表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対防衛アイドル戦線ピンク・チケット!!  作者: K@e:Dё
(1-0.5)+(1-0.5)=1章 / 誕生! 新たなるプリマドンナ!
32/51

第26話 / 夜啼兎笑子 / グッド・バイ?(前編)

 かがみ込む。私の頭上をルナリアンの細く長い腕がよこいだ。風圧で揺れる前髪が目に入って鬱陶しい。今のパンチが当たっていたらどうなったか。考えるな。考えてしまう。学校では『グレイ型ルナリアンはアイドルの敵ではない』と教えられた。『荷電粒子砲にさえ注意すれば身体能力はアイドルの方が断然上だ』だそうだ。それでもパンチが当たれば痛い。痛ければ足が止まる。足が止まれば囲まれた。シノブさんが黒板に書き上げた四角い文字を思い出す。


『五〇〇億』だ。


『現在、地球上に生息しているルナリアンの推定数は、宇宙からの観測が正しいとすれば約五〇〇億匹です。人類総人口は、政府の統計では一五〇〇万、実際には二五〇〇万だとして、ザッと二〇〇倍。数の上からすれば勝負になりません。君達の一人でも二〇〇対一、実際には人類全員がアイドルじゃないから、そうね、二〇〇〇対一の喧嘩に勝てる自信のある人は居ますか。居ないでしょ。ルナリアンの脅威は何よりも先ずその物量です』


 踏み込む。床が割れた。老朽化した基地だから床材も老朽化していたらしい。体勢が崩れる。崩れながらも、体当たりをするように、パンチを外してガードの開いているルナリアンの腹に拳を叩き込んだ。奇妙だ。人に似ているようで似ていない癖に皮膚と内臓の触感は人のそれに限りなく近い。ルナリアンの目がギュッと細くなる。口から洩れたのはそれは悲鳴か。私は俄かに興奮した。胸の奥が熱くなる。横に倒していた拳を縦にじる。螺子のように。突き刺すように。生命活動に必要な臓器を幾つか纏めてぶち破るのが指先の感覚で分かった。


 殴った反動を利用して後ろに跳んだ。トロ子に結んで貰ったツイン・テールが鞭のように踊る。殴ったルナリアンが青い血を吐きながらその身体を塩へと変えた。返り血で視界を潰されるのは何とか避けられた。が、無理な体勢で殴り、無理な体勢で跳んだから着地の体勢も悪くなった。転びそうになる。転ぶ訳にはいかない。両足を棒のようにして突っ張ろうとしたが、地面の上を滑ってしまい、耳障りな音を立てながら靴底が焼けた。火花が散る。その火花の向こうでルナリアンが射撃体勢に入りつつあった。


 この薄暗い狭い通路は、何匹だ、何十匹か、もしかすると何百匹かのルナリアンに埋め尽くされている。闇の中でルナリアンの白銀の肌が浮き上がって見てた。怖い。幸いにも退路は断たれていない。断たれていなくとも後退は不可能だった。この奥は(カレルン=)K(カレラン=)K(カレルレン)機関の研究所だ。それが例えアイドル皇帝陛下であろうと十分間は通すなと言い付けられている。


 残りは六分、倒したグレイ型は一八匹、今、数十メートル先で二列横隊を組んでいるグレイ型は二〇匹、この二列横隊をどうにかして無力化しても後ろにもう三列、荷電粒子砲を撃たれればどうにもならない。どうにもならないではない。どうにかせねば殺されてしまう。息が切れている。肩で呼吸をしても胸が苦しい。首筋を流れる汗が体温で気化した。白い煙が立ち上る。ふざけるな。私の身体なのにどうして私の視界を奪おうとする?


