第32話 / ブシドー / アイドル・バトル!
今日は3話続けて更新します。なんてこった。尤も全体の分量は1万5000文字前後です。感覚が麻痺している。
よろしくお願いします。
と、勝ち確定演出張りのやり取りをしておいてあれだが、
「見切れるか?」半身に立つ。俺は足を肩幅よりも大きく開いた。右足だけを前に出してから剣先を大量の瓦礫が飛来する方向に突き出した。我が夜啼兎家に一子相伝で口伝される〝夜啼兎流剣術〟の構えの一つである。大忘却以前には〝サンライズ立ち〟と呼ばれていたらしいこれは、剣を物差しのように扱う事で敵との間合いを測って計れるので受動的な状況、就中、多対一を強いられる場合に有用だと言われる。剣が狙っている相手以外を威圧するのにも役立つ上、半身になっている関係で前方投影面積が減っているから、咄嗟に剣を盾にし易いからであり、いざとなれば剣を横薙ぎにすれば全方向への同時攻撃が可能だからでもあるらしい。どうだか。受け身は苦手だ。シノブにも言われた。『先手必勝を狙い過ぎる。笑子は臆病なんだね。相手に何かされるのが怖いから先に倒そうって、それはいいんだけど、余裕がないんだね』だ。
余裕がないのは認める。だが、現状、余裕以上にないのは立錐の余地だ。
どうする。〝剣先を瓦礫が大量に飛来する方向に突き出した〟とは言うが、瓦礫は全天周から俺を襲おうとしており、本命らしい方向 (瓦礫の量が最も多い方向) を警戒しているに過ぎない。俺は歌いながら考えた。幸いにも直撃はまだ食らっていない。先程のあれが〝白光現象〟だとすれば――俺程度で起こせるのか?――身体能力が著しく強化されているからだろう。俺の頭上でヘラヘラと笑っている異星人野郎のコントロールが変にヘボいからでもある。それにしても細かい傷は無数に負わされている。剣を盾にしても瓦礫が剣に衝突した衝撃で手足に乳酸が溜まる。ならばと瓦礫を切り裂けば切り裂くで破片を浴びて俺の身体も一緒に切り裂かれる。塵も積もれば何とやらだ。血液が沸騰するのもそう遠くないだろう。欲を言えば躱したい。瓦礫の合間の何処かに俺の身体を捻じ込むスペースがある筈だ。しかしながら、咄嗟にそのスペースを探して其処に身体を滑り込ませるのは、人の代わりに自動車が行き交うスクランブル交差点を接触事故を起こさずに走り抜けろと言われるのに等しいのではないか。
『右だ』ジャーマネが言った。『君の歩幅で一と三分の二歩だ。剣を盾にしていい。身体にピッタリとくっ付けるんだ』
脊髄反射で身体が動いた。マネージャーが戦闘中に下した命令には絶対服従だと刷り込まれて育った俺である。身体はそれでいい。問題は思考だ。この絨毯爆撃的飽和攻撃を右に一と三分の二歩移動したからと言って躱せるものか。サイレンが鳴るような音がする。瓦礫が超高速で空気を切り裂く音だ。怖い。目を閉じたくなる。閉じない。瓦礫が大きくなる。一秒前には点の大きさだったのに今ではバレー・ボールのそれだ。汗でヌメる左手の中で大剣の柄をクルリと回転させた。逆手に大剣を持った方が盾にするには都合がいい。
一〇〇以上の瓦礫が飛来した。飛来しただけだ。瓦礫は俺のご近所を超高速で素通りした。
「何だ?」瓦礫が通過した際に生じた風でツイン・テールが暴れている。俺の顔を叩くな。「何だ何だ?」
『惚けるな』ジャーマネが喝を入れた。『次は後ろだ。君の歩幅だと正確に二歩。来るぞ』
回遊する複数の魚群の交差、――それを彷彿とさせる瓦礫攻撃を俺は二度も躱した。偶然ではない。ルナリアンが手を止めた。手が止まれば瓦礫も空中に停止する。驚いているらしい。それは驚きもするだろう。俺も驚いている。ルナリアンは見開いていた目を糸で縫い合わせたようにした。手を指揮者のように、しかし、無茶苦茶に振り回し始めた。間髪入れずにジャーマネが『右だ。次は三歩か。急ぐんだ』と命じた。
