第24話 / 夜啼兎笑子 / ハウ...
思うに、この年で人生を語るなと言われたら恐縮するしかないが、人生とは慣性の法則である。驀進する人生はブレーキを掛けない限り等速直線運動を続けるし、ブレーキを掛けたとしても、完全に停止するにはそれなりの時間を要する。私の人生の列車はトロ子と『一緒に月に行こう!』と約束したまさにその瞬間に出発進行した。目的地は月の駅、ウサギさんの住む街の駅、私とトロ子は車窓の景色の変遷を、ドアが開いた瞬間に吹き込む月の空気の匂いを(行ってみなければ分からないのに『月に空気はないよ』とか何とか言う大人は野暮だ!)空想したが、人生の列車は貸し切り列車ではない、望むと望まないとに関わらず誰かが乗り合わせ、乗り合わせればドラマが膨らむ。
「ぐえー」と、素頓狂な声と共に緑さんが私とトロ子の部屋に転がり込んで来たのは、〝約束〟を契ってから数秒後の事だった。サンゴお姉様と二人で部屋の外で私達の話を盗み聞きしていたが、オチに感極まって二人して号泣、クールに退散しようとしたのに足元を滑らせてしまった次第、しかしながら悪気は無かった、反省も後悔もしているとの申し開きが縷々(るる)と述べられたが、さて、それよりも私の疑問は『そもそもどうして二人は盗み聞きをしていたのか?』に尽きた。
「それはまあ」緑さんは後頭部をポリポリと掻いた。「笑子ちゃん、最近、思い詰めてたようだし、トロ子ちゃんの決闘の後で泣いてたけど、あれ、江戸川先生が言ってるような嬉し泣きじゃないっぽいよなあとだね、お姉様と二人で話していてだね、何か、ホラ、言い方は悪いが、トホホな事態になったら止めるのも我々の役目じゃないかなあと思ってだね」
「分かって」私は尋ねた。「分かっていて、分かってくれていたんですか、二人とも」
「いやまあ」緑さんは後頭部をボリボリと掻いた。「私ら、一応、〝家族〟だしね?」
緑さんは頬を上気させながらも腕を広げた。私はそれでも躊躇した。同じ誘いを一度は自分の都合で断った私だ。その私がまたしても自分の都合で掌を返していいものか。善意を無碍にしたくない気持ちはそれはある。だが〝善意を無碍にしたくない〟で親切に応じるのは相手にも自分にも失礼ではないか。
と考えている私の背をトロ子が突き飛ばした。私は緑さんの胸に飛び込み、頬に触れる胸の柔らかさが一息に悩める私を宥め、その胸の奥で鳴る鼓動が私を和ませた。
「あれだよあれ」緑さんの心臓は早鐘のように脈打っていた。「一人で抱え込まずに私やお姉様を頼ってくれてもいいんだぜ?」
私は今日だけで三度目の泣き喚きフェイズ、
「君は意外に泣き虫だよなあ。でもいいんだよ。辛い時も嬉しい時も――」
『アイドルは人前では決して泣きません』
「――泣いていいんだよ」
緑さんが撫でてくれた私の頭は四角かったが、徐々にでいい、丸くしていければないいなと思った。それには『私ら、一応、家族だしね』の〝一応〟を取り除けるのが一番効果的だった。誰がそうしようと定めた訳でも布告した訳でもないが、我々はそれぞれの時間を共有するようになり、ここだけの話、私は最初は見栄を張った。例えば四人で話をしているとき、『あの歌って誰の歌だっけ?』が緑さんやトロ子から提出された場面、私は『知らない』と答えるのが変に嫌で猛勉強、必死に自分の知っている範疇に話題を誘導しようとも試みたが、その無理がまさか長続きする筈がない、数週間で敢えなく撃沈、『さあ?』と答えられるようになったら物凄く気が楽になって、何を話していても愉快痛快、『おや変に気取るのは止めたのかね?』