英雄の本音と精霊の本音
『アルトは僕が殺したんだ』
そう言い放ったエレメージュの表情は恋人を失った女のようだ。
『アルト、やっぱり僕寂しいよ』
一番辛いのは彼女だろう。幼い頃からアルトとともにあり、お互いに心の声を聞きあった恋人よりも深い関係だったはずだ。そんな彼女がアルトの願いとはいえ自ら手に掛けたのだ。
「エレメージュ様」
教会の修道女であったリリアンは天へ祈りをささげる。
『サルシャラ・ベルメル、僕は君を心の底から恨むし、許すこともない。でも、嫌わないし、君の為なら力を貸してあげるし守ってあげる。アルトが僕に頼んだ最後の我儘だから』
氷の雫が涙のように彼女の両目から滴る。しかし、彼女の表情は教会のステンドグラスに描かれた女神の微笑みのように美しい。
「私はアルト・ヴァリアントを軽薄な男だと思っていた」
エレメージュの前に移動したクレアが国王の御前かのように膝をつく。
「しかし、彼は違った。愛した女性の幸せのために、たとえ嫌われたとしても、他の男に奪われたとしてもサーシャの幸せを願っていたのだな。クズ男だといったことを謝罪させてくれ。
私は貴殿のことを素晴らしい男だと思う」
学園でアルトを一番嫌っていたのはクレアだ。自分の学友であるサーシャを悲しませるような男、万死に値すると思っていた。あちこちで女生徒を口説いくだけでは収まらず、自分も口説いてきたのだ。勿論、殴り飛ばしたが。
『うん、アルトはクズ男じゃないよ。でも、鈍感でヘタレなダメ男だよ』
「坊ちゃまも女心を理解出来れば・・・ついでに自分が必ず幸せにするっていえるくらいの男でしたら結果も変わっていたでしょう」
そのことについてはエレメージュも納得である。
『「女の子口説いてお持ち帰りだぁ」とかいってるくせに、お持ち帰りしても手を出さず、ティータイムを楽しみながら悩みとか聞いて、アドバイスして部屋まで送る。ほんとヘタレだよね。サーシャちゃんの水着姿をみたときなんか、「女神が降臨したッ可愛いッ、やっべ超かわいいッ、エレメージュちゃん見ろよあれ俺の婚約者だぜッ、こりゃ美の女神だって裸足で逃げ出すなアハハ」って』
「・・・ですが、もう遅いのですよね・・・」
『そうだね、羨ましいなぁ、君達が気づいてるか分からないけどアルトの君達への呼び方の違い分かる?』
突然、エレメージュが新たな話題をだす。
「呼び方ですか?」
『うん、君はアルトにリリアンちゃんって呼ばれてたよね』
「は、はい」
『君はサリアちゃん、そこの君はレイネちゃん』
「はい、そうです」
「最初はただ失礼な人なのかと思ってました」
「ぼ、僕は親友かギルって」
『うん、知ってる。それで君はクレアちゃんって呼んでたよね』
「はい、馴れ馴れしい男だと、いつも殴っていました」
『それでサーシャちゃんは?』
「サーシャと・・・呼び捨てです」
「私も長年メイドを務めておりますが、坊ちゃまが呼び捨てにする女性は二人しかしりません」
「私と・・・誰ですか?」
「姉です」
「あっ」
そこでサーシャは気づく。
『ほんとずるいよ僕ですら呼び捨ては一回だけだよ、ずっとエレメージュちゃん呼びなんだよ。せめてさんって呼べよ。しかも、呼び捨てしてくれたの僕がとどめを刺すときだよ。これだけいえば、どれほどサーシャちゃんのことを大切にしていたのか分かるよね?』
「はい、私は、それなのに・・・」
『そうだ、アルトからみんなへ最後のメッセージがあるんだ』
そういってエレメージュは氷の球を創り出す。
「これは?」
『まぁ、見てたら分かるよ』
サーシャの前に氷の球を置き、それを囲むようにその場にいた全員が覗き込む。
