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絶対防衛アイドル戦線ピンク・チケット!!  作者: K@e:Dё
(1-0.5)+(1-0.5)=1章 / 誕生! 新たなるプリマドンナ!
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第23話 / 夜啼兎笑子 / ザ・ムーン!

 ド本命は足穂の圧勝、対抗が判定勝ち、大穴でさえも引き分けだとされていた決闘が蓋を開けてみたらトロ子の大勝である。こうなればトロ子に決闘を申し込んだ一団は黙っていられない。『自分達は同級生の力量も推し量れなかった馬鹿です』と宣伝して回る結果になってしまったからだ。素直に自分達の非を認めれば波風が立たない。が、波風が立たない代わりに上級生に対しての面目も立たなくなるだろう。彼女らも何処かの生活班に所属しており、その生活班にはその生活班のお姉様が居り、〝妹〟の不手際はお姉様の監督不行届が原因だとされるのが通例だからだ。我が班と違って他班の一年生には健康で文化的な最低限度の生活が認められていない。その待遇が更に悪化するとなると彼女らも気が気でないだろう。


 涙で私の目は霞んでいた。霞んでいても、見えなくていいのに、件の一団がソロソロと席を離れるのが見えた。


「何処へ行く積もりですか?」


 私は我知らず吠えていた。見て見ぬふりをするつもりだったのに。


「何処に?」一団の頭目は空惚けた。「決闘の行く末を見届けたんだから帰ろうとしているだけよ」


「物言いでも付けるつもりですか。あの戦い方は卑怯だったとかイチャモンを付けて再戦に持ち込むとか?」


「貴方は何か勘違いをしてるんじゃないの?」


 頭目は笑いを堪えているようだった。しまった、と、私は思った。彼女は言った。


「そんな風に受け取って、受け取るだけならまだしも公衆の面前で発表して私の名誉を損ねて、それでも疑うのを止めないなら、今度は貴方に決闘を――」


「――上等ですわよ?」


 一団は硬直した。サンゴお姉様に何時の間にか背後を取られていたからだ。


「そんなに決闘がしたいならば申し込まれる前に此方から申し込んで差し上げましょう。対戦相手は貴方方全員対横綱(わたくし)一人で結構。妹を守るのも姉の仕事なれば、このサンゴ・ガーネット・アメジスト・アクアマリン・トルマリン・ブラッドストーン・ダイヤモンド・エメラルド・ヒスイ・ムーンストーン・ルビー・ペリドット・サードニクス・サファイア・オパール・トパーズ・シトリン・ラピスラズリ・タンザナイト・アレキサンドライト・サンゴが貴方達を一人残さらずおファックして差し上げましょう」


「いや」と、一団の頭目は後退ったが、ある筈のない壁に背中をつけて竦み上がった。


「お姉様」これも何時の間にか一団の背後を取っていた緑さんが頭目に抱き着きながら言った。「名前が増えてないかね。前はアレキサンドライトは入ってなかったじゃないか」


「無論、この横綱わたくし、サンゴ・ガーネット・アメジスト・アクアマリン・トルマリン・ブラッドストーン・ダイヤモンド・エメラルド・ヒスイ・ムーンストーン・ルビー・ペリドット・サードニクス・サファイア・オパール・トパーズ・シトリン・ラピスラズリ・タンザナイト・アレキサンドライト・ブルースピネル・サンゴは常に進化しておりますので」


「だから増えてる増えてる」緑さんは呆れた。痙攣している頭目の頬を撫でながら囁くように言った。「でも、まあ、もしもお姉様相手が嫌だったら私が相手になってもいいのだよ。条件は同じ。そちらは全員で私が一人。私の万年筆はそれなりに痛いぜぇー。それに私の三番、究極多目的不退転執筆専用空間〝象牙の塔〟は、一度入ったが最後、原稿を書き終えるまで絶対に出られない。君達が千曲作るのが早いか無断欠席が重なって退学にされるのが早いか勝負するかね?」


