第8話 / ブシドー / ロックン・ロール!
話は少々前後する。
ジャーマネが督応援官相手にインカム越しに喋っている。「先刻はご苦労様でした。武器をあんな風に隠されていては発見出来なかったのも無理はない。非があるとすれば下調べを徹底しなかった僕にある。安心して現状の任務に専念して下さい。ファン・クラブ・メンバーを必要以上に刺激しないように武器の露出は最低限に。話しかけるときもデスマスアリマス調は避けるようにして下さい。以上二点をよろしくお願いします。多分、会場が少し荒れると思うので」
喋り終えたジャーマネはさてとばかりに手を叩き合わせ、振り向いた先には建築スタッフ四〇名が大集合、ステージ裏だから市民の目には触れない。
「楽にして下さい」と、ジャーマネは前置きした。全員が思い思いの楽な姿勢を取ったのを確認してから朗らかに言った。「設営ご苦労様でした。アクシデントはありましたが、目下、それにはプロデューサーと神父とで対処中、現場で暴れた異端者は全員拘束しており、異端者の背後関係の聴取が順調に進んでいます。これから諸君らには別命あるまで待機をお願いしますが、しかし、何れにしても対ルナリアン戦闘時には再びステージを設営して貰わねばなりません。不安かもしれませんが今は体力の温存を図って欲しい。死っての通り諸君らの分のケータリングも〝かべす〟として大部分を配布してしまいましたが、ケータリング・スタッフに無理なお願いをして、それらしいお菓子とお茶だけは確保しました。休憩の合間に各自食べておくようして下さい。もしも異常を発見した場合は即座に最寄りの督応援官に報告するように。二人の督応援官を諸君らの護衛に回すのでどうか喧嘩せずに仲良くやってください」
スタッフらの間で小さな笑いが起こった。ジャーマネも笑いながら「何か質問は?」と尋ねた。無かった。解散である。スタッフらは所定の休憩場所へと雪崩れ込んだが、ジャーマネはさりげなくその後を追って、何人かの若手の肩を叩き、家族や恋人の話題で軽く談笑、それから打って変わって今度は何人かのベテランの肩を叩いて以下左に同じである。
経験値が違う。俺は思った。自分達の失点が気に懸かるであろう督応援官を労い、激励しはするが、顔を見せず、声も事務的で、命令しなくてもいいような初歩――テロに巻き込まれた民間人相手に『デスマスアリマス調を避けろ』を控えるのは常識中の常識だ――を敢えて命令する事で一定の緊張感を与えている。一方、一連のドタバタで所在がなくなってしまった上に不安であろう建築スタッフには顔を見せ、声も明るく、冗談まで混ぜながら励ましている。お菓子とお茶のオマケも付けて。その際にも『無理を言って用意して貰った』とケータリング・スタッフへの称賛と建築スタッフから出るであろう『不味い!』の声をさりげなく牽制している。
若手とベテランをお遍路したのは何だったのか。決まっている。話題からも伺えるように彼らは一戸の家庭を営んでいる連中だ。自分のキャリア形成が自分の妻や旦那や子供に未来を与えられるか(地球脱出の際に首都に席を手に入れられるか)を左右する彼らはどうしても情緒が不安定になりがちだ。『事件のせいで俺の私の仕事が減らないだろうか?』だ。その不安定な情緒を安定させる為の声掛けだった。呆れる。どのスタッフとも面識を得てから数時間だ。スタッフ・リストは回ってきているだろうが、だからって、物の数時間で全員の顔と名前が一致して、しかも家族構成も諳んじてますとはなあ。
マネージャーは何も戦闘指揮官と言うだけではない。総合職として採用される彼らは入庁後、スーパーローテーションと呼ばれる各省庁を盥回しにされての研修、時に過労死者や自殺者を計上することもあるそれで仕事のイロハを仕込まれる。彼らは有事の戦闘指揮官であると同時に平時の管理職なのである。一等マネージャーともなればアイドル省権限移譲政府支社の局長級審議官職、同本社の課長級参事官職を拝命して人類存亡、首都防衛、月脱出計画企画の舵取りに参画することもあり、その中から更に銓衡された者がプロデューサーへと昇格、現場を離れて次官級審議官の座を占めることになっているが、ジャーマネは学歴に不備さえなければそのコースに乗っていたような男だ。(尚、マネージャーのキャリアに審議官や参事官としての勤務が多くなりがちなのは他の省庁やマネージャーでない管理職との兼ね合いの都合だった)