『よう、サーシャ。あと、多分ギル、クレアちゃん、リリアンちゃん、レイネちゃん、サリアちゃんもいるのかな?まぁ、誰がいるかわからないから、全員に残しておくか・・・とかいいながら生きてたら恥ずかしいなぁッ、エレメージュちゃん、やっぱりやめる』
『えぇ、なんでぇ〜。念には念を入れておこう。そうだ、これにとびっきり恥ずかしいことをいおうよ。普段絶対いわないこととか。そうすればこれを見られないように頑張るでしょ』
水晶に映るアルトは顔を手で隠す。アルトしか映っていないにも関わらずエレメージュの声がするのでエレメージュから見たアルトなのだろう。
『そうだな、死なないのが一番だ。誰からいおうかな、サーシャはやっぱり最後がいいかな。
よし、最初は親友ギルだな。俺とお前が初めてあったときのこと覚えているか・・・平民出身ということもあり上級性に絡まれていたとこを俺が割り込んだ。そんで、そこから仲良くなった。まぁ、お前はメキメキ腕をあげて行って最終的には足手まといになってたけどな。他にも色々あるけどサーシャの危機だ、本当はこんな映像を撮ってる時間もないんだが、お前らはやぱり大切な友人だし、メッセージくらいは残しておく。ひとついっておく、サーシャを任せられるのはお前だけだ。サーシャのこれからの人生が笑顔で満ちるように頼むぜ』
そういってアルトはとてもいい笑顔を浮かべる。
「アル、トォ」
『次はクレアちゃんな。学園では会うたび会うたび口説いたようなことばっかいってたけど、クレアちゃんはいっつも殴ってきてさ、これぞ友人って思ってたよ。一つ忠告するわ、クレアちゃんは真面目過ぎる。真面目なところがクレアちゃんのいいところだけど、真面目過ぎてクレアちゃんは無理してる。剣の成績はアルトに次ぐ次席だし、魔法は苦手っぽいけど、勉強だって苦手な筈なのに、人一倍努力して、優秀な成績を保持してる。クレアちゃんが助けを求めていたら俺は地獄からでも助けに行ってやるよ。それくらいクレアちゃんは大切な友人だしな。まぁ、クレアちゃんだけじゃなくて、みんな大切な友人だけど』
「あぁ、わかった」
『次はリリアンちゃんね、リリアンちゃんの回復魔法にはほんとお世話になりましたッ。
クレアちゃんにボコられたら毎回直してくれてさ、ほんとありがと。リリアンちゃんは
後輩の中でも一番の友人だと思ってる。サーシャが怪我したら治療頼むぜ。あと、孤児院の
チビどもにもよろしくな』
「はい、アルト君」
『次はレイネちゃんだな、レイネちゃんはギルの妹ってこともあり、リリアンちゃんとか他の後輩たちとはとちょっと違う子だったけど、ギルと仲が良いとこ見る度に妹欲しいなって思ったよ。サーシャのこと頼むぞ。サーシャはもしかすると未来の姉なんだからな』
「アルト君、ってほんと鈍感だね、うん分かった。姉になる事は無いと思うけど」
『それじゃあ、サリアちゃんだな。サーシャの親友だからギルとは違った方面でサーシャのこ
と頼む。まぁ、親友を泣かした男の癖に何言ってんだって思うかもだけど、あぁ、そうだ、
精霊魔法を使いたいならエレメージュちゃんに精霊を紹介してもらえ。サリアちゃんなら最上位精霊とだって契約出来るかもな』
「馬鹿アルトッ、そんな簡単に精霊契約ができる分けないでしょッ。はぁ〜、サーシャは任せなさい」
『それじゃあ、次はうちの使用人たちだな・・・』
それからアルトのヴァリアント家に仕える全員へメッセージを残していた分が流れる。
『アリアちゃん、マリアのことは本当にごめん、俺が未熟だったせいであんなに
俺がもし死んだらマリアの氷像はアリアちゃんの好きにして、まだ生きてるから、もしかするとあの氷を解かす方法が見つかるかもしれない。俺は見つけられなかった。ごめん。あっ、マリアへのメッセージも残しておくから伝えておいてくれ』