 頭目は仲間達に視線を送ったが、反応は芳しくなく、ではと遠くの桝席に陣取っていた彼女のお姉様に助けを求めてもこれも芳しくなく、


「夜啼兎もトロ子も」


 頭目は同情の余地のある声で同情の余地がない事を言った。「〝家族〟に恵まれた贅沢者の癖に!」


 袖に仕込んでいたマイクを手に取るとセット・リストを発現させようとした。彼女は作戦級アイドル、二つのセット・リストはどちらもBC兵器、一つ間違えなくとも館内が阿鼻叫喚の大惨事となる。サンゴお姉様が動き、私も動き、緑さんも動き始めていたが止められるかは微妙、サンゴお姉様は『こうなれば殺してでも止める』の形相で加速したが、結局は活劇は起こらなかった。


「おやおや」緑さんがまたしても呆れた。「〝切り札〟からのお蔵入りかと思っていたらこんな所で役に立ったか」


 大嫌いな雨を、しかし、新しく買って貰った雨合羽を早く着たいが為に心待ちにしている子供のようなトロ子の歌声が館内を満たしていた。私は思わず笑った。居合わせた誰もが思わず笑ったと思う。とてもではないが虐殺に耽る雰囲気ではない。頭目は項垂れた。項垂れながらも「あれ?」と訝しんだ。手の中からマイクが消えていた。


「同じ釜の飯を食っている学友に化学兵器を食らわせようとするんじゃあないよ、全く」


 角野先生が頭目の額を叩くのに使ったのはまさにその頭目のマイクだった。足穂にせよお姉様にせよトロ子にせよ、この一時間で沢山の〝速い〟を見せ付けられたが、角野先生のそれは次元が違う。私は分不相応に寂しくなり、寂しい心に染み渡るのはトロ子の歌声、暖かいなと思えば思う程に寂しさは深まった。


『一年ロ組の寿です』


 トロ子は館内に呼び掛けた。マイクを館内スピーカーと連動させている。『改めて、立会人として今日、この場を訪れて下さった皆さんに感謝します。ありがとうございました。決闘はご覧のような形で済みましたが、私が勝てたのは事前に対策を万全に練ったからであって、一手でも間違っていたら勝敗は分からなかったかと思いますし、又、そもそもこの決闘が催されたのも私の至らなさが原因でした』


 足穂が意識を取り戻していた。掌を天井の照明に透かしている。頭目が下唇を噛んでいた。


『一ヵ月前の私であれば百回戦っても百回負けていたと思います。だから、今度の決闘は、私を成長させてくれた素晴らしい機会だったと捉えています。ありがとうございました』


 江戸川先生が拍手、お姉様が拍手、緑さんも拍手、館内千人が拍手、例外は足穂と私と頭目以下の一団の約十五名、


「要らない情けを」と、頭目は去り際に言い捨てた。恩知らずだとは思わなかった。私自身が恩知らずだからだった。


 トロ子の演説が本心でなかったのは演説内容が定型文だった事からも分かっている。当事者であるトロ子がああ言っているからには足穂にも一団にも、それなりに顰蹙を買うのは避けられないにせよ、公的には誰も文句を付けられない。禍根アンコールだの後顧の憂い(カーテンコール)だのを強いて望まないのであれば他に手は無かった。それでもだ。私がトロ子であれば許したのは足穂だけだろう。一団の方は怪我にも許さない。退学に追い込むとは言わないが、奴らが処罰を受けないで済むのは納得し兼ねるし、可能であれば一発や二発は殴り返してやりたい。それをトロ子は単簡かんたんに許した。私にはそれが悲しかった。


 貴方は。自意識過剰な私はそう考えていた。貴方は私以外であっても誰でも許してしまうの? 


 後で向こうのお姉様に喧嘩を売られてもそれならそれでまた二人で何とかすればいいじゃない。それとも私を信頼も信用もしていないの。分かってるわ。信頼も信用もしているからこそでしょう。それでも私は。それでも私は何だ。貴方が無条件に許してくれるのは私だけだと思っていたの。


 内輪の祝勝会は短時間で打ち切られた。それでなくとも病み上がりの身、ダブル・デュエットはアイドルを著しく疲労困憊させる上、張り詰めていた緊張の糸が切れたのもあるだろうが、トロ子が立つ能わざる程の眠気を訴えたからだだった。私はお姉様と緑さんから託されたトロ子を担ぎ、担いで初めて知ったその体の華奢さに慌て、慌ては時を置かずに嫉妬に変わり、嫉妬と寂しさと悲しみとが綯交ぜになって、で、――トロ子を殺す事に決めた。