と緑さんにツッコミを入れられたときは流石にムカチャッカファイヤー、しかもトロ子が緑子さんの肩を持つものだからカム着火インフェルノ、私は押し入れに閉じ籠って拗ねると云う原始的な抗議に打って出たが、これだってね、一度でいいからやってみたかったのよね、一度でいいから母親とか姉とかを相手に拗ねて『手に負えないなあ』って呆れられたかったのだけれど、ま、それはいいわ、夜啼兎に角、私やトロ子は妹としての、緑さんは姉としての役割をノリノリで楽しんでいたが、やがてはそれにも疲れて、〝家族ゴッコ〟には飽き飽き、その継続は惰性で成されるようになり、でもそこからが本番、毎日、〝天国荘〟で顔を合わせてはお姉様が運び込んだコタツでボゲーッとしながら他の生活班の悪口をあけすけに言い合い、暇潰しに始めたカルタで緑さんとトロ子が共謀するのにキレ散らかすのはどうしようもなく素敵だった。
喧嘩もした。緑さんは一週間の半分を寝ているからか残り半分はハラスメント級にアグレッシブ、「遊ぼうか!」と言ってくれるのは嬉しいがそれが毎日、それも朝から翌朝までとなるとまあ閉口、「もう寝ちゃうの?」と言われても、「そりゃあ緑さんは三日もぶっ続けで寝た後だから眠くないでしょうね」と答えるしかなく、そう答えたら答えたで「そうだよなあ」と落ち込むからまた閉口、「いい加減にして下さい」と苦言を呈せば「お姉ちゃんだってこの病気と付き合ってくのそれなりに大変なんだよ!」とこの〝逆ギレの笑子〟を相手に逆ギレ、そっちがその気ならやってやろうじゃねえか、大体ね、何がお姉ちゃんですか、誰がお姉ちゃんになってくれと頼みましたか、舌戦に次ぐ舌戦は両者共倒れの勝者不明、部屋に帰って眠るときには「あんなに生意気を言って明日から口を利いて貰えなかったらどうしよう?」と不安に苛まれたり「でも悪いのは緑さんだ!」と責任転嫁したり「でもやっぱり口を利いて貰えなくなったらどうしよう?」と眠れなくなったりしたが、いざ、次に顔を合わせると喧嘩していた事も忘れて二人で夢の国を一巡り、「ごめんね」と寝顔に言えば「私こそ」の返事が寝ている筈の唇から洩れて、以来、私とトロ子は緑さんを「お姉ちゃん」と呼んだり呼ばなかったりした。
トロ子とも喧嘩をした。トロ子は私との〝姉妹関係〟を、トロ子が姉で私が妹であると規定、何事かある度に「笑子ちゃんは愚かだねえ!」と蔑んだが、それはいい、私が愚かなのは事実だからだ。だがそれにしても「何か困ってたら私が解決してあげるから言うんやよ?」は増上慢も甚だしく、驕れるトロ子は久しからずを提唱した私はトロ子と殴り合いの喧嘩をしたが、畜生め、何が〝例外の十人目〟だ、パンチ三発で布団の上の露と消えた私は一から鍛え直そうと一念発起、朝から校庭を走り込んでいると、毎回、偶然にも居合わせたと主張するサンゴお姉様にあれこれと指導を受けた。
サンゴお姉様は胸襟を開きそのお美しい胸筋を惜しげもなく我々に見せ付けるようになっていたが、それに伴い、生来の亭主関白さを遺憾なく発揮してもいた。少ない口数は更に少なくなり、「風呂」、「飯」、「寝る」の三つしか言葉を知らないのではないかと思われる日もあり、食事時、空になった茶碗をズイッと緑さんに差し出してはご飯を盛って貰う有様は『お前ら新婚?』、緑さんの方でも悪ノリして授業から帰ったお姉様に「お帰りなさい。お疲れ様。ご飯にする? お風呂にする? それとも浴槽にご飯をぶち込んでロマンバス味の雑炊にする?」と尋ねては「緑さんとチンチンカモカモで」と顎をこうクイッとされてだから何だお前ら、お姉様はこの他にも偶に訳の分からない事を(お姉様の話は常に訳が分からないとしても)連続で口走ったりしたが、それとても我々の反応は『ああまた発作か』、我々も随分とお姉様に冷たかったと今にして思うが、お姉様は怒るでもなく、他班と悶着があれば淡々と私達を助けてくれた。――