 足元で誰かが呻いた。アイドルだった。右腕がない。両目も刳り貫かれていた。見覚えはある。名前は知らない。一緒にこの通路を守るように命じられた私と同じ年恰好の少女だ。他に生き残りは居ないか。他に五人は居た筈だ。居ない。影も形もない。否、形は無くとも、影はあった。黒い壁に少女のシルエットがクッキリと白く刻印されている。荷電粒子砲の飽和攻撃を壁際で食らったのだろう。白い壁が荷電粒子砲のビームに焼かれて黒くなったとき、彼女の身体があった部分は焼かれずに済み、それでああなったのか。


 二列横隊の後ろで指揮官級のグレイ型が右手を振り上げた。迷ってはいられない。


 指揮官級のグレイ型が右腕を振り上げた。畜生め。敵も馬鹿ではない。荷電粒子砲の構え方からして斉射――二列を同時に発砲させる――はせずに前列と後列で時間差発砲するつもりらしい。私は床を全力で踏み付ける。床の随所にベットリと付着しているルナリアンの血が玉になって宙を舞った。荷電粒子砲は大気中では直進せず、特に水分に接触すると威力を大きく減退させるから、これでも気休めになる筈だ。荷電粒子砲が一斉に放たれて視界がパッと青い光に染まる。目を閉じてはいけない。目を閉じたら夜間視力を失う。私は目元を手で覆いながら足元の彼女を抱き上げた。「誰? 誰なの? 助けてくれるの?」と彼女は尋ねた。何も答えずに盾にした。


 ジュッと音がした。腕の中の彼女の身体が跳ねた。臭う。彼女が大小便を撒き散らかした臭いだが、気に留める間もなく、焦げ臭さに紛れて消えてしまった。私は人だか炭だか見分けが付かなくなったものを投げ捨てた。焼け焦げた彼女の身体は脆くなっていた。丁度、焼き過ぎた魚の身を箸で突くとそうなるように、床に落ちた彼女の身体はボロッと崩れた。


 二射目が来る。どうする。もうどうしようもない。額から垂れた汗の一滴が気化せずに目に入る。歯を食い縛った。顎から頬に掛けての輪郭が逆三角形になったのが自分でも分かる。こうでもしなければ表情筋の痙攣を抑えられない。アイドルの死に顔としては無様だが震えながら死ぬよりかはマシだ。尖った顎の先端に温い汗が溜まり、玉を結び、ゆっくりと床に落ちる。どうしてこんな事になってしまったのだろうか?


 ――〝スタッフ・オンリー〟は複線陣地に囲繞いにょうされていた。


 別に〝スタッフ・オンリー〟に限った話ではない。ルナリアンの物量が人類のそれを圧倒するからには正面切っての殴り合いでは万に一つも勝ち目はないからだ。それに人類の基本戦略方針は専守防衛であり、短くとも数年に一度しか大規模攻勢に打って出ない敵を相手にしているのだから、強固な陣地を築き、その中に籠って敵を待つ方が(すわそのときになってから慌てて防衛の準備をするよりも)何かと効率がいい。


 ルナリアンのしゅへいそうが火力発揮射射程一五〇メートル前後の荷電粒子砲である点も見逃せない。射程内に収められてしまえばアイドルとても大打撃を蒙る。が、裏を返せば、射程内に収められさしなければ、荷電粒子砲は言う程の高脅威ではなく、もしも射程内に収められたとしても、陣地が強固であれば何発かの射撃には耐えられる。此方こちら彼方あちらが暢気にテクテクと歩いて近付いてくるのを遠距離から狙い撃ちにすればいい。〝防衛側は攻撃側よりも純戦闘面では有利である〟の原則は異星人相手にも適応される訳だ。