〝殺す事に決めた〟と言ってもそれで本当に殺せるのであれば世話はない。私は私とトロ子の部屋 (私とトロ子の部屋!) の中をグルグルと歩き回った。殺すなんて馬鹿げた事をどうして考えたのか、自分が信じられないと思ったが、トロ子が『ぐう!』といびきを掻くと殺さずにはいられない気になり、何故だろうか、この一大事に思い出すのはトロ子との何気ない会話、『笑子ちゃんの髪留めは可愛いね』、『ウサギさんが好きなん?』、『月にはウサギさんが居るのよ』、『何時か月に行ってウサギさんと友達になるの』、『ウサギさんと無事に友達になれたら三人で遊びましょうね』、落ち着いてお茶でも飲もうとお湯を沸かせばポッドを倒して手を火傷、冷やそうと思って蛇口を捻れば熱湯が傷口にご挨拶、私は何をしているのか、壁を殴ろうとしても『これは国家の備品だから』と思い直し、思い直せば自己嫌悪、国家の備品を壊して何が悪いのか、そうだ、人を殺して何が悪い、トロ子の一人も殺せないようでは私は永遠にかあ様の軛から脱せない、畜生め、かあ様は関係がない、関係があるとしてもトロ子とかあ様には何の関連もない、畜生め、畜生め、畜生めと念じている内に、自分でも気が付かない内にトロ子の首を絞めていた。


 細かった。怖くなった。飛び退いた。


「続き」トロ子が薄目を開けた。「しないの?」


 締めた。もう何も怖くなかった。その細い喉を締め上げながら言った。「貴方は私と同じだと思っていたの。かあ様と同じには絶対に慣れない私と同じだと。可哀想な子だと。かあ様に置いていかれた子だと。なのに貴方はあの病院で言ったでしょ。『やっとお母さんと一緒になれた』よ。私が泣いてたのも貴方に置いて行かれると思ったから。貴方が無事でよかったからじゃないわ。私は。だから。私は。私はどうしてこんなに。何がなの。何でなの。貴方と私で何が違うの。どうして貴方はアイツらを許せるの。どうして選ばれるのが貴方で私じゃないの。どうして八〇点でも九〇点でも駄目で一五〇点を目指さなきゃいけないの。何で私はこんなにムキになってるの。何で貴方はそんなにムキにならないの。私のかあ様は生きていて貴方のお母さんは死んだからなの? 産まれた環境が違うから? だから考え方も違うの? 私は貴方で貴方は私だと思っていたのに!」


 どうして私はこんなに中途半端なのか。手が緩んだ。トロ子が咳き込んで、むせて、苦しそうに喘ぐのを見たら立っていられなくなった。手が震える。震える手にトロ子の体温が残っている。気分が悪い。死んでしまいたい。〝死んでしまいたい〟で本当に死ねれば世話はない。畜生め。


「笑子ちゃん」トロ子が私を見下ろしている。電灯で逆光になっているからトロ子の顔色は伺えない。「私と笑子ちゃんでは何が違うか教えてあげるね」


 トロ子はサラリと言った。「私はアイドルになれればそれでいいんやよ」


「何を言ってるの」私は泣くのを我慢していた。人を殺そうとして泣いてはいけない。〝誰かを傷付けた!〟と嘆いた者が嘆いているが故に許されるのは間違っている。


「だってね、笑子ちゃん、私達は、残念だけどね、何時かは死んじゃうの」


「何を言ってるの」


「それは〝人は誰でも死んじゃうんだよ〟とは違うの」


「何を言ってるの」


「アイドルはパッと輝いてパッと消えちゃうんだよ」


「何を言ってるの」


「笑子ちゃんは思ってるでしょ?」


「何を言ってるの」


「前に教えてくれたね。その兎さんの髪飾りのお話。何時か月に行って、月の兎さんとお友達になるんだって、そうお話してくれたね」


「何を言ってるの?」


「無理なんやよ」トロ子は言った。「笑子ちゃんは、馬鹿げてると思いながらも、でも、その話を心の何処かで信じていて支えにしてる。でも無理なんやよ。私達は五年もすれば死んじゃうの。私はずっとずっとずっと兎さんの話をする笑子ちゃんを馬鹿だなあって見下してたんだよ。結局はお嬢様育ちなんだなあって。それが私達の大きな違い。そこが違うんだから何もかも違っても仕方がないんだね」