「瓦礫の間隔が見えてるのか!?」
『見えてるさ』ジャーマネは大した事でもなさそうに言った。『もう奴の癖も読めた』
「癖」癖。「癖?」
『ルナリアンも人間と変わらない。攻撃方法に個体毎に癖があるんだ。荷電粒子砲を使うグレイ型だと戦術的にその癖が殺されてて分からない。だが彼のようなヒル夫妻型だと分かる。彼は、ま、生まれたばかりだからか非常に読み易い。例えば次も右だ。二と三分の一歩』
『この』俺の顔の〇・五センチ先を瓦礫が突っ走っていく。風と砂塵で目が痛い。この程度の痛みであれば耐えられる。『この暗さだぞ。一キロ先だぞ。戦闘開始から一分だぞ?』
これがグチヤマ・ピーチ円形大勲章を授与されたマネージャーの力量か。初見の相手の一手目を見ただけで大手詰みの絵が脳内に描けている棋士が居るだろうか。棋士には居ないだろう。マネージャーに居るらしい。疑っていたのではない。予想を遥かに超えていただけだ。
『瓦礫を何百個も同時に飛ばせば一見すると強そうだ』
ジャーマネはつまらなさそうに言った。『あの手のルナリアンの頭脳はスパコン並だとも言われる。それでも複雑機動する物体の軌道を何百個も同時演算するのは厳しい。君を翻弄するならば奴は瓦礫の数を最小限に抑えるべきだったのさ。それに、遠くからだと良く見える、恐らくはルナリアンも攻撃に集中しているから気が付いていないだろうが、君を効率的に攻撃しようとする余りにね、君を中心に瓦礫が円運動を取っているんだ。だから次の攻撃の軌道が更に読み易くなっている。因みに次は――』
「左方向に逃げるべき?」
『根拠は?』
「いや、右、右、右に後ろが混ざってたし、相手もムキになってたから左かなあと」
『素晴らしい』と、ジャーマネが言ったとき、俺の身体の右側面を瓦礫が失礼しますよとばかりに飛び抜けた。
『素晴らしいが次からは考えなくてもいい。考えるのは僕の仕事だ。僕にも仕事を恵んでくれ。僕には考えられても君のように動けない。そのね、言ってしまうけどね、君も僕のようにはまだまだ考えられない。だからこそのアイドルとマネージャーだ。知恵と力を合わせて奴を叩きのめす。いいね』
「お」吃音る。「押忍!」
『と、素敵な返事を頂戴した所で君にお願いがある。今、君が向いている方向に剣を盾にして構えながら、その場でジャンプしてくれないか?』
ジャーマネのお願いであればしくはない。瓦礫が剣に続けざまに衝突した。空中だ。身体が後方に吹っ飛ばされた。玉になった汗が額から上空に吹っ飛んでいく。七〇度はあっただろう体温が急速に下がる。『勢いを殺すんだ』と言われた。一層自治区は旧時代の九龍城のように建物が密集している。これ迄は(周辺への被害を考慮に入れて)開けた場所で戦っていたが、このままの勢いで飛ばされると人口密集地に突っ込むかもしれず、俺の身体もバラバラになる。
剣を振り回す。俺の剣 (仏陀斬りソォード) は末端重量が極端に大きい。振り回すだけでそれなりの減速効果が見込める。無論、完璧な減速ではないから、止まるには何かの建物の壁を何十枚かぶち破った。怪我はない。壁と身体の合間に剣を緩衝材として噛ませたからだ。と言うと俺の手柄のようだがコレもジャーマネの指導である。ここだけの話、姿勢制御と減速で手一杯で、剣を盾にすると云う基本的で単純な事を忘れていた。この事例一つを切り取っても〝戦う役割〟と〝考える役割〟を分業制にするのは大正解だ。