葉月である。
この年は殊に湿潤にして温暖だった。立っているだけで蛇口を捻ったように額から汗が滲むが、しかし、私とトロ子は冷房抜きでそれに忍ばねばならなかった。他班からの嫌がらせで室外機が壊れているからだった。この時期、トロ子に直接物申す生徒は誰一人として居なくなっていたものの、間接的な諸々は却って増えていた。或る同級生はトロ子に聴こえるように『あの子は調子に乗ってるよね』と囀るのを趣味とし、『それは誰の話?』と私が尋ねても、『自分達の事だと思うなら自意識過剰じゃないの?』からの嫌味コンボを合法的に食らわせた。別の同級生は集団でトロ子を遠回しに遊びに誘い、実際にトロ子が『じゃあ一緒に行こうかな』と切り出せば『マジで?』的な反応を示して、出掛けた先でもトロ子を一人置き去りにしたそうだ。『貴方達は何歳なの?』と私は怒る気にさえなれなくなったが、トロ子は初手から例の『アイドルは弱肉強食』の理論で武装していたから、何をされても涼しい顔をしていた。だから――江戸川先生と足穂が運動してくれたのもあるにせよ――トロ子に対する虐めは秋口を境にピタリと止んだ。(虐めはこうして考えるとエンタメだ)
涼しい顔をしていたと言ってもノー・ダメージではなかった。一度や二度の嫌がらせに屈するトロ子ではなかったが、それでも立て続けば傷付き、『むかつく!』と言いながら私の腕の中で啜り泣いた。私はトロ子の為に何もしてあげられないのが心の底から悔しく、その悔しさを感じたとき、これも心の底からホッとした。「何もしてあげられなくてごめんね」と私は言った。「笑子ちゃんが謝る事じゃないよ」とトロ子は答えた。時々、トロ子が泣いているのに私はどうしても耐えられなくなり、その涙を指で拭い取ったが、何を思ってか、涙で濡れた指にトロ子が食い付く事があった。トロ子は前歯で私の指をガジガジと齧り、私は妙にドキドキし、齧られた指先は赤くなって痒くなって、授業中、痒さを自覚する度にドキドキが再燃して勉強に身が入らなくなった。姉とは実に有り難いものだ。何も言っていないのに緑さんは私のドギマギを察知して相談に乗ってくれたが、事情を話したら、
「ご馳走様」――と言われたのは何だったのだろうか。
「ねえトロ子」と、私は物の弾みで尋ねた。
「貴方はどうして私にこんなに良くしてくれるの?」
「〝姉妹〟で大切な友達だから」
「それだけで?」
「それだけで十分やよ。前も言ったかもしれないけど私は一人ぼっちだったんよ。下層に住んでた頃は〝アイドル様の娘さんだ〟って言われて一人も友達が居なかったんだあ。だから笑子ちゃんが最初のお友達で最初の姉妹なんね。笑子ちゃんが最初のお友達で良かったなあって私は思ってるんだけど、笑子ちゃんはどう、同じ気持ち?」
「それはまあ、その、まあ?」
「じゃあその笑子ちゃんに一つお願いがあるんだけど」
「私に聞けるようなお願いなら何でも」
「一緒に学校をサボろう!」
「サボる」サボる。「サボる!?」
「だって暑くて勉強する気にならないし、教室で嫌味を言われるのも嫌だし、一日ぐらいサボッてもいいんじゃないかなあ。一人でサボッてもつまらないもん」
「でもサボると言っても何をするの?」
「笑子ちゃんは何をしたい?」
「何をしたいと言われても、だって、教科書にはサボり方なんて書いてなかったしかあ様にも教わらなかったもの!」
「笑子ちゃんは笑子ちゃんだねえ」