優れたマネージャー即ち現場管理職とはこれだと思う。部下と状況の両方から広く意見と情報を集め、方針と要領を提出、その実行を信頼に足る部下に預けて更にその結果に責任を持つ。大局的な目で見ればその信頼に足る部下をコツコツと育てる事も仕事の内だ。得か損かで言えば損しかしない。気苦労が多い。説教をしなければならない場面もあるから恨まれもする。しかしながら俺のジャーマネはそれを平然と受け止めて職務に精励している。俺は妙に誇らしくなった。変に恥ずかしくもなる。第四次〝スタッフ・オンリー〟会戦の時点でアンタが俺のマネージャーだったならばとまで考えた。
「しかし」と、俺はジャーマネの仕事が一段落した所で言った。
「こう云う気配りはプロデューサーがするもんじゃねえのか?」
「そのプロデューサーの手が神父との捕虜処遇協議で塞がってるんでね。まあいいだろう。勝手働きではあるが査定には響かないような働きだ」
ジャーマネは眼鏡の蔓を撫でた。歩き方、目線の走らせ方、眼鏡のレンズの厚さからして左目の視力が随分と悪いらしい。
「どうなるかな」と、俺は曖昧に訊き、
「アイドルに乱暴をしたとなると並大抵ではないね」と、ジャーマネは言った。
「当然、その協力者もだ。疑わしきは’〝爆する〟かもしれない」
俺は居ても立っても居られなくなった。あの五人組の子供達は今は会場内の一角に留め置かれている。『子供でも協力者かもしれない』とか何とかの疑いが掛けられたからだ。ンな訳があるか。あの子らが協力者で先方がその気なら戦法は自爆特攻だったに相違ない。大体、銃声に怯えて震えてしまうような子供達が、あの凶暴な輩の協力者である訳もない。(こう言っちゃ語弊があるし、あの子らに失礼で申し訳ないが、そもそもからしてあの子らの知能レベルで何を協力させられるのか)
「ブシドー」と、ジャーマネは改まった調子で呼んだ。
「応さ?」
「君も良くやってくれた。ライブは大成功だった。この感じで戦闘の方も頼む」
泣きそうになった。一番情緒が不安定なのは俺かもしれない。俺は昔から大人に褒められると嬉しくてたまらなくなる。分かっている。俺はかあ様に可愛がって貰えなかったからそれでだろう。違う。かあ様はかあ様なりに俺を愛していた筈だ。それはもういい。畜生め。あの子達の事を案じていたんじゃなかったのか。何をウットリとしてンだ。お前は褒められたいからアイドルになったのか。そうじゃないだろう。『あの子達が可哀想だ』も大人に褒められたいが為のイイ子ちゃんアピールの一環か?
俺は歯を食い縛った。ジャーマネが何か言ってくれようとした。会場がドッと騒がしくなったのはそのときだった。
矢も盾もたまらない。俺はその場から逃げるようにステージ裏の端へと走った。会場を覗く。会場中央に急増された十字架に例の俺達を襲った八人が磔にされていて、
「難民め!」
それに群衆の一団が石を投げ付けていた。督応援官らは投石を止めるように訴えているが――初動対応が早いのはあの郡山とか言う応援管理官の判断が早かったからだろうが――手数が足りていないのは明らかだった。群衆は数十数百である。督応援管は二〇名も居ない。俺に追い付いたジャーマネがインカムで状況を質した。現場を巡回していた歌囀曰く、群衆の一人が不意に『あの磔になっている男に見覚えがある』、『あれは難民だ』、『俺の子供がアイツらの持ち込んだ病気で死んだ』云々と口走り、その口走りがあれよあれよの間に会場中に伝播、後はご覧の通りだそうだ。ジャーマネは顎を撫でた。
これはジャーマネの失態でも郡山のオッサンの失態でもましてや督応援官の失態でもない。ジャーマネが言っていたのは――『多分会場が少し荒れると思うので』――これだ。アイドルへの傷害事件は、それが未遂に終わったとしても、その下手人をこのように晒すのが習いとなっている。そうでなければアイドルの権威と神聖さを保てないからだ。で、晒されている下手人に対するファン・クラブ・メンバーからの暴行を禁止する法令は存在しない。時局次第ではむしろ奨励されるケースもあった。で、〝失われたⅤの教会〟が幅を利かせている最近は、まさにその〝奨励されるケース〟である。
