死んだ英雄と孤独の魔王
「ここはどこだ?」
真っ暗な空間でそう呟いたのは黒髪の少年。名をアルト・ヴァリアント。
命に代えても愛する女を救ったヘタレ男である。
「よくも、よくもやってくれたなアルトッ」
アルトが真っ暗な空間を見渡していると聞き覚えのある声が背後でする。
振り返るとそこには血の様な赤黒い髪を持った角の生えた美女が立っていた。
「うおッ、お、お前は・・・まさか魔王ちゃんかッ」
「そうだ。妾こそ古の魔王にして美の化身セリルローズ・ティア・ヘルだ」
「ローズ、薔薇か。綺麗な名前だな。だが美の化身っていうのは嘘だろ」
「嘘ではないッ妾は封印される前はモテモテだったのだぞ」
「美の化身っていうのはなサーシャのことを指すんだ。確かに魔王ちゃんも美人さんだと思うけど、サーシャには勝てないな」
魔王を相手にこの男、アルトは自分の婚約者の方が可愛いと言い張る。
「お、お主の婚約者好きも大概だな。妾の魂とお主の魂が融合した際に記憶を見させてもらった。余計理解できないな。あれほどまでにあの娘を好いておりながら他の男に譲るなど」
「だから、サーシャは俺よりギルの方が好きなんだろ。だったら俺はサーシャの幸せの為にも婚約破棄という行動へ移したんだ」
胸を張りながら誇らしく主張するアルトに魔王は目を細める。
「その結果、丸四日吐き続けたのか」
「ぐッ、う、うるせー」
思わぬ魔王からの精神攻撃によりアルトのライフは一気に削られる。
「なぁ、アルトよ。やはり妾の騎士になってくれぬか?」
「あぁ?断っただろ。あんたもしつこいな。別に俺じゃなくてもいいだろ」
「・・・それでも妾はお主がいい」
「はぁ〜、なんでも俺なんかがいいんだよ」といって魔王を見たアルトは驚いた。
人差し指をツンツンとさせて恥ずかしそうな表情を浮かべる魔王にアルトはキュンした。
『ば、馬鹿な。この俺がサーシャ以外の女の仕草にキュンとくるだとッ』
「お、お主なら妾のことを一途に好いてくれるかと思ったから・・・娘の体を奪おうとしているとき妾は娘の記憶を見た。そのときはただの浮気男かと思っていた。しかし、お主と戦いながらお主の言葉を聞いて、納得は出来ないが本気で娘を好いておると感じた」
アルトの眼に映ったのは恋する乙女のような表情に満ちた魔王セリルローズ。
「お、お前だってモテモテだったんだろッ」
「た、確かにモテモテだったが、妾を好いてくれた全員、妾だけはなく何人もの女を好いていた。妾はそれが嫌だった。妾だけを見て欲しかった。でも、本気で妾だけを見てくれたのは誰一人いなかった。男共は妾の肉体だけが目当てで快楽をむさぼり、愛のない関係をひたすら続けていたのだ」
「そ、それくらい普通じゃないのか。人間の男だって何人もの女性と結婚している人もいるぞ。貴族という立場から見るとやっぱり、後継ぎとかがあるからな」
「なら聞くがお主はあの娘以外に誰かを娶るのか?」
「誰が娶るかッ俺はサーシャ一筋だ・・・って、いっても婚約破棄されたからな。独身で死ぬのかってもう死んでたわ」
「そうであろう。お主は決してあの娘以外を娶ろうとしないだろ。妾はそこを気に入ったのじゃ。悪い事はいわん、あの娘から妾に乗り換えろ。妾ならあの娘のようにお主を不安にはしない。お主だけを見続ける・・・」
魔王はアルトに抱き着き囁く。自分で美の化身と自称するだけあり、魔王は美しい。スタイルも容姿もどれをとっても美の女神級だろう。男なら誰もがこれほどまでの美女に求められれば即オッケーする。
しかし、それが効かないのがアルトだった。
「悪いな」
アルトは泣きじゃくりそうな魔王の頭を撫でる。しかし、魔王の身長がアルトより高く、格好はつかない。
「サーシャを苦しめたお前を許すことができてないんだ。誰もいないんだし、せっかくだから魔王の話も聞かせてくれよ。復活して何が目的だったのかとかも・・・」
そういいながら優しく魔王の頭を撫でる。
「ぐすっ、わか、った」
鼻をすする音がする。泣いているのだろうか、そっと魔王の顔を見る。
やはり泣いていた、目尻に涙を浮かべている。
「ほら、泣くなよ。せっかく綺麗な顔してんだから。涙は似合わないぞ」
臭い台詞を吐きながらアルトは魔王の涙を拭きとる。