「坊ちゃま・・・かしこまりました」
『マリア、俺さ、マリアのこと本当の姉みたいに思ってた。一人っ子だからマリアは俺にとって本当に姉だった。まぁ、実際にアリアちゃんの姉だったけど、最初にアリアちゃんを見た時は驚いたよ。マリアそっくりだから。ごめんマリア、俺、二度とエレメージュちゃんの力は使わないように決めてたのに、サーシャの危機なんだ。エレメージュちゃんの力を解放する。世話になった』
すると水晶に映るアルトは深く頭を下げる。
『さて、次は親父と母さんだな。親父と母さんには婚約破棄の件とか色々迷惑かけたけど、もう一個とびきりの迷惑掛けとく、俺一人っ子だから後継ぎ作るの頑張れッ』
すっごくいい笑顔でサムズアップするアルトに全員が苦笑する。
それから学園の生徒たち及び、教師全員分のひとことメッセージもあった。アルトはなんとその全員の名前を憶えていた。学園生は軽く千人は超える。その全員の名前とひとことを残している。ましてや後輩に至っては正確なアドバイスまで残している。
『ロリババア、見てんだろ。エレメージュの封印ほんと世話になった。ロリババアが封印してくれなかったら、俺は多分、サーシャに出会うより前に自殺してたわ。ハハハ、あと、封印の解除の方も頼むわというか頼んだ後か。お世話になりましたシェーレさん』
「まったく、死んでしまったら意味ないじゃろうが小僧ッ」
「「「「「「「うわっ」」」」」」」
いつの間にか学園長もいたようだ。顔を見ると涙が溢れている。しかし、それを抑える。
『これには僕もビックリしたよ。アルトがさんづけなんてほとんどしないからね。公式の場くらいじゃない。ベルモンドの前とか』
エレメージュがシェーレに教える。
「そうか・・・うううううううもうだめじゃああああああ、うわぁぁぁぁぁん」
見た目通りの鳴き声に微笑ましいと思うのだが、生憎とその場にいた者は誰一人として微笑ましいと思えなかった。
『えぇと、ベルモンド卿。うわ、いいづらいな。なぁ、エレメージュ。これ見せないよな
『だ・か・ら・死ななかったら良いんでしょッ』
『それもそっか、よし、いうぞぉ〜いうからなッ、いいんだないうぞッ』
「「「「「「「早くいえっ」」」」」」」
『うわっ、な、なんかギルたちの声が聞こえたぞ。ゲフン、ゲフン、ベルモンド卿、最初にいいたいことがあります。サーシャのことほんとにすみません。サーシャを悲しませたのは俺の責任です。ベルモンド卿が怒るのも分かる。なんたってサーシャは美の女神が裸足で逃げ出す美少女であり、どの神よりも優しい女神よりも女神な超女神ですからッ。でも、だからこそ、サーシャが幸せになるにはギルしかいない。ギル以外の相手とは結婚を認めさせないでくださいよッ』
「私は、君のことを誤解しておった。本当にすまぬ。分かった。ギルバード君頼むぞ」
その後もアルトと関わりのあった全員へのメッセージが残されていた。
そのメッセージ時間にしてゆうに軽く五時間を超える。
そして、最後に回ってきた。
『次はサーシャ』といった瞬間、アルトは何かしらの魔法を発動した。
『・・・よし、エレメージュちゃんの意識を一時的に奪った。今のうちにいうか。
あぁ、その、なんだ。エレメージュちゃんにも一応メッセージ残しとかないとな。
契約して十一年の間、ずっと一緒にいたし。気恥しいな、ハハハ、まずはごめん。
俺が弱いせいでエレメージュちゃんの力を発揮できなくて、エレメージュちゃんは神話にも出てくるほどの大精霊なのに、封印なんかしちゃってさ。苦しかったと思うけど、エレメージュちゃんと話すのは、あいつらとの会話とは違って、本音で話せて楽しかった。これを見てるってことは俺、死んだんだろ。