深く掘り下げればコレにはガス抜き的な作用もあった。民衆の、辛く、苦しい生活への鬱憤がこのような形で発散されるのであれば政府としては歓迎である。下手人を調達するのに掛かる費用はタダ同然だからだ。(民衆の鬱憤が政府への反逆として結実しない程度には教育水準が落ち込んでいると云う証左でもある)
だからどの時点で介入するべきかが悩ましい。一定数の石は投げさせるべきだろう。だが加熱してあの男どもを殺されては貴重な情報源を
失う。それに、今回は、石を投げる動機に〝難民への悪感情〟がある。その不確定要素がどのような力学をこの場に働かせるかが読めない。ジャーマネは彼にしては長く五秒間たっぷりと悩み、
「ブシドー」ジャーマネは命じた。「彼らを止めてくれるかい」
合点承知だ。俺は会場中央に歩み寄りながら歌った。かあ様から譲って頂いた曲はこの場に相応しくない。〝花嫁学校〟時代に聴いて一目惚れ(一耳惚れ?)したバラードを歌う。本当を言えば俺は激しい歌よりもバラードの方が得意だった。歌っていて楽しいのもそちらだ。
場内は雪が溶けるようにサッと静かになった。途中、歌詞が飛びそうになったとき、何処からともなく現れたシノブが合いの手を入れてくれたので助かった。俺とシノブは磔にされた八人の前で落ち合い、その場に立ち、会場中に視線を走らせた。誰も俺達に目を合わせようとはしない。これでいい。群衆との揉み合いから解放された郡山のオッサンが目線で『助かりました』と合図した。頷き返しておく。
「アイドルか?」と、磔になっている一人が言った。「どうしてアイドルが俺たちを救う?」
「黙ってろ」と、俺は言い渡した。「黙ってねえと傷に障るぞ。手荒にされたろ。だから黙ってろ」
男は唸り、呻きもしたが、二の句を継ぎはしなかった。
「助かったぜ」と、俺はシノブに小声で言った。
「んにゃ」シノブは笑った。お隣に住む小学生が無条件で恋してしまうだろうその笑顔にはとんでもない破壊力がある。「ところでブシドーの歌は久し振りに聴いたけど相変わらず素敵な声をしてるねえ。少し大人びたかな。背丈の方はあんまり伸びてないね、結局」
「前に逢ってから何年だ?」
「ブシドーがまだ学生だったから三年か四年かな。あれ。五年?」
「〝偶像症候群〟が進んでるのか」
「ああ。ね。ブシドーは意地悪だなあ。〝タナー段階〟も私はもう四だからね。アルツハイマーの診断はまだ出てない。でも時間の問題だろうね。〝不思議ちゃん〟時代にアカデミック・ドーピングをし過ぎたのも脳には悪かったんだろうなあ。ま、死ぬのが先か、自分がアイドルだったことも忘れて廃アイドル院に入れられるのが先か。これは面白い競争だよ。一口賭けない?」
「賭けない。馬鹿か。縁起でもねえ。あの男はどうした」
「死んじゃった」
「それは残念だったな」
「うん。まあね。それでもどうせあの人の事も直ぐに忘れちゃうよ。ブシドーもトロ子ちゃんと足穂ちゃんの話は聞いてるよ。残念だったね」
「アンタも丸くなったな。昔、サンゴ先輩と一緒に誰彼構わず喧嘩売ったり、穀潰しなマネージャーを後ろから撃ったり、給料をマンション歌留多に突っ込んでいた奴とは思えないぜ」
「歌留多はもう止めたよ。儲からないからねあれ。それに〝愛国アイドル歌留多〟の時代でもないでしょ。今はもう少しアングラな遊びにハマッてる」
「何だ。〝どきどき! 殺人ピクニック! 取り放題の詰め放題!〟とかじゃねえだろうな」
「違う違う。幾ら私でもマン・ハントを面白いと思う程に落ちぶれちゃいないよ。今のマイブームはヲリコン予想」
「インサイダーじゃねえのかそれは」
「それは言わないお約束。あ、そうだ、ヲリコンと言えばタケヤリとは話した?」
「話してない。向こうで距離を置いてる。俺も親しくしたいとは思わない。戦略級アイドルにはトロ子をぶっ殺された恨みがある。アイツが張本人でないと分かっていても食って掛かる。それに俺は今でも個人に戦略兵器を預けるのには懐疑的だ。戦略級アイドルの扱いはマジで厳重に見直されるべきだと思うぜ」
