。


 そうして人類は邂逅る。グチヤマ・ピーチに。原初のアイドルに。


 歌を歌う事も聴く事さえも忘れていた人類はその透き通るような歌声、『頑張れ!』、『めげないで!』、『負けないで!』に猛烈に励まされてしまった。いや、まあ、だから、ええと、まあ、グチヤマのスカート丈が妙に短いであるとか、グチヤマのふとももは生々しいまでに艶やかであるとか、彼女の笑顔は百億万点さであることは、一旦、置く。


 グチヤマに触発された人類は想像して創造した。信仰を。偶像を。守護神を。


 理想のアイドルを。


 その手法に関しては敢えて今は語らない。完成したアイドル、後に初代皇帝となるコトブキ・オスシの強さと指導力と神々しさに惹かれた人類は〝アイドル信仰〟を理念とする〝聖アイドル帝国〟を樹した。〝聖アイドル歴〟の幕開けである。幕開けであると言っても人類は原則的には細々と生きて来た。ルナリアンはどうも人類に用があるのではないらしくある。彼らは恰も何かを探しているかのように地球全土を穿り返して資源を略奪したりしなかったりしている。(どうも此方から喧嘩を売るか邪魔をするか進路を阻害していなければ攻撃してこないようなのは確かである。矢張り最終戦争は人類から吹掛けたのだろうか?)


 ルナリアンについて分かっていることは頗る少ない。ルナリアンは絶命するとその全身を塩に変える。かと言って生け捕りにするにはその戦闘力とリスクが高過ぎる。一応、何度か生け捕りからの解剖に至ったケースはあるが、分かった事と言えば、人体で言えば肋骨に相当する骨が人間に比べて一本だけ少ない――と云う事ぐらいだ。


 一時、人類はルナリアンとの共存を企画もすれば企図もした。が、前提の段階でそれは不可能だと発覚したのが、今から二世紀程昔である。


 地球が持たん時が来ているのだ。


 旧人類が研究していたTTAPS理論にも記されている〝核の冬〟、放射性物質が空を覆い尽した事で太陽光が遮断されて、地球は急激に寒冷化、いや、それどころの騒ぎではない、氷河期に突入しつつある。それも並の氷河期ではない。地上が全て雪か灰に覆われているからアルベドが大きくなり、畢竟、全地球凍結スノーボールアース状態が実現しつつある。観測されている限りでは海だの巨大河川だの火山だのでさえもカチンコチンに凍ってしまっているのだ。


 更に悪い事にルナリアンは地球の他に太陽にも細工をしていた。ダイソン・スフィア、恒星一つを巨大な発電機に変えてしまう壮大なプロジェクトで、如何にルナリアンとてもこれには挫折したようだが、しかし、太陽表面の四〇パーセントが現生人類には理解不能な構造物 (恐らくは〝核のパスタ〟か何か) で覆われてしまっていた。〝偶の晴れ間〟でも地球上に降り注ぐ太陽光の絶対量が余りにも少ないのである。


 更に更に悪い事がある。地球の輪である。これはどうも熱核兵器で爆破された地球の(多分大陸プレートの)一部が大気圏を突破、地球重力さえも脱出、土星の輪のように群れを成して地球の衛星になってしまったものだった。この輪のせいで地球の引力は出鱈目な事になってしまっている。(ルナリアンが運動エネルギー兵器ではなく光学兵器を使うのはこの為だった。引力は、地球の輪には密度の濃い所とそうでない所があるのでどの部分が我々の頭上を運航しているかで狂い方の度合いが変わるが、悪くすると本当に出鱈目な働きをする。具体的には銃弾や砲弾が直進せずにカーブしたりスライダーしたりする)


 このような次第で立案されたのがNO-A(ノア)計画だ。全一三機の軌道エレベーターを建設、そのエレベーターの基部に建造された都市で生産した物資を衛星軌道上に送り込み、そこで巨大移民船を組み上げる。わざわざ組み立て場所に宇宙を選んだ理由は単簡かんたんだ。一つには場所がない。一つにはいざとなれば地上人類を見捨ててサッサとトンズラ可能なのである。この後者の為に移民船〝ノア号〟は人類首都も兼ねていた。地上の僕らからすればたまったものではない。が、人類と云う種の観点からすれば、それもまた間違いではないのだろう。因みに巨大移民船のパーツは全て遺跡から発掘された万能力作超大型3Dプリンター〝クロニクル君〟で作られる。〝クロニクル君〟は砂糖とスパイスと素敵な何かを原料に古代の〝錬金術〟を再現するマシーンだ。(因みにの因みに、宇宙でパーツを組み立てる際には、アルティメット・スーパー・ハイパー・ウルトラ・金属用ボンドを用いる。又、ノアは光学迷彩〝ガングロ〟を標準装備しているので、全長一〇〇キロに垂んとする巨体でありながら極めて高いステルス性を有している)