だったらサーシャと契約しているのか、氷の適性はないけど、サーシャなら俺よりも何倍も力を発揮できるよ。堕ちた神童、女好きの馬鹿とか色々馬鹿にされてさ、氷属性が適性なのに一番下手とかさ、いっぱいいわれて、その度にムカついてただろ。俺が保証する。エレメージュちゃんは最強の精霊だって。俺が未熟なせいだって。
とどめ、刺してくれたんだろ。なんとなくわかる。だからお前の意識がないここで撮ってんだ。あぁ、クッソ恥ずかしいな。相棒、来世で、もし、もしだぞ、俺を見つけてくれたんだったら、また契約してくれよな。じゃあなエレメージュ』
『アル、ト、アルト、アルトォ〜、僕は必ず君を見つける。そして無理やりでも契約する。
これは反則だよ。僕ね、いってなかったけど、アルトのこと大好きなんだよッ。君がサーシャを好きなのと一緒で僕はアルトを一人の男として愛してる。
だから、待ってるね。何年、何十年、何百年、何千年、何万年経っても待ってるから。サーシャを最後まで守ってから見つけるから。アルトの方こそ、僕以外と契約したら駄目だよッ。
まぁ、アルトは七歳からずっとサーシャちゃんのことを思い続けたんだ。アルトならきっと、浮気しないよね』
「エレメージュさん」
精霊と人間の恋なんて聞いたことがない。
何故なら、そもそも精霊と契約出来る人間が少ない。それに意志を持つのは上級以上の精霊であるからだ。上級精霊だって、感情らしい感情を持たない。最上級のエレメージュだったからこそ、アルトへの恋心を抱いたのだろう。
『よし、最後にサーシャ。サーシャは俺のせいで何度も傷つけたかもな。ほんとにごめん。
浮気男とか下品だけどヤ〇チンとか思ってるかもな。俺は童貞だッ。俺の初めてはサーシャに捧げる予定・・・だった、まぁ、お前の初めてはどうせギルにでも奪われるんだろうがな。
クッソ、悔しいいいいいいいい。だがまぁ、仕方ない。なんたって、サーシャを笑顔に出来るのはギルたちだからな。俺は初めて会った頃から一度たりともサーシャのことを笑顔にできてないしな。やっぱりサーシャの笑顔、独り占めにしたかったぜ』
「違うの、それは違うの、私は、私はずっとアルトのことが好きだったのよ。
でも、アルトがカッコよくて優しくて、だから恥ずかしかったの。笑顔を浮かべようとしても緊張して変な顔になっちゃうから、怒ったような顔になっちゃうからなの、ごめんなさい。ごめんなさい」
『なのにエレメージュったら怒ってない恥ずかしがってるだけだっていうんだぜ、なわけんぇだろ。絶対怒ってるだろ。たまに頬をピクピクさせて面白い顔とかしてて、お茶目だなって思ったけど、どんな顔でもサーシャは世界一可愛いぞ。あっ、でも泣き顔は駄目だ。サーシャを泣かせるのは許さない。うれし泣きなら、きっと世界一可愛くて美しいんだろうな。
はぁ、サーシャのウェディングドレス姿見たかったぜ。全部ギルがかっさらうのか。
ファーストキスだけはあげたくなかったんだけどな』
「私のファーストキスは、アルトが奪いました」
『もしかしたら、サーシャを助けたあとに奪ってるかもな。悪く思うなよギル』
「アルト、君って奴は何をいってるんだいッ」
『えぇと、ワンチャンエレメージュちゃんから聞いてるかもだけど俺はサーシャ一筋だからな。
確かに、可愛い後輩をお持ち帰りとかいってたけど、決してヤッてないので、紅茶飲んで相談を聞いてアドバイスしただけだからなッ。あと、ベルモンド卿にも一応メッセージ残したけど、もし見てくれてなかったらなんかいっといてくれ。それから・・・』
水晶の中に映るアルトの目から涙がこぼれる。