「行ける」私は脊髄反射でそう言った。「行けるの。行くの。行くのよ。少なくとも貴方は五年十年では死なないんだから貴方だけでも行くの」


「五年十年では死なない?」


「角野先生が言ってた。貴方は〝例外の十人目〟だって。だから貴方は――」


 トロ子の拳がギュッと固められるのを私は見た。「黙ってたの?」


「黙ってたの」私は笑った。笑うしかない。


「殺したいのに殺せなくて死にたいのに死ねないのに黙ってたかったから黙ってたの」


「じゃあ笑子ちゃんは」と、トロ子は呟き、それから私が一生忘れないだろう事を言った。


「じゃあ笑子ちゃんはどうするの。あんなに行きたがってたのに行けないの。私を一人にするの? 私を置いてっちゃうの? それならね、笑子ちゃん、それなら私はここで笑子ちゃんに殺して貰った方が幸せだよ。私、私、お母さんが風船みたいになって死んじゃったときから何時かは自分もああなるんだって思って、でもアイドルになりたくて、でも怖くて、でもなりたくて、でもなりたくても頑張りたくても頑張れなくて虐められて一人ぼっちで、でもあ笑子ちゃんが居てくれるようになって、笑子ちゃんは馬鹿で、阿呆で、ブルジョアで、人の心が分からなくて、屑で、ふざけた野郎で、人をナチュラルに見下してて、お母さんとの関係なんて生きてるんだから何とでもなる癖に何ともしようともしないからムカついて、でも手が暖かくて、笑子ちゃんが一緒にいてくれるなら死ぬのも怖くないなと思って、笑子ちゃんが手さえ繋いでくれれば、くれればなのにさっきは手を繋いでくれないし」


 火が付いた紙のようにトロ子は静かに膝から床に崩れ落ち、


「笑子ちゃんは私と一緒に生きて一緒に死んでくれないの? 先に死んじゃうの?」


 昔、かあ様に『出来ない事を出来ると言ってはいけません』と教わった。だから、


「一緒に生きて一緒に死んであげられないの」


 と、私は素直に答えた。


「じゃあ」トロ子は泣きながら言った。「じゃあせめて笑子ちゃんが私を月に連れてってよ。責任取ってよ。何の責任か私にも分からないけど取ってよ。行ける行ける行けるって言うなら私を月に連れて行ってよ。居ないと思うけど、でも、月でウサギを何とかしてどんなに無理でも絶対に物理法則を捻じ曲げてでも見付けて、私に『ほら居たでしょ!』って何時もの馬鹿みたいなドヤ顔で見せ付けてよ。そうしたら私は、私は、そうしたら、絶対、だから、月に行けて、ウサギを見付けられたら、絶対に何とかなるから、一緒に死んだり、ううん、一緒に、多分、ずっと一緒に、――」


 トロ子は鼻を啜り、右手でゴシゴシと涙を拭い、その手を私に突き出した。


「この手を取って」


「無理よ。私、だって、ただの、ただの馬鹿だから貴方との約束なんて守れないし、迷惑を掛けるし」


「掛けなさい」トロ子は言った。「いいから掛けなさい」


「掛けても約束を守れるとは限らないでしょ」


「守れるよ」


「どうして?」


「笑子ちゃんは私をもう何度も守ってくれたでしょ。私を守れたのに約束を守れないなんてないよ。そうでしょ」


「本当にいいの?」


「いいから早く取りなさい!」


 トロ子の手は柔らかく、私は、


「貴方の手は暖かいわね」と、言った。トロ子はエヘヘと笑い、


「ねえ、笑子ちゃん、最後に一つだけ聞いていい?」


「何?」


「笑子ちゃんはどうしてアイドルになりたかったの?」


「それは」私はトロ子の目を見た。目の中に私が居た。だから言った。「かあ様がアイドルだったから」


「それじゃあ同じだね」


「そうね。同じね。同じかもね」


「手、離さないでね。約束だからね。分かった?」


「うん」


「月」トロ子はトロッと笑いながら窓の外の赤い星を見上げた。「綺麗だね。行けるといいね。一緒に行こうね」

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