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サラダマーメイド  作者: 堀田みこどん
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第6話:立ち上がる偶像

 松本譲は、白に塗りつぶしたキャンバスにグレーの線を引いた。


 線の上に、水色を点だけ塗り、線の下にグレーを塗っていった。

 左から右に、何回も何回も、グレーを塗っていった。

 厚さが均一になるように、光に当てながら、グレーを塗っていった。


 体全体を使って、筆にグレーを持ち上げて、ぐっと塗った。

 時々、窓からの光を当てるために、キャンバスを右斜から見た。

 少しでも歪みがあると、思った仕上がりにならない、そう感じた。


 松本の狙いは、キレイな凹型に、油絵の具が重なることだった。

 真正面から見たら、かすかに置く奥行きを感じる厚さだった。

 下に塗りつぶした小川を中心にキレイな曲線を描くように、グレーを重ねた。


 松本は、グレーの色目を均一に重ねたあと、青い点を置いた上の部分の塗りつぶしを始めた。

 グレーの絵筆を離して置いて、青の油絵の具をパレットに、ぐっと押し出した。

 そして、絵筆に乗せると、左から右へと、筆を滑らせた。


 上半分、というよりも7割ぐらいが青だった。

 残りの3割がグレーだった。

 青も、グレーと同じ様な曲線を描くように、絵筆を滑らせていった。


 次第に、青とグレーに分かれた凹型のキャンバスに仕上がっていった。

 グレーも青も、可能な限り、艶を出さないように、塗っていった。

 時々、手を止めて、じっとキャンバスを見つめた。


 松本は、次に描く物のイメージを、頭の中に描いた。

 縦にスッと、描いて、周囲はカメラでぼかしたような、そんな絵に仕上げたいと思った。

 そのために、グレーと青の部分の造形を、先に書き込もうと考えた。


 松本は、まずはグレーの部分に、絵筆を乗せた。

 さっきよりも薄いグレーで、横に線を描いた。

 少しづつ、濃度を変えながら線を重ねていった。


 一段落着くと、青の絵筆を手にとって、青の部分を塗り始めた。

 青は変わって、より深い青をにじませるように、絵筆を滑らせた。

 ぼんやりと深い青が、青の中に、沈んでいった。


 次第に、浮き出るグレー、沈む青、の構図がはっきりしだしてきた。

 凹型のキャンバスに、色の雰囲気だけで出来た段差がはっきり見えてきた。

 

 グレーと青の境界線に、明るいグレーの段のようなものが、荒っぽく浮かんで見えた。

 上部の青地に沈んだ深い青は、キャンバスの上に行くほどに、一点に集まっているように見えた。

 上に上がってるだけなのに、まるで、奥行きがあるように見えた。

 

 松本は、キャンバスの上から下を、撫でるように見ると、筆を置いた。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>


 学校は、夏休みに入っていた。

 

 松本の学校では、夏休みになると、一度職員室に行き、入校記載をしてから、必要のある所に行く決まりになっていた。

 松本は、もちろん、美術部室だった。


 学校の正面玄関から入ると、上履きに履き替え校舎の中に入った。

 職員室は2階にあるため、職員室の入り口に一番違い階段を目指した。

 その時、ちらちら、プールが見え隠れしていた。


 ちょうど水泳部が練習しているのが目に入った。


 松本は、職員室で入校記載をし、美術部室のある階段を目指した。

 階段につき、踊り場に出ると、その窓からプールで水泳部がトレーニングしているのが見えた。

 

 プールに太陽の光が反射して、白と青と銀が混ざり合うように反射していた。

 松本は、ふと、窓からプールがはっきりと見える場所で、立ち止まった。


 競泳水着姿の市川が、スッと立っているのが目に入った。

 プールの、白と青と銀が混ざり合うような光が、水泳キャップをかぶっている彼女の横顔に影を作った。

 まっすぐ、でも少し下を向く、その横顔に、松本は一瞬見とれた。


 目が離せなかった。

 少し下から、前に顔を上げる仕草をした時に、市川は、右手を頭の右側頭部に添えた。

 市川の鼻はまっすぐ前を向き、目尻の切れ上がった目は、何かを追いかけるように目線を動かしていた。


 肩から足にかけて、なだらかで、複雑な体の曲線が、いつか美術館で見た裸婦像のように、浮かび上がってきた。


 松本と市川の距離は、お互いが認識できる距離ではないくらい離れていた。

 でも松本の目には、市川の姿が、目の前に立っているかのように、はっきりと写っていた。


 松本の手元で、カシャッっと音がした。

 無意識にスマホを取り出し、市川を撮っていた。


 松本は、慌てて目を伏せ、駆け足で、美術部室へと向かった。


 慌てて、真っ白のキャンバスの前に座ると、さっきの市川の姿と回りの光景が、頭から離れなかった。

 何回も何回も反芻するように、目の前に浮かんでは滲んで、浮かんでは滲んでいった。


 松本は、無意識にパレットに、グレーを置いた。

 