土煙が酷い。建物が崩壊する音がする。ホッとした。悲鳴が聴こえなかったからだ。戦闘地域の周辺は無人の建物が多く――多いからこそ戦闘地域に選ばれた――、万が一に備えての避難命令も出されていたが、何事にも間違いはある。『無事か』と尋ねられた。『無事だ』と答えた。『住民は?』とも尋ねられた。『大丈夫だ』と答えるとジャーマネは露骨にホッとしたようだった。俺はこの人に何処までも着いて行こうと決めつつあった。『次は』と訊けば『少し待ってくれ』だそうだ。乱れた息を整える。層内スピーカーから未だに〝ときめけ★ずっきゅんハート!〟が流れていた。もう何周も歌い続けているから子供らの声もガラカラだ。時を置かずに、
『ビンゴだ』ジャーマネは言った。『奴は目で物を見ている』
『目。ルナリアンの目か。細めたり見開いたりしてたからなあ』
『そうだ。でも奴は念力を使う。超能力で君の居場所を探せるかとも思っていた。が――』
『探せるならばもう追撃が来ている?』
『百点だ。これが終わったらご褒美をあげよう。慌てて君が何処からか飛び出してくるのを待っている。そこでだ』
『作戦か』
『作戦だ。いいか。これから層の郊外にあった工場を爆破する』
『は?』
『だから工場を爆破する。あの子供らのお父さんらが仕掛けていた爆弾があるだろう。あれを部分的に使う。爆弾解除に送った班が現地に留まっているからね』
『ンな事をしたら層内に有害物質が飛び散らねえか』
『そこは小春日和さんとシノブちゃんに計算して貰っている。健康被害が出るような量は飛ばさせない。狙いは有害物質での目潰しだ。工場がフル稼働すると有害物質由来の赤い煙が層内を満たすらしいじゃないか。爆発でも同じような煙が立つ。それに、この層はね、覚えているかい、風が吹くんだよ。高度が高ければ高い程に風が強い。飛散した有害物質の煙は風に運ばれて高速でルナリアンの周辺に充満する。奴が目で物を見ているならばその充満した煙で奴の視界を封鎖可能だ。封鎖したら君が加速して奴を斬る。その頃にはファン・クラブ・メンバーも正しい応援を覚えているから疲れている君でも充分な加速が得られるだろう』
『一つ間違えれば大惨事にならないか』
『なる』ジャーマネは断言した。『だがマネージャーの僕を信じろ』
俺は下唇を噛んだ。人目も無いのにかあ様に教えられた嚙み方をしている。
『マネージャーは担当アイドルの一番のファンです』
あの野郎は朗々と言った。第四次〝スタッフ・オンリー〟会戦で俺のマネージャーをお勤め遊ばされた野郎だ。俺は何故にあの野郎を信じてしまったのか。弱っていたからか。弱っていただなんて言葉を過去の自分を表現するのに使うのか。軟弱だな。軟弱だ。自分は変えられない。変えられないならば受け入れるしかない。私はこう云う性格だ。これからも自己嫌悪と二人三脚で生きていく。ご期待下さい。畜生め。自己嫌悪と結婚式を挙げてご祝儀で鱈腹儲けるにしてもルナリアンを倒してからだ。
『などと』あの顔面偏差値が性格偏差値の三倍はある男は言った。三倍では利かないか。性格偏差値は五とかだからな。『僕が〝幼年学校〟時代に学んだ教本には書いてありました。マネージャーは担当アイドルの一番のファンか。馬鹿げた綺麗事ですね。アイドルにお願いを聞き入れて貰う為の殺し文句です。でも僕はその馬鹿げた綺麗事を真心込めて実行する所存です。よろしくお願いします。ね、コクジョー・ブシドーさん』
『我慢をするのです』かあ様は俺に言った。『次の会戦が終われば彼も交代になります』
野郎が自己中心的野郎であるのは言われずとも分かった。無償で誰かに親切にしようとする馬鹿は居ない。そうだろう。利害があるからこそ――この人は裏切らないと観念的に思えるからこそ――人は人を信頼する。『好きだから貴方に親切したい』も裏を返せば『貴方に愛して欲しいから親切にする』となるように人は利害の重さで信頼の量を計る。人と人の関係を一種の契約だと見れば何も悪い事ではない。悪いとすれば俺の言い方だ。何事も言い方次第で良くも悪くもなる。俺があの野郎に絆されたのもそうだ。