トロ子はトロッと笑い、
「好きだなあ」
と、言った。ドキッとした。ドキッとしてしまったから押し切られて学校をサボッた。
朝の点呼で体調不良を申告、附属病院で診察を受けて医師が至当との判断を下したら欠席しても宜しい、診断書を忘れずに受領して風紀委員に提出するようにとのお達しを授かったが、診断書の偽造は緑さんの手に掛かればそう難しくはなく、晴れて病欠となった私達は始業時間を布団を頭まで被って待った。「ドキドキするわね」と私は言った。「ドキドキするね!」とトロ子も目を輝かせながら言った。「バレたらどうしましょう?」と私は訊いた。「そのときはそのとき!」だそうだ。それもそうか。こうなればスリルも楽しむしかない。
始業時間を過ぎ、蛻の殻になった朶寮を抜け出す途中、トロ子は廊下に寝そべり、
「何をしてるの!」と叱る私に、
「一度でいいから廊下で寝てみたかったんよ」
「馬鹿なの? 死ぬの? 馬鹿なの?」
「気持ち良いから笑子ちゃんもやってみたら?」
「不衛生でしょ!」と言いながらもやってみた。気持ち良かった。二人で「グヘヘヘ」と笑った。調子に乗った我々は嫌いな生徒の部屋に忍び込んでは十点満点でレイアウトを採点する、歴代校長の像を蹴り飛ばす、お昼ご飯を摘み食いするなどの悪行を重ね、それから満を持して大手を振って寮から脱出した。夏の空は高くて広くて何処までも青くて青い。
〝ノア号〟の内部には疑似重力が働いている。いざとなれば星間移民の旗艦となるのだから当たり前と言えば当たり前だ。初期の設計案では居住区を独立させ、アームで船体と繋ぎ、船体を中心にグルグルと回転させる事で(遠心力を活用する事で)疑似重力を得ようとしていたらしい。が、それでは十分な収容人数を確保出来ず、又、〝地球の輪〟を潜り抜けるのに不備がある。そこで、猫も杓子もアイドルだ、重力操作を専門とする〝特殊アイドル〟を〝向日葵の園〟とそう変わらない方法で運用して1G環境を再現していた。
だから〝花嫁学校〟には『町を歩くにも同胞が犠牲となっているのを忘れてはならない』の不文律があり、私はそれを肝に銘じていたが、このときばかりは違った。私達は〝セーラー服を脱がさないで装甲〟を学校の門前で脱いでしまった。〝セーラー服を脱がさないで装甲〟はアイドルの代名詞である。それに酷似した服をアイドル以外が着用すればそれだけで罪に問われる程だ。この昼間に、公休日でもないのに〝セーラー服を脱がさないで装甲〟を着て歩いていては市民に何事かと怪しまれてしまうし、ともすれば学校に通報されてお姉様達も巻き添えにしてしまうだろう。
「笑子ちゃん」と、私服に着替え、付け髭とサングラスで変装したトロ子が肩を落とした。「服はそれしか持ってない?」
「持ってない」と、答えた私は着物姿だった。暑い。「だって仕方ないじゃない何時も正装してろってかあ様が言うんだから!」
「分かった分かった分かった。それじゃあ先ずは町を歩いていても浮かない服を買いに行こう。おー!」
市内の交通は路面電車に依存していた。基部都市内を走る本格的な列車を通すには首都は手狭だし、核パルス・エンジンを点火する際の揺れも懸念されるし、現実の旅客量と求められる輸送能力とコストとを勘案し、且つ旧時代の文化の保護の観点からもそれが最良だと判断されたからだった。〝花嫁学校前〟から乗った電車は一五分で目抜き通りに到着、〝セーラー服を脱がさないで装甲〟を着ていたら料金が無料になるのにとトロ子は口惜しがっていたが、着ていたとしても私はお金を払いたかった。これは優等生的潔癖症ではない。