『あ、あれ、なんで、俺泣いてんだろ。ハハ、おかしくなったのかな。死にたくない。サーシャをギルに渡したくないッほんとなら、俺がッ俺がサーシャを笑顔にして、その笑顔を独り占めしたかった。サーシャァ〜、すぎだよぉ、あいじでるぅ。ギ、ギルに、な、かされた、らおれぇに、いえよッ、ばけでッ、ででやるッ、からッ』
そういってアルトはその場に崩れ落ちる。
『やだよぉ、ギルなんがに、あいづなんがにいぃいぃい、サーシャを、俺のサーシャを渡しだくないッ、ほんと、俺って馬鹿だよな・・・うぇぇぇ』
アルトはさらに俯きうめき声をあげる。キラキラと映像が加工されているため、何があったかは明白だろう。
『うぇぇぇ、サ〜シャァ〜な、んで、笑ってぐれない、のぉ、俺、がんばっだのに、
マリアのじこがらッ、魔法もつがえながったげど、がんばっで魔法、練習しだのにぃ〜
でも、ごおりはづがえないし、他の魔法だっでぇ、ギリギリだっだし、グスッ、うぇええええ〜、ゲホッ、ゲッホ』
『も、もうやめとこうよアルト『やだっ』もう』
せき込むアルトを心配したエレメージュがアルトを止める
『サーシャァァァ、愛じでるぅ、世界、敵に、しでも良いッ、ううう、今、まで、ごめんなぁ〜、俺もつら、か、った、何度も、じにたくなっだぁ〜んだがらッなッ』
普段学園で話す彼とは考えられないほど叫ぶアルト。
親友であるギルでさえ、アルトの泣いている姿なんて見た事がなかった。それはサーシャも同じだった。唯一、アルトの泣くところをこの場でしっているのは、メイドのアリアと、エレメージュ、そして、一度だけ見たことのあるシェーレだけだ。
「皆さんは初めて見るでしょう、坊ちゃまの泣いたところを・・・」
『アルトは泣き虫なんだよ。毎日泣いてたからね。泣かない日は本当になかったよ。
毎晩毎晩寝る前に「どうじよぉ〜サーシャに、サーシャにぎらわれだぁ〜」って泣くんだよ』
「俺、親友とかいわれてるのに、アルトのこと、なんにも知らないッ」
「私も、婚約者だったのに、こんなにも、苦しませているのに、何も気づかず」
ギルとサーシャは止まることのない涙をを流しながら再び水晶に視線を向ける。
『グスッ、グスッ、はぁ、落ち着いた。よし、もう大丈夫。みっともないとこ見せたな。
そうだ、誕生日プレゼント気に入ってくれたか?一年前のサーシャの誕生日パーティが終わった次の日から作り始めたんだ。まぁ、婚約破棄されたし、つけてないとおもうけどさ、むしろ
渡されてないかもな。まぁ、それはいい、ただの命を一度だけ救うって魔道具だしな。一度だけだぜ、なんなら不老不死とか付与したかったけどな。まぁ、無理だったわ。でも、もしだ、もし付けてくれてるんだったら、滅茶苦茶嬉しい』
笑顔を浮かべるアルトの瞳から再び涙がこぼれる。
『おっと、また涙が、ほんと涙脆いな。年かな、まだまだいいたいことはいっぱいあるんだ。
それこそ、永遠にサーシャの好きなとこあげれる自信あるからな。みんな明日、サーシャを助けに行くんだろ、俺もさっき、魔法が完成してみんなにメッセージ、残してるんだ。明日、ってもう朝か、あと四時間か、サーシャ絶対助ける。俺の命ならいくらでもくれてやるから、安心してろよ。あっ、俺が死んだあと悲しんでくれてたら嬉しいな。
命落として助けた甲斐がある。もう何回もいってるけど、死んだ俺からの最後のメッセージ、受け取ってくれ』
そういったアルトは深く息を吸って吐く。
『俺はサーシャを誰よりも愛してるし、誰よりも幸せになってもらいたいと願ってる。ベルモンド卿にも負ける気はないくらいサーシャの幸せを願ってる。じゃあな、サーシャ大好き』
心の底からのメッセージだったのだろう、こうしてアルトの残したメッセージは終わった。
時間にしておよそ九時間、ぶっ通しで流した。