 些か本題からは脱線するしれないが、ルナリアンが人類に近い生物である以上、対ルナリアンのあれこれを考える場合、人類の常識が全てとは言わずともそれなりに通用する。例えば彼らには口があり、目があり、内臓があるから彼らも食事をするのだろう。食事をするのであれば彼らにも兵站の概念があるのだろう。であれば彼ら相手にも戦略爆撃や焦土戦術が有効なのだろう。だから彼らの巣を軌道上から攻撃すれば戦いが楽になるのだろう――と云った具合にだ。もしかせずともルナリアンは人類と似ているからこそ人類と戦っているのかもしれない。例えば肉体が存在せずに〝思念体〟として生きている宇宙生物がわざわざ地球人と戦争をしてまでこの星を欲しがるだろうか。ケイ素生物であれば地球以上に彼ら向きで手に入れ易い惑星は幾らでもある筈だ。まあいい。ルナリアンの生体面や文化面の考察は学者先生に任せよう。


 無論、〝地球の輪〟の影響で運動エネルギー兵器は直進しないし、『ルナリアンが来る!』と分かってから万人単位のアイドルが防衛準備を整えるには数日を要する。だからこその複線陣地だった。具体的には一番外の陣地を〝通報陣地〟としてルナリアンの接近を発見したらば即後方に通達して後退、二番目の〝警戒陣地〟では迫り来る敵と軽く戦ってその情報を集め、且つ、三番目の〝本陣地〟が準備完了する迄の時間を稼ぐ。この〝本陣地〟では敵を擦り減らして磨り潰し、可能であれば攻撃を破砕、それが不可能であれば四番目の〝決戦陣地〟で逆襲して敵の攻勢意図を挫くとされた。尚、〝本陣地〟と〝決戦陣地〟の間には地雷原が敷設されているが、使用されている地雷は核地雷ブルー・ピーコックである。


 どの陣地であってもそのかなめは塹壕だった。


 塹壕はアイドルが掘削し、パイクリートで補強された〝溝〟だと考えれば、そう間違っていない。突破されたときの事を考えて縦に何重にも連なり、又、それぞれの塹壕が通路で連絡されている。塹壕の深さは所々でマチマチだ。塹壕はそれそのものが一つの軍事拠点であると共に生活拠点であり、そこでは戦闘をするだけではない、寝起きもするし、炊事もするし、敵の砲撃が来れば身を隠す為の退避壕も設けねばならない。だから敵に直接射撃を加えるような塹壕の前面では一・五メートル前後の深さ、後方の生活拠点部となると四メートルから五メートルもの深さになるが、このような塹壕が〝スタッフ・オンリー〟を切れ目もなく取り囲んでいるのだから、その工事に費やされた労力と予算とは途方もない。(因みに、パイクリートとは重量比で水八割に紙二割を混ぜてから凍らせたもので、頑丈で長持ち、荷電粒子砲を浴びせられると即座に溶解してその熱量を奪って無力化する。難点は融点が低い事だが、氷河期真只中の現在、その難点は自動的に解決されていた。解決されていたからこそ補強材に用いられたとも言える)


 もし、〝スタッフ・オンリー〟を鳥瞰したならば、〝スタッフ・オンリー〟は張り巡らされた蜘蛛の巣の中央に屹立しているように見えるだろう。それとも蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のように見えるだろうか。どちらに見えても嫌だからなれると言われても鳥にはなりたくない。蜘蛛は足が沢山あるから気持ち悪くて嫌いだ。


 で、我々五人の〝遠足先〟に指定されたのは二線級戦場――〝本陣地〟だった。会戦時には一、二を争う重要拠点だが、平時には訓練と休養とが交互に繰り返されるばかりの長閑のどかな土地だ。私の胸は不安と期待で高鳴った。私が〝外〟に出るのはこれが初めてだった。私はトロ子の手をギュッと握った。「痛いよー」と言われるのが心細かった。