会戦前の一カ月を俺はあの野郎と暮らした。野郎は目敏かった。眠れない俺に擦り寄っては『悩みがあるなら聞くよ?』と絶妙な距離感で言った。『黙ってろ』と俺は奴を一度は追い返した。『今夜はどうかな』を三日も続けられると折れるしかなかった。畜生め。思い出したくない。思い出せ。俺は綿々と俺の事を話した。俺は俺の事ばかりだ。
『辛かったですね』と野郎は言った。聞き飽きていた。自分で自分に何度も言ったからだ。『苦しかったでしょうね』も同じだ。『しかしながら貴方には才能がある』と言われても俺は野郎に靡かなかった。靡く所か殺意が漲った。本当に殺してやろうと思った。『その才能で僕を幸せにしてくれませんか?』と言われさえしなければ。
野郎としては冗談のつもりだったのだろう。その証拠に野郎は戯けていた。だが俺は『それもいいな』と思った。出世に利用されるとは分かっていた。どうかしている。出世に利用されたかった。使い倒されて使い潰されて無惨に捨てられたかった。本当か。本当だ。もう誰とも友達にも家族にもなりたくなかったからだ。俺は道具でいい。道具であれば悩まない。道具であれば嫉妬もしない。人として愛されないならば道具としての愛着を持って欲しかった。それだけだ。
俺は右手を差し出した。野郎はその手を取ろうとしたが、手が高熱を発していると分かると躊躇い、笑って誤魔化そうとした。
笑って誤魔化そうとしたのだ。
トロッと。
その義理もないだろうに。自分で自分の気持ちが理解不能だ。俺はこのマネージャーに尽くそうと決めた。実際、尽せるだけは尽したと思う。
野郎は管理職としての素質に欠けていた。早い話が子供だった。野郎は部下の意見を聞かなかった。部下の意見はどれもこれも自分の計画の不備や自分の無能を指摘するものだと思い込んでいたらしい。皇帝の親族としての育ちが野郎をそのように歪めたのだろう。同情する。するけれども付き合っている方はたまったものではない。無論、その〝たまったものではない〟を表に出そうものならば部下の面前もものかはに不貞腐れてしまう。五歳児か。
『僕が悪いのか?』
野郎の必殺技がこれだ。『悪い』と言える部下は居ない。居ないから俺が『まあまあ』と宥めねばならない。これでは誰が誰のマネージャーなのだか分からない。分からなくてもいい。分かろうともしなかった。『ブシドーは優しいですね』と野郎は言った。『優しいですね』と言われたいから優しくしているのだから当然だ。危ない間柄だったなと今にして思う。俺に宥められた野郎は渋々とだが機嫌を直すが、希に『僕が悪いのか?』を壊れたレコードのように繰り返しながら俺を打擲、終いには『僕が悪いんだ』と子供のように泣きじゃくった。
『マネージャーがアイドルに命令しても許されるのは皇帝陛下からその許しを得ているから』とは疾うの昔に機能停止した建前だが、それでも公には守らねばならないとされている建前であり、だからこそマネージャーはアイドルに命令するのではなくお願いしたがるのだが、夜啼兎に角、俺がチクれば奴は一発で職を追われたのだろう。俺はチクらずにチビった。涙をだ。俺にはあの野郎の気持ちが分かった。だから泣き止んだ後で、それこそガチのマジで子供のように、『頭を撫でてくれないか』と頼まれると断れなかった。
子供扱いされたかった。
子供扱いされたくなかった。