『これより先に流すのは俺の魂が魔王の魂と融合して死んだときだけ流してくれ。あっ、勿論、エレメージュちゃんの意識ないから、空気読むの得意なエレメージュちゃん頼むぞ』
なんと、アルトからのメッセージはまだ残っていたらしい。じっくりと全員が眺める。
『わりい、俺の魂は魔王の魂と融合したから、転生するのは無理だわ。いや、そもそも転生って概念があるのかすら疑わしいんだが、二つの魂が混ざった異質な魂として消滅させられるかもな。ほんとわりいなエレメージュちゃん。怒んなよ、美人って怒ると怖いからな。特にエレメージュちゃんみたいな美女が怒ったらほんと、失神するぞ。
えっ、サーシャはどうなんだって?怒った顔も可愛いからグッジョブッです。でも、誰の怒ったところが一番泣きたくなるで賞だったら一等賞だな。あぁ、もうなんであんなに可愛いの?そうかっ、女神の生まれ変わりがサーシャなんだな。
ほんと、ベルモンド卿には感謝しても足りません。この世に、こんなにも美しくて可愛くて、優しくて可愛くて可愛くて可愛いサーシャを誕生させてくれたのですか』
この追伸に至ってもアルトの口から出てくるのはサーシャ可愛いのひとこと・・・
『エレメージュちゃん、いや、エレメージュ。サーシャがいなかったら俺さ、エレメージュに惚れてたかもしんねぇ、というか絶対惚れてた。小さい頃はさ、恋とかよくわからないかったし、綺麗な人だなって思ってた。
命の恩人だしな。そう考えれば、エレメージュが契約してくれなかったら俺はサーシャと出会ってなかったのか。ほんと、俺って色々な人に支えられてるな。というか、俺だけだったら生きていけなかっただろうな。たぶん、それを自分でも分かってたから友達が欲しかったんだな。最高の友人を持てた俺は誇らしいよ。
融合した魔王にも語ってやる俺の友人はこんなに素晴らしい。俺の婚約者・・・じゃなかった、元婚約者はこんなにも可愛いって。話は戻すがエレメージュ、精霊は死ぬっていうことがないから頼むけど、できればサーシャだけじゃなくて俺の知り合い全員を見てやってくれ、エレメージュなら下級精霊を使役して見守れるだろ。
堕ちた神童なんて呼ばれてる俺とは違って神話の大精霊なんだからな、一部の地域では神として拝められてるエレメージュ様だもんな。ハハッ、さて、今度こそじゃあな。お前らのおかげで俺の人生は毎日が楽しくて悲しくて楽しくて充実してた』
その後、事情聴取に来た王国の騎士団に話し、同じ学園に通っていたこの国の王子にも話たところ、アルトはこの国の英雄として語られることになった。
アルトの人生を物語にした本も描かれ、魔王事件に関しては劇として公演されることになる。
「愛する令嬢の為に」というタイトルで、国内だけではとどまらず、隣国からさらに極東へと
またたくまに広がっていった。
人々はアルトのことを人は一途な浮気男と呼びサーシャのことは素直になれない悪女と呼んだ。劇は大ヒットし、人々はアルトとサーシャの悲恋を感動し、嘆き、憧れた。
令嬢たちはサーシャのことを羨むと同時に嫌った。男たちはアルトのような男を目指す。
子供たちもアルトのようになりたいッ、アルトのような男に愛されたいという。
アルトの影響か、夫婦仲が悪かった人たちも新婚の頃の様にラブラブになったそうだ。
そして、アルトの墓は王都の中央へ移し、彼の命日には王都で大規模な祭りが開かれた。
現代に誕生した魔王を討ちし英雄アルトここに眠ると墓には刻まれている。
アルトが亡くなって十年以上が経つ、英雄の愛しの女としてしられていたサーシャ・ベルメルは独身のまま、今もなおベルメル家の自室に引きこもっている。今はもうこの世に存在することのない男のことを想い、ずっと彼女の命を救った魔道具のブローチを眺めているそうだ。