「よう来たな!」


 我々の〝案内係〟に任命されたのは〝下層弁〟で話すタマヲさんだった。一六歳の彼女は、しかし、九歳以上にはとても見えない。ショジョカイタイ=オペレーションは身体機能をフル・モデル・チェンジし、脳、脳神経、子宮、免疫機能にも細工をするが、その過程で性ホルモンと成長ホルモンの分泌能力が増進されるか欠損してしまう例があり、タマヲさんはまさにその生き証人だった。彼女は定期的にホルモン充填治療法を受けていたが、それでも若くして更年期障害だの血の道症だのに苦しんでおり、それは辛いだろうにその辛さを表に出さない達人だった。だから〝案内係〟に任命されたのだろう。 


〝花嫁学校〟の生徒は入学した瞬間から相応のアイドルとして扱われる。扱われるから給料も支払われるし、福利厚生も充実しているし、〝授業〟は〝仕事〟であって、その仕事が滞るからトロ子は虐められた。で、その給与や待遇を皇帝府人委院が定める〝アイドル省専門職俸給表〟に照らし合わせると〝四級〟となり、前線で戦っている実習生上がり (〝花嫁学校〟のような補充学校を卒業せずに前線で訓練を受けてアイドルとなった者) の平均値である〝二級〟を上回る。(公務員はアイドルになれない。と言うと馬鹿らしくなるが、実際、アイドルは偶像であり現人神である。しかし、偶像でも現人神でも先立つ物は入用だから、便宜的にアイドル省専門職に支払われる額を参考に給与が支給されていた)


 つまりは我々は学生の身分で前線のアイドルの殆どよりも格上なのだった。恐縮である。ちっ。優等生的な物言いだ。まあいい。夜啼兎に角、格上の者を迎えるのに〝教育係〟では不適切だから、前線で学生の指導をするアイドルを〝案内係〟と呼ぶのである。馬鹿らしい。


 勿論、前線に『ごきげんよう!』をして数日で『ご免遊ばせ!』するだけで『私は前線を知ってますが何か?』面をしたがる学生を前線のアイドルは歓待せず、〝遠足〟は乱闘騒ぎになる危険性を常に孕む。〝案内係〟はそうならないように気を遣える人でなければならないから概して公平か優秀かで、


「まあ、あれやな、ウチに任せときとまでは言えへんねんけども、ウチに任せとき!」


「どっちやねん!」と、トロ子がタマヲさんの胸を小突くと、


「お、ジブン、下層弁を話すンか。ええやん。惚れたわ。安心して泥船に乘った気になっとき!」


「泥船かい!」


「ガッハッハッ!」


 と、掛け合いをしているときは『この人大丈夫か?』と訝しんでいたが、タマヲさんは公平で優秀でもあると直ぐに分かった。彼女は何処へ行っても好かれていた。『タマヲさんの受け持ちの子であれば嫌いでも殴れない』と面と向かって言われさえした。人が人を信頼するのは私を見れば一目瞭然なように難しい。前線ともなれば尚の事である。命を預ける相手は慎重に選ばねばならないからだ。その前線でこれだけの人望を勝ち得ているのだから少なくとも莫迦ばかでは有り得ない。


 予め告げられた滞在期間は二週間だった。忙しい二週間だった。一度は戦闘ライブに参加しもした。


 実地演習とは何をするのか疑問だったが、その答えは明朗、早い話が見学旅行、我々は塹壕の方々を日に一二時間も行ったり来たりしたが、見て回れたのは〝本陣地〟の一割にも満たない。そもそも我々が配置されたのが本陣地の(〝スタッフ・オンリー〟を中心として)東側だったのもある。多方面に足を伸ばすとそれだけで一日が終わってしまう。それに北だろうが西だろうが南だろうが造りも生活様式も東とはそう変わらないとタマヲさんに教えられたからでもある。