 移住目標は〝月〟。


 地球の本来の衛星。五三万キロの彼方に浮かぶあの赤い星である。


 月に永住する必要は必ずしもない。月から更に、例えば琴座方向に約三一四〇光年離れた場所に位置する恒星ケプラ一六〇、この周りを公転している太陽系外惑星候補koi456.04に再移住しても宜しい。月を目指すのは資源の確保の為だ。ここだけの話、この第一三機動エレベーター、人類に残された最後のエレベーターである〝ピンク・チケット〟の維持でさえも後五年が限界だと見積もられていた。五年か。では五年後に僕は生きているだろうか。切実な話だ。


 何せ〝ノア号〟の定員は六〇万人なのである。現時点で人類の総人口は四〇〇万を微かに超えていた。何をどうしても六・五人に一人は地球に置き去りにされてしまう。


 だからだ。社長が会議室に現れないのも僕がこの会議室で遠慮をしているのも。政治である。優先搭乗権を持つアイドル省官僚でさえも全員は月に行けない。確実に搭乗可能なのはこの土俵に座れるような甲種幹部だけだ。だからちょっとしたミス――挨拶をしなかったり手順を間違ったり――でさえも左遷の口実にされてしまう。


 弁士の語りが激しくなった。話が〝失われたⅤの福音教会〟に差し掛かろうとしていた。


〝失われたⅤの福音教会〟、福音主義者と侮蔑的に呼ばれる彼らは破滅的なカルトで、〝月は無慈悲な夜の女王(イコノクラスム)計画〟とかコード・ネームされたプロジェクトでノアの建造その他を妨害している。人類も一枚岩ではない。エレベーターがまだ幾つもあった時代には資源や食料やアイドルの奪い合い、それに利害関係や思想の対立で、エレベーター間、中央政府対エレベーター間で二度も三度も大きな戦争 (エレベーター独立戦争) が勃発した。〝Vの福音教会〟はエゴと資産の肥大化した資本家階級を相手取って革命闘争を起こした労働者階級、弾圧された彼らの、その残党ではないかと睨まれていた。――


 背筋がゾクッと震えた。宇宙でも長持ちするからと電化製品の制御には真空管が用いられている。真空管の動作は遅く作用は弱い。暖房の利きがだから微妙なのだった。


 弁士の口吻は徐々に熱を帯びた。彼がアイドル皇帝陛下のセット・リストを語り始めた瞬間、


「|低軌道ステーション駐留艦隊ドスコイ・フリートより入電!」


 会議室の戸を蹴破るようにして乙種通信管制課員が飛び込んできた。会議室内が騒めいた。


「エスパー・ナルコ・イルカがピンク・チケット下層にルナリアン出現予報を提出!」


「ルナリアンだと!?」副社長が地団太を踏んだ。「早期警戒アイドルは何をしていたか!」


 とんでもないことになった。副社長の地団駄で神棚から恐れ多くも畏くも皇帝陛下のお写真が落下遊ばしたのである。場内は騒然とした。ところが副社長は気に留める気配もない。自分の膝からスルリと流れるように土俵に落ちた奥さんの写真を慌てて摘まみ上げる。彼は「すまん許してくれ」と写真の中の奥さんに言った。


「直ぐに内部監査委員会を編成せよ」副社長は桝席に控えている補佐官に命じた。


「責任回避だ。ルナリアンを発見できなかったとなれば大事だからな。こちらも混乱している態を装え。ルナリアンの具体的な位置は?」


「一層自治区との予報です」乙種課員は答えた。


「厄介な場所に出たな。恐らくは〝向日葵の園〟から漏れたのだろう。だからあれ程にアイドルのアプガースコアは厳重にモニタリングしろと言ったのに。何れにしても相手はクライスト型のルナリアンだ。SS級は手堅いな。本社は?」


「本社は既にタケヤリ・ツキコちゃんとそのマネージャーの小春日和(こはるびより)勅任二等マネージャーを首都から此方へ送り込んだとのこと。〝道案内を頼む〟です」


「タケヤリちゃんだと。戦略級アイドルか。いざとなれば下層を消し飛ばすつもりか。畜生め。本社は相変わらず我々を点数稼ぎの道具だと思っているのか。ええい。今直ぐに出撃可能なアイドルは?」