 「これは、描く、じゃない。掘る、だ。」


 松本は、そう唱えながら、真っ白いキャンバスに、グレーの油絵の具を走らせていった。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~>


 松本は、グレーの部分の書き込みを始めた。

 グレー部分にいろんなグレーを書き込んでいった。


 淡いグレー、白いグレー、そして所々に深いグレー。

 いろんなグレーを重ねていった。

 全てグレーは、左から右への線で、描き込まれていった。


 幾重ものグレーを書き込むと、無機質で硬いものが浮かび上がっていた。


 それは、コンクリートの段だった。

 松本は、プールサイドを描いていた。


 プールサイドは、無機質で、硬そうで、でも、しっとりと濡れているように見えた。


 青の部分は、プールだった。

 松本は、青の部分に白と白に限りなく近い青を添えていった。


 プールサイドから順番に描き込まれていった白は、水面で光を反射しながら、だんだんと、奥へと、キャンバスの上へと、跳ねて増えていった。


 松本は、プールの水面に、光をくわえていった。

 深い青と白に限りない青は、プールの中に、キャンバスの中に、深く奥行きを作っていった。


 飛び込めば、大きな水しぶきを上げて、飛び込めそうな水の質感になった。

 松本は、乾いている青の部分を、指でなでた。


 油絵の具が、しっとりと、指の平に張り付いた。


 松本は、キャンバスを窓に向け、入り口を開けた。

 大きく開かれた窓から、熱い空気の固まりが、流れ込んできた。

 キャンバスを、光と風に晒した。


 松本は、一度、絵筆と油絵の具を洗った。

 ある程度キャンバスが乾いたあとに、何を書き込むか、イメージをめぐらしていた。


 どのように描き込めば、はっきりと浮かんでくるか。

 プールの反射光に潰されないように、でも影が浮かびだす、物憂げな雰囲気をどのように出すか。


 松本は絵筆を布で拭き、筆洗油のボトルに入れてなでた。

 頭の中で、はっきり出てくるまで、イメージを作りながら、筆を洗った。


 使っていた筆を洗うと、一本だけ手に取り、パレットに白の油絵の具を置いた。

 残りの筆を後片付けように、別の瓶の中にまとめ、残った一本の絵筆に、白の油絵の具をつけた。


 キャンバスの凹みの部分、真ん中の部分に、白を塗っていった。

 薄っすらと人型に塗っていった。

 なんとなく輪郭がわかるように青とグレーの上に、白を重ねていった。


 その白がキャンバスの中に、スッと引かれると、松本は手を止めた。

 その白だけ、プールの青と、プールサイドのグレーから、明らかに切り抜かれた白になった。


 松本は手を止め、塗り終わった白を眺めた。

 軽く頷くと、後片付けを始めた。


 日は傾き、窓から赤い夕方の光が差し込んでいた。

 松本は、片付け終わると、荷物を持って、入り口を開けた。


 ふと、何かいる感覚がして、右側を見た。


 「今日は、窓が開いていたから、居ると思ったの。」


 美術部室の入り口に沿うように、市川が立っていた。

 松本は、黙って立ち止まり、背の高い市川を見上げた。


 「この前は・・・」


 市川は、目を伏せながら体を傾けた。


 「この前は、ありがとう。」


 松本は、荷物を持って目を閉じた。

 2・3回、頭を左右に傾けた。


 「何のこと?」


 市川は、松本に顔を向けた。


 「この前の、先生が来た、騒ぎになっていたこと。」


 松本は、スマホでプールの表面の変化を撮った動画を渡したことだった、と思い出した。


 「そりゃ、どうも。」


 松本は、一度、市川に頭を下げて、背中を向いて歩き出した。


 「あのね、松本くん、あの時、私が疑われていたの。」


 市川は、遠ざかりつつあった松本の背中に、大声をかけた。

 松本は、振り返りもせずに、立ち止まった。


 「あの時ね、みんなが練習している時、誰も更衣室に行ってなかったはずだったの。でも、他の部員の持ち物が一部無くなってたの。それで・・・」


 市川は、少し声の勢いがなくなった。


 「それで、私がやったんじゃないかって。いつも練習中に更衣室に行ってたから。」


 松本は、ゆっくり振り返った。


 「で、市川さんがどう動いていたか、みんなわかった、と。」


 市川は、ゆっくりと頷いた。


 「先生は、気にしなくていい、って、写ってた明らかに不審者がいて、その人を調べるって、言ってたの。でも、松本くんに、お礼が言いたかったの。」


 市川の態度が、前に廊下で松本に問い詰めたときの態度とは、全然違い、しおらしく見えた。


 松本は、手を口元にあて、考える素振りを見せた。


 「とりあえず、もう、帰ろう。話は、帰りながらでも聞けるから。」


 松本の一言に、市川の表情が、パッと明るくなっった。


 「とにかく、職員室に行って、入校記載の追記しないとダメでしょ。まあ、水泳部員から悪い人が出なくてよかったじゃん。」


 松本は、振り返り、職員室のある2階へと向かって歩いていった。

 市川は、小走りで、松本の後を追いかけていった。

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