 塹壕内は言うなれば一つの都市だった。塹壕内を歩いていると数十メートル間隔で横穴を見付ける。この横穴が宿舎や倉庫や指揮所や食堂になっており、我々もこのような横穴の一つに寝起きしたが、返す返すも寒かった。我々は防寒着ウィンドブルゼ――降り頻る雪や灰に溶け込めるから〝白無垢迷彩〟とも呼ばれるマントのようなポンチョのようなもの――を着込んでいたが、それでも氷点下二〇度、悪くすれば三〇度で、ありとあらゆるものを重ね着して寝ても寝付けず、手を握るだけでは足りないのでトロ子と抱き合って眠った。「笑子ちゃんは前にも増して暖かくなったよね」と言われたのを覚えている。そのときは寒いからだろうな位にしか考えなかった。


 外の世界は空を覆い尽す放射性廃棄物その他の影響で昼でも夜のように暗かった。光源は空に浮かぶ阻塞気球とアイドル支援艦のサーチ・スポット・ライトに頼らねばならない。阻塞気球とはワイヤーで係留された飛行船のような形状の気球で、その役目は極々希にルナリアンが偵察、塹壕突破に利用する空飛ぶ円盤の進路妨害であり、内部にはアイドル爆薬がアイドル内臓されているが、日常的にはこのようにライトを括りつけて〝街灯〟のように用いていた。絶対数は絶対に足りていない。足元がちっとも見えない時もあり、演習時や戦闘時には大量のアイドルが入り乱れる熱量で凍結した地面でさえも泥濘ぬかるむから、転倒事故に気を付けろと言われた。言われても慣れる迄は二度も三度も転んだ。


 あるとき、トロ子が空を見上げてボーッとしていたから、


「どうしたの?」


「ぷかぷか浮いてるのを見てたらお母さんを思い出しちゃったんよ」


 トロ子はトロッと笑ったが、その晩、私を絞め殺す勢いで抱きながら泣いた。


 ところでアイドル支援艦とは何か。熱核エンジンで推進する全長二〇〇メートル程の空中戦艦――この場合の〝戦艦〟とは俗語であって軍艦の等級クラスを示す〝戦艦〟ではない――であり、甲板部分に数百人のファン・クラブ・メンバーを整列させた状態で、高度一〇〇〇メートル辺りを航行する事で名前通りアイドルの戦闘を支援する。特徴は阻塞気球に進路を阻まれないように細長い船体形を採用している点だろう。


 ファン・クラブ・メンバーをそれを必要としているアイドルのもとに高速で移動させられる支援艦は、それだけではなく、高高度からの偵察にも使用されるが、戦闘用には設計されていない。と言うよりも支援艦のサイズで装備可能な兵器では対ルナリアン戦闘に有効ではないとされていた。過去形だ。借りられるのであれば猫の手も借りたいと、約一五年前からだが、支援艦も艤装されて武装されるようになっていた。


 その武装のしゅたる砲には物凄い欠点があった。


〝遺跡〟から発掘された砲を陸戦用だろうがお構いなしに強引に後付けした結果、砲を撃つ度、空の薬莢だの、砲撃の反動で足を滑らせたファン・クラブ・メンバーだのが艦の真下に落ちてしまうのである。無論、どの艦でも起きる現象ではない。薬莢で発砲するタイプの砲は少なく、ファン・クラブ・メンバーは足元を専用の器具で固定されるからだが、我々の頭上をウロチョロしていた艦は外れも外れの大外れ、演習の度に何かを落下させずにはいられなかった。どうも艦そのものの性能も悪いらしい。アイドル支援艦は使い勝手がいいからと無理に量産された時期があり――『|八隻欲しい《We want eight.》|今直ぐ欲しい《we won't wait》』――、無理をして作られたものはどこかに歪みを生じるもので、建造後の試験で『失敗作』の烙印を押されてお蔵入りになった艦を、この戦局だからと再就役させたのだそうだ。


 一人のファン・クラブ・メンバーが、サイリウムを振っている最中、一抱えもある砲の薬莢にグチャグチャに潰されてしまった場に我々は居合わせた。気分が悪くなった。何よりも同じように居合わせた他のアイドル達が口々に「アイツは間抜けだ」だの「馬鹿な死に方だ」だの言っているのが気に障った。綺麗事だ。それでもだ。私と足穂は自嘲せずに先輩アイドルに食って掛かって江戸川先生やお姉様を困らせた。