我が家で〝外出〟となればアイドル省から迎えの車が差し向けられた。私が路面電車に乘るのはこれが初めてだった。車体の小さな揺れが私の心も揺らしたのだった。
当然、市内を歩き回るのも未経験、トロ子に手を引かれるままに歩き、歩きながらも赤毛布のようにキョロキョロ、何千人何万人もが行き来する様は私には目まぐるしく、人に酔いそうになっては休憩し、休憩してはキョロキョロ、街角に設置されたテレビで旧時代のアニメが放送されているのを見たときは謎に心惹かれた。
〝テルボスV〟である。内容は古木良き勧善懲悪系のロボット・アニメ――だそうで、トロ子に言わせれば、このアニメの放送が中央政府に規制された事も〝エレベーター独立戦争〟の勃発要因の一つだそうだ。まさかと思ったが、後日、図書館で調べたらそれらしい記述があって魂消たのを今でもありありと思い出せる。町は私に取っては一つの宝箱だった。で、その宝箱の一角を占める古着屋に私は連れ込まれて、あれやこれやと着せ替え人形にされたが、トロ子が「これとかいいと思うんよ!」と私に見繕ったのは肩から胸元に掛けて、それから背中にも桜の刺繍が施されたスカジャンだった。この季節にスカジャンは無いだろうと、我ながら斜め上な形で反抗したが、物凄い馬力の扇風機が内蔵されているとかで論破されてしまった。論破か?
「ワル!」トロ子は私の出で立ちをそう評した。
「盗んだバイクで走り出して校舎の窓ガラスとか全部割りそう。いいねえ。いいよ。それでこそ変装だよ。ついでに、笑子ちゃん、一人称も〝俺〟にして、語尾とかもこう、不良っぽくしてみようか!」――と言われたがそれは丁重にお断りした。「えー」と言われても「えーじゃない!」としか言えない。「外面だけでも荒っぽくしとけば弱い自分を隠せちゃうかもやよ?」とか何とか言われたが余計なお世話です。ぷんぷん。
「何だか知らないけど」と、会計のとき、古着屋のオジサンはウィンクしながら言った。
「珍しいお客さんだからお安くしとこう」
馬鹿げている。
でも、私は、『人生は捨てたもんじゃないな』と思った。
街頭テレビ、ラジオ、物売りの少年少女、彼らを笑いながら学校へ通う少年少女、その彼らを非難する少年少女、他人に興味がない大人達、逆に滅茶苦茶親切な大人達、『売っているものが余りに不衛生で食べると死ぬかもしれないから行かないように』と学校からキツく戒められていた駄菓死屋、その駄菓死屋で買ったお菓子のケミカルな甘さと舌の痺れる感じ、同い年位の男の子が「見ない顔だな」と話し掛けて来たときの戸惑い、陥落したエレベーターから命からがら逃れて来た人たちが詰め込まれた貧民窟近くのジメッとした雰囲気、――
時間が幾らあっても足りなかった。
永遠でさえも目減りした。
終わらないで、と、思う時間に限ってどうして早く過ぎてしまうのだろう?
トロ子が足穂から再戦を挑まれたのはこの数日後だった。それ自体は予想の範囲内だった。足穂の名声は、決闘以後、『あのトロ子に負けた』と地に堕ちていたからだ。範囲外だったのは足穂の覚悟の量だった。足穂の両足は機能的で機械的なそれに挿げ替えられていた。〝麻酔が足りない〟状況は改善されていない。足穂は勝つ為にあの自慢の脚を切り、想像を絶する痛みに耐え、今、高らかに言った。
「勝つ為ならば、次の世代に私と同じ思いをさせない為ならば、トップ・アイドルになるとのお姉様との約束を果たす為ならば、私の脚を美しいと褒めて下さったお姉様には悪いけれど、いいえ、そのお姉様だからこそ分かって下さる筈――」
私は彼女の姿に――
「――もう二度と誰にも負けない!」
――私も負けていられない、と、思った。思えた。