「ってのはお母さんがそう言ってたのを受け売りで?」
「ちっ。悪かったな。だからどうした」
「別にどうもしないよ。ただ一二歳で母親と死に別れちゃった子の気持ちは私には分かってあげられないからさ」
「どうして?」
「だって、私の母さんは私が八歳の時に死んだもん」
と、このように久闊を叙していると、
「|ファン・クラブ・メンバーの諸君《SPQR》ぷに!」
ステージ上に例の伴奏神父が立っていた。小春日和がそれに連れ添っている。俺とシノブはサッと目線を交換した。『ぷに』は聖なる語尾である。公式的には神父やその上の司祭が公の場で重要な宣言をする際に用いるものだとされていた。嫌な予感がする。
「私はアルベルト神父ぷに。本来は今回のルナリアン討伐を見届け、諸君らと、異星人野郎ぶち殺しの喜びを分かち合う為に〝教皇庁〟から派遣されたぷに。が、諸君らも知るようにぷに、アイドル様に不貞を働いた者が現れた以上ぷに、私は神聖にして絶対キュート不可侵なアイドル皇帝陛下よりぷにお預かりせしぷに権限を以てぷに異端者にしてぷに大逆の罪を犯した者ぷにを裁かねばぷにならんぷにと思い立ったぷにの次第であるぷに!」
「ぷに!」と、群衆が拳を突きあげながら叫んだ。
「ぷに!」アルベルト神父は群衆に和するように叫んだ。「私は皇帝陛下の聖なる代理人ぷに。移動するアイドル異端審問所ぷに。私が立つ大地はそれ即ち法廷であるぷに。その法に従いてアイドル皇帝陛下の忠実なる僕として此処に判決! 判決! 判決を異端者に申し渡すぷに! 判決はエクストリーム死刑! 執行は〝ホッペタ・オデン〟を以てするぷに! 執行はただいまこれよりぷに! お見逃しなくぷに! チャンネルはそのままぷに!」
会場は熱狂の渦に巻き取られた。俺は言葉を失った。死刑は分かる。だが執行がこれからと言うのは余りにも急であるし、処刑方法が〝ホッペタ・オデン〟であるのは余りに余り、常識的に考えれば重過ぎる。〝ホッペタ・オデン〟はその文字の並びから察されるようにオデン、アツアツに熱した濃硫酸にくぐらせたオデンで、ホッペタとは言い条、実際には体のあちこちを撫で回す事で受刑者を死に至らしめる。オデンを濃硫酸にも負けないアイドルニウム合金製の箸で摘まんで受刑者の体に押し付けるのは死刑執行の場に居合わせたファン・クラブ・メンバーだとされていたが、幾ら何でも人を生きながらにして焼き殺すのは残酷、無残、猟奇の極北、
「俺がやる!」と名乗り出た者も名乗り出たのを後悔、
「いや俺がやる!」と名乗り出た者に、
「どうぞどうぞどうぞ」と譲ってしまう事が頻繁に起きる。
『極楽坂から小春日和さんに』と、ジャーマネの声が聴こえた。オープン・チャンネルを使っているのはわざとだろう。公式に通話記録が残るのは不味いのではないか。それでもそうしているのは誰かに聴かせるためだ。俺か。俺は胸が熱くなった。周囲で群衆が「ぷに!」だの「ぷにぷに!」だの「難民を殺せ!」だのと喚いているが通信の聞き取り具合には影響しない。ショジョカイタイ=オペレーションはアイドルの体を根本から作り変える。俺達は耳小骨に埋め込まれた受信端末の振動によってこの無線を聴いていた。(鼓膜を介さないから戦闘中の激しい騒音下でも通信を聞き漏らす心配がない)
『小春日和ですが何か』
『単刀直入に。死一等を減ずるとまでは言いません。が、この場での処刑は不味いでしょう。事情聴取さえも満足に終わっていないのに――』
『神父の決定です』
『異端者であっても異端審問を受ける権利があるのでは?』
『ならんぷに!』と、神父が会話を遮った。
『恐れ多くも皇帝陛下を輔弼するお役目を賜ったこの我々でさえもアイドル様に対する暴行は即逮捕即判決が原則であるぷに。それはならんぷに!』
『しかしですね』と直も反駁するジャーマネに、
『命令です』――と、小春日和は冷たく申し渡した。
『極楽坂マネージャー、これ以上異議を唱えるのであれば、貴方を現職から解いた上でアイドル会議に引き渡します。この場では私がプロデューサーです。私の命令には従いなさい』