「これがあの娘に嫌われるために身に着けた女を堕とす技術か」
「グハッ、技術とかいうな。でも、なんだ、サーシャじゃないとはいえ、女の子が泣いてるのを見るのは嫌なんだ」
「ふふふ、そうであったなそのときは無意識に行動に移してしまい、運悪く娘に見られるのだからな、ふふふ」
完全に魔王はアルトのことを馬鹿にしている。図星をいわれたアルトもまた、グサッと茨が肩と腹に刺さるよりも痛いダメージを受けていた。
「相変わらずエグイ攻撃してくんな。だがまぁ、やっと笑った。その、なんだ、サーシャには勝てないが、魔王ちゃんの笑ったとこって滅茶苦茶可愛いな」
「ありがとう『こ奴気づいておらんのか?滅茶苦茶とつけるのは娘だけだってこと』」
そして、魔王は語った。
魔王が生まれたのは千二百年程前のことだ。
当時、魔王が生まれた国は魔族と呼ばれる種族が栄えた国だったらしい。
アルトたちには魔族という種族はおとぎ話の中だけの存在だと思っていた。
英雄譚で語られる勇者の物語に魔王は出てくるのだが、魔族という存在はそこまで認知されていなかったのだ。
獣人という種族は魔族の子孫だという論文などもあったのだが、魔族と獣人は決定的に違いがあったのだ、それは魔族は魔法が使えるということだ。獣人は魔法を使えない。それどころか、魔力すら宿していない存在なのである。
エルフなども魔族の子孫だったのではという意見がでたが、エルフは魔族たちが生きていた時代より前から存在していたため、エルフの保管する資料で見つかった情報から魔族とは実在していたかもしれない、という結果に至った。
資料が正確なのか分からなかったからだ。
そんな魔族の国の王族として生まれた魔王セリルローズは第三王女として暮らしていた。
魔王には姉が二人と妹が一人、兄が五人と弟が三人いたそうだ。王族争いなども起こり、
兄弟で殺しあうこともあったそうだ。
そして、何より魔王の生まれた国は男尊女卑が激しく、魔王自身も大変だったそうだ。
しかし、そんな彼女が魔王になったのである。理由は強力な魔法の使い手だったからだ。
男が強いという常識をひっくり返し、三百の屈強な男相手に魔王はたった一人、たった一発の魔法で撃退してしまうほど彼女は強かった。
こうして、彼女が初めて女の魔王となった。
それからは自分の男を見つけることに勤しんだ。彼女は運よく、美女だった。
彼女の王国内でも一位二位を争うほどの美女である彼女の元へ数多くの男が求婚した。
彼女も求婚に応じたものの、やはり男尊女卑というものが染みついていたため、彼女だけではなく、他の女性と結婚するものが多かった、というか全員そうだった。
彼女は頭ではわかっていたのだ。自分は魔族の王で、後継者を生まなければならない。
今までが男の魔王だったこともあり、女の魔王である彼女とは後継者の数に圧倒的な差が生まれることを。
男たちも、また魔王とは違う女と結婚し、生活するのだ。
やはり、女の自分では魔王になれないのかと・・・そして、勇者に封印された。
魔王を失った魔族の国は瞬く間に滅亡し、魔族という存在は勇者の物語のほんの要素として語られることになった。
封印された魔王はギルが手に入れるまであちこちに渡り、千年ものときを過ごしたという。
親からの愛すら貰えず育った彼女にとってアルトという男はどんな男よりも魅力的だった。
「こうして、魔王はアルトによって魂ごと死んでしまった・・・めでたし、めでたし」
彼女は話を終えると背伸びをする。
「はぁ、それにしても妾たちは一生この空間で過ごすのか」
「そうなるんだろうなぁ、まぁ、死んじまったから一生じゃなくて永遠だろうけど、正直ほっとしてるよ」
「お、お主、頭大丈夫か?こんなところに永遠にいるんだぞ。真っ暗で何もないんだぞ。景色すらない空間に永遠に過ごすのだぞ?」
千年ものときを小さなペンダントで過ごした彼女からしても、この空間に永遠にいるというのは大変なのだろう。
「確かに、真っ暗で何もない空間に一人っていうのは俺だって無理だ。でも、魔王ちゃんが居るから一人よりかは遥かにましだ。でも、そう考えると魔王ちゃんってすごいな。景色があったとはいえ、たったひとりで千年も封印されてたんだろ。復活したいっていうのもなんか納得できた」
「お主に阻止されたがな」