野郎は職業選択を間違ったのだ。個人の才能が物を言うような職業であれば野郎も天才と讃えられていたかもしれない。職業選択ね。その自由がこの時代にあるのか。良家の嫡男ともなれば尚更だ。俺と同じだな。だから同情はする。この考え方がいけないのかな。そうなんだろうなあ。自分のメンヘラ的恋愛体質が癪に障る。お前は自分に都合が良さそうであれば誰でも好きになるのか。今度はジャーマネを好きになろうとしている。トロ子が浮かばれない。畜生め。だからその癪に障る自分も受け入れて行かねばいけないんだろうに。――
『マネージャーは担当アイドルの一番のファンです』を履行してくれると期待してはいなかった。
だとしても、
『死ぬなら親子二人水入らずで死ね』
と言われるとは思わなかった。
『僕の命令を無視する馬鹿ども!』
と、詰られるとは思わなかった。他の誰を詰っても俺だけは詰らなかったじゃねえですか。
『君の歌は以前から聞くに堪えなかった』
『君にファンなんて一人も出来やしない』
『僕だって我慢して君を担当してやっていたがほとほと愛想が尽きた』
『君は粗にして野で且つ卑だ』
『卑と言えば火だ』
『煙草だ煙草!』
『この禁煙推奨時代に何を格好付けたいのか知らないがワル振って煙草を吸って』
『モクモクモクモク!』
『煙いたったらありゃしない!』
『死んで当然だ。逃げ遅れたファンを助けたいだと。綺麗事だ。馬鹿げた綺麗事だ。勝手にやって死んで燃やされて君もモクモク煙になりゃあいい!』
かあ様はその馬鹿げた綺麗事を真心込めて実行したから死んだ。
死ねなかった俺は野郎を半殺しにした。野郎が『仲直りの印だ!』とか何とか言いながら準備していた新曲もその発表会も台無しにしてやった。やり過ぎた。野郎を半殺しにしたのはいい。いいのかな。アイツに付き合った私も悪いのだ。ええい。何れにしても新曲を楽しみに待っていてくれたファンの前で――もしかするとそれが人生の最後に聴く曲となるファンも居るかもしれないのに――俺は何をした。アイドル刑務所にぶち込まれてもそれは文句は言えない。俺はアイドル失格のモクモク笑子ちゃんだ。
ジャーマネはその俺の煙草に火を点けてくれた。
それだけでジャーマネを信じるには十分だ。
「私は」俺と言おうとしたのに言い間違えた。「私はヘビー・スモーカーなので煙は白くても赤くても大好きです」
俺は何を言っているのか。
『僕も学生時代には煙草が大好きだった。今でも世間が許すなら大好きさ。帰ったら内緒で一緒に一服しようか』
アンタは何を言っているのか。
『来るぞ』ジャーマネは言った。『痺れを切らしたな。君が突っ込んで崩落させたビルまで使ってその辺を薙ぎ払うつもりらしい』
「どうする」俺は辛うじて口調を切り替えた。「ここから飛び出るか?」
『いや――』
『――貸し一つね、赤の子』
俺は片膝を突いた。層全体がバイブスのぶち上っているライブ・ハウスのように激しく縦揺れたからだ。耳鳴りがする。焦げ臭い。ルナリアンの近くで爆発が起きたのか。
「タケヤリか?」
『他に誰が居るの』
「どうやって変身した。会場のファンは俺を推している筈だ。ファンを横取りしやがったのか?」
『ラジオだよ』教えたのはシノブだ。『応援整理官の軽井沢さんがラジオ放送でタケヤリちゃんを応援してくれるファンを搔き集めたんだ。この状況だからね。どのファンも喜んで応援に参加してくれたよ』
なるほどではある。ファンが足りないならば集めればいい。だが『~であるならば~すればいい』は往々にして机上の空論だ。『人生が嫌ならば死ねばいい』を誰が『そうしちゃお!』と気軽に実行するだろうか。この場合、ラジオの電波はシノブのドローンで中継するだろうから気にしなくていいだろうが、タケヤリの応援方法を(アイドルの最適な応援方法はアイドル毎に違う曲を歌う関係からアイドル毎に異なる)知っている住民が何処に何人住んでいるか把握していなければならず、又、層内に点在する住民らを短時間で一箇所に集結させる手立てと場所を用意せねばならない。層住民は二万人から居る。その中の誰がタケヤリを応援出来るか把握していたなどと云う事があるのか。