 思春期の少女を兵器化するのは無理がある――とは、アイドル批判の常套句だそうだが、私自身もこの二週間で何度もそれを思った。


 それでもアイドルは最も代替え不可能にして最も効率的な対ルナリアン兵器だ。〝アイドル信仰〟ばかりがその理由ではない。最大の理由は燃料の枯渇だった。石油にしても石炭にしても旧人類の乱費とルナリアンの地球掘削とで疾うの昔に使い尽されてしまったのである。人類が使用可能なエネルギーは〝向日葵の園〟や温度差発電で得られる電力と、首都では時の皇帝陛下を筆頭に、極々少数がセット・リストに発現させた核兵器から取り出した核燃料を使用しての原子力発電もあるが、何れにしても電力ばかりで、それらはどれもインフラの整備と維持に食われており、ルナリアンに対して有効な兵器があるとしてもそれを駆動させるエネルギーが足りない。


 その点、アイドルはカロリーさえ充分に賄えるならば幾らでも戦闘可能であり、しかも土木工事や運輸などにも多目的に運用可能な強みがある。そうしてカロリーの調達は、それ自体にエネルギーを食う事を考慮しても、エネルギー自体の調達に比べれば安上がりである。(『人類が月に行けないかもしれない』と言われるのも、現時点で首都が地球を見捨ててトンズラしないのも、核パルス・エンジンに使用する核燃料の備蓄量に不安があるからだった。そもそも核パルス・エンジンが採用された経緯からして手に入れられる燃料がアイドル由来の核燃料だけだったからである)


 マネージャーやファン・クラブ・メンバーとの関係も私を悩ませた。ファン・クラブ・メンバーとアイドルは居住区が分かれているが、それでも同じ塹壕内で生活していれば必然的に巡り合い、巡り合えば〝アイドル然〟としていなければならない。マネージャーの中にも、若年層に顕著だったが、アイドル信仰を素直に信じていて、共に戦うパートナーとしてではなく〝戦わせて頂く家来か御伴〟のように振舞う人が居、彼らは私の名前に〝様〟を付けた。そのような扱いを受けるに私は相応しいアイドルなのか。私は鏡を見ながら笑顔の練習を何度もし直した。


 見たくないものも見なければならなかった。ファン・クラブ・メンバーの食堂に突撃、電撃慰問をしたとき、ライブに夢中になる子供の食器からパンを盗む老人を見たときは脊髄反射でとっちめたが、一々、それを気にしていたら身動きが取れなくなった。まさに『人は意図的に鈍感になれねば生きていけない』だ。


 不可思議なものも見た。KKK機関の人々である。何でもこの塹壕の地下に巨大な遺跡があり、その遺跡を調査している人々だそうだが、全身白尽くめ、頭をすっぽりと覆う三角形で目の部分だけが開いた帽子 (頭巾?) を被っているその姿は、どうも不気味である。アイドル医が鳥を思わせるマスクをしているのとはまた別の意味でだ。


 彼らは地下、塹壕と遺跡の中間点に研究所を設けて普段はそこに詰めていたが、偶に顔を出しては私とトロ子を監視するかのように見ている――気がした。何だったのだろうか。江戸川先生は頻繁にこのKKKの面子と立ち話をしていたが、はて、それも気になる。