「選んだ器が悪かった。アレが、サーシャじゃなかったら俺は何もしなかった」
「であれば、あの場にいた誰でも良かったのか?」
「・・・いや、わからん。あの場にいた奴らなら全員助けてた。まぁ、命捨てる覚悟ではいどまんな」
「ますますわからない。学園とやらでは相当あのものどもに嫌われていただろう」
「そうそう、特にクレアちゃんとかな。話しかける度に殴られる」
「であろう、なら何故だ?」
アルトはう〜んと頭を抱える。
「あいつらって全員良い奴だしな。クレアちゃんは暴力振るうけど、真面目だし、魔法は苦手だけど成績優秀だ。勉強だって苦手な癖に人一倍頑張って優秀な成績を保持してるんだ」
「お主の記憶を見たときも感じたが、お主は相当人のことを見ているな」
「ストーカーみたいないいかたはやめろよな」
「リリアンちゃんはほんと優しくてよ。俺がクレアにボコボコにされるたびに回復魔法で怪我を直してくれるんだぜ。良い後輩を持てて幸せだな」
「確かに、あの小娘の回復魔法には妾も目を見張るものがあった」
「レイネちゃんは、ブラコン気質あるけど、まぁ近親婚が禁止されてるわけじゃないから、まぁワンちゃんあるかもな。元気な後輩でさ、ほんと妹欲しいなって思った」
「お主は一人っ子だったらしいな」
「お前は十二人兄弟だろ」
「あぁ、だからといって仲良かったわけではないがな、兄と弟達は王位継承権をかけて争っていたからな」
「悪い、無神経だった」
「気にするなとはいいたいが、妾も繊細なのだ。お詫びとして妾の男になれ」
「お前もしつこいなッ」
「サリアちゃんは、サーシャの親友で俺が嫌われようと行動して、それで怒ったサーシャをなだめてくれる
んだ。魔法も相当な使い手でな。精霊魔法を使えるようになったら最強だな」
「あぁ、あの魔女っ子か。あの魔女っ子はまだまだ伸びる」
「そして、ギル。あいつは本当にすごいんだ。初めて会った時は平民だからって上級生に絡まれててさ、助けてやった。そんでアイツはメキメキ成長して、今ではあいつらの中で一番の実力になってる。サーシャもアイツの前だとずっと笑顔だしな」
「・・・嫉妬しているのか?まぁ、あたりまえだな。妾も嫉妬していた誰だって嫉妬はする」
「そんで、エレメージュちゃん。あいつは俺の命の恩人だ」
「それで、娘がいなかったら、あの精霊に惚れておったのか?」
「あぁ、そうだな」
「その精霊もいなかったら妾に惚れていたか?」
「それはないな。アイツがいなかったら俺は五歳のときに死んでる。だから、魔王と知り合うこともなかっただろうな。それいったらサーシャがいなくても魔王と会う事は無いのか」
魔王は「そうだな」と呟き、俺の隣に座った。
「それで、あの娘、サーシャって子は?」
「あぁ、サーシャはもう俺の記憶で知ってるだろ」
「そうだな。ちなみに、妾が娘を苦しめているときの怒りもしっておるぞ、お主、十六といったか、その中で間違いなく、一番怒っていたな」
「あぁ、そうだな」
その後、魔王は何も話さなかった。時折、俺の方をチラリと見てくる。
俺が思うに誘ってるな。だが残念、俺はサーシャ一筋です。
でもまぁ、頭撫でたり、抱き着かれるくらいならいいだろう。
キスより先は絶対しないが、軽いスキンシップくらいならいいだろう。
「うふふ、このまま妾に陥落するといい」
「馬鹿、何言ってんだ、人妻だろ一応」
「そうだな、気にするな。それともお主は処じ「ちげえぇよ」なら、妾はバッチこいだ」
もうどれくらい時間が経ったか分からないが、こいつサーシャの体を奪おうとしていたときとは全然キャラが違うじゃぇか。
体を奪おうとしたのだって、適性のあるものしか奪えないっていってたし、千年の間で適性のある奴を見つけても、そいつに渡ることがなかったって。ようやく渡ったのがサーシャだったらしい。復活して何するつもりだった?って聞くと、「美味しいものを食べたい。恋をしたい」といっていた。
美味しいものを食べたいか・・・分かる気がする。恋をしたいっていうのも一応女だし、理解はできる。世界征服とかしないのか?って聞いたら別に興味ないと一蹴された。
案外というか絶対悪い奴じゃないだろ。
「アルトォ〜」
「なんだローズ?」
「マッサージして」
「はいよー」