あるのだろう。瞬時にそれだけの応急応援計画を思い付くとしたら俺のジャーマネ位なものだだ。えへへ。えへへじゃない。軽井沢のオッサンは神楽開始前からこの事態を予想していたのか。有り得ないとは言い切れない。応援管理官の仕事はファンを何処から如何なる手段で集め、欠員が生じた場合には如何にして補充するか、前線であれば日常生活でさえ擦り減るファンの体力と精神をどのように保つかだからだ。だがそれにしても今回は不確定要素が多かった。計画立案に費やせる時間も少なかっただろう。
管理官の郡山にしても整理官の軽井沢にしても恐ろしい程に有能だ。それを登用して自由な裁量を認めているのだから小春日和もだろう。ちっ。俺のジャーマネだけが優秀であればいいのに。ええい。それはもういい。
『何れにしても変身を維持するのに最低限の応援力しか手に入っていないわ。貴方のように戦うのは無理。それに出力を最低に抑えても私のセット・リストの〝刺突爆雷〟では火力が高過ぎる。層を破壊してしまう。最低出力で投擲しても瓦礫で防がれてしまうからダメージも通らない。今から打って出るけど長くは持たないわ』
『ああ』長くは持たないは俺ではなくてジャーマネに向けた言葉らしい。『五分で準備する』
「嫌いな俺を助けるのか?」
『マネージャーに』タケヤリは静かに言った。『マネージャーに初めてお願いされたから』
「そうかい」俺も静かに言った。「俺もアンタが大嫌いだが感謝するぜ」
大剣を握り直す。小指を柄に引っ掛けるようにしてそこから薬指、中指、人差し指、親指と順にゆっくりとだ。手が熱い。胸が熱い。心が熱い。手が熱くてこんなに嬉しかった試しはない。耳を澄ませば戦闘無線が聴こえる。タケヤリが『これを回避するのは無理でしょ』と愚痴っている。『ダメージを減らします』と小春日和が言った。『計算上、回避は不可能でも、被弾する面積を極端に小さくする事は可能です』だそうだ。『あの子は回避してたでしょ』とタケヤリは言い返した。小春日和は呻きながら『あれと一緒にしないで下さい』と答えた。直後にタケヤリの悲鳴が聴こえた。被弾したらしい。荒くとも息をしているから被弾面積を抑えるのに成功しはしたのだろう。柄を握る手に力を籠めて震えを握り潰した。
ヌルヌルと粘液の音がする。『大丈夫?』と隣のお姉さん的な声がタケヤリに語り掛けている。シノブも戦闘に参加したようだ。〝共生型〟を子宮に埋め込まれたシノブはルナリアンの触手だのを武器に戦う。セット・リストを節約する事でタナー段階の進行を気休め程度でも抑え込んでいるのだ。その触手で飛んできた瓦礫を叩き落すか受け止めるかしているらしい。『それ美味しそうね』とタケヤリが言った。火星人の脚の何処が美味そうなのか。と言うか美味そうだと思ってもそれを言うべき状況か?
苦戦は続いた。二人は瓦礫に弾き飛ばされたらしく壁に激突、否、ベチョッと音がしたから触手をクッションにしたのだろうが、それでも傷付いているのは変わりない。長い。五分が長い。俺は剣を鋼鉄製の層の床に突き刺した。それを支えに待ち続けた。待ち続けた甲斐は間もなく訪れた。
『世界で一番可愛いよ!』――の、コールが聴こえた。
一キロ先から、しかも戦闘の騒音を押し退けて、俺の耳に届く程に色めき立ったコールだ。世界で一番可愛いかは知らない。でも世界で一番可愛くありたいと思う。思える。
『ブシドー!』と、ジャーマネが叫ぶと共に、コールが聴こえなくなった。工場が爆破されたのだ。俺は剣を床から引き抜くと、引き抜いたその勢いを利用して、――