 参加した戦闘に関してはこれと言って語るべき事柄もない。二個フェスティバルが一個大隊 (六〇〇匹) のルナリアンと戦ってそれを蹴散らしただけだ。「年にそうある事と違うからジブンらはラッキーやったなあ」とタマヲさんに教えられた。敵は少数――六〇〇匹でも少数――で単独行動し、〝通報陣地〟と〝警戒陣地〟の、警備が手薄な所を擦り抜けて本陣に到達したとの事だった。それは確かに年に何度もある事ではない。(このような陣地の弱点を擦り抜ける戦術を浸透戦術と呼ぶ。塹壕は広過ぎるからどうしても防御や監視の薄い箇所が生じてしまうのだ。尤も、防御するべき正面は〝スタッフ・オンリー〟に近付くに連れて狭くなるし、〝スタッフ・オンリー〟にはルナリアンの接近を予知するエスパー・イルカが多数飼育されているから気が付かない内にエレベーターを破壊されるような恐れはない)


 戦闘ライブの推移は実に一方的だった。


 フェスティバルは諸アイドル連合として機能するように編成されている。遠距離、中距離、近距離、どの距離でも戦闘可能なように射撃系のアイドルと白兵戦系のアイドルがいい感じのバランスでカップリングされている。無論、セット・リストが深層心理を反映し、どの武器が出るのかデビュー時点では分からない都合上、どうしても偏りは出てしまうが、それを補う工夫はされていた。その一つがアイドル・キャノンだが、ま、その話は今はいい。


 綺麗だった。


 不謹慎だ。でも綺麗だった。


 重力の底、とこやみの底、底の底で光り輝く何千本ものサイリウム、夜を引き裂くアイドル・キャノンの曳光、歌い、踊り、戦うアイドル達の眩い笑顔、――


 私は怖さも忘れて戦闘に見入った。『アイドルの基本は徒手空拳だ』と前に言ったかもしれないが、事実、砲撃で隊列を乱されたルナリアンを(命中率が悪い砲撃だけで敵を全滅させたり壊走させるのは難しい)最終的に倒せるのはアイドルに依るアイドル突撃、陣地前アイドル逆襲だけであり、逃げ腰の及び腰、背中を見せようとしているルナリアンにアイドル突撃を敢行する先輩らに混じって雪原を走ったときは胸がすくようだった。『ルナリアンがナンボのもんじゃい!』と思ったし、二匹のルナリアンを簡単に殺せたものだから、タマヲさんにも『その実力で一年は嘘やん』、『中堅アイドル並やで既に』云々と、お世辞も混じっているだろうが褒められたのもあって、私は気が緩んでいたのかもしれない。


 それは一三日目の金曜日の丑三つ時に起きた。


 この寒い中で眠るのも今日が最後、住めば都は本当で、ガタガタ震えながらでも見られるようになった安からな夢を悲鳴が破いた。何事かと思って跳び起きたが早いか、塹壕内に警報が鳴り響き、私達の横穴にタマヲさんが血相を変えて駆け込んで来、


「ちょいと気張らんとあかん事になった」


 と、教えた。何が何だか分からない。ルナリアンが現れたのか。この前の戦闘と同じか。だとすればタマヲさんのこの慌て方は何だ。塹壕全体が騒がしい。騒がしいのではない。悲鳴、銃声、戦場音楽と呼ばれるそれが既に鳴り響いている。奇襲を受けたのかと思った。違った。何が何だか分からないが、KKKの研究所から突如としてルナリアンが溢れたそうで、いの一番にこの一円を統括している指揮所がやられたから塹壕内は大パニックになっているらしい。〝らしい〟ではない。他人事ではないのだ。


 ルナリアンが我々の横穴付近にも既に到達していた。〝溢れた〟とは言うが敵の規模はどの程度なのか。それさえも分からない。塹壕は指揮を得られないので右往左往するアイドル、ファン・クラブ・メンバーで溢れ返り、私はトロ子と手を繋いでいたのに人波に揉まれてはぐれてしまい、何処をどう歩いていたか自分でも分からないが、何れにしてもKKK機関の人々に出くわした。


 彼らは誰でもいい、研究所から〝成果〟を持ち出す時間を稼ぐのにアイドル手が必要だと私に言い、塹壕と研究所を連絡する通路を一〇分でいいから守ってくれと言い含め、――


 今に至る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