「戦術級ですと」補佐官が手帳片手に応じた。「〝エレクトリカル・コケシズ〟では?」


「駄目だ。あれはつい先日の戦闘の後で〝干されている〟最中だ。ルナリアンの毒性粘液が乾燥するまで出撃は裂けろ」


「では〝カストラート〟のツバサ君」


「馬鹿な」副社長は吐き捨てた。「あんなクラインフェルター症候群のオカマに点数を稼がせてやることはない。アイドルは古来より処女きむすめに限られていたというのに」


三代目さんだいめ自劣亭じれってい曲軒へそまがりでは?」


「あの三代目は見掛け倒し(ポチョムキン)だ」


「トン・シノブ」


二枚鑑札セルフ・マネージメントのか。だが彼女は作戦級に格上げされていただろう。それに、人名図鑑に鉛筆をトンと落として〝シノブ〟の項目に突き刺さったから芸名をトン・シノブにしたようないい加減な女にこの鉄火場を一任出来るのか。いっそ適当な孤児に小児用核弾頭でも持たせて自爆させた方がいいかもしれん」


 ご無体である。場内は苦笑しかけた。副社長を笑えば明日の出世は約束されないものになる。


「ならば――」補佐官は述べた。「――コクジョー・ブシドーちゃんでは?」


 僕は腰を浮かしそうになった。コクジョーだと。コクジョー・ブシドーだと。 


「コクジョー・ブシドー!」副社長は片方の眉を跳ね上げた。「〝ゴクジョーのコクジョー〟か! あの〝例外の九人(イレギュラー・ナイン)〟のキシドーさんの娘の」


 僕は臍を噛んだ。あの夜の夢を見た矢先にこれか。


「ええ。あの家ならば〝聖界監督〟の覚えも目出度いので今度のような失態には」


「失態だと!?」


「失礼しました。今度のような事態でも穏便に済ませられるのでは?」


「だが、ブシドーちゃんは今は確か」


「はい」補佐官は手帳に目線を落とした。「ファンに対する暴言の罪、マネージャー暴行罪、〝アイドルはうんちもおしっこもしません!〟条例違反、SNSで病みツブヤイートをしちゃったヨの罪、新曲発表会ショーケース、それも無料入場券アニーオークリーを配ったので客入りが頗る良かった新曲発表会の席上でFワードを連発した罪、真理追及哲学システム〝マクドナルドノジョシコーセー=システム〟への不正アクセスの容疑などでアイドル刑務所に短期服役中の上、ルドヴィコ療法で人格矯正を施されておりました。が、残り服役期間は三時間を残すばかりですし、何よりも彼女にはSSS級の討伐実績が豊富です。ヲリコン・チャートにも弱冠一三歳で五度のランク・イン。最高位は二七位です」


「一三歳で五度か。天才アンファン・テリブルだな。性格だけが問題か」


「以前のマネージャーは〝結婚式場で幸せの絶頂にある新婦を惨殺して怒り狂った新婦が復讐に来るのをニタニタと待っているような性格の悪餓鬼(ツォツィ)〟だと報告しています」


 危なかった。吹きだしてしまうところだった。キシドーさんの娘らしいと言えばらしい。


『貴方の歌は名曲です』と、アイドル省の事務次官に褒められたとき、キシドーさんは、


『そうですか。そうですか。私も聴いておけばよかったです。歌いながら聞くことはできませんからね』


 と、答えて周囲を唖然とさせたと言われる。思い出すだけでも、ああ、駄目だ、笑いが抑えられない――


「君は」副社長が僕を見咎めた。不味い。知らんぷりをするけれども時既にお寿司である。「君は極楽坂君か?」


「違いますよ」とは言えない。「ええ」と素直に答弁した。


「済まない。見落としていた。君はアイドル省の御歌所寄人おうたどころよりうどに配属されているものかと」


「色々とありまして。ヲリコン・チャートを決める部署ですからねあそこは。僕のような人間ですと」


「ふむ。モモ君は残念だったね」


「ありがとうございます」社交辞令で乗り切れないか。「そう仰って頂けるとモモも喜ぶでしょう」


 どうも乗り切れそうにない。副社長は僕の顔をジッと見詰めている。議事録 (速記録) にはこの段階で『ルナリアン出現を踏まえて議論白熱す』だの『問題を真摯に受け止めて対処方針を練るに専念す』だのと書かれているだろう。であるならばこの場の誰も本社にも世論にも責められることはない。自分達の責任を重く受け止めて反省したゴッコは完遂された。たった一人、実際に、ブシドーちゃんを連れて現場へ突入するマネージャーを例外として。それとても失策しくじらなければ責められはしない。政治的に不味い立場には置かれるかもしれないけれども。副社長は顎を撫でた。僕は逃げたり隠れたりしたくなった。


「極楽坂君! 君に折り入って頼みがある。君にしか出来ない仕事だ」


 断ろう、と、決めた。アイドルと直で付き合うのはもう二度と御免だ。


 

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