『了解です』と、マネージャーは苦々しく言った。俺は苦しくなった。シノブの視線が俺の横顔に突き刺さっていた。気が付かない振りをした。
直後、二転した事態は三転した。二度ある事は三度あるとも言う。加熱した群衆を抑えるのに精一杯な督応官のスキを突く形で飛び出したあの五人組の子供達が、
「お父さん達に乱暴しないで!」
鳥肌が立った。俺は俺を見ていた。あの子達の目は去年の俺のそれと全く同じだった。
俺は彼女らを列に押し戻そうとしたが、それよりも早く、一人の督応援官が彼女らに近付き、
「いい子だから列に戻ってね」と、ニコニコ・フェイスで言った。
「お父さん達に乱暴しないで!」と、子供達は頑としてそれに応じない。
その督応援官はそれでも何度か同じ言葉を反復した。が、どうしても子供達が動かないと見るや否や、懐から拳銃を取り出して、
「戻れ! 戻らないと撃つ!」
「お父さん達に――」
発砲の後には世界から音と云う音が消えた。五人組の一人が脚を撃ち抜かれてその場に仰向けに倒れた。撃った督応援官は「言葉も分からねえ馬鹿なガキめ」と吐き捨てた。
一拍子、間を置いてから撃たれた少女は傷口を抑えながら悲鳴を上げて、その悲鳴が呼び水になって、
「子供を撃ったわ!」
「あれは難民の子だぞ!」
「だが子供を撃った!」
会場の熱狂は一瞬でその性質を変えた。俺は立ち尽くした。ファン・クラブ・メンバー同士で意見対立が生じている。ある所では既に何人かが殴り合いの大喧嘩を始めていた。それを諫めに入った督応援官が「人でなし!」と罵られている。罵られているだけではない。石を投げられもしている。大混乱である。郡山管理官が優秀だとは言え、ジャーマネの能力が抜群であるとは言え、数の上で二〇倍に達するファン・クラブ・メンバーを完全に制圧するのは難しい。銃を使うか。使えば早い。本当か。暴動が拡大するだけではないか。だがそれは俺の考えるべき事柄ではない。俺は腹が立っていた。
仕事なのは分かる。そうせねばならなかったのは分かる。が、子供を撃ち、撃った後でホザくのが『馬鹿なガキめ』だと?
テメエが撃ったのはあの子だけじゃない。
俺もだ。
俺の心もテメエは撃った。畜生め。ぶち抜かれるなら鉛玉にじゃなくて恋の衝動にがよかったぜ。
上等だ。親が恋しくてたまらない子供の想いを踏み躙るならテメエも踏み躙られる覚悟があるんだろうな。それなら俺がお前をぶっ殺死て殺る夜――と、思ったときには、もう体が動いていた。超過密状態の人と人の間を針のように縫い、衣装のスカートの内側に格納されたマイクを(鞘から刀を抜くように)抜き、腰のベルトに内蔵された〝クロニクル君〟に起動しろとの念を送る。またしても『ママ!』の声が下腹部から聴こえた。『僕がママを助けてあげるからね!』
うるせえよ。俺は餓鬼だ。飢えた鬼の子供だ。何がママだ。取って食っちまうぞ。ガキにガキが作れる訳も育てられる訳もねえだろう。
マイクを光に。光を別の形に。編み上がったのは、これが俺のセット・リストの一番、――
「このオイラン・ペンギンがッ!」
〝バールのようなもの〟である。
それで督応援官の後頭部を一撃した。手加減はした。殺してはいない。が、当分は不自由するだろう。畜生め。畜生めだ。督応援官とは言え後ろから人を襲うとは我ながら卑怯な。それでも堪えられなかった。仰向けに倒れた督応援官の背に唾を吐く。『何をしておられるのです!』と神父から無線が届いた。無視する。『そこで動かないで!』と小春日和からも言われた。無視する。シノブが撃たれた子の手当をしてくれていた。だから俺は八人と磔台を結ぶ縄を解き、
「とっとと逃げるぞ!」
と、八人と五人組に号令したとき、視界の端で人波がサッと割れた。〝こうせい車〟が広場に滑り込んできたからだ。
「ブシドーにシノブちゃんもだ」
その車の運転席に座っているジャーマネが言った。「早く乗れ!」
俺は何をしているんだ。畜生め。これでは反逆だ。皇帝陛下へ弓を引く行為だ。畜生め。俺は何をしているんだ。子供たちを助けたのか。そうなのか。自分が嫌な思いをしたから自分勝手な行動に走ったのではないか。畜生め。畜生め!