今ではお互いに名前呼びである。俺に至っては愛称で呼び捨てまでしてしまっている。
それも仕方ない、この真っ暗な空間でどれほど過ごしたのだろう。
まだ一日かもしれないし、一年かもしれない、十年経ったかもしれないし、下手すれば百年経ってるかもしれない。それだけの年月、ローズと二人でいるんだ。多少仲良くなるだろ。
いっておくけど、キスから先はしてないからなッ。俺の意思は伝説の鉱石オリハルコンよりも固い。何度か、そのオリハルコンにヒビが入りかけたけど。
「あんッ、いい、わっ」
「変な声ですなよ、ただ肩もんでるだけだろ」
勘違いしないで欲しい、俺がやっているのはただのマッサージだ。しかも、小さな子供が親にするような肩もみである。
「いい、じゃ、ないッ」
「こっちが気まずくなるんだよ」
「うふふ、チェリーボーイだからな。妾の妖艶な声にドギマギするのも仕方ない」
最近、やけに馴れ馴れしくなったな。この魔王は・・・
「妾の男になるのだぁ〜」
「ごめん、無理ッ」
「即答ッ」
「妾も泣くぞッ。いいではないか、もう妾とお主は娘と最上位精霊よりも長い付き合いだろう」
そういってローズはうねり声をあげる。いくら俺とローズがサーシャやエレメージュたちよりも長い・・・ハッ嘘だろ。
「お、おい、俺とローズはかれこれ何年この空間にいるんだ?」
「そうだな、大体十四年だな。正確にいえば十四年と二十三日だ」
「なんでそんな正確にわかるッ、出鱈目いってないよな?」
「妾はお主と違い、千年も封印されていたのだぞ、それくらい分かる」
「それもそうか、もう、そんなに経ったんだな」
「あぁ、千年と比べるとあっという間だが、アルトはきつくないか?そ、その、だな、妾の力を使えば、アルト一人くらいなら転生させることができるぞ」
「・・・いや、いい」
「何故だ?アルトはあれほどまでに死にたくないといっておっただろ」
珍しくローズが声を荒げる。最後にローズが声を荒げたのはおそらく、三年ほど前だった。
「いや、死にたくないっていったけど、今さら転生してもさ、サーシャには会えない訳だし、もしサーシャ
に会えたとしてもギルと仲良くやってるとこ見るなんてショック死する」
「あの精霊はいいのか?」
「エレメージュか、まぁ、俺のこと忘れてんじゃねぇ、アイツって大精霊だろ」
「悲しくないのか?」
「悲しいさ、寂しいし。でも、今はローズがいてくれたから辛くねぇよ。むしろちょっと楽しいまである。それに、エレメージュと過ごした月日より長いって聞いてビックリした。ローズのおかげだよ」
「そ、そう、か」
素直に感謝を告げた回数が非常に少ないこともあり、ローズは照れていた。
「赤くなってるぞ」
「だ、黙れッ、妾の配下の癖に生意気だ」
「誰が配下だよ」
「アルトは妾の配下だ。そして、妾の男でもある」
「だから断るっていってるだろ」
「ああッ、もうじれったい。妾の眼を見ろ」
そういってアルトの顔はローズの両手で固定される。振り払おうにも力が強くビクともしない。流石魔王といってところか。
「魔法かッ眼を閉じれば・・・んッ」
魅了や、洗脳、催眠などの魔法に警戒し目を閉じたアルトだったが、アルトが感じたのは彼が生前、一度しか行わなかったものだった。
「お、おままままえっ、キ、キス」
「もう、離れるな」
その直後、再びアルトの唇にローズの唇が重なる。しかし、それだけでは終わらなかった。
「むうう、うっ」
なんとローズはアルトの唇を強引にこじあけ、自らの舌を差し込む。
真っ暗な空間には艶めかしい水音と乱れた呼吸音だけが響く。
「はぁ、はぁ、はぁ、ローズ」
「これでアルトは妾のモノだ」
「ゲフン、ゲフン、イチャついてるところ悪いのだが随分仲良くなったな」
アルトとローズしかいない空間の中に、突如知らない男の声が響く。
「はっ?」
「なんだ、今の声、空耳か?」
アルトとローズは空耳かと疑っている。
「空耳ではない。こっちじゃ」
二人は空耳ではなかったッと驚き、声のする方へ振り返る。
そこには真っ白な服を着た四十代くらいの男性が立っている。
「うわっ」
「な、なんだお主ッ」
十年以上、二人で過ごしたアルトたちにとって初めての出来事に驚きを通りこし怯えている。
「儂は神じゃ」
「「はっ?」」
「だから儂は神じゃ」